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第134話 基汐の日常②

 光歌を起こした後、着替えをしている横で荒れ果てた部屋の中を片付けていく。取り敢えず、床に落ちている布や糸などを適当な箱に投げ入れていく。で、脱ぎ捨てられた光歌の下着含めた服をかごの中に。


『終わったぞ。光歌。そっちは?。』

『うん。ありがとっ。ダーリン。こっちも出来たし。』

『よし、じゃあ、飯にしよう。』 


 光歌と共に喫茶店へ。


『ダーリン。見てくれた?。私と豊華姉の力作。』

『ああ。あのメイド服な。すげぇな。あれ、一晩で仕上げたのか?。』

『うん。私達が全力を出せば朝飯前だし。』

『精も根も尽き果ててたみたいだがな。』

『それ、言うなし。灯月が必ず睦美にメイド服を着るように説得するって言ってたから頑張っただけだし。私も睦美のメイド服姿見てみたいし。』

『で、豊華さんも巻き込んだわけか。』

『豊華姉は滅茶苦茶乗り気だったし。』

『そうなのか?。』

『豊華姉は見ただけで睦美の3サイズ含めて身長や体重まで測定してた。正直、服を作ることに関しては私より化け物。』

『すげぇ。採寸要らずかよ。』

『はぁ…睦美もだけど、女閃で着せかえしたいなぁ。』

『閃、すっげぇ嫌がってたぞ。』


 あの時の閃は珍しく蛇に睨まれた蛙のように光歌に怯えきっていた。果たしてどんな恥ずかしい格好をさせられたのか…。


『だって…閃の女の姿がヤバいのダーリンなら分かるでしょ?。』

『…確かに…。』


 絶世の美女。

 その言葉を人間の形に具現化したのなら、女版の閃になるんだろうなぁ…と考えてしまう。


『ダーリン。ちょっとこれ見て、私の秘蔵コレクション。』

『はっ!?。ちょっ!?。これマジか?。』


 光歌が見せてくれた携帯端末。その液晶には、あられもない衣装を着せられた女版閃の写真の数々。


『なぁ。』

『ん?。凄いでしょ。私の宝物画像集。』

『いや、すげぇんだけど。閃の奴…途中から目に光が宿ってないんだが?。』

『ん?。ああ~。この辺から閃の奴、私の言葉に反応しなくなったのよね。でも、言うことは聞いてくれるから写真も撮りやすかったわ。』

『閃…。』


 この表情。完全に思考を手放しているな。あの閃がここまで追い込まれるとは…恐るべし、我が恋人。


『内緒でダーリンの端末にも何枚か送ってあげる。どれが良いし?。』

『え?。良いのか?。』

『閃には、内緒だよ。誰にも見せないって約束だったし。』

『いや…普通に約束ならダメだろう。閃だって幼馴染みの俺に見られたって知ったら怒ると思うぞ?。』

『だ、か、ら、内緒だし。それにこんなに素晴らしい身体を私だけが独り占めなんて勿体無いし。』

『………。』

『さぁ、ダーリン。選ぶし。』


 …閃…スマン…。


『じゃあ、このメイドと巫女とスク水と猫耳、セーラー服に、体操服、あと…つつ美さんの衣装の奴を頼む。』

『わおっ!。ダーリンの趣味全開だ~。はい、送ったよ。』


 ピロリン。という音が端末から響く。

 一括移動。フォルダ作成。名前を変更。【極秘 閃】。お気に入り登録。


『ひひひ。これでダーリンも共犯だしぃ。』


 閃には決してバレてはいけない秘密が出来てしまった。だが…うん…まぁ、宝物にしよう。


 光歌と2人で朝食を食べている。早い者なら既に朝食を済ませている時間だ。ちらほらと喫茶店に出入りする人達を眺めていた。


『『おはようございます。』』


 入ってきたのは美緑と砂羅。続けて、赤皇、玖霧、知果の元赤蘭。涼と里亜、威神と美鳥、楓、月夜。皆、仁さんの喫茶店で朝食をとっているようだ。ガドウさんの料理は美味しいし、完璧超人の灯月と料理上手の睦美が手伝っているんだ。人気があって当たり前か。

 この喫茶店は、黄華扇桜の女性達にも人気がある。仁さんの趣味で始めたスィーツ作り。それを商品として出したらクロノフィリアメンバーが賞賛する程の美味しさだった。噂は瞬く間に広がり、今では、食事の時間帯以外は女性達が談笑する憩いの場となっているのだ。


『基汐さん。光歌さん。おはよッス!。』

『おっ!。おはよう。白。』

『白ぅ。おはよー。はい、あ~ん。』

『あ~ん。もぐもぐ。美味しいッス。』


 俺と光歌の間からにょきっと現れた白。


『今日はちょっと遅いな。』


 白は俺と光歌が座っている長椅子によじ登り、間に入ってきた。ゲーム時代からの定位置。光歌も白を気に入っているし、俺も白が可愛いと思う。つい、頭を撫でてしまう。


『そうなんッスよ。んー。気持ち良いッス。もっと~。』

『はぁ~。白ぅ~。柔らかい~。』


 光歌も白に抱きつき頬擦りしている。


『くすぐったいッス~。』

『は~。やっぱ白は癒しだわ~。』

『ははは。』


 光歌の白に対する溺愛ぶりが凄まじい。って、俺も人のことは言えないか。白が何気に差し出した手を握ってるしな。


『今日は、裏是流が寝坊したんッスよ。白が起こしてあげたのに二度寝して、気が付いたら今になったッス。』


 チラッと見ると離れた位置にいる裏是流と時雨。どうやら、時雨も裏是流の二度寝に巻き込まれたようだ。説教をされている。


『仲…良いッス。よね…。』


 その2人を見て、小さな声で呟く白。

 その視線に含まれた感情は、羨ましそうな、悲しいような、怒っているような、嬉しそうな。…複雑な表情だった。


『白は、裏是流が好きなのか?。』

『んー。わからないッス。もちろん、仲間としては好きッスよ。幼馴染みッス。小さな頃から知ってるッスから…。アイツが良い奴なのは知ってるし、ああして恋人が出来るのは嬉しいことッスし…ね。でも…。見てると、胸がモヤモヤするッスね。』

『…はぁ。白。可愛いよぉ。』

『もうっ、光歌さん。白は真剣ッスよ!。』

『ははは。白。その気持ちは大事だぞ。』

『基汐さん?。』

『今度で良い。落ち着いたら裏是流と2人で話してみろ。もちろん、真剣にだぞ?。照れ隠しや、逃げるのも無しだ。それを踏まえて心の準備が出来たら、お前の素直な気持ちをそのまま裏是流に伝えてやれ。アイツなら白が真剣だと気付くし、その時は逃げないから。そうすれば、必ず良い答えが出てくる筈さ。そのモヤモヤを晴らすな。』

『…そッスね…。考えてみるッス。』


 白は完全に裏是流に惚れてるな。昔から知っている幼馴染み同士。互いの距離が近すぎるせいで本当の気持ちに気付きづらいのだろう。だが、裏是流は出来る男だ。普段は逃げ腰で頼りない印象を受けるが、一度真剣になれば誰よりも頼りになる。白のことも真正面から受け止めてくれるだろうさ。


『基汐さん。ありがとうッス!。白は頑張ってみるッス!。』


 そう言って白は裏是流と時雨のところに向かっていった。


『うまく行くと良いね。ダーリン。』

『ああ。誰よりもラブラブカップルになったりしてな。』

『ひひ。負けないし。ダーリン。あ~ん。』

『あ~ん。もぐもぐ。うまい。』


 暫くすると、光歌も食べ終わった。

 食器を片付けている光歌を待っていると、閃が喫茶店にやって来た。


『おはよーございます。』

『おはよう。』


 時計を見ると8時を過ぎた頃だ。この時間以降のメンバーは寝坊組になる。元々、夜型の人間や徹夜で何かをしていた者。単純に寝坊した者などなど。基本的に全員分の食事は作ってあるから、いつ食べに来ても問題はないのだが。


 閃の後ろには眠そうに目を擦る智鳴と、いつも通りの氷姫がいた。

 どうやら、智鳴はまた寝坊のようだ。昔から朝が弱かったからな。それに付き合う氷姫も…。昔から変わらない。


『さて、そろそろ行くか。』

『うん。ダーリンはいつもの所?。』

『ああ。仁さんにお菓子を持って行って欲しいって頼まれてな。光歌も行くか?。』

『んー。ちょーっと、やりたいことがあるから今日はパスかな。明日も行くよね?。その時についてく。』

『わかった。俺はこのまま真っ直ぐ行くから。昼頃に部屋に行くな。』

『うん。待ってるし~。』


 喫茶店を出たところで光歌と分かれる。俺の目的地は黄華扇桜のギルドホールの横に隣接する建物。扉を利用したゲートをくぐり抜け、長い廊下を歩いていくと扉が現れる。


『おはようッス~。』


 扉を開くと、開けた視界に映る庭園。


『あら~。おはようだね~。基汐君~。』

『つつ美さん。おはようございます。』


 庭園に咲き、舞う花の中、つつ美さんがいた。周囲を駆ける子供達と笑顔で戯れている。


『あっ!。基汐兄ちゃんだ!。』

『あ~。ほんとだ~。』

『だ~。』


 子供達が俺に駆け寄ってくる。ここは、子供達の遊び場として利用している、つつ美さんのテリトリー。この世界で親を亡くした子供達を保護する場所だ。


『よっ!。皆元気か?。今日は沢山お菓子を持ってきてやったぞ!。』

『わ~い。』

『お菓子だ~。』

『皆で仲良く分けて食べるんだぞ。』

『は~い。』


 子供達にお菓子が入った袋を渡す。


『お兄ちゃん!。一緒に遊ぼー。』

『遊ぶぅ~。』

『ああ。良いぜ。じゃあ、鬼ごっこだ。』

『わ~。』


 俺は、ほぼ毎日ここに顔を出している。子供達が笑顔で過ごせるように、少しでも親を失った悲しみで顔を曇らせないように、こんな俺でも役に立てるならと足を運んでいる。


『おはよ。つつ美さん。基汐君。今日もありがとう。』

『おはようございます。つつ美さん。基汐お兄ちゃん。』

『おはようございます。つつ美さん。基汐さん。』

『おはよ~。』


 黄華さんが庭園にやって来た。一緒に瀬愛と翡無琥を連れている。ギルドマスターの黄華さんは、当然としてクロノフィリアのメンバーの何人かもここを出入りしている。皆子供達のことを心配しているのだ。俺と同じだな。


『あれ?。基汐君。先に来てたんだね。』

『さっき、喫茶店にいたのに。早いね。』


 良くここに来るメンバー。

 瀬愛と翡無琥。灯月と睦美。そして、今訪れた智鳴と氷姫だ。皆子供が好きなのだろう。毎日のようにこの場所に集まっている。たまに顔を見せる光歌や豊華さんもいるし、いつ来ても結構賑やかなんだよな。笑い声も絶えないし。

 子供達の悩みなどは、つつ美さんが解決してくれる。子供達はつつ美さんを母親代わりに育っていくんだろうな。


『じゃあ、俺はそろそろ行くな。』

『え~。基汐兄ちゃん行っちゃうの?。』

『もっと、遊びたい~。』


 あれから2、3時間くらいか。時刻は12時を過ぎたところだ。


『お昼の時間だろ?。遊びはいったん終わりだ。皆、飯の前には手を洗ってこい。』

『ご飯!。うん。洗う!。』

『お腹空いた~。』


 子供達の昼食はこの庭園で行われることが多い。仁さんの従者達が、ここまでバスケットを持ってくる。シートを敷き、さながらピクニックだ。

 今日のメニューはサンドイッチのようだ。色とりどりの具材が柔らかいパンに挟まれている。とても美味しそうだ。


『基汐ちゃんも~。食べていけば良いのに~。』

『光歌と食べるので大丈夫です。心遣いありがとうございます。じゃあ、また来ますね。』

『は~い。いつでもいらっしゃい~。』


 つつ美さん達と分かれ庭園を後にする。今日も庭園は平和そのものだ。

 この後は…光歌と合流し昼食を済ませ、午後からは見回りとなる。

 黄華扇桜の支配エリアはかなり広く隣には、六大ギルドだった元赤蘭の支配エリアが隣接している。現在、赤蘭の支配を失ったエリアは、中規模の複数のギルドが各エリアに分けて支配している。その為、今までに比べ黄華扇桜へ侵入しようとする者達が増えたのだ。

 黄華さんの方針で黄華扇桜のギルドは女性しか存在しない。今では、保護している能力を持たない者や俺達の存在で男性率も上がったとはいえ、それを周囲のギルドが知る術はない。しかも、黄華扇桜はゲーム時代から他ギルドへのサポートを中心に活動していたことを知る者は多く、戦闘に関しては六大ギルド最弱と言っていい。それを知る元プレイヤー達は、元女性プレイヤーの誘拐を狙って攻めて来ることが増えたのだ。

 極めつけは、俺達、クロノフィリアが拠点を移し変えたことで、元々荒れていた廃墟街からも黄華扇桜に対する干渉が増えてしまったということ。それにより、俺達の見回りする範囲が増えたてしまい、こうして時間帯を決め交代で見回りを行うこととなった。


『さて、行くか。』

『ダーリン。一緒に行って良いし?。』

『ん?。良いけど。光歌の方は用事終わったのか?。』

『完璧だし。ちゃんとメイド服はクライアントに引き渡されたし。』

『ああ…。』


 睦美の…。クライアントは…灯月…だよな。ちょっと見てみたい…気もするが…。まぁ、いつか見れるだろう。

 こうして、光歌が同行することとなった午後の見回り。何事もなければ良いが…と思っていると、そんな日に限ってバカが居るんだ…。


『ひゅーーー。さすが黄華扇桜だ。いきなり上玉を引き当てたぜ。』

『ははは。やったな。兄貴。しかも、若い女だ。最高だぜ。今夜から楽しめそうだな。』


 光歌をイヤらしい目で見つめる2人の男。会話の雰囲気から初めての潜入なのだろう。やはり、中規模ギルドには、クロノフィリアが居ることは知られていないようだな。


『ねぇ。ダーリン。見回りっていつもこんなのに会うの?。』

『いや、たまに…だな。毎回じゃないよ。俺以外も見回りしてるから、夜とかは分からないけど…。』

『まあ、良いし。ねぇ。殺しちゃって良いし?。』

『いや、殺しはしない方向で。するなら俺がやる。光歌は手を出さないでくれ。』


 光歌には、なるべく人殺しはさせたくないしな。それに、光歌に何かあれば…チラリと後ろの建物の角を見る…。

 そこには…やっぱり、居るよな…。

 建物の陰から俺達を監視している視線。仁さんの従者、メルティとリオウ、ゼルドの3人。

 普段は表に出さないが仁さんは光歌を溺愛している。光歌の周囲には、常に2人以上の従者が配備されその身を守っているのだ。何かあればすぐに駆け付けられる距離と光歌の広範囲に展開された気配察知に引っ掛からないギリギリの位置をキープしながら。仮にこの場で、相手が光歌に危害を加えようものなら…どんな惨劇がこの場で繰り広げられることか…。


『なら、追っ払う形でするし。ダーリンは見てて良いし。』

『ん、お、おう。』


 相当、相手の視線が気に食わなかったのか…。めんどくさがりの光歌が自ら名乗り出るとは…。


『まぁ…ほどほどにな。』

『了~。』


 ドンッ!ドンッ!。

 返事と同時に発砲する光歌。


『え!?。』

『は!?。』

『速い…。会話も無しか…。』


 何が起こったのか理解が追い付かない男達。両腕を失ったことに気付いたのは数秒経過してからのことだった。


『ぎゃぁぁぁぁぁあああああ!腕がぁぁぁぁぁあああああ!?。』

『俺の…俺の…腕がぁぁぁぁぁあああああ!?。』


 1発目の弾丸が1人の男の腕を吹き飛ばし、壁に当たり跳弾でもう1本の腕も宙を舞った。

 最後に跳弾に対して狙い撃たれた2発目の弾丸が命中し弾丸の軌道を変え、もう1人の男の両腕を同時に消し去った。


『これに懲りたらもう来るなし。』

『ひぃ!。わぁぁぁぁぁあああああ!!!。』


 逃げていく2人の男。


『終わり。ブイ。』

『ああ。容赦ないがグッジョブだ。これで今の奴らが来ることは無いだろう。』


 奴らは運が良かった。見回りをしているのは俺達だけではない。メンバーによっては即死しているところだ。命が残っただけ良かったよ。能力を使えば失った腕も復元することも出来るだろうしな。


『さぁ。ダーリン。見回り見回り。』

『ああ。行こう。』


 その後、この日は何事も無く見回りは終了した。


ーーーーーーーーーーーーーー


ーーー閃の起こし方ーーー


ーーー無華塁ーーー


 バンッ!。という凄まじい音と共に入室する無華塁。その音に驚いて俺は飛び起きた。


『うおっ!?。』

『閃!。朝!。走る!。』


 ガサゴソと俺の服が入っているクローゼットとタンスを漁りランニング用のスポーツウェア一式を用意した無華塁。靴もランニングシューズが既に手に持たれ準備された状態だ。


『おっ!おい!。無華塁!。ちょっと待て!。』

『やだ。待たない。いっぱい待ったから。』


 無華塁は、その馬鹿力で俺を持ち上げ無理矢理に寝間着を剥ぎ取り、強制的に着替えさせる。他所から見たら、ただ乱暴なだけだろう。だが、一切の無駄がない無華塁の手に掛かれば、俺は痛みや抵抗を全く感じることもなく、一瞬で着替え終えていたのだ。


『さぁ。閃。走ろう。』

『ああ。わかった。だが、少しだけ顔を洗う時間をくれ。歯も磨きたい。寝癖も直したい。』

『やだ。待てない。これで我慢。』


 ふきふきふき。ふきふきふき。


 そう言って、無華塁が用意したのは、適度に温められた濡れタオル。素早い手の動きで丁寧に顔を拭いてくれる。温かくて気持ちいいな。


『次。閃。仰向け。』


 肩を持たれ押し倒される。移動した無華塁の先は俺の後頭部。それが膝の上に乗せられた。


『口開けてる。動かない。』


 何処から取り出したのか歯ブラシ。強制的に開かされた俺の口に入れられる。これまた丁寧に、一本一本。歯の上をブラシが往復していく。ソフトで無駄がない上に速い。こんな、歯磨き初めてだ。


 しゃこしゃこしゃこ。しゃこしゃこしゃこ。


『終わり。次。起きて。』


 またもや、何処から取り出したのか…ドライヤーと櫛。ついでに霧吹き。


 しゃっしゃっしゃっ。

 

 霧吹きの水が髪に吹き掛けられていく。濡れていく髪。細かい水分が頭皮に吸収されていくようだ。


『まず。マッサージ。』

『おお。』


 頭皮のマッサージ。丁度良い力加減でツボを刺激されている。めっちゃ気持ちいいな。5分程でマッサージは終わり。タオルで髪の水気を吸いとられていく。


『目。瞑ってて。』


 ドライヤーから放出される温風が髪に当たった。残った髪の水気が蒸発していくようだ。


『最後。』


 櫛で、髪を整えていく。


『終わった。閃。格好いい。ランニング。行こう。』

『ああ。何か…色々ありがとう。』


 一瞬で使っていたドライヤーなどが片付けられる。すげぇな…俺、何もしてないのに全ての準備が終わったぞ…。てか、灯月より凄くないか?これ。

 こうして、あれよあれよと事は運び、無華塁と共に外に出たのだった。


ーーー


ーーー美緑の場合ーーー


『閃…さん…の…お部屋。入っちゃった…。どうしよう…。』


 美緑が俺の部屋に入って既に10分が経過した。ドアの前で立ち尽くしている。俺は一応起こされるのを待っているのだが…。結構真剣に俺を起こしたいって言ってたからな。そんな願いならいつでも叶えてやるよと…軽い気持ちで引き受けたのだが…。


『2人きり…2人きり…。布団に入ったら軽蔑されちゃうかな…。一緒に寝たいなぁ…。でも、灯月さん達との約束があるし…。手を握るくらいなら…。』


 この調子で10分が過ぎた。安心しろ美緑。お前達のリーダーは一瞬で約束を破棄してたぞ。


『うん。約束を破るのはダメ。普通に起こそう。』


 良い子過ぎる。ようやくこの状況から解放されるのか…助かった。


ーーー


ーーー砂羅の場合ーーー


『おはよーございまーす。』


 静かに入室する砂羅。普段は美緑を見守るお姉さん的なイメージなのだが…俺と2人になると少し雰囲気が変わる。


『閃…さん…。くすす…。』


 カチリッとドアの鍵が掛けられる。灯月とかなら身の危険を感じるのだがな。砂羅の場合は…。


『おじゃましま~す。』


 布団に入ってくる。俺の胸に顔を埋め身体を丸くする。


『ん~~~。閃さんの~。匂い~。好き~。』


 もぞもぞと俺の身体に埋もれていく。

 そう彼女はいつもこうやって布団に埋まって来るのだ。ちょうど俺が抱きしめやすそうな位置を見つけて。

 そんな彼女の背中に手を回し頭を撫でる。


『くすす。閃さん。起きてます?。』

『ああ。また潜り込んで来たな。』

『はい。もう少しだけ。このままでいさせて下さい。』

『ああ。良いぞ。撫でてて良いか?。』

『はい。この時間を待ち望んでいました。ん~。幸せですぅ~。』


 彼女はこうやって甘えてくる。この時だけは、お姉さんというより妹みたいだな。


ーーー


ーーー氷姫の場合ーーー


 パキパキパキパキ…。

 弾けるような高い音と、一気に下がる室内温度。吐く息が白くなる。は?。何してるんだコイツは?。

 氷姫は部屋着ではなく、戦闘服…真っ白な着物姿だった。


『これで。よし!。』

『何が、よし!。だ。何してる?。』

『扉を凍らせた。これで邪魔物は入ってこない。閃と2人きり。さぁ、私の身体を好きにして。良いよ。』

『おい。脱ぎ始めるな。…なぁ。お前は俺を起こしに来たんだよな?。』

『うん。主に下の方をね。』

『下ネタかよ…。却下。もう起きる。』

『ええ…。でも、2人きり…。』

『はぁ…。じゃあ、少し話そう。隣、来いよ。』

『うん!。行く。』


 その後、朝食の時間まで互いのオススメの本のことで語り合った。


ーーー


ーーー智鳴の場合ーーー


『閃ちゃん。朝だよ。起きて。』

『ん。ああ。朝か。』


 閃ちゃんを揺すって起こす。起こす前に寝顔を堪能。内緒だけど、キスまでしちゃった。


『いつもありがとな。智鳴。助かるよ。』

『えへへ。閃ちゃんの為だもん。当然だよ。役に立てるなら何でもやるよ。』

『ああ。智鳴…良いか?。』

『うん。閃ちゃんが望むなら。』


 私と閃ちゃんの唇が重なる。

 ひゃ~。おはようのちゅーだぁ~。幸せだよ~。だよ~。だよ~。だよ~。だよ~。だよ~。


 ………………………………


『おい。起きろ。智鳴。朝だぞ。』

『んーーー。閃ちゃん~。まだ朝だよ~。こんな時間から…ダメだよ~。夜まで~。待って~。』

『何の夢をみてんじゃ!。』

『はう!?。』


 突然、おでこに痛みが。


『あれ?。閃ちゃん?。』

『おはよう。目は覚めたか?。』

『うん。あれ?。閃ちゃん。私を押し倒さないの?。』

『何でやねん。まだ寝てるのか?。』

『そっか~。夢か~。えへへ。だよね~。はぁ…。』


 そうだよね~。閃ちゃんは、あんなこと…しないよね…。

 ん?。あれ?。今…。柔らかくて、あったかい感触が、唇に?。


『はぁ…これで。目が覚めただろう?。ほら、ミルクティーだ。これ飲んで落ち着け。』

『閃ちゃん。今。ちゅー…してくれたの?。』

『ああ。して欲しかったんだろう?。何だ…その、おはようのアレだ。言っただろう?。して欲しいことがあったら何でも言え。俺が出来る限り叶えてやるから。』

『うん。ありがとっ。閃ちゃん。えへへ。ミルクティー。美味しいね。』

『それは、良かった。』


 閃ちゃんと他愛のない朝の時間を満喫しながら、今度こそは寝坊しないぞっと、心に誓うのでした。

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