第137話 煌真の日常
『クラウド…もう、我慢しなくて良いよな?。』
『ああ。長い間、我慢させてすまなかった。リディオ、あれから3年…ついに俺達は卒業した。』
『これで、堂々とお前と付き合える訳だ。長かった…。辛かった…。この気持ちを抑えたままの…この3年間が…俺には永遠の地獄に感じられた。』
『俺もさ…。だが、これからは違う。もう俺達の間を遮るモノは何もない。リディオ…俺と一緒に…逃げて…ついて来てくれるか?。』
『ああ、当たり前だ。もうお前を離さない。クラウド…。』
『リディオ…。』
画面の中で男同士がキスしている。舌を絡めて抱き合いながら。
俺はベッドの上で横になりながら、その生々しい様子をただ眺めていた。
夜の見回りが終わり、汗を流した後に仮眠をとった。現在の時刻は朝の9時。カーテンが閉めきられている部屋の中でモニターの光だけが俺達を照らしていた。
『はぁ…はぁ…はぁ…。』
視線の端、画面との間に見える後頭部。興奮気味に呼吸を荒げ、右へ左へ…。左右に動く度に僅かに甘い匂いがした。
『なぁ…。機美…。』
『はぁ…はぁ…なぁに?。煌ちゃん?。』
『面白いか?。そのゲーム…。』
『う~ん。設定はありきたりだけど。愛する人同士が困難を乗り越えて結ばれる展開は何度見ても燃えるよ!。』
『まぁ…話だけ聞いてれば確かにな…。』
目の前でイチャついてる人物が男同士なんだが…。
話の流れは理解できる。
とある王族と貴族の学生時代。立場的にも性別的にも結ばれることは周囲から異常な目で見られる中、学園卒業と同時に家を飛び出し、異邦の地で愛する2人が結ばれる展開。今…画面で肌を重ねている男同士を遮るモノは消え、自由を手にしたところだ。抑えきれない互いへの思いをぶつけ合い、混ざり合い。今…1つなった。
何でこんなモノが好きなんだ…コイツは…。男同士か…同性視点では理解しづらいな。女同士が好きな男がいるのと同じ理由なんだろうか?。
『まぁ…この後、クラウドを連れ戻しに来た兵達に無理矢理連れ戻されそうになったところで、リディオが助けに入るんだけど…。その時に不用意に応戦した兵士の剣がリディオの心臓を貫いて死んじゃうんだぁ。』
『………。』
それ…何エンディングになるんだ?。
『それで、自暴自棄になったクラウドが兵を皆殺しにして消息を絶つんだけど、流れ着いた砂浜でリディオに似たイケメン男子に救われるの。』
『………。』
流れ着いたって海でも渡ったのか?。
『それ…楽しいか?。』
『んー。楽しいかは…微妙なラインかなぁ…。それでね、ここまでが1の物語。それから2に続いて、助けてくれたイケメン男子が腹違いのリディオの弟だったの。』
『………。』
展開が読めんな…。
『ただいま。』
ゲームの話に飽きてきた頃、タイミング良く神無が早朝ランニングから戻ってきた。仄かにシャンプーの甘い香りを漂わせていることからシャワーで汗を流して来たのだろう。火照って赤くなった頬が色っぽい。
『ああ。毎日よくやるねぇ。感心するわ。』
『どうも。私は、あんたみたいにめんどくさがりじゃないから努力は惜しまないわよ!。まぁ…あんたは努力なんか縁遠い人種ですけどね。』
『はいはい。こっちは朝方まで夜の害虫駆除をやってんだ。朝に走る必要ないくらいには運動してんだよ。』
『知ってるわよ。そこは感謝してるわ。』
『まぁ。その害虫は俺のところには出なかったらしいがな。』
『矢志路のところには出たらしいわね。』
『ああ。羨ましいぜ。俺も暴れてぇのによ。』
『はぁ…。いつも暴れてるじゃない?。』
『仲間内でな。敵と戦いたいのさ。容赦しないで済むからな。』
『仲間内だと本気を出せないってことかしら?。』
『いや…本気を出さないと負ける奴がいるからな。手加減できなくてな。最悪どっちかが死ぬ。』
『ええ…。仲間内で殺し合いは止めなさいよね…。』
人数が増えた俺達のギルド、クロノフィリアには、様々な人種がいる。
神無のように真面目に自分を鍛えている者もいれば、目の前で気味の悪い笑みを浮かべてゲームに没頭している引きこもりの機美みたいな奴もいる。まぁ、50人以上集まれば色んな奴がいるのは当たり前なんだが…。
『なぁ、神無。抱いて良いか?。』
『嫌よ。これから、主様の為に仕上げた部隊を更に鍛えないといけないんだから。あんたみたいに暇じゃないの。』
『はいはい。そうですかっと。』
『…まぁ…でも、んっ!。』
『ん?。』
『今はこれで我慢してよね。』
真っ赤な顔で俺の頬に唇を押し付ける神無。
惚れた弱みか…その表情は俺の中の雄を掻き立てた。
『いや、我慢出来なくなった。』
『え?。っ!?。』
俺は神無の顎を軽く持ち上げ、その唇を奪う。
『あわわわ…煌ちゃん…大胆だね。』
『今はこれで我慢してやる。今はな。』
『…ぅん…。』
俯きながらも小さく頷く神無に満足した俺は機美を抱き抱える。
『ひゃっ!?。』
『おらっ!いつまでも遊んでないで飯に行くぞ。』
『煌ちゃん…その…私も、ちゅー…したいなぁ…。』
『断る。お前、オイルくせぇし…。』
『むぅ…。神無ちゃんだけズルぃっ!?。』
不意打ちでキスをする。
求められたら応えてやらねぇとな。しかし、まぁ…何だ…オイルくせぇ…。
『おら、行くぞ。』
『ぅん。煌ちゃん。ありがとう。』
照れた時の、こういう反応は流石姉妹だな。そっくりだ。ガキの頃から変わらねぇ。
ーーー
俺、神無、機美の3人で仁さんの喫茶店に入る。既に10時を過ぎた店内はケーキなどを食べに来ている黄華扇桜の女達の憩いの場となっていた。俺は適当な席に座ると対面に神無と機美座る。
席に着くと、ほぼ同時に注文を聞きに来たメルティ。いつもと同じ流れで、いつもと同じ注文をする。
食事はあっという間に運ばれテーブルへと並べられた。
『ねぇ。あんた、この後何するの?。』
『ああ?。特に用事はないな。夜の害虫駆除まで適当に過ごす感じか?。』
『じゃあ、いつもみたいにジムに行くのね。』
『まぁ…そうなるな。』
『姉さんは…聞かなくても同じか…。』
『酷いなぁ。その言い方。お姉ちゃんだって忙しいんだよ?。』
『ええ。知ってるわ。ギルドの為に色々なアイテムを光歌と開発してるんでしょ?。』
『うん!。流石、神無ちゃん!。物知りだね!。』
『当然よ!。主様の忍だもの。』
関係あるのか…それ?。
『じゃあ、3人別行動ね。えっ…と、じゃあ、また後で。』
食べ終えた食器を下げ姿を消した神無。
『じゃあ、俺等も行くか。』
『うん。ごちそうさまでした。』
喫茶店を後にし各々分かれ別行動。
その足でジムに向かう。
拠点からゲートで移動した先に、誰でも身体を鍛えられるよう無凱の旦那が建設したトレーニングジムがある。各種数えきれない量の最新鋭のトレーニング器具が置いてあり鍛えることに関しては最高の環境が用意されている。
また、敷地内には様々なスポーツが出来る広大なグラウンドとスタジアムが用意され、サッカー、野球を始め各種球技は勿論、ボクシングや空手、弓道を行える道場、更にはプールまで完備されている。
『はぁ…。ふっ!。はぁ…。ふっ!。』
ダンベルを上げ下げしながら、これからのことを考えていた。
俺達の命を狙っている存在がいる。ソイツ等はクリエイターズと名乗る、この世界の神らしい。当事者じゃなければ冗談だと思ってしまう話だ。だが、その1人と俺は戦った。
『ちっ…。』
無意識の舌打ち。
奴は俺の全力の上を行った。全てのスキル、神技まで発動させたのに奴を倒せなかった。神無や旦那がいなければ確実に死んでいただろうな。
『はぁ…。ふっ!。はぁ…。ふっ!。』
話によれば、ソイツ等は全員で8体。その上にはソイツ等よりも強い奴が7体。
リスティナが仲間になったとはいえ、現状で奴等を迎え撃つには戦力が足りない。
『もっと…強くならねぇと…。』
柄にもなく努力しちまってるな。努力なんて今までの人生で1度もしたことはなかった。身体を使うことは1度見れば大抵のことは出来た、めんどくさくて出席していなかったが、学園の授業程度なら満点を取る自信だってある。
そんな自信家の俺だが、俺達を待ち受ける未来は…現状では乗り越えられない。そんな予感がするんだよな…。
『はぁ…。』
しかし、そうだな…。
『退屈…ではないな。』
俺が長年苦しめられたこと。それが退屈だ。
兎に角、刺激が欲しかった。喧嘩に明け暮れた昔ですら退屈していた俺が必死になって身体を鍛えている。
『あの時、旦那の誘いを受けて良かったぜ。』
俺が夢中になれることを教えてくれた。感謝してるぜ。
『ん?。先客か?。ああ、煌真か。』
『おう。基汐。』
このトレーニングジムを利用する奴等の中でも頻繁に出入りする顔ぶれの1人だ。
だいたい、毎回同じ連中が集まることになる。基汐もその一人だ。
『ガキ共の相手は終わったのか?。』
『ああ。仁さんに頼まれた菓子を届けてやったよ。めっちゃ喜んでた。』
『ガキ共にとっちゃ遊び相手のお前が居ることの方が嬉しいんだろうぜ。』
『そう思ってくれてたら良いんだけどな。悲しい思いはさせたくない。』
基汐は子供好きなのだ。その事を知ったのは、つい最近、ゲーム時代しか知らない俺からすればかなり意外だった。
『やぁ。基汐君。煌真君。こんにちは。』
『おっす。賢磨さん。』
『うっす。』
常連の1人。賢磨さん。
『おう!。基汐さん!。煌真さん!。』
『ああ。赤皇もいたのか。』
『毎度精が出るな。』
続々と集まる常連達。
ここを使う奴等は肉体を駆使して戦うスタイルの奴が多い。各々が別々の器具を使い身体を酷使していく。
『そういえば、今朝、ランニング中に神無さんに会ったぞ。』
『ああ。アイツは毎朝走りに行ってるからな。』
『ゲーム時代の時と、この2年弱しか神無さんを知らないが…最近、変わったよな。』
『そうか?。』
『確か付き合ってるんだろう?。』
『ああ。惚れたからな俺の女にした。』
『成程。それが原因か、前みたいに閃の忍モードにならなくなったの。』
『何だ?。それ?。』
『ん?。ああ。お前が居なかった2年間、閃のことを…いや、今もか…まぁ、主様って呼んで閃の命令でしか動かなかったんだ。他の連中が声をかけても隠れて出てきもしなかった。』
『へぇ。そんなことあったのか?。』
『お前を迎えに行った後くらいからだな。今みたいに親しみやすい感じになったの。』
『機美にも会えたしな。結構、切羽詰まってたのかもな。アイツは何でも溜め込むタイプだし。』
『おっけっ。色々と納得がいった。サンキュウ。ああ。そう言えば、道場の方に閃がいるから行ってみれば?。暴れられるんじゃないか?。』
『おっ!。旦那が?。じゃあ、少し顔だしてみるか。』
旦那がいるなら実戦に近い戦いが出来るんじゃないか?。俺は早速道場に足を運んだ。
『はっ!。』
『おっと!。』
道場の中には、旦那を含め、無華塁と累紅がいた。
累紅の木刀による一撃を閃が紙一重で躱したところだ。
『閃。』
『ん?。ああ。煌真か。どうした。』
先に俺に気付いたのは無華塁だった。アイツの気配を察知する能力は光歌に匹敵するな。
『おう!。旦那。俺も混ぜて欲しくてな。最近身体が鈍っちまって運動したいと思ってたんだ。』
『何だ。そんなことか良いぜ。』
『おっしっ!。で?。旦那が相手をしてくれんのか?。』
『いや、累紅だ。結構強くなったんだぜ?。みてやってくれよ。』
『累紅か…。』
『宜しくね。煌真君。』
『あ、ああ。よろしく。』
あまり話したことのない新入り。
旦那達の口添えで仲間になった連中の1人だ。旦那達とは様々な行事を通して親しくなったみたいだが、正直俺は完全には信頼していない。旦那が恋人に選んだということは、少なくとも悪い奴ではないことは理解できる。だが、仲間として認めるには、まだ早計だと俺は考えている。これから俺達を待ち受ける敵は、あのリスティナと同等か近い力を持つ。そんな敵を相手に足手まといが増えることは、最悪全滅なんてこともあり得る話だ。緑龍の幹部だったらしいが、レベル150の俺達とじゃ天と地ほどの実力差があった。だが、今はコイツもレベル150。この短期間でどれだけ強くなったか。
その強さ…見極めたい。俺達の背中を預けられるのかを…。
道場の中央で累紅と向き合う。審判は旦那がしてくれるようだ。
『互いに【神化】と【神技】は無しだ。だが、【神具】と【スキル】の使用はありだ。』
『はい!。』
『ああ。』
『勝敗の決定打は俺が判断するが、降参もありだ。全力で戦ってくれ。』
俺は神具を発動させた。
『神具…【戦神の円環】。』
それを見た累紅も神具を発動する。
『私も神具!。』
累紅の両手に握られる2本の得物。
『双歪華乱槍刀!。』
『槍と刀か…。おもしれぇ。』
『それじゃあ、お互い準備も出来たな?。行くぞ?。』
『はい!。』
『ああ。』
『始めっ!。』
累紅との模擬戦が始まった。
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ーーー青法詩典ギルドーーー
その日、私。青法詩典ギルドマスター 青嵐
の前に神を自称するカナリアと名乗る少女が現れた。
確かに、その存在は異質を極め、明らかに我々人類とは、かけ離れた 在り方 の上に成り立つモノだということは理解できた。
しかし、我らが崇拝するのは女神 リスティナ 様のみ。他に如何なる神々が存在しようと我が主の威光に比べれば有象無象に過ぎない。
『それで?。神を自称するお前は私たちに何用だ?。』
『え~とね~。君達に朗報を持ってきたんだよ。』
『朗報?。』
『そ。きっと喜ぶと思ってね。』
『何だ?。』
疑いながらも興味を惹かれた。
『この世界にリスティナが顕現したよ。』
『は?。』
彼女の言葉に耳を疑う。
信じられない単語を耳にしたような…。
『まぁ、今見せて上げるよ。』
カナリアが空間に映し出した映像。そこに映っていたのは…。
『我が…神…なんと…美しい…神々しいお姿か…。』
桃色に輝く長き髪。幼さの残る少女のような顔立ち。理想を突き詰めたような美しい身体。全身から溢れる尋常ならざるオーラ。私が夢にまでみたお姿そのままに映像に映っていた。
『これは…現実なのか?。』
『そうだよ。彼女は今、クロノフィリアの拠点に住んでいるの。』
『クロノフィリア…だと?。何故?。』
『彼らこそがリスティナの加護を受けた存在だからだよ。』
『白蓮君が恐れていたクロノフィリアの強さはリスティナに与えられた力だったの。』
『成程。それで、白蓮は…。』
思い当たる節がある。
白蓮がクロノフィリアへ仕掛けた戦い。白蓮は会議の時…いや、この世界がエンパシスウィザメントに侵食された時からクロノフィリアを警戒していた。事実、彼等の力は我々の持つ力を凌駕する程強大だった。その力こそがリスティナ様の力の恩恵だったのだとしたら…。彼等の強さの全てに納得がいく。
そして、あの時…白蓮は私に説明した。
クリエイターズと呼ばれる歪な神の存在を。
リスティナ様を滅ぼそうとする存在であると…。
『つまり、私共はリスティナ様に選ばれた存在を敵にしてしまったということ…。』
これはマズイ。これは神への冒涜に繋がる。
『感謝する。カナリア殿。私達はやることが出来た。すまないがこれで失礼する。』
『はいは~い。』
早速、私は幹部数人を引き連れクロノフィリアの拠点に向かうこととなった。
ーーー
ーーーカナリアーーー
『ふぅ…これで一先ず、私に出来ることは一通り済んだかな。』
『そのようだな。これで全ての駒が動く事になるわけだ。』
青嵐君のギルドを後にし、森の中へ。物影からナリヤ君が近付いてくる。青法の人達に見付からないように隠れてたのだ。
『そうそう。最後は私がクロノフィリアのメンバーに会って~私達の事を説明して…終わりだよ。』
『ああ。お前がそれで気が済むなら…それで良い。』
『良いよ。最初の引き金を引いちゃったのは私だし。この命は彼等に捧げるって決めたんだ。』
『そうか…なら、それまでは付き合ってやる。』
『ししし。ありがと。ナリヤ君。いや、お兄ちゃんって呼んだ方がいい?。』
『やめろ。人間のデータを参照するな。俺達は神だ。人とは違う。』
『そっか。まぁ良いや。じゃあ、早速向かおう!。』
互いに笑い会う。ナリヤ君には世話になりっぱなしだ。いつか、ちゃんとお礼をしたいな…。
『カナリア…。止まれ。』
『え?。』
歩きだそうとした私をナリヤ君が静止した。
『あら?。私に気付いたの?。気配は消していたつもりでしたのに…。』
『あ…貴女…。』
森の暗がりから姿を現した存在は、この世界で最も会いたくない奴だった…。
もう…何でここにいるのよ…。
『ふふ。久し振りね。カナリアさん。ナリヤさん。』
『…アイ…シス…様…。』
次回の投稿は9日の木曜日を予定しています。