第131話 選択と覚悟
ここまで、このストーリーを読んでくださった方々どうもありがとうございます。
今回の話で一区切りになります。
全部で三部構成を予定していますので、良ければこれからも読んで頂けると嬉しいです。
夕日が沈み。夜の帳が下りた。
沈み行く夕日をビルの屋上から眺めながらリスティナとの他愛の無い会話が進んでいた。
リスティナとの会話は、俺の心を自然と安心感で包み込み懐かしさと嬉しさが込み上がって来るように感じた。
一頻り俺との会話を楽しんだリスティナは、最後に俺を優しく抱擁すると満足気に屋上を後にした。
『閃君、少し良いかな?。』
『ん?。ああ、黄華さん。どうかした?。』
入れ替わるように屋上にやってきたのは黄華さん。その後ろには瀬愛と翡無琥がいた。
『お兄ちゃん!。』
『おっと!?。』
凄い勢いで飛び付いてくる瀬愛を優しく受け止める。今までよりも少し成長した姿。背も体重も増え年相応…よりは小柄で、軽い少女。願いが叶って良かったよ。
詳しく聞くと翡無琥も同じスキルを獲得したようだ。先程までよりも身体が成長している。元々、大人びていて発育の良い身体が、静かな性格も相まって更に可憐な少女へと変化していた。
『翡無琥ちゃん達が閃君にお礼がしたいって。』
『お礼?。俺は何もしていないぞ?。』
『お兄ちゃんが私たちのことを考えてくれていたことが嬉しいんです。だから、お礼です。』
『お兄ちゃんは瀬愛のお願い、忘れてなかったの!。だから…ありがとうございます!大好き!。』
忘れる訳がない。俺の大切な仲間だ。仲間の願いは誰のだって叶えてやりたいのは当然の感情だろう。だが、残念なことに俺には、彼女達の願いを叶えてやれる力はない。運良くリスティナの能力にすがっただけだ。俺に出来たのは彼女達の心の代弁だけ。
『そうか…お前達が喜んでくれて良かった。これからも、色々なことがあると思うが何かあれば一緒に乗り越えて行こう。』
『はい。』
『うん!。』
黄華さん達が屋上を去っていく。
『閃ちゃん。』
『閃。』
『智鳴と氷姫か。どうした?。』
続いて屋上にやって来たのは智鳴と氷姫の2人。普段あまり人の来ない屋上なのだが…。
『閃ちゃんを探してたんだよ。』
『俺を?。』
『うん。喫茶店を出てく時の閃ちゃんが難しい顔をしてたから気になったの。』
『閃。悩み事?。』
心配そうに俺の顔を覗き込む2人。
そうか…顔に出てたか…。
『心配かけたみたいだな。』
『当たり前だよ!閃ちゃんが悩んでるなら相談に乗るよ!。』
『私も。』
『ありがとう。いや…悩み…というより不安って感じかな。』
『不安?。』
『どんなこと?。』
『今日…リスティナが俺達の仲間になった。それは心強い味方だ。この敵だらけの世界で最大の戦力を味方につけたと言って良い。何せ神様だからな。だが、それでもリスティナが言う敵は強大だ。だから、俺は…どうすれば良いのか。どう行動すれば良いのかを考えていたんだ。』
『そうなんだ。…うん。リスティナさんは凄いよね。何でも出来ちゃう。』
『神様。優しいと思う。』
『氷姫もそう思うか?。』
『うん。閃を見る目がお母さんの目だった。優しくて。』
『私もそう思うよ。何て言うか…勘だけど。私達のこと本当に助けたいと思ってる…気がするよ。』
『ああ。だよな。…少し前にここに来た無華塁にも似たようなこと言われた。』
『無華塁ちゃん?。』
『無華塁も勘が良い。智ぃちゃんと一緒。』
ーーー30分程前(廊下)ーーー
『閃。』
何気無く屋上へ向かっていた俺。
夕日でも見ながら考え事でもまとめるかと思い廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこには無華塁が立っていた。
『ん?。ああ、無華塁か。どうした。』
『閃。悩み事。あるみたい。』
『………。』
『リスティナのこと。これからのこと。不安に思ってる。』
『何でそう思うんだ?。』
『勘。』
『勘?。』
勘かよ…。
『勘。』
『そうか…無華塁はどう考えてるんだ?。』
『リスティナ。神様。凄い。』
『凄い…か。』
『リスティナも。閃のこと大好き。』
『息子…らしいからな。』
それは俺も感じていた。
俺を見るリスティナは本当に嬉しそうな表情を浮かべる。今思うと、その瞳はゲームの時…初めて出会った時にも感じた気がした。
『閃の。思う通りに。行動すれば良い。』
『ん?。ああ、これからの話しか。』
『うん。』
『お前はそれで良いのか?。』
『うん。私は閃と一緒に歩くだけ。私も閃が大好き。だから。』
『ははは。単純だな。』
『うん。単純。』
ーーー
『そんなことを言われた。』
『私も!閃ちゃんが大好き!ずっと一緒にいるよ!。』
『私は閃のモノ。』
このタイミングで猛烈なアピールを始める狐と氷女。
俺の両端を陣取り腕に抱き付いてくる。男冥利…彼氏冥利に尽きるというか。美少女2人に囲まれて幸せを噛み締めよう。
『にぃ様…。お幸せそうですね。私も、にぃ様の恋人兼義妹として幸せにしてみせます。』
『閃…ズルいよ。僕も一緒だよ!。』
『これ…灯月!何故ワシを抱き抱えておる!。』
おそらく、影で話を聞いていたんだろう灯月と代刃。そして、灯月に抱き抱えられている幼女姿の睦美。
『灯月はどうして睦美を抱き抱えているんだ?。』
『だ、旦那様!こんなはしたない格好で申し訳ありません!灯月に突然捕まれここまで連れてこられた次第です!。』
『暴れないで下さい。睦美ちゃん。悔しいですが…貴女は、にぃ様にとって癒しです。こういう時こそ!その可憐な姿でにぃ様を共に癒しましょう!。』
『お、おい。待て!。』
『ひゃっ!。』
胸の前に睦美を抱いた灯月は、智鳴と氷姫ごと俺の胸元へと睦美を押し付け自身の身体とサンドイッチにする形になった。
『大丈夫か?。睦美?。』
『旦那…様…の胸板…逞しいです。背中に、凄く柔らかい感触を感じるのが…女としての敗北感を感じますが…。』
『にぃ様。どうですか?。癒されますか?。』
『まぁ、癒されるが…。』
何だ…この状況は…。
『ズルいよ!皆!僕もくっつきたい!。』
『では、そろそろ素直になるべきではありませんか?代刃ねぇ様?。』
『むぅ。』
代刃が俺を見つめながら、顔を真っ赤にし近付いてくる。俺好みの顔が間近に迫る。
『閃。』
『は、はい…。』
あまりの迫力につい敬語になってしまった。
『僕…閃が大好き!僕を恋人にして…欲しい…なぁ…なんて…言って…みたりしてみて…も…良いかなぁ…なんて…なんて…。大好き…。うん!大好き!。』
ここまでされては、俺の心は決まっているようなものだ。ずっと俺を想っていたことも知っている。てか、あんな大会で灯月と2人で叫ばれたら気付かない訳ないだろうが…。
『皆…少し離れてくれるか?。』
俺の考えを察したのか灯月、睦美、智鳴、氷姫が距離を取る。
『代刃。』
『え!?。は、はい!?。』
代刃の両肩を掴み、目線を合わせる。
『俺もお前が好きだ。俺と恋人になって欲しい。』
『ほぁ?。あの…その…良いの?。僕で…。』
『ああ。正直な話、お前の外見も性格も全部が俺の好みのドストライクなんだ。』
『そ、そうなの?。』
『ああ。だから。お前が俺を好きな以上に俺はお前が好きなんだ。』
『そ…そう…なんだ…。』
『確認したいのは俺の方だ。灯月や睦美達も恋人だ。何人もの恋人を作ってしまった俺で本当に良いのか?。お前1人だけを愛してやることは出来ない…そんな普通の恋愛すらしてやれない…何股もしている最低な男だが…俺で本当に良いのか?。』
『ははは。そんなこと気にしてたの?。ハーレム計画だっけ?。全部、灯月が仕向けたんでしょ?。』
『ええ。そうですよ。計画通りです。』
『まんまとはまった訳だ。だが、最終的に決断したのは俺だ。恋人になる以上、俺はお前を大切にする。俺が出来る限りお前の望みを叶える。』
『はは。うん。ありがとう、閃。僕も大好き。でも、閃だけじゃないよ。僕も閃の望みを叶えるからね。』
『そうか…。』
『これからも…これから宜しくね。僕は閃の恋人だよ。』
『ああ。恋人として宜しくな。』
こうして、代刃とも恋人となった。
他の皆も代刃に向け拍手をし、改めて同じ人間を好きになった仲間として代刃を祝福したのだった。そんな中、灯月だけが『計画通り』といった感じの表情を浮かべていたが…うん。見なかったことにしようか。
『なぁ。皆に確認したいんだが良いか?。』
これからのこと。
彼女達に確認したい。俺の選ぶ選択。それに皆を巻き込んでも良いのかを…。後悔はしないのかを…。
『何でしょうか?。』
『これからも…俺に付いてきてくれるか?。』
『もちろんです。私は常に、にぃ様と共にありますので。悩むことなどありませんよ。』
『わ、私も閃ちゃんと一緒だよ。』
『私も。』
『私もです。旦那様。いつまでも。どこまでも。』
『僕もだよ。閃。』
『そうか…ありがとう。』
俺の問いに皆が笑顔で応えてくれた。
俺は皆に支えられている。それに俺も応えたい。単純な理由だが。皆が居れば俺は前を向ける。だから。もう迷いはしない。どんなことが待ち受けていようとクロノフィリア全員で乗り越えて行って見せる。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーー緑龍絶栄 領土内 とある洞窟ーーー
『へぇ。ここなのね。随分と、暗くてジメジメしているわね。不快だわ。』
『………。』
文句を言い続けるドレスに身を包んだ少女に対し無言で案内する、現 緑龍絶栄 ギルドマスター 端骨。ギルドマスターと肩書きを持つが既に戦力と呼べる者は先の戦いで全滅してしまった。ギルドとしては崩壊している。
無言なのは、後ろを歩く少女は…その可憐な見た目とは裏腹に気に入らないことがあると問答無用で他人を殺す。もしくは四肢の一部を切り刻むという理不尽極まりない行動をするのだ。
端骨は愚かにも何度も口を出し、四肢はもちろん、最悪、心臓や顔面を破壊されたこともあった。その度に、強制的に再生され蘇るのだが。
しかし、理不尽というのは決して過去の出来事が参考になるというモノではない。
『ねぇ。何で私を無視するのかしら?。』
『え!?。』
その瞬間、端骨の首は地面に落ちた。
転がり、上下左右の境界が曖昧になりながら端骨の意識は消失した。
が…次の瞬間。
『あ、あれ?。私は?。』
何事もなかったかのように首は胴体に繋がっていた。
目の前の少女にかかれば、人間の生死など自在に操作できるということを態々と見せ付けられる。
『勝手に死なれたら道案内がいなくなるわ。それまでは、死なないで欲しいの。』
そう。端骨が何度も蘇生される理由。
それは、
彼女をクリエイターズのメンバーが集まる場所まで連れていく。
ただ、それだけ。それだけが彼がまだ生かされているのだ。
幾度となく生と死を繰り返した端骨の精神は常識を逸脱する程の強靭さを手にすることとなる。それは、やがて狂人さを宿した人外の怪物へと端骨を進化させることとなり、その矛先はクロノフィリアへと向けられるのだが…それはまだ先の話。
『此方です。』
やがて、たどり着く一つの扉。
扉に埋め込まれた巨大な目玉。それが端骨を認識し開錠すると扉は静かに左右へと開いていった。
『お待ちしておりました。アイシス様。』
膝をつき頭を垂れる6名。
クリエイターズのメンバーである。事前に端骨から連絡を受け、アイシス。目の前の少女の訪れを待ち続けていたのだ。
『あら?。2人足りないわ?。どういうことかしら?。私の出迎えを疎かにするなんて許されないことよ?。』
『はい…それには理由がありまして…ぐぼっ。』
アイシスの質問に対し応えようとした男の顔が吹き飛んだ。周囲に飛び散る鮮血と無惨に潰され壁に叩きつけられた顔面に残る5名が言葉を失う。
『理由なんて要らないわ。この場にいない。それが問題なの。でも、そうね…どうして居ないのか、は知りたいわ。教えてくれるかしら?。貴女。』
『は…はい。』
話を振られた少女の肩がビクリッと跳ねた。その少女は雷皇獣を使役し閃へと仕向けた過去を持つ。
『この場に居ないカナリアとナリヤの2名は、我々を裏切りクロノフィリア側に寝返りました。我々の情報をクロノフィリアへ流し彼等を手助けしています。』
『へ~。クロノフィリアっていうのは確かダーリンのいるところよね?。そうなのね。ふふふ。そういうことなら構わないわ。』
『っ?。』
何が構わないのか。我々の敵となった裏切り者に対し怒りを露にするところだろうに、アイシスは楽しそうに笑っている。
『ふふ、この話はもう良いわ。あっ!そうだわ。貴方達に確認したいことがあったの。ねぇ。どうしてここに私達の情報を持つデータが存在するの?。』
『それは…。』
隣にいた青年の見た目をした男が声を上げた。が…その瞬間、上半身が破裂し肉塊と姿を変える。
『私は、この女に話しかけてるのよ?。はぁ…勝手に割り込んで来られると困るわ。それで?。どうしてかしら?。』
『は…はい。それは、【あの方】の命令です。』
『それは、本当なの?。』
『はい。そもそも、この世界は【あの方】の命令で創造しました。あの目的の為に…そして、我々のデータを持つ者が存在する理由は、その者達が歴史を動かす特異点となり、人類を導くように設定したからです。』
『そうなのね。【あの方】が…でも、私はその事を知らなかったわ?。何故なのかしら?。』
『そ、それは…。』
クロノフィリアが機械の中に世界を創造することを命じられた時、アイシスは自室に引きこもり映画観賞を行っていた。
もし、その事をそのまま話せばアイシスがどういう行動を起こすのか分からない。納得するのか、逆ギレするのか…。下手なことは言えない。だが、嘘を言い…バレた時は確実に殺されることは明白。
『恐れながら…アイシス様はちょうど映画をご鑑賞の時でしたので、【あの方】も気をきかせてくれたのではないかと…。』
『あらあら。そうだったわね。なら仕方ないわね。ふふ。ありがとう。教えてくれて。お礼に貴女の【お願い】を1つ叶えてあげるわ。』
『…。』
アイシスの能力ならば、どんな願いでも叶えられるだろう。だが、彼女の機嫌を損ねずに済む【お願い】を考えなければならなくなった。断ることは出来ない。それこそ気分を害してしまう。
『では、あそこに倒れている2人。彼等を生き返らせて下さい。』
『あら?。そんなことで良いの?。他人を生き返らせて欲しいなんて。貴女は変わってるわね。まぁ良いわ。』
アイシスは指先から魔力を放出。魔力は虹色に輝き倒れている仲間の身体に降り注ぐ。
『はい。これで終わりよ。ふふ。正直な貴女に免じて彼等の不敬は不問に付すわ。』
『ありがとうございます。』
既に彼女から興味を失ったのか踵を返し扉へ向かおうとするアイシス。しかし、何かを思い出したのか再び振り返る。
『ねぇ。どうして貴女達はダーリン達と戦っているのかしら?。』
『それは…。あっ…。』
アイシスが自分に声を掛けたとは限らない。そのことに気付き口を押さえる。
『ええ。貴女に聞いたのよ。応えなさい。』
『はい。』
どうやら、自分に話し掛けられたようだ。一時の安堵。そうだ。もし自分でなければ一言目で首が飛んでいたのだから。
『彼等…クロノフィリアはリスティナの魔力をその身に宿しています。先程もお伝えしましたが、この世界は【あの方】の命により創造した人間の世界です。そのコンセプトは【魔力の存在しない世界】。彼等の存在は、この世界そのものの意義から逸脱するモノなのです。早くこの世界から排除しなければ、我々の計画は進行しません。』
『そうなのね~。』
『計画の進行の滞りは【あの方】の命令に背くこととなります。』
『そうね。あっ!。そうよ。ダーリンがこの世界に居なければ良いのよ!。なら、あっちに連れていけば…ふふ。ふふふ。』
『アイシス様?。』
『良いわ!。良いわ!。そのクロノフィリアっていうのを私が皆殺しにしてあげるわ。』
『え?。』
『貴女達を手伝ってあげるって言ってるのよ。ふふ。ふふふ。まずはダーリン達の情報ね。裏切り者って言ってた2人には、この前出会ったし。すぐに会えそうね。』
アイシスの中で【何か】が決定した。
スキップし、鼻唄を奏でながらクリエイターズの前から去っていった。残されたのは、6人のクリエイターズと端骨。嵐のような存在が去った後、暫くの間誰も口を開かなかった。
クリエイターズは8体。その全員が束になっても敵わない少女の矛先が今、クロノフィリアへと向けられた。
ーーー第一部 侵食された世界編 完ーーー
次回の話から第二部になります。
投稿は19日の木曜日を予定しています。