第124話 終結
轟音響き、突風吹き荒れる戦場から一転。
静寂と暖かな陽気に包まれていた。
神への領域に踏み込んだ者同士の戦いは、その衝撃と魔力の放出で空に浮かぶ雲すら消し飛ばした。雲1つない青空が、先程までの戦場の激しさを忘れさせる。…もう間も無く日は傾き夕暮れへと誘われることだろう。
『はぁ…はぁ…。俺の…勝ちだな。白蓮。』
『ぐっはっ!?はぁ…はぁ…はぁ…。どうやらそのようだね。』
両者の拳は、奇しくも同じ箇所…胸の中心に命中していた。
閃の拳は、白蓮の胸を貫き。
白蓮の拳は、閃の胸に当たっていた。
『あと…1歩が…ぐっ…遠かった…みたい…だ。』
互いに腕を引き、僅かに後退する。
血液を口の端から垂れ流し、痛みと苦しみに耐えながら白蓮は笑みを浮かべていた。
『はぁ…紙一重だった。はぁ…はぁ…どっちが勝っても…おかしくなかった。』
『いや…はぁ…必然…だと、はぁ…思う。』
白蓮は思う。
神の意思に触れ歩みを止めた自分と、神に狙われながらも歩みを止めなかった閃。
それが、この戦いの結果を招いた。
そう…1歩の差が。果てしなく遠い。この1歩こそが、今までの自分の行動を表現したのだと。白蓮は確信していた。
『ぐっ…。』
とうに限界を迎えていた白蓮が力なく倒れた。
『白蓮様!。』
『白蓮!。』
その身体を支えた人物が2人。銀と白雪。
『やぁ。…はぁ…2人共。はぁ…はぁ…生きてたのかい?。』
『貴方を置いてなんて逝けません。』
『私もですよ~。』
『ははは…ぐっ…はぁ…はぁ…。でも…ボロボロだね…はぁ…はぁ…。』
『はい。申し訳ありません。負けてしまいました。』
『私も~。力及ばなかったわ~。』
『はぁ…はぁ…。うん。僕もだ。はぁ…負けてしまったよ…はぁ…でも…最期に…2人に…はぁ…また…会えた…から、はぁ…良かったかな?。』
『はい…私も…です。1人でなんて逝かせませんから!。』
『私も~。ずっと~。一緒よ~。』
もう腕も上がらない白蓮。
力無く垂れ下がる腕を少女2人が握り持ち上げる。
『…閃…はぁ…はぁ…さん…。』
『…何だ?。白蓮。』
上半身を、2人に支えられ起こした白蓮が俺を呼んだ。
少し困ったような、何かを聞きたいが躊躇っているような表情の白蓮。
だが、意を決したように口を開いた。
『僕の…足掻きは…君に…届いた…だろうか?。』
白蓮の口から出た言葉に俺は無言で上半身の服を脱いだ。
胸の中心。白蓮の拳が命中した部位。
そこには、くっきりと白蓮の拳の痕が刻まれていた。肋骨にヒビが入っているのは確実だった。
そうだ。足りなかったのは、あと1歩だったのだ。その1歩は、白蓮が諦めた未来の1歩。
そして、閃の胸に刻まれた痕跡は、白蓮が願い勝ち取った過去から続く現在だ。
『お前は、間違ってなかったよ。』
『…そうかい…なら、良かった…かな?。閃さん。』
『ん?。』
『この世界を…いや、止そう。………。これから、大変だろうけど。頑張って…。』
『…ああ。神になんて負けねぇよ。』
『ふっ…。やっぱり…強いな…。はぁ…はぁ…。もし、今度…会えた時は…。』
白蓮が言おうとしていることを遮り、俺は言葉を発する。この言葉は俺から言わないといけない。そう思ったから。
『俺達の仲間になろうぜ。』
『っ!…そうか…それは…いいね。銀。これを彼に。』
白蓮の胸元からこぼれ落ちる3つのアイテム。それを、受け止め俺の元に届ける銀。
受け取ったアイテムは…。
『【リスティナの宝石】…と、【クティナの宝核玉】…それと…。』
もう1つ、真っ白に輝く結晶。
『僕のとっておきさ。貴方に託す。いつか、役立てて欲しい。』
白蓮のとっておきか…。
内容は…確かめるまでもないか。
『そうか…ああ。受け取っておく。だが、借りるだけだ。いつか必ず返すからな。』
『…うん。…待ってるよ。』
俺はアイテムをBOXの中に入れた。
『銀。白雪。悪いけど。身体を動かしてくれるかい?。』
『はい。』
『ええ。』
銀と白雪が白蓮の身体を抱える。
『ふぅ…少し疲れたな…。閃さん…いや、クロノフィリアの皆さんには多大な迷惑をかけたね…僕のワガママに巻き込んでしまい申し訳ない…それと、ありがとう。』
『ああ。気にするな。楽しかったぜ。』
『ふふ。』
俺の一言に軽く笑うと、銀と白雪に連れられ白蓮は目の前から消えていった。
これで、一段落か…。
まだまだ、問題は山積みだが…今は…身体が限界だな。
急激なレベルの上昇と、酷使した肉体と疲弊した精神…その両方からの疲労に気が抜けたことが切っ掛けとなり、俺の身体はその場に倒れ込んだ。
だが、俺の身体は地面に当たる前に柔らかい感触に支えられた。
『よっ、閃。お疲れ様。僕は閃が勝つって信じてたよ!。』
『にぃ様!お疲れ様です!どうぞ私の胸でお休みになってください!。』
代刃と灯月。2人が俺の身体を受け止めてくれた。
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ーーー白蓮ーーー
『ありがとう…2人とも。ごめん。負けちゃったよ。』
巨大な大木の枝の上。幹にすがるように背中を預けた白蓮が両脇に座る2人の少女に言う。
『謝らないで下さい。力及ばなかったのは私も同じですので。』
『ええ~。あの娘達は強かったわ~。身体も…心も…。』
暫しの沈黙。
3人の命の灯火は朽ちようとしていた。
既に視界は黒に染まり、目を開けているのか閉じているのか…すら分からない。
確かなのは、徐々に冷たくなる温もりを感じることで互いの存在を認識しているということ。
隣には彼が…彼女達が…いる。
それだけで死への恐怖は不思議と感じることはなかった。
『最期まで…僕に…付き添ってくれて、ありがとう…。』
『…大好き…です…から…。』
『あら…あら…。だい…たんね…ふふ…私も…大…好き…よ…。』
『…ああ…嬉しいな…。』
…肉体が砂のように崩れ落る。
それは風に乗って運ばれ…大地に降り注ぐ。
やがて、そこには小さな白い花が咲いた。
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ーーー閃ーーー
俺の身体を支えている代刃と灯月。
そして、向こう側から全力で飛んでくる睦美。走ってくる智鳴と氷姫。瀬愛を背中に担ぎ跳んで来る無華塁の姿が見えた。
『灯月、代刃。ありがとう。』
『お礼は結構です。にぃ様。色々と役得なので。代刃ねぇ様なんて、先程から、にぃ様の匂いを嗅いでご満悦のようですし、私も負けていられません!。』
『っ!べべべべべ別に、ご満悦してないし…僕は…ただ…閃の汗の…。』
『はぁ…。緊張感のない奴らだな…。』
いつも通り、それが何よりも大切で尊いことなのだと改めて実感する。
『旦那様!!!。』
炎の翼をバタつかせた睦美が俺に近づき傷痕に触れる。
『酷いキズ…今…治します!。【転炎光】。』
睦美の手のひらから放たれる3本の光の帯が俺の傷を癒していった。温かな…お湯の中に浸かっているような感覚に包まれる。
傷が癒え睦美の顔を見る。目が合った睦美の瞳は涙目だった。今にも、その大きな瞳の端から零れてしまいそうな。
『ありがとう。睦美。』
『はい。無事で…本当に無事で…良かった…です。』
お礼を言われた睦美は俺の胸元に顔を埋め静かに泣いていた。心配かけてしまったな…。
睦美の頭を軽く撫で、背中を擦る。
『にぃ様。』
『ん?。』
俺と睦美のやり取りを一部始終見ていた灯月がジト目で覗き込んでくる。
『私も。いっぱい。いっぱい。心配しました。』
睦美ばかりに構っていると思われたのか頬を膨らませ灯月が俺に顔を近付ける。
頭を撫でて欲しいアピールか…。まぁ…もう、義妹兼恋人だしな。多少、驚かせてもバチは当たらないかな。
『ああ。ありがとう。心配かけたな。』
軽く頭を撫で、すぐに手を離す。
思ったよりも速く終わったと勘違いした灯月が頭を上げたタイミングで、その頬にキスをしてやった。
『ぺみあぇ!?。』
『なっ!?。』
その声、何処っから出したんよ?。
驚きと困惑、まさかの俺の行動に目を白黒させる灯月を愛おしく想いながら、戦いの終わりを実感した。
『せ、閃…あのね…僕も…せ、閃のことが…。』
『あああああ!!!灯月ちゃん!ズルいよ!。』
『うん。ズルい。閃。私もキスしたい。』
『お兄ちゃん!瀬愛も~ちゅ~するの~。』
『閃。好き。』
『うぅ~。言いそびれた…。』
こっちに向かっていた智鳴、氷姫、瀬愛、無華塁が到着したようだ。
皆の様子から大きな怪我も無く、無事に戦いを乗り越えたようだ。
『ははは…また、今度な落ち着いたら。これからのことを皆で話し合おう。』
『え!?閃ちゃん…それって…。』
『閃…。』
『俺達のことをさ。きちんと話し合おう。皆が俺を想ってくれて嬉しいし、恋人にもなれた。けど、色々と細かいことは決めないとな。』
いつまでもダラダラとコイツ等に流されるままではいられないしな。
俺も、コイツ等くらいは支えたい。
『代刃。』
『…なぁに?閃?。』
肩を落として項垂れている代刃の頭を撫でる。
『え?せ、閃!?。』
『お前の気持ち…落ち着いたら、ちゃんと聞くからな。』
『っ!…うん…閃…うん…僕…頑張るよ…。』
代刃の態度を見ていれば、その内に秘めた俺への想いにはとっくに気付いていた…てか、試合中、散々、灯月に言われていたしな…。
『無華塁も…後で時間作るな。』
『うん。私も。閃が好き。』
素直すぎて…もう口にしてるんだが…。
時と場所は用意してやらないとな…。
戦いの終わりは新たな戦いの始まり。
そんな、言葉が現実に起こるとは、次の瞬間、突然、俺達の間の空気を切り裂くように現れた少女に戦慄した。
何だ…コイツは?。
少女の顔は白聖連団…十二騎士の1人…名前は確か…そうだ。漆芽だ。だが、この肌に感じる雰囲気…異常な魔力…白蓮の奴が、可愛く思える程の存在の違い…。
『皆…俺の後ろに…。』
『にぃ様…。』
『コイツ…ヤバい。』
皆を俺の後ろに誘導し少女に対面する。
コイツは漆芽じゃない。敵の強さに敏感な無華塁も警戒の色を強めたことからも、コイツの異常性は理解できる。
『お前は…誰だ?。』
『わぁ~。やっぱりだ~。ねぇねぇ。貴方の名前を教えてくれない?。』
俺の話を聞いていないのか、自分の言葉を優先してきやがった。
『…閃だ。お前は?。』
『閃…閃君かぁ~。うん。うん。良いわ。良いわ。あの方と、あの女のハイブリッド!素敵ね!。』
駄目だ…完全に自分の世界で話してやがる。
『私の…ダーリンに決定よ!。』
『はっ?。んん!?!?。』
『『『『『『『!?。』』』』』』』
唐突に奪われる唇。
いや、そんなことより…警戒していた俺達が全く反応できなかったぞ?。
灯月達も彼女の異様な雰囲気と異常な存在感に驚き、彼女が一瞬で自分達のテリトリーに接近したことに驚きを隠せていない。
『やめろ!。』
彼女を振り払う。
『あれ?嫌だったかしら?んん…ああ、そうよ!この顔が気に入らなかったのね!ちょっと待ってて、今、私の本当の顔にするわ。』
振りほどいた彼女は俺から数歩離れると、自分の顔を両手で覆う。
すると、両手からの魔力で顔の形が変化していった。同時に体型もより小柄に変化する。
白聖の漆芽の姿から全く別のモノへと変化していった。
『えへへ。どう?これが私本来の姿なの。可愛いでしょ?。』
漆芽の姿でも充分に美少女だった。
けど、今の奴の…姿は…可憐さは…美しさは…人間離れした少女の姿は…そう…神…リスティナと同じモノを感じずにはいられない…。
『ふふふ。見惚れる!見惚れる!ねぇ!ねぇ!どう?どう?閃君!私と一緒に 此処から 出ようよ!。』
『ここから?何を言って…。』
『ああ!肉体のことなら気にしないで良いよ? 侵略 の時に使ってたヤツが、ちゃんとデータを残してるからね。復元してあげる!。』
『はっ?肉体?侵略?データ?何を言っている、お前は…。』
コイツもまた俺達の知らないことを知っているのか?。
『いやぁ…一難去ってまた一難ってね。』
『まさか、あの白蓮君以上の存在が直ぐ様現れるなんて…これは予想できないよ。』
『コイツ…あの黒い男より危ねぇ匂いがするんだが…。』
俺達を庇うように駆け付けた仲間達。
彼女の異常性には、戦いを見守っていた無凱のおっさん達も感じ取ったんだろう。
『君は、誰なんだい?。』
おっさんが彼女に問う。
『…ねぇ?』
『っ!?。』
その瞬間。全てが凍りついた。
彼女から発せられた殺気…いや、もっと上の何かが威圧感と共に俺達全員を怖じ気づかせた。
まずい…これは…死ぬ…。その考えが頭をよぎった時、自然と身体が動いていた。
傷は睦美に治してもらったが体力は戻っていない。しかし、今動かなければ確実に俺達の中の誰かが殺される。
『どうして。勝手に私に話しかけてるの?。』
『待て…。』
彼女が 何か をしようとしたのに合わせて仲間を庇うように前に出た。
『閃君?。…うん。待つわ。待つわ!。私、今、興奮で気分が良いの。貴方に免じて私への無礼は許してあげるわ!。』
すると、彼女は仲間達をじーーーーーっと眺め始める。
『へぇーーーーー。ほぉーーーーー。ふぅーーーーーん。』
彼女の視線は、無凱のおっさん、代刃、灯月、基汐、裏是流、睦美に注がれる。
『はぁ…成程な~。そういうこと…。ごめんなさい。閃君。もっとお話ししたかったのだけど、少し用事が出来たみたいなの。私、戻るわ。バイバイ。』
ドレスの裾を掴み、優雅に頭を下げた少女は名前も告げずに姿を消した。
『はぁ…まいったね…。今度の相手は、あの娘かい?。』
『みたいだな。』
『まぁ、正体も何も分からない相手だ。これからの方針も話し合わなきゃいけないね。』
『おっさん。その事で皆に話さなきゃいけないことがある。』
『ん?何だい?。』
『俺達に纏わる出来事。その全てを知っている奴がいるんだ。ソイツを呼び出す。』
『もしかして…リスティナかい?。』
『話が早くて助かる。また夢の中でリスティナに会った。アイツを呼び出す方法も教えて貰った。拠点に戻ったら時間をくれ。』
『良いよ。僕たちもこのままじゃ身動きが取れないからね。どんな情報でも必要だからね。』
リスティナ。
お前は何を知っているんだ。
『さて、こんな場所にいつまで居ても仕方がない。さぁ皆。拠点に戻ろう。皆が待ってるよ。』
全員が頷く。無凱のおっさんがゲートを開き、皆が中へと入っていく。
ふと、風が吹く。
なんとなく振り返る。
『ああ。ありがとう白蓮。俺達は前に進む。お前が願った世界のためにな。』
『にぃ様?。』
『閃?。』
『旦那様?。』
『お兄ちゃん?。』
『閃ちゃん?。』
『閃?。』
『どうしたの?。』
彼女達が歩みを止めた俺を不思議そうに眺める。
『お兄ちゃん~。どうしましたか~。』
『そうよ~。置いてっちゃうわよ~。』
つつ美母さんと翡無琥もゲートの前で待ってくれている。
『ふっ…いや、何でもない。帰ろう。』
クロノフィリアと白聖連団の戦いはこうして終戦した。
次なる敵と大きな謎を残して…。