第120話 無凱VS紫柄② 決着
ーーー紫柄ーーー
クロノフィリアリーダー 無凱。
あのクロノフィリアを、創設し、まとめ上げた実力は、噂通りの本物だ。
俺が白蓮から受け取った薬【リヒト】を服用し、且つ、その力をコントロール出来るクリエイターズとかいう連中の技術を借りたアイテムの ベル を破壊したことで発生する光の波動を受けて尚、互角以上に渡り合ってくる。
やはり、別格だ。
今の俺ならばクロノフィリアのメンバー相手にも遅れは取らない。そう思える程の強化が施された状態だ。
しかし、この男…正直、俺からしてみれば最も戦いたくない部類の人間。
飄々とした態度からは思考が読みづらく、次に何をしてくるのかが全く分からない。
その口から発せられる言葉に、どれ程の本音と嘘が混在しているのか…。
言葉による駆け引きはこの男の前では完全に無駄に終わるだろう。彼が優先するのは己のギルドにとって益となるモノのみ。ギルドマスターとしての理想系が彼なのだろうな。
戦闘、こと体術においても俺と互角以上の実力を持ち、接近戦での読み合いは彼に軍配が上がるだろう。
事実、こちらの牽制は余裕で見切られた上で軌道を変えられ空を切る。わざと見せた隙にも食らい付かず逆に絡め取ろうと仕掛けてくる。
何よりも、時折彼から放たれる謎の魔力の波長。恐ろしいほど静かで速く、俺の周囲、身体の中含めあらゆる所に魔力が集束している。
これが、噂に聞く【箱】か?。
魔力は何か形を成そうとし集まっている。それを踏まえてゲーム時代の噂を思い出した。
クロノフィリアのリーダーは 箱 という謎の武器を使用する。
気付いた時には既に 箱 によって解体されていた。
箱の出入りは能力者次第。一度入れば何も出来ずに敗北した。
そんな噂だ。
警戒するに越したことはないだろう。
スキル【空間破紋】を発動。
特殊な魔力の波を身体から放出し、周囲の魔力を乱れさせ破壊するスキル。
これで、俺の周囲で彼の魔力が形を作ることはない。
暫くの間、拳による接近戦を繰り返していたが、このままでは埒があかない。というのが本音だ。何度やっても彼は俺の拳を的確に捌き続けるだろう。
こちらの時間もそんなに残されていない。薬の副作用は能力を使えば使うほど早まり、肉体の限界が近付いていく。
ならば、勝負に出るしかあるまい。
俺は大振りの一撃を彼の後頭部目掛け振り抜いた。当然、彼は反応し上体を反らすという器用な方法で回避して見せる。
だが、俺の狙いはまだここからだ。
スキル【蛇咬握指】。
蛇の牙が人体にくい込むが如く。強靭な握力と指の力で対象を刺し貫き握り潰すスキル。
真横にある大木を掴み、身体を回転させるトリッキーな動きで彼を翻弄。思考を鈍らせる。
大木を利用した攻撃を防ぎ切った僅かな油断を誘う為だ。
まんまと彼は俺の罠に掛かる。
一瞬の安堵。俺はそれを待っていた。
スキル【加速瞬脚】。
極短距離の高速移動。移動中は全ての干渉を受けず感知すらさせない。だが、精々3メートル程度の移動にしか使えず連続使用も出来ない。
一瞬で背後に回り込み、体勢が不充分の彼の腕を握り、引きちぎる。普通なら激痛でのたうち回るか、動けなくなるのだが…彼は驚くことに冷静で俺から距離を取るという選択を選んだ。
その時だった。
腕に違和感を感じたのは。
痛み?。
攻撃を仕掛けたのは俺だ。だが、そうか…。俺も彼に誘い込まれたということか…。
気付けば俺の腕も切断されていた。確かに思い返せば攻撃を仕掛けた瞬間、【空間破紋】に回していた魔力を【蛇咬握指】と【加速瞬脚】に使用した。だが、それは一瞬の話。その俺の隙を見逃さず、自身の肉体へのダメージを省みずカウンターを仕掛けるとは…。
やれやれ、つくづくこの人と戦っている自分自身の現状を恨もう。運がないな…。
この人の前で【空間破紋】を解除することは死を招くようだ。
近付くと、無意識下での魔力の隙を狙われる可能性がある。接近戦では、攻め切れない。
彼の腕を見ると、魔力の立方体が腕の断面を包み込むように発動していた。
出血が止まっている?。いや、よく見ると立方体の中を血液が流れているのが見える。つまり…極小の箱を繋げて擬似的な血管にし循環させているのか…。化け物だな…。
…魔力の消費は激しいが、戦法を変えるしかないな…。
俺は、切断され地面に落ちている自分と大木を吸収し肉体を再生させた。
スキル【溶解変換吸収】。
有機物を取り込むことで再生するスキル。
失った部位も再生可能だが、吸収するモノが反比例する為使い勝手は良くない。
現に、大木丸々1本と元々身体の一部だった欠損部の腕でも若干足りないのだ。形は復元できても動かせない。仕方がない、俺は転がっている彼の腕も使うことにした。彼ほどの能力者の腕なら大木はいらなかったな。
再生した腕は前の腕より強く強靭だ。
出会ってから常に冷静な彼でさえ驚きをかくせていない。自分の腕が取り込まれたのだ。取り乱してもおかしくはないのだがな…。
これで、こちらは元通り。
彼の 箱 を封じ、肉体は再生した。次は彼の接近戦を封じようか。
指を2本立て、銃の形を作る。
スキル【空間破弾】。
認識した座標に魔力を飛ばし空間そのモノを破壊する。ガラスが割れるような音と空間に黒い穴。そこから亀裂が広がった。
亀裂に巻き込まれる形で彼の肩口が裂ける。
『【空間破弾】。俺は空間そのモノを破壊できる。』
驚き困惑する彼に俺は静かに告げた。
空間を破壊しても、世界はその箇所を修復しようと働く。穴は空間を歪め周囲の空間を取り込むように螺旋状に修復される。その時に発生する異常な空間の動きで、その場に重なって立っていた彼の肩は捻られ肉が千切落ちた。
『がっぁ!?。』
反撃の隙は与えない。
腕を…足を…胴を…撃ち抜く。
世界が破損箇所を修復する 現象 を利用した攻撃だ。全ての防御や強度は意味を成さない。
『ぐっ!?。やるねぇ…。』
全身を撃ち抜かれ苦しみ、片膝をついた彼だが…。
『逃げても無駄だ。貴方の魔力は決して逃がさない。箱の中身を入れ替えての瞬間移動。だが、魔力の流れは隠しきれない。』
『ははは…やっぱ無理だったね。けど…っぅ…痛いの貰っちゃったよ。』
全ては躱せなかったようだ。
至る箇所に肉が抉れた出血が見られる。空間が修復される時に発生する螺旋状のエネルギーは周囲の物体を強烈な力で引き寄せる。
世界の現象からはそう簡単には逃げられない。
『逃げたところで、世界の法則からは逃げられん。』
再び指先を彼に向け【空間破弾】を発動しようとした時、彼が動いた。
『それはもう勘弁かな。』
『む!?これは?。』
俺の周りに魔力の箱が無数に展開された。俺の身体には【空間破紋】による魔力の乱れが発生している。彼は俺のスキルの射程範囲を既に見極めギリギリの位置で箱を作り出している。
『こんなことしても無駄だ。【空間破紋】の範囲の限界はまだ広い。』
【空間破紋】の波動を更に広域に広げ、箱を破壊していく。魔力の消費が激しい。だが、ここで彼の自由を許すわけにはいかん。何を企んでいるのか分からんが箱だけは広げさせん。
『まだまだだよ!。』
『っ!?。』
箱の中に箱を重ねて作り【空間破紋】の中で僅かな時間だが完成された箱を作り出した。
『二重じゃ足りないか…なら三重だ!。』
『ちっ!。』
三重の箱を俺の周囲に無数に展開された。箱に触れれば彼の箱が発動してしまうか…。
『忘れているぞ。』
『ぬ?。』
俺は【空間破弾】を両手で発動。全ての箱を撃ち抜いた。
所詮は座標固定のスキルだ。場所さえ分かれば【空間破弾】の空間破壊は有効。恰好の的だ。
しかし、箱を何度も出されては…こちらも行動が制限される。時間を掛けられては俺の命が尽きてしまう。どうするか…。
『くっ…これだけ箱を出しても破壊されるか…。』
彼が箱を出す精度が落ちている?。展開スピードも?。
『終わりか?隙が出来たぞ?。』
彼が見せた僅かな隙。俺は見逃さず【蛇咬握指】と【加速瞬脚】で一気に距離を詰めた。
『っ!?。身体が!?。』
『時間稼ぎだと…思わせれば、君の焦りを引き出せるかと思ったけど…予想以上だったよ。』
身体が…指一本、動かせない?。
気づいた。俺の周囲を取り囲む魔力の立方体。何故だ?俺は【空間破紋】を発動していたんだぞ?何処から?。
『…どうやって?。』
『僕の箱は、大きさを自在に設定できる。展開した箱自体を動かすことは出来ないけどね。箱を設置したモノが動いた場合は、 持ち運び が出来るんだ。』
『っ!?そうか…貴方の…俺が引きちぎった腕か…。』
『そう。君に吸収された腕の中に箱を仕掛けておいたんだ。』
『俺が吸収したことで、箱に俺の魔力が溶け込んだのか…。それで破壊されなかったという訳か。』
『一応、何百もの小さな箱を重ねてね。』
この瞬間、俺は悟った。罠に掛かったのは…俺の方か…と。
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ーーー無凱ーーー
『そうか…腕を犠牲にしたのはわざとか?。』
『吸収する能力があるのは予想外だったけどね。…じゃなければもう1本の腕も差し出さなければいけなかったよ。』
箱の中に入れられた紫柄君は全てを察したようだった。
一度でも箱に入れてしまえば、主導権は僕に移る。彼の身体の自由、能力の使用を封じさせてもらった。
『君は本当に強かったよ。』
『ふっ。貴方にそう言われるのは、嬉しいな。だが、それも薬の効果があってこそだ。俺の身体は能力の連続使用で限界に近いからな…。』
『違う出会い方をしたかったよ。』
『違いない…。』
箱を通じて彼の身体が限界に近付いているのが理解できた。
これが【リヒト】の効果か。細胞が急激な速度で魔力に変換されている。
彼を救うには…この方法しかない…か…。
『神技【極虚空神無量点】。』
紫柄君を捕えた箱が回転しながら急速に収縮し目に見えない程の小さな黒い点となって消失した。
『………。』
終わったね。
彼が居なくなった場所を見ながら僕は腰を下ろす。
『はぁ…。勝っても負けても嬉しくない戦いは…何度やっても…ふぅ…嫌だねぇ…。』
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『…ガラ。…柄。』
俺を呼ぶ声が聞こえる。
聞き覚えのある声。1人じゃないな。気配も複数個感じる。
『紫柄さん!。』
俺の意識は覚醒し、眼を開けた。
一番最初に目に入った顔は泣き顔の紫音だった。
『紫音?。そうか…俺は、負けて…死んだのか…。』
『やっと起きたかね。リーダー。随分と遅かったじゃないか。なかなか粘ったようで何よりだ。』
『異熊…。』
『ふっ!我も粘った方だがな!魔神の手先には一歩及ばなかったようだ!。』
『悪楽…。』
『惜しいところまでいったんだが…流石はクロノフィリアだ。切り札の次は奥の手か?はぁ…次は滅してやる!リベンジだ!。』
『常暗…。』
『ああ。あれは反則だったな…彼女の実力を疑っていた訳ではないが…あそこまで差があるとは…いっそのこと清々しい気分だ。』
『雨黒…。』
『私は…もうクロノフィリアの人達とは戦いたくありません。彼女達に沢山酷いことをして傷付けてしまいました。最後に謝りたかった。』
『兎針…。』
『敵より味方さ。また、皆に会えて良かった。』
『鳥越…。』
『皆は良いな…俺は相手にすらならなかったのにな…。』
『怪影…。』
そこには、ギルド 紫雲影蛇の幹部メンバーが全員揃っていた。
『皆。すまん。負けてしまった。』
『気にすることはないよ。』
『そうそう。皆こうしてまた会えたんだから。私は嬉しい。』
『私もです。心残りはありますが…今は再開を喜びましょう。』
『そうだぜ!我等が揃えば怖いものなどありはせん!。』
『過去より今。それが大切です。』
『ああ。また共に腕を磨こう。』
『もっと強くならないとな。』
『そうだな…俺も高みを知った。次こそは…。』
『ふっ…そうか…。』
皆がいる。
今はそれだけが嬉しいな。
クロノフィリア…。また、いつの日か会おう。
その時こそ…仲間に…なりたいと、思う。
このストーリーを読んでくれてありがとうございます。
これからも読んでくれると嬉しいです。