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第133話 基汐の日常①

 まだ薄暗い時間帯に目を覚ます。

 慣れた起床、考える間も無く自然に身体が動き、顔を洗い、歯を磨き、僅かに残る眠気を飛ばす。スポーツウェアに着替え、ランニング用の靴を取り出し外へ出た。

 ひんやりとした空気を身体全体で感じ、解放感に包まれながらスタートを切った。


『ふっ…ふっ…ふっ…。』


 一定のリズムで足を回転させる。地面を蹴る感触と、肌をすり抜けていく風を切る感覚がなんとも心地良い。決まったランニングコース。慣れた道のり。少しずつ昇る朝陽を眺めながら走り続ける。

 黄華扇桜の支配エリア。それが俺達クロノフィリアの新たな拠点だ。

 しかし、このランニングコースはずっと使い続けている場所だ。何せ、元々拠点のあった場所は廃ビルが連なる元オフィス街。道にはコンクリートやガラス、鉄骨などの瓦礫が散乱し足の踏み場もないようなところだった。黄華さんの計らいで黄華扇桜の並木道を使ってもいいと許しが出たことで、このコースを使うことが出来るようになった。

 

『はっ…はっ…はっ…。』


 程よく身体も温まり、筋肉もほぐれてきた。少しスピードを上げてみる。同時に移り変わる景色が過ぎ去る速さも上がる。


 体力作りと肉体強化の為に始めたランニング。今では習慣化してしまい、しなければ一日の調子が上がらない始末だ。


『おはようございます。基汐君。』

『おはようございます。神無さん。』


 走っていると、いつの間にか並走していた神無さん。

 クロノフィリアのメンバーの生活を見ていると皆各々に習慣があることがわかる。俺のように身体作りに勤しむ者の一人が神無さんだ。


『今日は走りやすいわね。』

『はい。ランニングには最適な気温ですね。』


 ランニング中、神無さんとは良く会う方だ。

 彼女も身体作りの為にしていると言っていた。ゲーム時代を含めて、現実世界で再会して以来、閃の前だと、謎の主に仕える忍びモードになるらしく、閃以外の話は聞かないという謎だらけの人だった。…が、最近そのモードは鳴りを潜め普通に気前の良いお姉さん…な、感じになった。心境の変化でもあったのだろうか?。しかも、最近、煌真とも恋人同士になったらしい。俺はてっきり閃のことが好きなのだと思っていたのだが…。まぁ…本人が幸せなら良いのかな。


『それじゃあね。基汐君。私は少し飛ばして行くわ。』

『ああ、はい。また、拠点で。』

『ええ。』


 ポニーテールを靡かせ、風のような速さで駆け抜けていく。


『は、やっ…。』


 流石、忍者。神無さんの速さは人数の増えた今のクロノフィリアでもトップクラスだ。あのスピードなら1、2を争えるんじゃないか?。


『閃、遅い。』

『いや、待て。お前が速すぎる。少しは累紅のスピードに合わせてやれよ…。』

『無理。私。鍛えるのに。妥協しない。』

『はぁ…はぁ…。閃君…。お気になさらず…はぁ…先に、行ってください…。』

『いや、そんなことしないから…。』


 神無さんの姿が見えなくなったのと入れ替わるように閃、無華塁、累紅の3人の姿が現れた。


『よっ!。閃。おはよう。』

『ん?。ああ。基汐か。おはよう。今日も早いな。』

『基汐。おはよう。』

『はぁ…はぁ…おは…よう…ござい…ます…。』


 この3人もランニングする人種だ。無華塁の無尽蔵の体力に累紅が振り回されている状態だな。正直、無華塁と走ると俺でもおいていかれるんだ。元々、速さにステータスを振っていない累紅には、さぞキツいだろう。

 閃は、肩で息をしている累紅の背中を擦りながら無華塁の相手もして、毎朝大変だな…。


『閃。まだ?。』

『休憩だ。お前は先に走っていても良いぞ?。』

『やだ。閃と一緒が良い。』

『はぁ…仕方ないな。後で組手に付き合ってやるから累紅に合わせてやれ。』

『っ!。うん。合わせる。』

『閃君。ごめんなさい。私の体力が無いばかりに。』

『それこそ気にするな。その体力をつける為にやってるんだ。焦ることはないよ。』

『うん…ありがとう。無華塁もごめんね。』

『うん。気にしてない。累紅も。一緒に。組手しよう。』

『え…。あっ…。その。お手柔らかに…お願いします。』


 閃と無華塁の組手か…。建物が無事だといいな…。


『じゃあな、閃。俺は先に行くぞ。』

『ああ、また拠点でな。』

『おう。』


 閃と別れ再びスピードを上げて走り出す。暫く走っていると見慣れた後ろ姿が見えた。


『おはよう。燕。賢磨さん。』


 見えた人影の正体は燕と賢磨さんの組み合わせ。


『やあ。おはよう。基汐君。』

『おはようございます!。』


 朝からテンションの高い学生の体操着姿の燕。…と、タンクトップ姿の賢磨さん。相変わらず細身でありながら絞りこまれた良い筋肉をお持ちですね…。筋肉を愛する者として尊敬しますよ。賢磨さんの筋肉さん。 


『ははは!。良い汗かいてるね!。基汐君!。』

『私も負けません!。代刃君に好かれるようにもっと努力します!。』

『その調子だ!。燕さん!。よぉし!。更にスピードアップだ!。』

『はい!。頑張ります!。』


 土煙を上げながら去っていく2人。


『テンション高いな…。賢磨さん…そんなキャラでしたか?。』


 見なかったことにしたいが…明日も見ることになるんだよな…。

 …と、今、出会った人物達が朝にランニングを行っているメンバー達だ。皆、身体作りに勤しんでいるんだ。まずは強い肉体から、そうだ。戦いは始まっている。いつ如何なる時でも万全な準備を心掛けないとな。


『ふっ…。はぁ…。ふっ…。はぁ…。』


 ランニングを終え、部屋に戻ると次は筋トレ。腕立て、腹筋、背筋、スクワット…などなど。適度に筋肉に負荷を与えていく。


『よし。こんなところか。』


 ザァァァァァ……………。


『ふぅ…さっぱりしたな。』


 シャワーで汗を流す。タオルで身体を拭き、慣れた動き普段着に着替える。

 時計を見ると、7時…5分前。


『そろそろ、向かうか。』


 部屋を後に廊下へ。そして、喫茶店へ。


『やあ。おはよう。基汐君。』

『おはようございます。仁さん。』


 喫茶店のカウンターには、仁さんが椅子に座り無凱さんの集めた情報資料に目を通していた。


『いつも、わるいね。助かるよ。』

『いえ、自分も皆さんのお役に立ちたいので。』

『ふふ。ありがとう。光歌はまだ寝てるのかい?。』

『多分、そうです。昨日は豊華さんと夜遅くまで新しい服を作るって言ってましたので。おそらく、寝落ちでもしてるのではないかと。』

『ああ。成程ね。あまりだらしなかったら、厳しく言ってくれて良いからね。』

『はい。でも、光歌はしっかり者ですから。大丈夫ですよ。俺も出来る限りのフォローはしますんで。』

『ああ。助かるよ。ありがとう。』


 仁さんとの会話を終え、厨房へ入る。


『おはようございます。』

『おう!。おはよう!。基汐のぼっちゃん!。』

『おはようございます。基汐にぃ様。』

『おはよう。基汐。』


 厨房には、そこの守護神ガドウさん。そして、灯月と睦美の3人がいた。

 ガドウさんは仁さんのスキルで生み出された従者の1人。担当エリアは厨房で、ギルド皆の食事を一身で引き受けている。

 そんなガドウさんを手伝うのが、灯月と睦美、そして、俺だ。


『手伝います。この魚で良いですか?。』

『おう!。ありがとな。頼む。』

『はい。』


 調理台に用意された魚を捌いていく。

 元々、料理が趣味だった俺はこうして皆の朝食作りを手伝うのが日課なのだ。


『相変わらず、お上手ですね。基汐にぃ様。』


 灯月が俺の包丁捌きを見て感心の声をあげた。


 しかし、彼女も彼女で俺の方を見ながら流れるように卵焼きを作っている。自分の手元を見ずに…。


『凄いのは、灯月の方だ。』

『私はメイドですので当然です。メイドでない基汐にぃ様だから凄いのです。』


 メイドって何だっけ?。


『それを言うなら睦美だって凄いだろう?。』


 睦美は、味噌汁と豚汁を同時に作っているようだ。巨大な鉄鍋に次々に切られて投入されていく食材。その手捌きは明らかに俺を凌駕しているのだが…。


『睦美ちゃんは、これからメイドになる身ですので当然です。』

『メイドにはならんと言っておるだろうが。』

『ええ。何故ですか?。ふりふりですよ?。可愛いですよ?。』

『着ない。ワシはこの格好が慣れているのでな。今さらヒラヒラなど動きづらくて敵わんわ。』

『そんなぁ…。私と2人で、にぃ様にお仕えするメイド姉妹とか、やってみたくありませんか?。』

『せん。』

『…そうですか。その固い意志。恐れ入ります。ですが、この前のことです。にぃ様が言ってましたよ?。』

『ピクリッ…。』

『睦美は可愛いから何を着ても似合うと思うぞ。』

『ピクリッ…。』

『睦美は普段がきっちりとした服を着ているからな、たまにはヒラヒラの服を着た姿も見てみたいな。』

『ピクッ!。』

『はぁ…やっぱ睦美は癒しだわ~。』

『………おい。』

『はい?。』

『今の話、どこまでが本当じゃ?。』

『前半の2つです。最後のは私の妄想です。』

『平気で嘘を混ぜるでないわ。』

『ですが、最初の2つは多少の脚色がありますが、にぃ様が仰っていたのは事実ですよ?。』

『っ!?。そ、そうなのか?。』

『はい。』

『旦那…閃はワシのメイド服を着た姿を見たいと言っていたのか?。』

『はい。』

『そ、そうか…そこまで言われたのであれば、今度、着てみようかの?。』

『ええ!。ええ!。それは良いことだと思います。早速、今日、着ましょう!。』

『待て!。ワシの身体に合う、その…メイド服が無いじゃろうが!。』

『ふふふ。こんなこともあろうかと!。昨日、光歌ねぇ様と豊華ねぇ様に頼んでおきましたのです!。』

『………。』


 ああ。だから光歌の奴、張り切ってたのか。豊華さんと協力して大至急服を作らないといけないって目を輝かせてたからな。


『灯月…。』

『はい。何でしょうか?。睦美ちゃん。』

『お前。ワシをハメたな?。』

『ふっ…。』

『隠す気無しか。』

『ふっ…。』


 何故か、俺に向けてしてやったりのどや顔を披露し親指を立てる灯月。 


『キッ!。』


 それを見て睦美が俺を睨む。


『いや、俺は関係ないから。』

『っ!?。そうか…スマン。悪いのは灯月だけだったようだな。灯月。』

『何ですか?。睦美ちゃん。』

『閃に言ってお仕置きしてもらうからな!。覚悟せい!。』

『はぁい!。』

『何故…嬉しそうなんじゃ!?。』

『ははははは!。朝から元気だな!嬢ちゃん達は!。』


 賑やかな厨房。

 会話をしながらも、全員の手元は素早く動き様々な料理が出来上がっていく。

 ああ。因みに灯月の厨房立ち入り禁止令は仁さんによって解除された。猫の手も借りたいこの状況では、やはり灯月の腕前を腐らせる訳にはいかなかったようだ。まぁ、厳重注意、食材を使う際の報告を怠らないという約束で解禁された。


『じゃあ、俺はこれで。光歌を起こしてきますので。』

『おう!。助かったぜ!。基汐のぼっちゃん!。ありがとな!。』

『はい。では。』


 厨房を出ると、仁さんと話している閃の姿があった。シャワーを浴びた後のようだ。僅かだが髪が濡れている。


『よっ!。基汐。さっきぶり。』

『ああ。閃は、いつものか?。』

『ああ。そろそろ、智鳴を起こしてやらないとな。』

『お待ちどおさま。ミルクティーだよ。』

『サンキュー。仁さん。』


 盆に乗るミルクティーを受け取る閃。閃はこれから智鳴を起こしに行くようだ。智鳴は朝が弱い。毎朝、閃が眠気覚ましにミルクティーを持っていっているようで、この光景も見慣れらものだ。


『にぃ様~。』


 厨房から現れた灯月が閃に抱きついた。


『おっ。灯月。おはよう。良い子にしてたか?。』

『はい。誰にも迷惑かけていません!。皆さんが困っていれば手を差し伸べ、共に問題を解決に導いています。』

『おう。偉いな。』

『えへへ。当然です。』

『旦那様!。』

『っと、睦美もか。おはよう。』

『おはようございます。旦那様。』


 タイミングを見計らってか、灯月が閃から離れたタイミングで睦美が閃に抱きつく。挨拶をする際に1歩退き、丁寧な動作で頭を下げてから再び抱きついた。睦美って、育ちが良いのか?。良家のお嬢様だったり?。


『お聞きください。旦那様。この灯月は、あろうことか私にメイド服を着させようと旦那様の発言を増長させ私を騙したのです。どうか。厳しい罰を与えてくださいませ!。』

『ん?。そうなのか?。因みにどんなことを言われた?。』

『はい。旦那様が私のメイド服姿を見たいと…あと、私は旦那様の癒しだわ~と仰ったと…。』

『まぁ、メイド服姿は見たいな。』

『えっ!?。』

『睦美なら絶対似合うと思うしな。』

『そ、そうですか?。』たじたじ…。

『ああ。あと、癒しっていうのも嘘じゃないな。睦美と一緒だと落ち着くしな。いつもありがとうな。』

『はい…。旦那様の望みのままに…。』


 閃に頭を撫でられた睦美。普段がワシとか、のじゃ口調なので忘れがちだが年齢は翡無琥や美緑の次に低いのだ。赤く照れたその表情は年相応の可憐さを宿していた。


『ほら、どうですか?。睦美ちゃん。私は嘘を言いません!。』

『そ、そうだな。すまなかった。じゃが、ワシをメイド服の為にハメたのは本当じゃろう?。』

『はい。誘導尋問です。』

『隠さぬのな…。』

『にぃ様に嘘はつけませんので。にぃ様。』

『な、何だ?。』

『私は睦美ちゃんを手のひらの上でコロコロしました。』

『言い方…。』

『どうか。私に罰を与えてくださいませ!。』


 何処から取り出したのか、灯月の両手に抱えられたアイテム。って、何でそんなもん持ってるんだ!?。


『えっ…と。なんだそれ?。』

『あら?。にぃ様。知りませんか?。これは手錠と縄と鞭と蝋燭です。俗に言う。SMプレイ用の道具です。』

『いや…知ってる。知っているからこそ聞いてるんだ。何でそんなもん持ってるんだ?。』

『それが、代刃ねぇ様の部屋で見つけました。いつか、にぃ様に使ってもらいたいらしく大事に仕舞われていたので、少し拝借した次第です。大変ですね。にぃ様も、ドMが相手だと。まぁ、私もどちらかと言うとMの方ですが。』

『お前なぁ…こんな人の多いところで何てことを暴露してんだよ!。代刃が泣くぞ?。』

『喜びで?。』

『悲しみだろう…。』

『むぅ。そうですか…。』

『そっと代刃に返しておくんだぞ?。あと、持ち出したことも内緒にしてやれ。むしろ今この場のことは無かったことにしよう。いや、してやれ。可哀想過ぎる。』

『わかりました。にぃ様。』


 閃が無言で俺をチラリと見る。

 流石に言いふらすマネは出来ねぇよ…。俺も無言で首を縦に振った。


『では。にぃ様。私への罰は如何致しますか?。』

『何で嬉しそうなんだよ…。いや、待てよ。よし、決めた。灯月。お前への罰だ。罪状は、代刃の持ち物を勝手に持ち出したことに対してだ。だめだろう?。人の物を勝手に取っちゃ。』

『はぁい!。何ですか!。何ですか!。』


 もう灯月は閃が絡めば何でも嬉しいのだろうな。


『これから1週間。お前とは口をきかない。これで決まりだ。』

『え…。』

『今からスタートな。はい。スタート。』

『え?。え?。にぃ様?。にぃ様?。』

『じゃあ、仁さん。これ持ってきますね。盆は後で返しに来ますので。』

『うん。よろしくね。』

『じゃあな。睦美、基汐。また後でな。』

『はい。旦那様。』

『ああ…。』

『あれ?。にぃ様が私にだけ、挨拶してくれません?。にぃ様?。灯月も居ますよ?。にぃ様。』

『さて、行くか。』

『あら?。歩き出される?。私ここに居るのに?。にぃ様?。』


 そのまま、とことこと階段を上がっていく閃の後ろ姿を眺める俺達と、閃の無反応差に顔色を悪くする灯月。


『にぃ様ぁ…。』

『その…灯月よ。ワシが言うのも何じゃが…あまり落ち込むな。すぐにいつも通りに閃も対話してくれると思うぞ?。』

『ひっく…ひっく…。』

『あっ…これは…。』


 久しぶりに見るな。


『わたし…お兄ちゃんに…きらわれちゃった?。』

『うぉ、ひ、灯月!?。お兄ちゃん!?。』

『おやおや。これは珍しいね。』


 絶望的な顔でガチ泣きする灯月。

 普段とのギャップに驚く仁さんと睦美。昔は良く泣いてたな…。灯月の行動原理は【閃にかまってもらう】という一点から来ている。今までの行動も、習得した技術も、全て閃に対する接点を持ちたいからという理由から派生したものだ。つまり、閃に気にしてもらえない状況そのものが、灯月とっての今までの人生全てを無に帰してしまう程の大問題となる。


『あの…灯月さん。私も一緒に謝りにいきますので…後でご主人様のところに行きましょう。

『うん…。』


 睦美までキャラが逆転してるし…。このカオスな状況を作り出すとは…。閃…恐るべしだな。


『基汐君そろそろ、光歌を起こしてきてくれないかい?。』


 状況を見かねた仁さんが俺に言う。


『あ、そうですね。すまん。2人とも俺はここで失礼するな。』

『あ、はい。基汐さん。ご迷惑をお掛けしました。』

『お兄ちゃん…。』


 やっべぇ…睦美の丁寧語に違和感しかない…。

 その場を後に階段を上がっていく。チラリと様子を確認すると崩れる灯月の背中を小さな手で背中を擦っていた。何だかんだで仲良いな。

 

 光歌の部屋を目指して廊下を歩いていく。


『基汐君。』

『ん?。ああ、賢磨さん。どうも。』


 賢磨さんもランニングを終えたようだ。ラフな部屋着に着替えていた。


『どうやら、豊華さんが光歌ちゃんの部屋にお邪魔しているみたいでね。迎えに行くところなんだ。』

『ああ。そうみたいですね。昨日の夜は2人で何か作っていたみたいですよ。』


 作っていたのは睦美のメイド服なのだが…何となく黙っておこう。


『じゃあ、一緒に行きましょう。』

『うん。そうだね。』


 賢磨さんと共に光歌の部屋に。

 ノックをしても返事はない。静かにドアを開けて中の様子を伺いながら入室する。中は薄暗い。カーテンの隙間から僅かに光が射し込んでいる。


『やれやれ。』


 カーテンを左右に開く。

 明るくなった部屋の中は悲惨を極めていた。

 あらゆる場所に散乱した糸や布やハサミや針。ミシンに定規…などなど。本来の光歌はキレイ好きだ。掃除も欠かさない。この部屋の惨劇は昨晩だけで行われたということかよ。

 更に、無惨に脱ぎ捨てられた光歌の部屋着。下着までも乱雑に床に落ちている。光歌は下着を着けないでパジャマで寝るからな。仕方ないとはいえ…他人には見せられないぞこれ。


『しかし、これか…クオリティ高いな…。』


 部屋の中央にある睦美の体型に合わせた作りになっているマネキン。そいつが着ている完成されたメイド服。灯月のとはお揃い。いや、灯月のとは違い背中は開いていない。この完成度を一晩で作ったのか…。


『凄いね…これは…。』

『ええ。流石…ですね。』


 賢磨さんも感心している。


『さて、豊華さん。起きれますか?。』


 床に丸まって眠っていた豊華さんを発見する。優しく揺すっても起きる気配はない。


『やれやれ。何時まで起きていたのやら。基汐君。僕は豊華さんを部屋に運ぶから後のことを任せても良いかい?。』

『ああ。はい。大丈夫です。』

『ありがとう。よっと。』


 賢磨さんは軽々と豊華さんを持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。


『んーーーーー。賢磨ぁ~。』

『はい。ここに居ますよ。って寝言のようだ。』

『子供~。欲しいぞ~。』

『はいはい。何人くらいですか?。』

『ふふふ…。むにゃむにゃ…。11ぃ…。』

『それは凄い。サッカーチームだ。』

『バスケ~。』

『なんと。5対5の対戦型でしたか。しかも審判まで。それは頑張らないといけませんね。』

『ふふふ…。がんばろー。』


 賢磨さんは俺に目配せし退室していった。


『さて、光歌。朝だぞ。起きろ。』

『んーーーーー。まだ眠い…。』

『はいはい。でも、朝ごはんは食べないとな。ほれ。起きろ。』

『ん?。ああ~。ダーリン。おはよー。』

『ああ。おはよう。起きたか?。』

『んー。まだ、寝てるー。ちゅーしてくれたら起きるよー。』

『はぁ…仕方ないな。』


 光歌の唇に自分の唇を重ねた。


『えへへ。ダーリン。大好き~。』

『ああ。俺もだ。』

『んーーーーーっ。私は~。もっと~。好き~。』


 その後、寝起きで甘えモードになっている光歌が完全に覚醒するまでベッドの隣で相手をしていた。

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