第121話 心の中
重圧も抵抗も感じない。
水の中に居るような感覚。その中を漂う海草のように俺は居た。心地良い。不思議とそう思った。
この感覚には覚えがあった。以前にも同じ体験をした記憶がある。
そう。あの時も…雷皇獣との戦いで瀕死の重傷を負った時だ。こんな感じで…いつの間にかここに居たんだ。
そして、あの時も、必ず彼女が目の前に現れたんだ…。
『リスティナ…。』
俺は彼女の名前を呼んだ。
すると、光が集まるように彼女が姿を現した。
銀髪の長い髪、毛先が桃色に…。身体のラインがハッキリとし、ゆらゆらとした装飾が施された衣装。
その美貌は人の領域を越えた美しさを持つ。
『ああ。妾の愛しい息子よ。久しいな。前回もここで会ったが…なかなか苦戦が続いておるようだな?。』
『まぁな。てか、何か口調が変わってないか?』
『こっちが実際の口調に近いからな。今の妾は、本体から切り離された分身だ。今は前よりも魔力が充実しておるからな。本体の妾に近付いたという訳だ。』
高らかに叫び。腰に手を当てふんぞり返るリスティナ。
何かまたよく分からない単語が飛び出たが…。本体?分身?てか、息子?。
『…お前には聞きたいことが山程あるんだが…。』
『ふむ。順を追って説明をしたいのは山々だが…そう時間も無いのでな。簡単な質問だけ答えるとしようか。』
時間が無い?。
確かに、俺は早く白蓮との戦場に戻らなければならない。
『じゃあ、質問だ。結局、ここは何処なんだ?何で、ここに俺とお前が居るんだ?。』
『まぁ…前にも言ったがな。ここは閃の心の中…心象世界だ。』
『俺の心の世界…。』
『前回は閃の命が一度尽きたのが切っ掛けだったな。今回も似たようなモノだ。肉体が限界を迎えたことが原因だろうな。自分自身を守ろうとする防衛本能とでも言おうか。そこに妾が少し力を加え意識を持ってきたという訳だ。』
ここが…俺の心象世界…なのか…。
何も無い空間が上下左右に無限に広がっている。奥へ行けば行く程暗くなっている。
『俺の…心の中…寂しいな。』
『ふふ…そう感じるか?。』
俺の言葉に笑うリスティナ。
『ん?。ああ。何となくな。こんなに広いのに何も存在しない空間だ…深海みたいな感覚だが、そこだって、もっと色々あるだろう?。』
『ふふ。そうとも限らんぞ?。』
『は?。』
『今の閃は、まだ見えぬようだがな。ここは あらゆる可能性 の基となるモノで埋め尽くされているぞ?。』
『そうなのか?そんなもの見えないが?。』
『それは、閃がまだ自分のことを理解せず、受け入れていないからだ。』
『どういうことだ?。』
『これから。…ということだ。閃はまだ何も知らん。世界のことも、自分自身のこともな。全てを理解し、受け入れ、納得すれば、この空間の 奥に居る奴 にも出会えるだろう。』
『奥に居る奴?。』
どこまでも続く暗闇を凝視しても何も見えない。
俺の心の中にいるのか?その 誰か が。
『奴は…そうだな。閃の父親…とでも言うべきか…だが、本人ではない。あくまで閃の心に刻まれた記憶だ。まあ、今は関係ない。心の隅にでもしまっておけ。』
『分からないことばかりだ。』
『ふふ。だろうな。』
リスティナが俺の頭を撫でた。
優しい手つき。その瞳には慈愛が感じられた。
『さっきの言葉…お前が俺の意識をここに連れてきたような言い方だったが?。何の…為に…。』
『愛しい…我が子を守るのは母親として当然だろ?。』
『我が子?母親?。』
その言葉も、意味深だった。
過去の記憶が無い俺にとって自分の出生に関わることは一番興味を惹かれた。
俺の母親がリスティナ?そして、心の奥に居る存在が父親?。
『閃よ。お主の記憶は何処から始まっておる?。』
『俺の…記憶…?。』
俺の記憶…それは、幼いころ、そう、小学校の低学年…いや、中学年の終わりの冬に…つつ美母さんと灯月の居る家に引き取られて…。
駄目だ。引き取られる前の記憶がガッポリと失っている…思い出せない。
『そうだろうな。』
『?。』
『閃。それは失った訳ではない。その前の記憶は 最初から存在せん のだ。』
『は?どういう…ことだ?。』
『詳しい話は長くなるのでな。お主が今一番戦いたい奴を倒してからにしよう。だが、これだけは言っておく。お主が、ここに誕生させたのは妾だ。安心せい。母の守護がある限り、お主は負けんよ。』
リスティナは大事な部分を隠しているようだ。
いや…違う。今、説明しても理解できないと思ったのだろう…そう…根本的なことを俺が知らないんだ。
リスティナは最低限、俺が理解できそうな部分で説明してくれている。
『リスティナ…お前は、何者なんだ?。』
俺の記憶では、ゲーム エンパシスウィザメントの裏ボスにして、クリエイターズという敵の存在を教えてくれた女性だ。
だが、それだけだ。それ以外のことを何も知らない。
『妾か?妾は…そうだな。お主達が知っている言葉で形にすると…【神】だな。』
『神?。』
『そうだ。神とは世界が星を生み出した時に宿る星の意思。妾はその中でも上位に位置する【創造神】というカテゴリで呼ばれている。』
『はぁ…。つまり、この星はお前が作ったのか?。』
『いいや。違う。ここを作ったのはクリエイターズという連中だ。』
『クリエイターズ…奴等は何者なんだ?。その名前もお前から教えられた。お前と奴等の関係は…どういう…。』
『奴等は敵だ。妾も…妾が生み出した全てを奴等は奪った侵略者だ。』
『侵略者?。』
『詳しい話は後程だ。先にすべきことがあろう?全てを終わらせてからお主等全員に真実を告げてやる。』
『…そうか…そうだな…今は白蓮が先だ。』
白蓮もクリエイターズに出会っているのは確実だ。何が真実なのか…リスティナなら全てを知っているのだろうか?何にしても、白蓮を倒さなければ先には進めないことだけは確かだな。
『それにしても裏技も裏技!まさか自らの力で【限界突破3】を獲得する者が現れるとは思わなかったぞ。』
少々、興奮気味に言うリスティナ。
『【限界突破2】は妾が奴等の技術を真似して作り出したんだがな…クティナと妾、悔しいが奴等の能力が合わされば、更に上に行けるとは…複雑だな。』
美しい顔を歪ませ悔しそうな、怒っているような…複雑な表情を浮かべるリスティナ。
『【限界突破2】は、お前が俺達にくれたスキルだったのか?。』
『ああ。お主等が戦いに巻き込まれるのが目に見えていたんでな。妾からのプレゼントだ。』
『そうだな。確かに助かった。俺達の世界がエンパシスウィザメントに侵食された時から壊れちまったからな。正直【限界突破2】が無ければツラい結果になっていたかもな…。』
『すまんな。』
『何でリスティナが謝るんだ?俺は感謝してるんだぜ?。』
『ここに侵食させたのは妾が原因だからだ。閃だけではない、閃の仲間達にも大変な思いをさせてしまった。』
『は?そうなのか?。』
『ふむ…。奴等に一矢報いたかった妾の足掻きと、【限界突破2】をお主等に授けたことで発生した弊害だったのだ。』
『それにも理由があるんだろ?。』
『そうだ。だが、住人が暴れ出した原因を作ったのは別の者のようだがな…。』
『はぁ…何が何だか…。』
聞けば聞くほど混乱してきた。
『おーけー。わかった。俺が白蓮を倒したら全部説明してもらうからな。』
『うむ。当然だ。その為にここに来たんだからな。…あっ。もちろん愛しい息子を見守りたかったのもあるがな。』
『俺にとってお前は裏ボスのままなんだがな…。』
『むむ…それは少し悲しいな…反抗期とはこういうモノか?。』
『いきなり息子と言われて信じられるかよ。』
『…うう。本当なのにぃ…。まぁ良い。それで?奴に勝てる算段はあるのか?一部始終を見ていたが今の状態では勝ち目はあるまい?。』
『………。』
あと無傷なのは片足のみ。
奴の多重結界を破壊したとはいえ、正直…手詰まりなのは否めない。
悔しいが、命を懸けた奴の強化は本物だ。俺の全てを上回っている。
『ふふふ。お困りのようだな!そんなお主に…愛しい息子に!最愛の母から!最高のプレゼントだ!。』
格好いい?ポーズを決めるリスティナ。
『プレゼント?。』
『ああ!妾の宝石を使うのだ!最後の1つは無くとも6つの力を最大出力で解放すれば、奴を上回る【限界突破】のスキルを一時的に…。』
『いらん。』
『ほえ?。』
俺の一言でポカンとした表情で言葉を失うリスティナ。
コロコロ変わる表情の全てが美しく見えるって神って凄ぇな。
『な、何でだ!?奴に勝ちたいのだろう?その力をくれてやると言うに!?。』
『俺は、白蓮の気持ちに応えたいだけだ。借り物の力で奴に勝ったところで、それじゃあ奴の心も…俺の心も満たされない!。』
『…ふむぅ。そうか…全てを懸けて閃に挑んで来ている奴に応えるには自分自身の力で勝たないと意味がないと…そういうことか?。』
『ああ。そうだ。だから、そんな力はいらない。』
何かを考える素振りをしたリスティナは、渋々といった感じに口を開いた。
『妾は…お主を失いたくない。息子を目の前で殺されるなんて堪えられん。このままでは見す見す殺されてしまうからな…。』
『………。』
そうハッキリ言われると傷付くぞ?。
『そこでだ。一時的な【限界突破3(仮)】をお主に授ける。』
『一時的?。』
『ああ。奴の強化もクティナや妾の力を利用した借り物の合併だ。それならばお主も奴と同じ条件だ?奴と同じ土俵で戦うことが出来る。お主が望む展開だろう?。』
『ああ!それは助かる!奴に応えられる!。』
同じ土俵で…。同じ条件で…。
ああ。それならいける!。
想像しただけで胸が高鳴っている。
『そ、そうか…そんなに喜んでくれるとは…。ちょっとドキドキしたぞ…息子が喜ぶことが、母には…こんなに嬉しいものだったとは…。何でもしてあげたくなるな…。』
何やら胸を押えてボソボソ呟いているリスティナ。
『そう言えば…【限界突破3】の(仮)って何なんだ?』
『ああ。それはな、スキルとして完全なモノではないということだ。』
『ん?。』
『奴がスキルの力を完全に自分の掌中に収めた訳ではないということだ。』
『そうなのか?レベル面では170。数字通り俺を圧倒していたと思ったが…。』
『レベルはな。問題はスキルの方だ。ふふ。ゲーム時代の戦歴がここになって影響するとはな。奴も予想外だっただろうよ。』
戦歴?。
『クティナじゃよ。アヤツ…相当クティナに嫌われておるようだぞ?クティナの奴は気難しいところがあるからな。スキルをコントロール出来ていないようだ。』
『…【獣】か?。』
【七大罪の獣】。
俺が攻め立てようと接近した時に発動した。今にして思えば、俺を白蓮から遠ざけようとしたようにも感じる。
だが、何故、クティナに嫌われているんだ?。
『ふふ。簡単な話だ。ゲーム時代、最もクティナを殺したのは誰だ?。』
『ああ…成程…。』
ゲーム時代、最もクティナを殺したのは…答えるまでもないが白蓮だ。
その戦歴で、奴は【クティナの宝核玉】を手に入れたんだからな。
しかし、それが逆にスキルを弱体化させる現状を作り出してしまったとは…。
『お主に授けるスキルも【限界突破3(仮)】にしてやる。だから、存分に戦え。そして、無事で勝って、妾とまた会って欲しい。』
心配そうな表情で俺に抱き付くリスティナ。
上目遣いの表情からは、愛情と不安が入り交じっていた。
『ああ。お前に借りたこの力を無駄にはしない。そして、必ず勝つ!戻ったらお前が知っていること全てを話して貰うからな!。』
『ああ…ああ!話すとも!待っておるからな!負けたら許さんぞ!。』
抱き付いたままの状態で、唇を重ねるリスティナ。その瞬間、皆から預かったアイテムBOXに収納していた【リスティナの宝石】が6つ出現し俺の身体へ溶け込んでいった。
あたたかい。心が満たされていく。全身に流れ始めたリスティナの魔力は母の愛を感じさせた。
『ありがとう。リスティナ。感謝するよ。』
『よい。妾に、またその顔を見せてくれるならな。』
『ああ。約束するよ。』
目を閉じると浮遊感は消え現実へと意識が戻されていく。
ーーーーーーーーーー
俺の身体から溢れ出る尋常ではない魔力の奔流。全身の傷は全て癒え、僅かだった魔力も回復していた。
そんな俺の謎の強化に驚きの表情を浮かべる白蓮だが、その口元は嬉しそうだ。
そうか…奴は理解しているんだ。
俺が奴に追い付いたことに。
『スキル【人神化】。』
神化も新たに強化された。
人の身で神の領域へ到達した種族 人族 が持つ最強の【神化】が今…発動した。