第104話 紫雲影蛇の危険性
ーーー無華塁ーーー
『はぁ…やっと見つけたぜ!。さっきは良くもやってくれやがったな!。』
戦う相手を探して森の中を彷徨っていると、息を荒げた見知らぬ男が話し掛けてきた。
派手なオレンジ色の髪を掻き分け、至るところにピアスをつけてる。
『君。誰?。』
『は?。』
見ず知らずの男が近付いて来ようとするが私が矛を向けるとその足を止めた。苦笑いを浮かべ冷汗を流している。あまり強そうに見えないけど…相手の強さを察する能力はあるのかな?。
『本当に覚えてないのか?。』
『うん?うん。う~ん…。うん。知らない。』
この男の名は獅炎。
赤蘭煌王のギルドメンバーである。
彼の視点で語れば、始めに無華塁に出会ったのは、開催された大会の予選を通過した後、閃達と一緒に選手控え室にいた時の事だった。
火車、塊陸、そしてこの獅炎の3人が声を掛けたのが始まりだった。
閃を含め見目麗しい美少女の集まりを目撃。
同じギルドメンバーだった綺麗どころ、玖霧、知果、燕の年頃の少女3人は赤皇と共にギルドを去ってしまった。残った幹部で女は、夢伽1人。しかも子供…小学生だ…。
当然、火車達は夢伽では満足できない。
火車達は、ギルドハウス内にいた女性を無理矢理襲い次々に壊していった。それによってギルドに加入していたメンバーは徐々にその数を減らし、大会当日、ギルド 赤蘭煌王に残ったメンバーは、幹部クラスの5人のみ。
そう赤蘭煌王は既にギルドの体制を成していない。崩壊していたのだ。
そんな中で女に飢えた火車、塊陸、獅炎は閃達を見付けてしまったのだ。声を掛けない筈はなかった。
だが、クズ丸出しの3人を閃達が真面に相手するわけもなく、軽くあしらわれた。レベル差も実戦経験も能力も足元にも及ばない3人は気付けば破壊された壁にめり込んで気絶していた始末。
当然、彼等は怒る。怒り狂う。そして、恨む。
その後、彼等は大会で閃達とぶつかる…が、塊陸は代刃の神具の発動に巻き込まれ消滅。火車は閃に完全敗北を喫した。
そして、獅炎も…。
彼が戦った相手は無華塁だった。
獅炎の武装は、全身に装備した刃のついた重い金属の鎧。その鎧を魔力で軽くして移動し肉弾戦で戦うという戦闘スタイルだったのだが。
構えた無華塁のフルスイングで振り抜かれた矛で会場の外まで吹っ飛んでいき敗北したのだった。
『私が覚えてない。ってことは。君、弱い。』
『はぁ?はぁ?はぁ!?。』
『今も。強さを感じない。だから。君。知らない。』
『………。』
私の言葉に額の血管が弾けるのではないかと思える程浮き上がる獅炎。
鎧の隙間から炎が吹き上がる。
あ~。何となく見覚えがあるかも?。
『はぁ…仕方ない。俺のことを見下したお前のせいだからな。これを使わせたことを後悔するが良いさ!。』
『それ。薬…。』
『ふん!知りたいか?これはな!白蓮の野郎が開発した飲めばレベルを150にする薬さ。』
そう言い、躊躇うことなく薬を飲み込んだ。
そして、彼の身体から溢れる魔力が明らかに変化した。力強く迸る。
『ははは!どうだこれ!この魔力!こんなものを作っちまうなんて、白蓮の野郎天才じゃねえか!!!。』
嬉々として興奮する獅炎。
『良いの?。それ飲んじゃって?。』
『はあ?命乞いには、まだ早いだろう?…ふっ…まあ、無理もないか。俺のこの強大な魔力を目の当たりにしたんだ。表情は変わらないが内心怯えてるんじゃないか?。』
『死んじゃうよ?。』
『は?何言ってやがる?。』
『その薬の効果。強くなるけど。副作用で死ぬ。』
『は?はぁ?!?!。どう言うことよ?この薬はレベルを上げるだけの薬だって聞いたぜ?出任せ言ってんじゃねぇよ!。』
今度は顔面蒼白で慌て出す彼。
『嘘じゃない。知らなかったのならしょうがないよ。大人しく。死のう。』
今までの戦いを見ていなかったのか…それとも、何も知らない憐れな人なのか…。
正直な話、獅炎は無華塁にとってはどうでも良い相手だった。
その点、大会の1回戦で戦った紫雲影蛇の怪影は、無華塁の思い描く理想の戦士像に近かった。自らの力量を把握し仲間の為に自己を犠牲にした。力量さを認めた上で勝つための可能性を諦めず最後まで正々堂々と戦ったのだ。
その生き様は尊敬せずにはいられなかった。無華塁は生涯忘れはしないだろう。
怪影という戦士の名を。
『へへへ。冗談だろう?はん!分かった!圧倒的な力の差にビビって嘘ついたんだな?俺が嘘を信じて慌てて取り乱してる間に逃げるつもりなんだろう!セコい手を使いやがって!。』
それに比べ…いや、比べること自体が怪影という戦士に対して失礼か…。
獅炎は戦士ですらない。なら、排除する害虫だ。
『また。飛んでけ。』
私は矛をフルスイングして彼を打つ。大会の時はこれで終わった。
『はっ!やっぱりな!嘘がバレて、てめえが慌てたじゃねぇか!。』
私の矛が止められた。
腕に取り付けられた手甲の強度が異常に高まってる。
レベル150になったのは本当みたい。
『ははははは!見たか!これが 俺の力 だ!。今ので分かったろ?てめえはもう俺には勝てないってことが!逃げても良いぜ?まあ…逃がさねぇけどな!。』
俺の力?。
獅炎の言葉に無華塁は反応した。
普段、あまり感情を表に出さない無華塁が唯一感情に触れること。
それは…。
借りモノの力を自分の力と勘違いする馬鹿と相対した時だった。
無華塁は常に自分を鍛えている。
鍛練を欠かさず続けている。己が理想とする戦士になるために。
あまり器用ではない無華塁は元々は凡人だった。
だが、ひたすら反復練習を繰り返す努力の才能を持っていた。天候など関係ない。むしろ、過酷な環境での特訓を自ら進んで行い、ただ、ひた向きに強さを追い求める為に己を鍛え続けた。
それが、無華塁に最初から備わっていた 勘の良さ と コツを掴む速さ という才能が合わさることで閃に匹敵する強さを手に入れたのだ。
『もう。お前。良いや。』
『はぁ?何を言って?。』
『【振動波動】!。』
私の手から放たれるエネルギーの放射が彼の身体を直撃する。
『な…なんだ?何をしやがった!?ん?何だ?身体が熱い?熱い?熱い熱い熱い熱い熱いぃぃぃいいいいいいいいいい!?!?。』
獅炎が苦しみ出す。
『でべぇぇぇえええ!!!。だぢじだぁぁぁあああ!?!?。』
『お前の身体の中。水分を振動させてる。』
その間も、私はエネルギーの放射を止めない。
『びゃべろぉぉぉおおお!?!?!?。』
その内、獅炎の身体から白と赤の水蒸気が出始める。
無華塁は戦士と認めたモノや敵と認識したモノと対峙する時は、このスキルを使うようなことはしない。
だが、ゴミと対峙した時は別だ。
ゴミに戦士として鍛えた技を使うのは決して許されない。それは、今まで無華塁と戦い敗北していった戦士達に対する冒涜だと考えているからだ。
『死ね。ゴミ。』
『ぐぼぉぉぉおおおぁぁぁあああ!!!。』
エネルギーの放射を増加。
その瞬間、獅炎の身体が一気に膨張し風船が破裂するように弾けた。
周囲に飛び散る大量の肉片と血液。
『汚い。さよなら。…名前…誰だっけ?。』
獅炎は無惨に散った。無華塁の記憶に残らぬまま。
ーーー
ーーー翡無琥ーーー
チンッ!。
キンッ!。
数度目の居合い。
私の攻撃を容易く手にした小さなナイフで防ぎ続ける男の人。
名前は紫雲影蛇の雨黒さん。
私の間合いに平然と入ってきたにも関わらず一向に攻めて来ない。
『恐ろしく速い居合い。並の奴なら何をされたかすら気付かず斬られているだろう。』
『……………。』
先程の全員が集合した時。
私は全員の気配を視た。
白蓮さんと白聖連団の皆さんから感じた気配は 決意 でした。
何かを決意した強さを含んだ気配。
そして、そんな白聖の方々よりも危険な気配を感じたのは、紫雲影蛇の方々。
気配の強さでいえば会議の時に出会った六大ギルドの皆さんの全てを上回っていました。
特にギルドマスターの紫柄さん。
あの方の気配から感じた強さは、閃お兄ちゃんや無凱さんに近いと感じました。
『攻撃を止めたな。なら、そろそろ、こちらから攻めようか。』
小さなナイフを器用に使い私の間合いを侵略してくる。
『うっ!。』
気配を読み杖でナイフの連撃を防ぐ。
速い。速すぎて、距離を取れない。
チンッ!。
キンッ!。
『無駄だ。君の居合いの速さは把握した。距離は取らせない。』
『うっ!。』
居合いが通じない。この人、本当に強い。
『なら!』
私は白杖をアイテムBOXに収納して、得意の肉弾戦へ切り替える。
けど、接近戦は普通より集中力使うから、ちょっと辛いんです。
『はっ!。』
『ほぉ。肉弾戦か。試合でも使っていたな。手の平に魔力を集めインパクトの瞬間に相手の身体に、その魔力を流し込み内臓へダメージを与える技と見たが?。』
『ん!?当たりです!。』
『そして的確に急所への掌打。一撃でもくらえば勝負が決するな。』
私は気配を視て、連続で掌底突きを繰り返し雨黒さんへ放つも、彼は私の腕を払うように軌道を変えてしまう。
気配で雨黒さんの弱所は分かっているのに防がれる。
払われた動作から生まれる私の一瞬の隙を見逃さず彼はナイフの攻撃を繰り出す。
けど、私もそのナイフを手首を捻ることでナイフの側面をいなして受け流した。
『流石、クロノフィリアだ。俺のナイフと格闘術を悉く防いでいる。』
『貴方も、素晴らしいです。』
互いに攻撃と防御を繰り返し、そんなことを呟き合う。
肉弾戦で私と渡り合える人がクロノフィリアのメンバー以外に居たなんて驚きです。
けど、常に気配を視ながらの戦闘は私の集中力と精神力を大幅に削っています。
長くは続かない…。どうすれば…。
その時だった。
戦っている私達の背後から私に向け殺気を放つ気配が凄い速さで近付いて来るのを感じたのは。
『む!?。』
『な!この気配は!?。』
その存在に雨黒さんも気付いたようで、一度互いに距離を取り、突然の来訪者を確認します。
この気配は…。
『バグを…殺す!クロノフィリアを殺す!殺す!殺す!。』
見えない数本の居合いが周囲の木々を薙ぎ倒す。
この気配覚えている。
大会の試合で私の対戦相手だった剣士 心螺さん だ。
私の頭の中に浮かんだ心螺さんのステータスは、大会の時とは明らかに変化が見られた。
そのスキルの内容は…。
【データ破損】【バグ修正プログラム】
に書き換えられていた。