番外編 睦美のお正月
明けましておめでとうございます。
このストーリーを読んでくれた方。
どうもありがとうございます。
これからも読んでくれると嬉しいです。
『ん?。朝か…。』
まだ薄暗い窓の外を眺めた後、チラリと時計を確認する。
時刻は朝5時を回ったところじゃった。
『さて、起きようかのぉ。』
窓を少し開け、部屋の空気を入れ替える。部屋の中を、まだ早い早朝の涼しげな風が吹き抜けた。僅かな眠気も鳴りを潜め気合いを入れた。
服を入れているタンスを開く。
最初に目に飛び込んでくる。スカート丈の短い、両肩、腹部が露出したサンタクロースのコスチューム。
クリスマスパーティーの時に光歌に着させられたモノじゃ。恥ずかしかった…。
じゃが、旦那さ…閃に可愛いと褒められた。
満更ではなかったのぉ…。
大切にこの棚に保管しておる。ワシの宝物じゃ。
『また、着たら…旦那様…喜んでくれるでしょうか…。』
寝具用の浴衣を脱ぎ、いつも着ている着物と割烹着へと着替えを済ませる。
衣紋掛けへ浴衣を掛け、小さなクローゼットへ。
『さて、と。』
時刻はまだ早い。窓を閉め、ひんやりとした空気に包まれた室内から、まだ朝日の昇らない空を眺めた。
『昨夜は、楽しかったのぉ…。』
昨夜…正確には3時間と少し前じゃが、この世界…リスティールに来て最初の新年を迎えた。この世界には、年周期などの考えはないのじゃが、ワシ等クロノフィリアの面々は、自分達が生きてきた歴史、学んだ文化を大事にしようということとなり、積極的に行事ごとを行おうという話で纏まったのじゃ。
そして、暦上の大晦日。
新たな新年を迎えた元旦。
全員で造り上げた神社。長い石造りの階段も再現した。本物と違わぬ出来栄えに完成した。
主神はリスティナ。まぁ、あやつが頑なに譲らなかったのじゃが…。
皆で参拝を済ませ、新たな年と新たな生活、新たな仲間達に胸踊らせながら再び全員が巡り合えたことに感謝したのじゃった。
参拝が終了し、皆は各々の部屋に戻り床についた。
1月1日。
新年を迎えた皆で行うパーティーは夕刻から。
それまでは、各自、大切な者達、仲間同士で正月特有の雰囲気をまったり、ゆっくり過ごすこととなっている。
更に…。
『にしし…ついに…ついに…ワシの力を灯月達に見せ付ける時が来たぞ!。』
タンスの奥に隠していた大きな木箱を取り出す。中には…。
『これで皆を倒すのじゃ!。』
羽子板、面子、コマ、凧、けん玉、すごろく、カルタ、百人一首、福笑いなどなど、凡そ正月の定番遊具がズラリと収まっていた。
『ワシ!得意なのじゃ!。にしし。』
楽しみに胸を踊らせながらも、まずは旦那さ…閃や皆の為に動かねばな。
スキップしたい気分を抑えながら厨房へ向かった。
ふと、厨房の入り口が見えたところで明かりが点いていることに気が付いた。
こんな朝早くに誰か居るのかの?。
そんなことを思いながら厨房の中へ、そこは、メイド服を着た灯月が幾つもの重箱を両手に持って運んでいる場面じゃった。天才的なバランス感覚で物音立てずに台の上へと置かれていく。
『ぬ?灯月か?早いな。』
『睦美ちゃんもです。この時間にここへ来たということは目的は同じようですね。』
『まぁの。お正月の料理を作りにな。夕刻には、他の奴等がパーティー用に料理を用意すると言っておったからの。今は我等、クラブの皆の朝食作りだ。』
『ふふふ。睦美ちゃんの手料理楽しみですよ。』
『ワシも灯月の料理が楽しみじゃ。』
『手分けしましょうか。』
『そうじゃな。灯月には、おせちを任せて良いか?。ワシは、雑煮を作ろうと思うのじゃが。』
『ええ。構いません。』
そう了承した灯月の動作は相も変わらず的確で素早かった。次々と完成され重箱へと盛られていく数々。
既に調理し終わっていた食材も数個のタッパーから取り出されている。
『…なぁ、灯月?。』
『どうしました?。』
『お前、それ、いつ用意していたんじゃ?確か…昨日はずっと一緒に居たような気がするんじゃが?。』
タッパーから取り出され、盛られていく料理を指差しながら問う。
数の子、煮豆、田作り、かまぼこ、栗きんとん等々が次から次に飛び出して来るのだ。不思議でたまらん。
『もちろん、昨晩ですよ?にぃ様に鮮度が落ちたモノを食べさせるわけにはいけませんから。ああ、具材はリスねぇ様にお願いして創造して貰いました。』
『ええ…。』
いつ調理したんじゃ~。
『お前、ちゃんと寝てるのか?。』
『?。ええ。きっちり毎日8時間です。こう見えて寝付きは良いんですよ。毎日ぐっすりです。』
『ワシ、今日は3時間程しか寝ていないのじゃが?。』
『あらあら、寝不足はお肌に悪いですよ?。私は8時間熟睡です。』
『………。』
時間の計算が合わなくないかのぉ~。
何か…怖い…。
『そ、そうか…。』
どうやら、ワシと灯月では時の流れが違うようじゃな…。
そう無理矢理納得しておこう。
『ふふ。睦美ちゃんもメイドになればこれくらい出来ますよ。』
『…そうか。メイドだからか…。メイドとは…凄いな…。』
『ええ。メイドに不可能はありません。』
『そうか…凄いな…メイド。』
メイド…メイド…メイド…。
ワシが知るメイドなのか?それ?。
『さ、さて、とっとと終わらせるかのぉ~。』
『ええ。そうしましょう。』
ーーーーーーーーーー
そして、時刻は午前9時。
『旦那様。明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。』
『ああ、明けましておめでとう。睦美。今年も宜しくな。』
旦那様の部屋に行くと既に起床し部屋で寛いでいたので、丁寧に頭を下げ新年の御挨拶。
その私に合わせてくれるように頭を下げた旦那様と目が合い僅かに心臓の鼓動が速くなった。
『睦美お姉ちゃん!明けましておめでとうございます!。』
『おめでとうございます。今年も宜しくお願いします。』
『明けましておめでとう。灯月。睦美。』
瀬愛と翡無琥と代刃は旦那様の部屋にあるコタツの中で蜜柑を頬張っておった。
『モグモグ。おいひ~。』
『はい。翡無琥の分の皮が剥けたよ。あ~ん。』
『ありがとうございます。代刃お姉ちゃん。あ~ん。モグモグ…甘いですね。美味しい。』
旦那様の部屋の内装は、季節で変化する特別仕様。創造神リスティナの力をフルに活用し完成した特別製じゃ。
今は畳が敷かれ、障子と襖で囲まれた和室の間取り。何せ、室内なのに庭付きで…そこに雪まで降り積もっておるのだ。
何でもありじゃな…まぁ、嫌いではないが。
『やっ!。』
『はっ!。』
その庭では、朝から元気に刃を振るう無華塁と累紅が居た。
『あやつ等は元旦から何をしておるんじゃ…。』
『元旦でも、身体を鈍らすわけにはいかない。とかで、かるーく運動してるらしい。』
ワシの独り言に旦那様が応えてくれた。
『軽く…ですか。打ち合う度に壁が破壊されているのですが…。』
まぁ…瞬時に修復されているが…。
『皆ぁ~。おはよー。』
『明けまして。おめでとう。』
はだけたパジャマ姿で眠たそうに目を擦る智鳴と、いつもと変わらない氷姫が灯月と共にやって来た。
灯月は2人を呼びに行ったようじゃな。
『おはよう。明けましておめでとう。』
『明けまして!おめでとう!です!。』
『明けましておめでとうございます。』
皆が応える。
『睦美ちゃん。テーブルに並べるの手伝って貰いたいのですが。』
『ああ、任せろ。』
灯月と共に今朝用意した重箱を並べていく。
色とりどりのおせちに瀬愛が跳び跳ねた。興味津々といった様子で翡無琥も覗き込んでいる。
『おー!おー!綺麗なの~。』
『美味しそうな。匂いがします。』
『お腹空いた~。あっ。皆明けましておめでとうございます!。』
『お腹…すいた…。』
そこに、一汗かいた無華塁と累紅が戻って来る。
『閃ちゃ~ん。明けましておめでとう~。』
『ま、待て!つつ美!妾が先に閃に抱きつくんだ!。』
つつ美とリスティナが部屋に入ってきた。
『お待たせしました。お餅、出来ましたよ。』
『お餅!。』
『ふふふ。たくさんありますから、慌てなくて大丈夫ですよ。』
『うん!。』
早朝に遅れてやって来た美緑と砂羅に餅の用意を頼んだのだ。用意を終え、部屋に入ってきた。
『すまんな。手伝わせて。』
『いいえ。手分けするのは当然ですから。それに睦美ちゃんに、ここまでして貰ったんです。私も皆さんのお役に立ちたいですから。』
『うむ。』
『睦美ちゃんは、お餅いくつ要りますか?。』
『1つ…いや、2つ頂こうかのぉ。』
『2つですね。はい。』
『ありがとう。』
お椀に注いだ雑煮にお餅が投入されていく。
『閃さんは、いくつ要りますか?。』
『2つで頼む。』
『畏まりました。』
各々の前に置かれていく雑煮。
『さて、準備も出来たし頂こうか。』
閃の合図で、全員食卓につく。
『じゃあ、一言。皆、今年も宜しくな。』
はい。旦那様、宜しくお願いします。今年も…その先も…ずっと…ずっと…。
『これは何と言う食べ物だ?口に入れた瞬間に独特の風味が広がり、プチプチとした食感がなんとも心地よい!。』
おせち料理を頬張るリスティナが初めて目にする食べ物に感嘆の声を上げている。
『数の子じゃ。』
『これは!?仄かに甘い…それでいてふわふわとした食感が口の中に広がっていく!見た目も可愛らしいこの食べ物は!?。』
『伊達巻じゃ。』
『この!もちもちとした食感は!?。』
『餅じゃ。』
わざとか?。
『お餅…美味しい…。』
いつの間にか現れたクティナが閃から貰った餅を引き伸ばしていた。
本当に子供みたいじゃな…。口いっぱいに頬張りながら並んで食べる瀬愛とクティナ。思わず頬がにやけてしまうのぉ。はぁ…可愛いのじゃ~。
ーーー
皆の朝食も一段落し、空腹が満たされた頃。
『閃。これから何かするの?。』
代刃が閃に問うた。
『ん?。夕方までは時間があるからな。まったり寛いでいようぜ。』
『そうだね。でも、折角のお正月だし。何かしたいね。この世界にはテレビが無いからお正月特有の番組が視れないし。』
来たっ!。
ついに!この時が!。
ワシは、ここぞとばかりに宝物箱を取り出した。
『そんなこともあろうかと!これを用意したぞ!。』
『ん?。』
箱を開ける。
中からは正月の定番遊具がどっさりと敷き詰められている。
『おお。懐かしいな。羽子板にけん玉。』
『凧もありますね。』
『面子にコマ。すごろくだね。凄いね。これ全部、睦美の私物なの?。』
『そうじゃ!ワシの宝物じゃ!くしし。何を隠そう!ワシは正月の遊びは全てプロ級なのじゃ。』
えっへん!どうじゃ!ワシ!今!輝いてるぞ!。
『面白そうだな。やってみるか。』
閃の言葉に皆が首を縦に振った。
『まずは、これじゃ!。』
羽根つき。
羽子板と羽。そして、墨。
『負ければもちろん顔に✕マークじゃ。』
『私。やってみたい。』
最初に名乗りをあげたのは無華塁じゃな。
ししし。皆にワシの凄さを見せる時じゃ!。
『その羽を。これで打ち返せば良いの?。』
『そうじゃ。先に地面に羽を落とした方が敗けじゃ。』
『わかった。』
無華塁と共に庭に出て羽子板を握る。
『行くぞ!。』
羽を無華塁へ向け打つ。
羽はゆっくりと弧を描き無華塁の頭上へ。
その羽を、板を構えた無華塁が…打った。
『えい!。』
『は!?。』
羽は音を置き去りにし、白い軌跡を残してワシの横を通り過ぎ、深々と地面に突き刺さった。
ワシの持つ羽子板に綺麗な円形の穴を刻んで…。
『私。勝ち。』
『………。』
なんじゃそれ~!?。
『ま、まだじゃ!まだ終わらぬ!。』
数分後…ワシの顔は真っ黒に染まっていた。
ーーー
こんな筈では…。
『次はこれじゃ!。』
けん玉を取り出す。
『この玉をこれに入れれば良いの?。』
『なんじゃ瀬愛。興味があるのか?。』
『うん。』
『そうか。では見ておれ。よっ!。』
けん玉を空中に回転させながら投げる。
空中で玉をキャッチし、けんに玉を突き刺した。
『どうじゃ?凄いじゃろ?。まわしと飛行機と空中の合体技じゃ!。』
『おー。おー。出来たぁ!。』
『はえ!?。』
横を見るとワシの技を完全にコピーし嬉しそうに、けん玉を掲げ喜ぶ瀬愛がいた。
『な、なら!これなら!。』
あらゆる技の連続。
けんと玉は複雑に宙を舞い。華麗な軌道で回転する。
『ほっ!ほっ!。』
『なぁにぃ!?。』
瀬愛はワシの動きを完全にトレース。
ついには、オリジナルのワシを抜き去り…自らの技へと昇華させた瀬愛。まだ見ぬ、世界へ羽ばたいていった。
ーーー
『うう…こんな筈では…無かったのじゃ…。』
面子は累紅によって全てを裏返され。
百人一首はアホみたいな記憶力の氷姫と、化け物並の勘の良さを発揮した智鳴にかっさらわれ。
コマは、意外じゃが美緑が32個のコマを全身で回し。
花札では、灯月と代刃、閃の力を借りた翡無琥に圧倒的点差を付けられ敗退した。
福笑いの筈なのに、ミリ単位で正確に閃の顔を完成させる砂羅。
なんじゃ?ワシ…もしかして…井の中の蛙?。
『何故じゃ…何故勝てぬ…。』
さらば、輝いてる妄想の中のワシ。
皆に崇められ、鼻高々にお正月のキングとして君臨し輝いていた筈なのに…。化け物ばかりか…。ワシは、膝から崩れ落ちる。
『なぁ。睦美。すごろくやろうぜ。』
『え?。すごろくですか?旦那様。』
『ああ。これなら皆で出来るだろう?。』
『…わかりました。やりましょう。』
『お待ちください!2人共!。』
盤上を広げようとした時、不意に灯月に止められる。
『ん?どうした?。』
『にぃ様!私も用意しました!オリジナルの人生ゲームです!。』
『ほぉ。』
オリジナルの人生ゲームか。
少し興味が湧くな。
『どれどれ。』
旦那様と一緒にマス目に書かれている内容に目を通す。
『なっ!?。』
『お、おい。灯月…。これ。』
そこには…。
『勝ち取れ!にぃ様争奪…人生ゲーム!。』
と書かれ、内容は、閃と同じ学園に通うという同級生の立場からスタートし、幸せな家庭を作るまでの人生を描くというものだった。
『旦那様…と…同級生…。』
現実では決して叶わなかったこと。
学園も年齢も違うのだ。当然なのだが。
一度は、そんな世界も想像したものじゃ。
『良いな!面白そうじゃ。』
『僕もやる!。』
『私も!。』
『ええ!大好きクラブの皆さんでやりましょう!その為に用意したのです!。』
灯月のゲームに名乗りを上げる面々。
代刃、智鳴、氷姫、瀬愛、翡無琥、無華塁、美緑、砂羅、累紅。
ここに、11人での人生ゲームが開催された。
『ええ~。灯月ちゃん~。ママも入れてよ~。』
『そうじゃ!灯月!妾もやりたいぞ!。』
『すみません。これ11人用なんです。お2人は凧上げでもしてきて下さい。』
『むぅ~。そうなんだ~。なら仕方ないね~。』
『ふむ。仕方ないのぉ。で、凧上げとは何だ?。』
『室内じゃ~。難しいわね~。』
『ほぉ。外でするモノか。ならば任せろ。』
『わお~。流石ね~。快晴の青空よ~。風も良い感じ~。』
『ふふん!そうであろう。そうであろう!。』
灯月の奴、あの2人の扱いがどんどん酷くなっておるな…。
『なぁ。それだと俺も出来ないんだが?。』
『ご安心下さい。このゲームにおいて、にぃ様は王様です…いえ、神ですので!。』
『はい?。』
『にぃ様には、マス目に書いてあることを 実行 していただきます。』
『はっ!?。』
マス目に書いてある内容…っ!?。
最初に目に入ったのは…新婚ルート!にぃ様と、いってらっしゃいのキス!
『キ、ス…。』
キス…って、ちゅー?。口づけ?。接吻?。
『いや…何よ…この内容は…俺はやら…。』
『『『『『やろうっ!』』』』』
クラブ全員の声が重なる。
『その…旦那…様。私からもお願いします。』
つい…ワシも閃にせがんでしまった。
だって、旦那様と…色々したいし…。それが例えゲームでも…。
『む…睦美まで…。はぁ…仕方ないな。程程にな。』
暫し考え、諦めた様子で了承する旦那様。
『す、すみません。出過ぎた真似を…。』
『いや、良いさ。俺が言うのも何だが頑張れよ。』
『は…はい!。』
こうして、灯月作のボードゲームが開始したのだった。
『モグモグ…モグモグ…お餅。美味しい。』
ただ1人。
ひたすらに餅を食べ続けるクティナを残して。