第108話 決着 智鳴
『ちょっと!マジでウザいわね!。』
『それはお互い様です!。』
互いに鉄製の扇子を武器にする者同士の戦い。そして、その戦法までもが似通った2人が森の中を舞っている。
流麗なダンスを行う舞踏会を彷彿とさせた。
裏智鳴に人格を入れ替えた智鳴と紫雲影蛇の兎針。
スキル【炎舞 炎舞葉】を発動し、陽炎のように揺らめきながら鉄扇の刃で斬りかかる裏智鳴と、スキル【幻影舞蝶】で蝶のようにヒラヒラと揺れながら鉄扇の刃で応戦する兎針。
攻守は常に入れ替わり、互いの攻撃は実体を暈すスキルの効果で空を切ることが続く。
『【炎舞 炎狐】!。』
『【眷属召喚 毒蝶蜂】!。』
炎の九匹の狐と蝶と蜂の特徴を併せ持つ昆虫が召喚される。
『うわっ!?キモッ…。』
私や機美姉の自由を奪った謎の虫。さっきまでは2cmくらいの大きさだったのに、改めて召喚されたそれは1メートルを越えていた。
『【炎舞 炎天砲】!。』
火球を飛ばすスキルを発動する。
いくらデカイ虫でも炎には弱いでしょ。
『無駄です。私の毒蝶蜂の鱗粉は、属性攻撃への耐性が備わっています。貴女の攻撃は効きません。』
虫が羽ばたく度に空中に散布される鱗粉。火球は鱗粉に阻まれ消えてしまう。
遠距離での攻撃が無理みたいね。ならっ!。
『行きなさい!炎狐達!。』
9匹の狐が虫に飛び掛かる。
炎身体を持つ狐達に一斉に襲われては、流石の巨大虫も燃え上がるだろう。
『9対1なんて誰も言ってませんよ?私の【毒蝶蜂】は群れで行動しますので。』
『…マジ…?。』
何かが太陽光を遮り、頭上を確認するとそこには…。
『ちょっと待ってよ!何匹召喚してるのよ!?。』
『およそ、86匹です。掛かりなさい!。』
空中から一斉に炎狐に襲撃する虫の群れ。数の暴力の前に成す統べなく炎狐達は消滅する。
てか、あの毒…炎狐にまで効果があるの?。
『この子達の毒は物質化し構成する魔力に反応し、そのコントロール権を奪うもの。狐であろうと猫であろうとそれが魔力が通っている物質である限り操作可能です。例えば…。』
消滅した筈の炎狐達が蘇り、私に飛び掛かって来た!?。
『くっ!なんのっ!【炎舞 炎狐】!。』
再び9匹の炎狐を呼び出し応戦する。同数の狐達が激突し爆発する。
『そして、鱗粉にも同じ毒が混ぜられています。つまり、呼吸するだけで取り込まれる毒です。それに、先程の火の玉もお返しします。』
『っ!?うそ…。火球まで!?。』
防がれた【炎舞 炎天砲】までも、再構築され跳ね返される。
『【炎舞 炎天砲】!。』
同じ技をぶつけて相殺する。操られていても威力は変わらないみたい。
『そうすると、思っていました。』
『え!?。っ!?。』
『貴女が火球に気を取られた一瞬の隙。既に毒は注入済みです。』
手の甲に小さな痛みが走る。
見ると1センチくらいの大きさの虫が私の腕にお尻の毒針を突き刺していた。
『制御完了。先程はレベルが足りず、コントロール権を奪えずに身動きを一時的に奪うだけで留まってしまいましたが、今回は違います。私も薬を服用した身。レベル150になった今の私なら支配できるでしょう。』
『なっ!くっ!。』
腕が私の意思とは関係なく勝手に動く。
『成程。中々どうして…抗いますね。刺された腕以外のコントロール権をまだ奪えないでいる。強引に魔力の流れを高めた時間稼ぎ…ですか…。』
『ふん!そう簡単にアンタの思い通りにならないわよ!。』
『既に奪われている部分があるのに…強がりますね。では、これなら?。』
『うごっ!?。』
操られた腕に持っていた鉄扇が私の腹部を刺した。しかも、グリグリとねじ込んで来て…。
『痛いでしょう?抵抗しなければ苦しみ無く殺して差し上げます。どうですか?抗うのを止めて貰えませんでしょうか?。』
『…1つ、聞いて良いかしら?。』
『ん?どうぞ?ですが、時間を掛ければ掛ける程、肉体のコントロールは私に奪われて行きますが?。』
『…でしょうね。けど、どうしても教えて欲しいことがあるのよ。』
『………何ですか?。』
坦々と話していた兎針も警戒の色を強めるも、私の意図が見えず悩んでいるみたいね。
『貴女達の目的よ。教えてよ。』
白聖連団の目的は閃様や無凱に予想を聞いた。クロノフィリアへの挑戦。それが、主体だと言っていた。
緑龍絶栄の目的は良くわからないと言っていた。既に端骨という男が好き勝手に支配していると閃様が言っていた。クロノフィリアメンバー全員に告げられた真の敵、クリエイターズ。端骨はソイツ等に接触しているとも…。
赤蘭煌王は…まあ…どうでも良いわ。
そして、紫雲影蛇。
コイツ等が白聖と行動を共にしていることを閃様も知らなかったのだろう。
話しにすら出ていなかったから。
だから、分からない。理由が…。コイツ等は戦争跡地を拠点に暗躍していた。決して表には現れず裏廃墟を支配する実力者集団。
それが私達の認識だった。
それが六大ギルドと手を組むなんて何かしらの理由があったのだろう。その理由を知りたい。
…痛い。
『…神様に会ったからです。』
『神?。』
いきなり何を言ってんの…この女?
…痛い。
『私達を作った創造主です。信じられないかも知れませんが…けど、彼等と対面し言葉を交わした時、直感しました。彼等は本物の 神 なのだと。…そして、彼等は私達に言いました。』
『………。』
おそらく…クリエイターズのこと…よね?。何を聞いたのよ?。
…痛い。
『このままクロノフィリアが世界に蔓延るような状態が続くなら、この世界を創り直すと…。』
『創り直す?。』
『世界をリセットするということです。私達、この世界に住む全ての人間の存在を…人間が今まで作り出し生み出してきた文明そのものを…歴史を消して、零から創り直すと…。』
『!?。』
…そんなことが出来るの?
…仮にそれが本当ならクリエイターズ…かなり危険な存在じゃない!?。
でも、何で私達が関係しているのか分からないままなのよね…。
…痛い。
『そこで、私達は彼等と取引をしました。』
『取引?。』
…痛い。
『私達がクロノフィリアメンバーを殺せば、仮にその命が戦いで失われても生き返らせてくれると。そして、世界のリセットを止めてくれると。』
成程。その話が本当なら、クリエイターズという連中は、世界そのものと全人類の命を人質のようにして紫雲影蛇を戦いの場に駆り立てたってことよね?世界と天秤に掛ける程、私達を世界から排除したいのね…。
…痛い。
『その話…本当なの?。』
『疑うのも無理はありません。貴女は彼等に会っていない。なら私の話が夢見事のように聞こえても仕方がないのが道理です。けど、私は…私達は薬を使用し命を捧げてまで今、貴女達と戦っている。それで、私達の覚悟を理解して頂けると幸いです。』
そうだ。コイツ等は命を削る薬まで飲んだんだ。神とか何だかの話は、今一信用ならないけど、コイツ等はガチなんだわ…。
…痛い。
『はぁ…分かったわ。教えてくれてありがとう。ねえ、そろそろ傷をグリグリするの止めてくれない?すっんごい痛いんだけど?。』
『ああ、失礼しました。あまりに平然としていたので、もしかして痛くないのかなぁ?と、思って…興味本位でした。』
この女、話してる最中ずっと操っている腕で私の傷口を弄ってやがった。
お陰でめっちゃ血が出てるんですけど…。
『はぁ…まあ良いわ。アンタの私達を殺したいって理由も分かったし。』
『恨みはありません。ですが、私達の未来の為に死んで頂きます。』
『…だそうよ?そろそろ頭は冷えたかしら?。』
『ん?何を?誰に話しているのですか?。』
『私の本体よ。言ったでしょ?貴女は怒らせちゃったのよ。一番怒らせたら駄目な娘をね。』
『うん。大丈夫。もう替わるよ。』
『ええ。良いわ。けど、はぁ…私が表に出てきた意味があまり無かったわね。』
1人の人間の口から会話するように声が出る状況を目の当たりにし、兎針が警戒する。
『ごめんね。穏便に済ませようと思ってたんだけど無理みたい。私は所詮【裏】だから…【神化】が出来ないのよ。だから、精々…頑張んなさい。貴女の目的の為に。』
最後に裏智鳴が兎針に発した言葉。彼女なりの優しさの現れだったようだ。
『話し聞いてたよ。でも、戦いたくない子供達を無理矢理戦わせた理由にならないよね?。』
雰囲気が一転。
魔力に殺気が乗り炎のように周囲の温度を上昇させる。
異様な空気の揺らぎに緊張が高まる。
『…あの子供達のことを言っているのでしたら貴女が怒ることではないかと興言します。先にも述べましたが、あの子供達は私達と同じ目的の元に集まり行動を共にした。それなのに知らなかった、勘違いだったなどの理由で貴女方の…よりにもよって世界の敵であるクロノフィリアの仲間になろうとは…裏切り行為でしかありません。なので、無理強いではありましたが彼等を操りました。』
『…私は友達になったの。あの子達と。貴女は私から友達を無理矢理奪ったんだよ。』
『友達ではありませんよ。彼等は貴女の敵です。』
『敵じゃなかった。心が繋がったから。』
『会話が成立しませんね。』
『だね。私は貴女と、もう話したくない。だから…【天狐炎神化】!。』
私の【神化】。
炎の属性を操る数多ある種族の中で最強に位置する種族。
顕現した瞬間、周囲の環境は炎が燃え盛る地獄へと変わる。
『…凄まじい魔力ですね。ですが、クロノフィリアが規格外の力を有していることは周知の事実、今更驚きはするも恐怖に怯えることはありません。』
『関係ないよ。そんなこと。あの子達は死んじゃったんだから。貴女のせいで。』
『このような場所で貴女の炎を使うのですか?山火事になってしまいますよ?仲間の方々が戦っているのでしょう?巻き込むつもりですか?。』
『………。』
無言で手を翳すと周囲に燃え広がった炎が消える。
『これで文句はない?。』
『………。』
『じゃあ、あの子達の仇を取るね。【炎舞 狐火紅蓮炎】。』
赤黒い地獄の炎の無数の玉。その数は9。
私の持つ全てのスキルを統合したスキル。
『如何に強力な炎を生み出そうと、私の【毒蝶蜂】に炎は効きまっ!?ぐぅっ!?。』
彼女の横腹を炎の閃光が貫く。
『スキル【炎閃】。貴女が開けた私のお腹と同じ場所。あの娘、平気な顔をしてたけど凄く痛かったんだよ?これで、痛みが分かったでしょ?。』
『ええ。痛いですね。けど、隙だらけです。私の【毒蝶蜂】は既に貴女を取り囲んでいます!。』
『無駄ですよ。』
『っ!?。』
毒針を刺そうと近づいた虫が燃えていく。
『今の私は炎の化身。虫ごときが触れられる体温ではありませんよ?耐性もろとも燃やすから。』
『………。飛んで火に入る…ですね。今の貴女から感じる圧倒的な存在感は彼等に近い。…【毒蝶蜂】よ!集まり融合なさい!。』
夥しい数の虫が召喚され1匹1匹が細く黒い糸を吐き出し1つの巨大な黒い繭が出来上がった。
『これが私の最大のスキルです。防げますか?。』
そして、1体の巨大な虫が繭を破き中から現れる。
『防ぐ?言ったでしょ?あの子達の仇を取るって。貴女が何をしようと関係ないよ。全部。全部。全部。』
私の周囲を獄炎の球体が高速で回り始める。
『全部。燃やし尽くすだけだから。神技…。』
炎が燃え上がり、何本もの柱が出現する。
天空に顕現する第2の太陽が大地を照らし、地面は溶け、空気が焦げる。
その瞬間、ありとあらゆる全てが炎の一部となった。
『【炎舞 炎獄炎天陽光】。』
命を散らす刹那、兎針が言う。
『最初から、無理だったようですね。神に抗うなど…あの子供達には申し訳ないことをしました…ですが、後悔はありません…ごめんなさい…紫柄さん。皆さん、また来世でも…一緒に…。』
兎針の肉体は塵一つ残さず焼き払われた。
『…何で…最期に…そんなこと言うのよ…。』
【神化】を解き魔力の放出を止めると辺りを燃やしていた炎の全てが消える。
勝ったのに…仇を討ったのに…私の中のあの子達が笑ってない…。
『智鳴ちゃん。』
『機美姉…。』
いつの間にか後ろに立っていた機美姉。
機美姉がここにいるということは…。そういうことだよね…。
『機美姉。あの子達…泣いてた?。』
『…うん。泣いてた。』
『…。』
『けど、最期に笑ってたよ。智鳴ちゃんに【ありがとう】って言ってた。』
『…そう…な…んだ…。もっと…仲良くなりたかったよぉ…。』
膝から崩れた私を機美姉が抱きしめてくれる。
『うぁぁぁぁぁあああああ………。』