第112話 決着 氷姫と幽鈴
氷と炎が衝突したことで発生した水蒸気が周囲に放出され霧のように辺りを覆う。
氷姫の魔氷は通常の熱では決して溶けない。
魔力を介した炎熱系統の攻撃でのみ溶かすことが出来る。
杖の先端に氷の刃を作り槍として使用、リーチを生かした素早い動きで攻め立てる。
『必殺!魔王殲滅激龍波!!!。』
『【硬重氷壁】。』
紫雲影蛇所属 悪楽命名。
神剣。邪神滅殺混沌招来深淵終末漆黒黙示録断罪慟哭虚無幻想共鳴天啓剣から放たれる龍の姿を模した魔力の炎を氷姫の分厚い氷の壁が防ぐ。
しかし、龍の身体を構成する高温の炎に瞬く間に氷が溶けてしまい壁は破壊され、氷姫を襲う。回避を試みるも範囲の広い龍の爪先が肩口を掠る。
『ん…暑い…。』
『ふっ…我が封印されし邪龍を使役し解き放つ奥義の1つを受けても…尚、立ち上がるとはな。敵ながら称賛に値する。この右腕の疼き…やはり、貴様が魔神の配下で間違いないようだな。』
『違う。クロノフィリア。』
『ふっ。あくまでもシラを切る気なのだな。まあいい。ならば貴様が本当のことを話すまで攻撃し続けるまでだ。』
『【氷獄氷柱】。』
空気中の水分を一瞬にして氷結させ、無数の氷柱を出現させる。
『こんなもの!子供騙しよ!薙ぎ払う!。』
放たれる氷柱を炎を纏う神剣の一振で溶かし尽くす。
相性のせいもあるだろうが、並の炎では氷姫の魔氷は溶かせないのだが…。氷姫は内心驚いていた。
炎の熱量だけなら智ぃちゃん(智鳴)に匹敵すると。
『【氷洞渓深牙】。』
『わっ!地面が!?。』
巨大なクレバスを出現させ、対象を中に落とし左右の壁から伸びる鋭利な氷柱で挟み潰すスキル。
悪楽は自身の足下が突然割れたことに驚きながら落下していった。
『驚いたが効かぬ!精霊よ!我の翼となれ!。』
悪楽の背中に光の翼が出現し、炎の剣ごと身体を回転させクレバスの中から脱出して見せた。
『…これも…ダメ…。』
『ふっ…実力の差は明白のようだな!魔神の手先よ!我を倒すには…。』
『黙って。』
『あっ…はい…すみません。』
『貴方の能力を知りたい。多種多様過ぎる。』
『え?いや、敵である君に教えるわけないじゃん?てか、何でナチュラルに聞いてくるのさ?。』
『知りたいから。じゃあ、私の教えるから教えて。』
『…ええ…。』
『私は【白霊氷雪神族】で神具がこの【氷華白霊杖】。氷を自在に操れるの。』
『わぁ…勝手に話を進めてきたぁ…。しかも、君の場合分かりやす過ぎるし…見た目そのままじゃん…。』
『君のは?。』
『しかも、俺の突っ込みすら聞いてない!?もしかして、興味を持ったモノは調べ尽くすタイプなの?。』
『そう。』
『あっ…僕の言葉…聞いてはいるんだね…。』
はぁ…。と溜め息をし、素直に話し始める悪楽。
氷姫は正直、悪楽がどんな人間なのかをまだ理解できていなかった。
大抵の場合、自分の能力を明かすなんて愚行するわけがない。
けど、悪楽はしてきた。お人好し?なのか…はたまた馬鹿なのか?。
『俺の種族は【夢現幻想像王族】。能力は【理想現実化】にスキルスロットを全振りしてる。俺が思い描いた能力を発現できるんだ。』
裏是流と同じ種族。
魔力に 形 を作り。実体を与えたり消したりすることを得意とする種族。
全種族の中で特にトリッキー且つ、扱いの難しいスキルを取得出来る種族でもある。
一言で言うとクセが強いのだ。
『成程。ありがとう。教えてくれて。』
『あっ…はい…まあ…どう致しまして…。』
氷姫が頭を下げる。
それを見て咄嗟に頭を下げ返す悪楽。
それを見て氷姫は確信する。
この人、いい人だ。と。
『蒼穹氷獄…。』
氷姫の持つ神具【氷華白霊杖】の先端からリング状の光の輪が空高く放たれた。そのリングは上空で静止しオーロラのような結界を大地に降り注いだ。
周囲は一瞬で氷付き極寒の世界が作られた。
『えっ!?いきなり!?しかも何これ!さっぶっ!へっぐち!。』
『暑いから冷ました。』
『冷ますとかそんなレベルじゃないじゃん!全部凍ってるよ?。』
『君が暑い攻撃するから。』
『あ…はい…すみません。気を付けます。』
こほんっ!っと咳払いをし仕切り直す悪楽。
『ははは!流石は古の魔神の残党だ!空間すらも支配するとはな!王を失おうとも、その力は衰えぬということか!だが、例え結界を張られたとて、我が古の精霊の加護を宿した左目に掛かれば!。』
そう言い悪楽が眼帯を外し剣を構えた。
『そこだぁぁぁあああ!。』
ある一点に目掛け剣を振り下ろす。
『うそ…。』
氷姫が展開した【蒼穹氷獄】が破壊された。
悪楽は的確に結界の死点を見極め、そこを破壊したのだ。
『ふっ…我にかかれば、この程度、造作もない。くっ…右腕が疼く…精霊の力を使いすぎたか…。』
氷姫は疑問を口にする。
悪楽の力は氷姫の想像の上をいく。能力に特化しているからと言っても…強すぎるからだ。
『…君。本当に強いね。薬…飲んだの?。』
『ん?ああ、神の供物か…命を捧げ、神の力の恩恵を得られるという…もちろんだ。我が体内には神の力が宿っている!。』
『副作用は。知ってる?。』
『命を捧げることだろう?承知している。魔神の配下と戦うのだ。それくらいの代償は必要だろう?。』
『…君はそれで良かったの?。』
その氷姫の言葉に悪楽が黙る。
その言葉は悪楽にとって、とても心に響く言葉だった。
決意、そして、後悔、からの挫折と跑き。
今の氷姫の言葉は、悪楽の過去。自分の行いを脳裏にフラッシュバックさせるのには十分だった。
『…俺は勇者になりたかったんだ…。』
暫しの沈黙の後。悪楽は語り始めた。
誰でもいい。自分の言葉を受け止めて欲しかった。それが…例え敵であっても。
『……………。』
氷姫は黙って聞いている。
悪楽はクロノフィリアを悪い人間とは最初から見ていなかった。
ギルドの方針。神との接触。未来の世界。白蓮の意地。そして、何も出来なかった自分への後悔。
それを、受け止めてくれる人をただ探していたのかもしれない。
『エンパシスウィザメントは、そんな俺の願いを叶えてくれる絶好の場所だったんだ。思い描いた自由な能力…強い敵…全部が揃ってたんだ。』
『………。』
『所詮はゲームの中だけの夢物語だったけど。レベルを上げれば初心者を助けてあげられるでしょ?そんな小さな人助けが嬉しかったんだ。』
『………。』
『その後、現実世界が侵食されて、こんな世界になった時、僕は正直嬉しかったんだ。弱い人達を悪い奴等から守れる。勇者になれるチャンスが来た!そう思った。』
『…。』
『僕は守ったよ?多くの人を能力を暴力の道具として使ってくる人達から。けど、俺の力じゃ結局、誰も守れなかった。個人レベルの喧嘩なら止めれたさ。だけど、争いの規模はどんどん大きくなっていった。各ギルド同士の小競り合いから始まって、終いには白聖と黒曜が戦争を始めるし…しかも、能力を持たない人達を駆り出してまで…。』
自分の手を握り締める悪楽。
『敵が多すぎたんだよ…世界が混乱状態に陥って強い能力を持った人達が世界を支配を始めた。能力を持たない人達が生き残るには奴隷のような扱いを受け強者の道具になるしか…あの頃は無かった。君達クロノフィリアのように圧倒的な実力を持つ人達なら出来たかもしれないけどね…レベル120の僕たちじゃ…目の前の人達ですら救えなかったよ…。目の前で奪われ、目の前で連れ去られていく。最悪、目の前で殺された。』
『…私達も…守るために行動した。』
『うん。聞いてる。だから俺は君達クロノフィリアを皆が言っている程悪い奴等とは思ってない。むしろ、尊敬してるくらい。…まあ、ちょっと嫉妬も入ってるけどね。…けど、そんな君達も世界の状況が分からない以上表立って動けなかったでしょ?僕達も同じだった。ただ生き残ることに必死だったんだ。目の前で死んでいく弱者を見ながらね…辛かったな…。』
『そう…。』
『襲い掛かる敵を殺しても、次から次に襲ってくる。殺さないと殺される。正直…誰かを守っている余裕なんて無かったんだ。あの2年間は…気が付いたら憧れていた勇者とは真逆のことをしてたよ。弱者であろうと殺さないとどんな形になって自分に戻って来るか分からないから…それから、仮初めだけど白聖がこの国の頂点に君臨したことで大規模な戦争は無くなった。表面上だけの薄い平和が始まったんだ。』
『………。』
『もう、あの2年間のように大切なモノを失うことは無くなった。はは…大切な…守りたかった力を持たない弱い人達は…俺の前にはもう居なかった…。だから、吹っ切れたのかもしれない。残った大切なモノは同じギルドの仲間だけ。その仲間が神の指示に従いクロノフィリアを消そうとしている。命を懸けてね。はっきり言って君達は強者だ。俺達何かじゃ薬を使わないと相手にすらならない存在。けど、神は言ったクロノフィリアのメンバーを俺達の手で1人でも殺せば仮にこの戦いで死んだとしても生き返らせてくれるって。』
『………。』
『だから、これは逃避なんだ。叶わなかった夢を君達にぶつける自己満足…君達を悪と定めて…俺が勇者になって世界を救うロールプレイ…。君達は何も悪くないけど…俺達の未来の為に俺は君を倒す勇者になる!。』
『理解した。』
悪楽が溜め息をつき、その後…深呼吸。
『さあ!魔神の手先よ!神と精霊の加護を身に宿し、呪われた右腕を持つ勇者!悪楽がソナタを滅ぼそう!。』
こほんっ。と小さく咳払いをする氷姫。
僅かに頬が赤く染まり、その頬をパンパンと叩く。
『よしっ。今回。だけ…だからね。』
『む…何を…。』
『スキル【華氷獄姫神化】。』
氷姫が【神化】を発動する。
その姿は胸元のはだけた真っ白な着物と羽衣。黄金の左目は蒼穹の色に変わり、周囲に巨大な氷の結晶が複数個浮かんでいる。
『スキル【氷結鎧装】。』
続けて、冷気が氷姫の全身を包み白銀に輝く氷の鎧が装着される。
氷結の戦乙女が顕現する。
『私は魔神様に仕える四天王が1人!氷姫!勇者 悪楽よ!魔神様…そして、貴様に倒された我々の同胞の仇…取らせて貰う!。』
過去の遡ったとして、1度でもこんなに声を張り上げて言葉を発したことがあっただろうか…。
鎧で顔は見えないが、その鎧兜の下はかつて無い程顔を真っ赤にした氷姫が悪役を演じる。
『………。ふふ…ふふ…ふははははは!ついに正体を現せたな!魔神の配下よ!貴様もこの神剣で仲間の場所に送ってやる!。はっ!。』
『来るがいい!勇者よ!貴様の死体をバラバラに引き千切り豚どもの餌にしてくれる!。』
『やれるものなら…やってみるがいい!。』
氷に包まれ巨大になった槍と様々な属性が合わさり螺旋状に魔力が放出される神剣の激突。
【神化】を果たし行動の全てに極低温の冷気が放出される氷姫。ただ立っているだけでも空気中の空気は白く輝き。地面を踏み締めれば足下から霜が広がり、槍を振るえば風圧だけで全てが凍てつく。
それに対する悪楽は、炎、水、風、地、雷、光、闇…ありとあらゆる属性が宿る神剣で応戦する。
攻撃範囲が広く炎の力を最大限に使い、氷姫が凍らせた氷を溶かしていく。
凄まじい速度で凍り…溶ける…を繰り返す。
水蒸気の爆発。瞬時に蒸気も凍り、再び溶かされ新たな水蒸気の爆発を引き起こす。
目にも止まらぬ速さで斬り結ぶ両者。【神化】した氷姫と、それに互角に渡り合う悪楽。
果たして…どれくらいの時間が経過したのか…。周囲に鳴り響いていた斬撃の斬り合う音が突如鳴り止む。
『はぁ…はぁ…はぁ…。』
『………。』
5メートル。
氷姫と悪楽が足を止め向かい合う距離だ。
氷姫の槍…そして身に纏う鎧にヒビが入り、砕け散った。
『限界。みたい。』
【神化】も解除された氷姫はその場に座り込んむ。
『ふっ…。これが勇者の力よ…。貴様達魔神どもには負けん。』
『うん。強かった。私の全力。受けきったよ。』
『………ありがとう。君のお陰で全力を出せた。』
神剣の刃は手に持つ右腕から、両足は地面ごと凍らされ。左腕は凍りついたモノが砕け…失っていた。
『ねえ、聞いていいかい?。』
『うん。いいよ。』
『俺は…勇者だったかい?。』
『うん。悪の幹部。完全敗北。』
『ははははは。ありがとう。知ってるかい?人間は死んだら神の世界に行くんだよ。』
『そうなの?。』
『うん。そういう設定。けどね。もし本当に…死んだ人に合えるなら…。』
『………。』
『俺が力及ばず、見殺しにしてしまった人達に…謝罪…したいなぁ…あっ…どうやら時間切れみたいだ。』
薬の副作用で悪楽の身体が砂のように崩れていく。
『その人達。君のこと怒ってないと思うよ。』
『…そうかな?救えなかったのに?。』
『うん。君は何も悪くないから。』
『…ねぇ。君に惚れていい?。』
『それはダメ。』
『ははは…そうかぁ~。まあ、いいや。ありがとう。悪の女幹部さん。』
その言葉を最後に悪楽は…その姿を風に乗って消え去った。
『黒歴史…作っちゃった。』
僅かに残った魔力で氷の椅子を作りそこに腰を下ろす。
悪楽は間違いなく強かった。氷姫を追い詰める程に…。
『仲間に。なりたかった。』
凍らずに残った悪楽の眼帯が風に運ばれ氷姫の元に飛んできた。
『うん。もう仲間だね。』
眼帯を指で撫で、アイテムBOXに入れる。
紫雲影蛇の悪楽という存在は確かに氷姫の心に刻まれたのだった。
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『【龍星流群】!。』
『【念動操作】!。』
無数の星の形をした魔力の塊が幽鈴に降り注ぐも、自身に命中する星の所有権を奪い操作し星同士をぶつけ合うことで身を守る。
幽鈴は自身よりレベルが低い者には、その姿が見えないし身体への干渉も出来ない。
それが、幽鈴の種族スキル【霊幻身体】。
しかし、同レベル以上にはその姿は視認でき、魔力を介して干渉することも出来る。
幽鈴の前にいる黒いゴスロリドレスに身を包んだ少女。紫雲影蛇 紫音は薬と謎のベルの力でレベルが150となり幽鈴への干渉も可能になっている。
現に僅かに頬を掠った星の破片によって幽鈴の顔に傷がついている。
『貴女…とっても厄介ね。ならこれで。』
手にする星が散りばめられた柄をした傘を広げ隕石のように幽鈴に向かって突っ込んでくる。
『【流星隕弾】!。』
『【聖光壁】!。』
隕石となった紫音の突進を幽鈴が展開した光の障壁によって阻まれた…と、一瞬そう思った幽鈴だったが…。
障壁に僅かにヒビが入る
『くっ!強いわね…。』
『貴女も…。でも。負けない。』
障壁のヒビは徐々に広がり、そして破壊された。
『きゃっ!?。』
交差するように擦れ違った両者。障壁を破壊され一瞬身動きが止まった幽鈴と、振り返り傘の先端を幽鈴に向ける紫音。
『【星雲砲撃】!。』
先端から放出される魔力砲撃が幽鈴に命中した。
『当たらなかった?。』
『危なかったわ…【透過】が間に合わなかったら今ので終わってた…。』
『何それ?ズルいわ。』
『ふふ。幽霊ですもの。それぐらいわ出来るわ。どうするのかしら?貴女の攻撃は私に届かないわよ?。』
【透過】は物理、魔力含め全てをすり抜けるスキル。このスキルを発動している限り幽鈴は如何なる干渉も受けなくなる。
普段の状態で常時発動している【霊幻身体】による【透過】はレベルが同じか上の者には干渉されてしまう。
現在使用した【透過】は、幽鈴の意思で行え発動中は全ての干渉を防いでくれる。
しかし、叶と離れて魔力供給を受けられない単独行動している今、【透過】中は急激に魔力を消費していく。
例えるなら、スキル発動に全魔力の3分の1を消費し、発動中は常に魔力を消費し続けていく。
因みに幽鈴単体の内効魔力を消費尽くしてしまった場合、幽鈴は消滅してしまう。
よって【透過】を使えるのは、あと1回。
それは決して紫音に悟られてはいけないことだった。
『けど。無敵でも。制約はあるはず。【流星斬光】!。』
振り抜いた傘の切っ先から放たれる飛ぶ斬撃。裏是流にも使用したスキルだ。
『速いっ!?。』
【浮遊】している自身を身体を反らし紙一重で回避する。
連続での【透過】の使用は出来ない。魔力の消費は出来るだけ避けたい。最小限の消費で戦いたい。そう思うが、紫音の纏う魔力がそうさせてくれない。
『ふぅ…危ないわね…。』
『貴女…魔力の消費を抑えてるでしょ?。』
『あら?何故、そう思うのかしら?。』
『無敵になれるスキルを持っているのに連続使用をしない。光の壁を出せば防げるのに使わなかった。』
『…ふふ。だとしたら?。』
『そんなので私に勝とうなんて。甘く見すぎ!【流星転廻】!。』
複数の星形の魔力が出現し、高速で紫音の周囲を廻り始める。
『それは?。』
『【流星光砲】!。』
『なっ!?範囲が広すぎよ!。』
廻る星から四方八方に魔力砲撃が発射される。
『どう?これで逃げ場は無いでしょ?私の思うがままに踊りなさい。』
砲撃は止むこと無く放射され続けて、回避する幽鈴を追い詰めていく。
『くっ!しつこいわ!【聖光壁】!。』
『それは。もう見たわ!。』
バラバラの放射していた魔力砲撃を壁の一点に集中し威力を高める。
『ぐっ!だめっ…もたない…。』
集中砲火に耐えられなくなった壁は無惨に破壊され、砲撃が容赦なく幽鈴の身体を貫いた。
元々霊体である幽鈴の身体は外見的には無傷のようだが、その分魔力を消費した為に、身体が薄くなった。
『はぁ…はぁ…。厳しい…状況ね。叶が居ないのがこんなに辛いなんてね…。』
この世界になって、初めての同格との戦いたい。元々は叶の神具としての存在を与えられた幽鈴にとって、個別での戦いがここ制約の重いモノだとは想像していなかった。
いや、想像はしていたのだろう。…だが、実際に体験する実戦が想像を上回ったのだった。
更に言うと、幽鈴はギルドスキル【時刻の番人】の刻印を持っていない。つまり、能力の向上は得られていないのだ。
『はぁ…手痛いの貰ってしまったわね…。』
『そろそろ。本気出す?。』
『ええ…そうね。貴女を倒すにはそうするしか無いみたい。』
砲撃が止まるも、尚も紫音の周りを旋回する無数の星。
『最悪…消滅ね…良いわ!私も覚悟を決めましょう!。スキル…【幽聖霊女神化】!。』
頭の上に輝く光輪。天使の翼。服装もギリシャ神話の女神を思わせる純白のドレスに身を包む。幽霊らしさも残し、足は消えてしまっているが…。
『神具…【聖教祝福鐘】!。』
空中に出現する巨大な教会の鐘。
叶の神具は教会とその周辺の全て。そして、幽鈴自身の神具は、本来教会に備え付けられている鐘。
鳴り響く鐘の音。
『これは?。』
『貴女に時間が無いのわ知っているわ。でも、これで私にも時間が無くなってしまったわ。貴女には悪いけど早々に倒させて貰うわ!。』
『そう。なら全てをぶつけるだけ。星よ!。廻れ。廻れ。廻れ。廻れ。廻れ。』
急速に回転を速めていく魔力の星。
『【流星光砲】!。』
放たれる無数の魔力砲撃。
それに対し幽鈴は…。
『奏でなさい!祝福の鐘よ!スキル【天輪光幕】!。』
鐘の音を中心に天空から円形に光の幕が地表に降り注ぐ。
『行くわよ!スキル【断罪の神光】!。』
そして、天空から放たれた光の閃光により、紫音の砲撃が撃ち落とされた。
『まだまだ。【龍星流群】!。』
スキルの同時併用。
複数の砲撃と流れ落ちる流星群。
『スキル【幽撃】!。』
周辺にいる霊達の力を借りるスキル。
使役に近い形で操作出来る。
呼び出した霊が同時に【念動操作】を発動し、迫り来る流星群を操作し軌道を逸らす。
『ちっ!なら!最大スキル【流郡光星砲撃】!。』
特大火力の砲撃が、同時展開されている【流星光砲】と【龍星流群】を巻き込み極大レベルの魔力の塊となって幽鈴に牙を剥いた。
『残る魔力はギリギリね…でも!神技【聖光鐘幽閃界】!。』
高々に鳴り響く鐘の音は、天界への道を開く鍵。解錠の証しは光の幕が放つ眩いばかりの光輝。
『これは!?何!?。』
異常なまでの輝きに焦りを露にする紫音。
『消えなさい。』
『ああ…これは…ごめん。皆…私…負けた…。』
紫音が放つ極大の砲撃よりも更に巨大な光の鉄槌。認知よりも速い、刹那にも近い速度で光は全てを叩き潰した。
大地に舞い降りた光の硬体は舞い上がる光の羽根となって天空へと還っていく。
それは、紫音の魂も例外ではなく運ばれていくことだろう。
朽ちていった…倒れていった。仲間の元に…。
『はぁ…はぁ…はぁ…。やっぱり…ギリギリ…ね…はぁ…はぁ…はぁ…。』
消滅と現存の狭間。
肉体と霊体をギリギリ保つ状態でも点滅している。
『これは…叶のところに至急戻らないとね…。』
こうして幽鈴と紫音の戦いは終わった。