第12話 閃
ゲーム エンパシスウィザメントとゲームに侵食された現実世界との大きな相違点はモンスターが存在しないことだ。
それが何を意味するか、まず1つに素材アイテムが入手出来ないということが挙げられる。
つまり、武器やスキルの強化、生成が出来ないので装備の面で今より強くなることが出来ないということだ。
2つ目は、プレイヤーのレベルを上げる基本的な手段が失われたということ。
主にプレイヤーのレベル上げは、
・イベント、クエストの達成によって発生する報酬経験値
・モンスターを倒すことで獲得できる討伐経験値
・プレイヤー同士の決闘し勝利した時に得られる対戦経験値
の3つの方法が存在した。
だが、ゲームに侵食された現実世界にはモンスターはおろかイベントすら存在しない為、プレイヤーのレベルを上げる手段が事実上存在しなくなってしまった。
しかし、一部の者は知っている。禁忌ともいえる方法。
それは、『自分よりもレベルの高い者』を殺すこと。
エンパシスウィザメントのレベルは、1つ上がるだけで大幅なステータスの向上があった。
種族差による得意不得意は影響するが総じて得意な項目は数字の面から見てもかなりの上昇率だった。
その数字の差は対戦者とのレベルが離れれば離れるほど無茶な差がつき、能力の相性や属性を無視した対面の戦闘ではまず下位の者が上位のレベルの者に勝つことは不可能だった。
ゲームに侵食された現実世界でも、ステータスの数値はゲーム時代のまま変わっていない為、レベルの高い者に勝つことは難しい。
だが、奇跡的にレベルの低い者がレベルの高い者を殺した場合、その現象は起きる。
それは、殺されたレベルの高い者が今まで獲得した経験値全てを自身のレベルに上乗せすることが出来るということ。
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『レベル…150…だと!?』
侵入してきた者たちの1人がそう言った。
レベルが他とは明らかに違っている男。
周囲のレベルが高くても85の中で、リーダーであろう言葉を発した男はレベル110と俺の視界に表示されている。
『成る程、情報看破のスキルね。俺のレベルが視えたってことは…名前とレベル、あと、パラメーターを視るタイプかな?スキルや装備の情報は視れてないと思うけど、どうかな?』
『!。…流石、クロノ・フィリアのメンバーで最も危険視されている人物だ。俺の言葉1つでスキルの詳細まで言い当てるなんて。』
『ある程度、ゲームの知識を持っている者なら遅かれ早かれ情報看破は手に入れることになるしな。情報は武器さ。特に相手を視認しただけで発動するスキルだからな。』
『ああ、プレイヤーは勿論だがモンスターと戦う時はとても役に立った。』
『君は凄いな。自分とのレベル差がかけ離れた存在を前にして取り乱した思考が既に冷静さを取り戻している。』
『何事も最悪を想定して動くものさ。まあ、想定以上の存在だったワケだが。1つ質問してもいいか?』
『ああ、答えられるモノなら教えてやるよ。』
『クロノ・フィリアのメンバーは全員君と同じレベルなのか?』
『レベルが150かってことか。答えはYESだ。』
『…そう…か。』
『正直に言うと最初から君らに勝ち目は無かったよ。この周辺には結界が張ってあるんだが、ここに踏み込んだ時点で君たちのステータスはモロバレさ。ついでに思考も読まれてたよ。』
『…やはり…な。』
諦めた、それでいて納得がいったような複雑な表情で俯いたリーダーの男。
彼は、この結果を予想していたのだろう。
『頼みがある。』
『何だ?』
『俺と対で戦って欲しい。そして、後ろにいる部下たちは見逃して欲しい。』
『…タイマンは受けてもいいが。部下さんたちを逃がしてやることはできない。俺たちの存在とレベルの秘密を知ってしまっているしな。』
『なら、俺が命を差し出す。だから、部下たちの命だけは助けてくれないだろうか?』
『何故そこまでする?お前が自己犠牲への思いに至った理由は?』
『…今まで…俺を信じ、慕ってくれた。そして、共に戦ってくれた部下たちだ。彼らを守るのにそれ以上の理由はいらない。』
『なるほど。お前本当にいい奴だな。ああ、良いぜ。部下の命は取らないでおいてやる。来いよ。お前の覚悟を俺に見せてくれ!』
『…ああ…ありがとう。』
彼の部下たちが心配そうに彼に言葉をかける。そんな、部下に諭すように自分の姿を見ていてくれと言う男。
『まるで、主人公だな。』
俺の中の何かが熱くなるのを感じる。
物語の主人公は性格はともあれ最終的に人々に慕われる。
彼は、そういう気質を持っているのだろう。
『さあ、やろうか!』
『いいぜ!全力で来い!』
互いに構える。
両者共に徒手空拳で戦う戦闘スタイルであった。
『お前の…いや…貴方の名前は手配書の通り 閃 で間違いないのか?』
『?。ああ、そうだ。それが?』
『わかった。…では、閃さんと呼ばせて貰ってもいいか?。』
『ん?ああ。好きに呼べよ。』
『ゲーム時代の君たちに俺は憧れていた。何度も君たちの偉業を耳にし心踊らせたものだ。その中でも閃さん。貴方の名前を聴かない日は無かった。一度で良いから貴方と肩を並べて共に戦いたいと思っていた。』
『…』
『だが、そんな貴方は…今、俺と対峙するという形で目の前にいる。』
一瞬、悲しげで何処か儚げな表情で俺を見る男。
だが、それも一瞬、覚悟を決め俺を見据える瞳に闘志が宿る。戦士の眼差しに…。
その男の魔力が高まっていくのがわかる。
全身を包むように練られた魔力が右の拳に集中する。
『俺の名前は涼!この一撃に俺の全てを乗せる!俺の全てを込めた拳をどうか受け止めて欲しい!』
涼と名乗った青年の瞳には強い意思と覚悟が宿っていた。
その瞳に、俺は全力で応えたくなった!
『ああ!来いよ!涼!俺も全力だ!』
全身の魔力を右の拳に集中させる。
『凄い魔力だな、流石だ!閃さん!俺が憧れた存在はそうでなくては困る!』
何処か嬉しそうに言う涼。
『行くぞ。閃さん!』
『ああ!』
お互いの 全力 が疾走した。
『はああああああ!』
『うぉおぉおおおおおおお!』
レベルが100を超えた者同士の拳と拳がぶつかり合い。
その瞬間、衝突し行き場を失った魔力が周囲に吹き出し、2人を中心に爆風となって全てのモノを吹き飛ばした。
戦いを見守っていた隊員たちも1人残らず四方に飛ばされ建物も崩れ落ちる。
数分、いや、数秒だったかもしれない。
周囲を静寂が包んだのは。
土埃が舞い。瓦礫の中から爆発に巻き込まれた隊員たちが1人、また1人と抜け出してくる。
どうやら隊員に欠員は出なかったようだ。
全員の無事を確認し合うと隊長である涼を探し始める。
数分後、隊員の1人が何かを見つけ指差し、その方向に全員の視線が集まった。
土埃が消える。
『ぐっ…』
血を吐き、膝をつき、崩れる涼。
互いの拳は双方の胸元に命中していた。
『嘘だろ…隊長が負けた…』
『初撃で当たればラスボス クティナのHPを3分の1も削った伝説級の拳なのに…』
『信じられない…』
状況を見た隊員たちが涼に駆けつけ身体を支えた。
そんな様子を見ていた俺は、この隊の人間関係を羨ましく思った。
涼は隊員たちを信じ、隊員たちも涼を信頼している。それこそ、隊そのものが涼の人柄を見事に表していた。
『涼。君の拳は凄かったよ。久しぶりに緊張した一撃だった。』
『…だが、貴方には届かなかったようだ…』
『まあ、レベル差もあるしスキルの差もある。これから、強くなればいいさ。』
『…これから?どういうことだ?俺は負けたんだ。貴方は俺を殺すのが目的ではないのか?』
『わりぃな。さっきのはお前たちの関係と君の人柄が知りたかったんだ。追い詰めるような感じになってしまってすまなかった。』
『………』
『さて、君に…いや、君たちに質問だ。』
『あ、ああ。』
『俺たちの仲間にならないか?』
『は?』
予想してなかったのだろう質問に涼を含めその場にいた人間が戸惑いの表情を浮かべた。
数人を除いて。
『仲間…それは、具体的にどういうことだ?』
涼の問い。当然の疑問だろう。勝ち目は無かったにしろ自分達を殺しに来た連中を仲間に引き入れようとするなんて涼の立場からすれば意味がわからなくて当然だ。
『まあ、クロノ・フィリアの活動の補佐って感じかな?俺たちと一緒に行動すれば今より強くなるだろうし。何より涼は俺たちの、クロノ・フィリアに入りたかったんだろう?』
『………』
考え込む涼。隊員たちも不安げに涼を見つめている。
『涼は、もう薄々気がついてると思うがお前たちはギルドから切り捨てられて今ここにいるんだぜ?』
『っ!』
『え?』
俺の言葉に驚く涼と戸惑う隊員たち。
『なぜ、それを…。』
『言っただろう?ここに潜入した瞬間、お前たちのステータスは勿論だが、思考も読み取られてるんだぜ?内部事情は筒抜けさ。』
『だが!俺はあくまでも そうかもしれない と可能性の中で考えていたに過ぎない!貴方は今確信を持っているように感じた!何故だ?』
『簡単さ。えーと。お前とお前、あと、お前もか。』
俺は、隊員の中の3人を指差した。
指差された男たちが後退る。
『コイツらが教えてくれた。お前が作戦の裏事情に気付き裏切らないように監視していたみたいだぞ?で、涼たちを囮にして俺たちの情報を本部に伝える任務を与えられてたみたいだな。』
『…そう…なのか?』
『………はっ!』
涼が震える声で尋ねると同時に涼へと斬りかかる男。抜き放たれた短刀が涼を襲う。
『な!?』
涼は反応できなかった。俺との戦闘で受けたダメージの影響で目で追うことはできても身体がついていかなかったようだ。
成す統べなく短刀の先端が涼に当たる直前に俺は間に割って入り短刀を指先で止める。
『あのさ。こっちは話してる最中なんだわ。外野は黙ってろ。よっ!。』
『ぶっぱぇだ!?』
指の力だけで短刀をへし折り、襲ってきた男に拳を叩き込む。その衝撃で何とも言えない悲鳴を上げながら吹き飛び、そのまま壁に激突した。
ついでに呆気に取られて突っ立っていた残り2人も同じように殴り飛ばす。
その一部始終を見ていた涼たち全員が呆気にとられている。
『お前が大切に思ってる柚羽って娘いるだろ?』
『えっ?あ、ああ。』
『一応言っておくと彼女は無事だ。遭遇したメンバーが良かったな。運が良いぜ。無傷だぞ。』
『そ、そうか…柚羽が…無事…。』
1つの心配事が消えたのか涼の表情が少し緩んだ。
『そう言えば、今吹っ飛んでいった奴らな、この戦いでその柚羽って娘のことを襲う計画も立ててたみたいだな。確か…狂渡と羽黒っていう奴らが発案者だったらしい。』
『!。アイツらが!』
『はい、ストップ。』
怒りをあらわにし今にも飛び出して行きそうな涼を止める。
『何故止める!』
『もう、その2人は死んでるよ。』
『え?』
『その2人は出会ったメンバーが悪すぎた。他人の冗談が通じないうちの妹と敵には容赦のない副リーダーだ。呆気なく死んだらしい。』
『…そ、そうですか…もう、流石としか…言えないですね…クロノ・フィリア。』
只でさえダメージの負った身体だ。崩れるように座り込む涼。
隊員たちが支え全員が涼を心配していた。
『まあ、俺のせいだしな。仕方ない。』
俺は、左目に刻印されたNo.0を切り替えNo.24を発動する。
黒い髪が伸びて銀髪へ、背が縮み、手足は細くしなやかに、胸が膨らみ、腰にくびれができ肉付きがよくなり、肉体が女性へと変化した。
『は?な!な!何ですか!その姿!!』
その場にいた俺以外の全員が叫んだ。余りにも驚かれたので、若干恥ずかしい。
『言っとくが本来の姿は男の方だからな!これは能力使う時に仕方なくなっちまう姿なんだよ!良いか?クロノ・フィリア以外の誰にも言うなよ?』
『あ、はい。』
俺が勢い良く怒鳴ると全員が威圧感から静かになった。
『ったく。治してやんねぇぞ。』
俺はブツブツ言いながら刃の無い十字型の剣を取り出す。
胸元にある刻印の中心に Ⅵ の文字が浮かび上がる。
『転炎光。』
十字型の中心に埋め込まれた宝石が輝く。
剣は複数に分離し涼の周囲を取り囲むように浮遊する。
宝石の光に呼応するように各々のパーツが波状の魔力を放出。涼の身体を包み込む。
『傷が…痛みも?』
徐々に傷口が塞がっていく。
『これで少しは楽になるだろう?』
俺の能力では無いがドヤ顔で笑ってやる。
『…閃さん。ちょっと美人過ぎません?あと、胸元は隠して頂きたいのですが。』
『はっ?おっと、すまねぇ。』
俺の回りに女が多いせいかその辺の配慮が今だにわからん。
『まあ、でだ。どうする?俺らの仲間になるか?』
『確かに、自分たちには、もう戻る場所はありません。自分たちを犠牲にしようとした組織なんて、もう信じることはできませんし。…ですが、俺たちは弱い。閃さんや他のクロノ・フィリアの方々に迷惑をかけてしまうかもしれません。』
『ああ。そのことは気にしなくて良いぞ?もし、お前たちが仲間になってくれるって言うんなら各々の能力が最大限に活かせる補助役になってもらうつもりだから。最大限に活かせればレベル差なんて気にならいだろうしな。』
『……』
暫しの沈黙。
静かに涼が隊員たちの方を見る。
全員が頷いた。涼の判断に任せるということなのだろう。
涼は、目を閉じ、深呼吸をした。
ちょうど治療も終わったので静かに離れる。
『閃さん。俺たちをクロノ・フィリアの仲間として迎え入れて頂きたい。お願いします。』
その場で頭を下げる涼。それを見た隊員たちも一斉に頭を下げた。
『おう!だがな。違うぞ涼。仲間になったんだ。俺らとお前らには、もう壁も上下関係も無しだ。これからは肩を並べて同じ道を歩いていく同志なんだから、この場合は握手だ。』
俺は男の姿に戻り涼に手を差し出した。
じっと俺の差し出した手を見つめ、震える自分の手を近付ける涼。
いつかクロノ・フィリアと共に戦いたい。
叶わないと諦めていた夢が現実になる瞬間、涼の目から涙が零れ、ゆっくりとそれでいて力強く差し出された手を握り返す。
『よろしく…お願いします。』
『ああ!よろしくな!少しは 楽 になったようだな。』
『え?』
閃さんの最後の言葉、何に対しての言葉だったのか。
その意味は今の俺にはよく解らなかった。




