第8話
貴族街に速報が走った。
「公開処刑が行われるぞ!」と。
俺は、首吊り台を目前に、泣き縋るナナさんを宥めようと苦心していた。
大丈夫、苦しいのはたったの7秒。
果たして、この世界の神は俺を生かすであろうか?
………いや、今は女神のターンだったな。真面目女神をも救わなかった代償として、俺は真面目女神に殺される、か。
縄の輪に首を通す。
深呼吸を一つ。
足下の床が消えて、一気に首が締め付けられる。
………苦しい。だが、覚悟は決めていた。暴れずに耐える。
………まだか?まだ7秒は過ぎないのか!?
走馬灯が走る。
………ん?自動的にメソッドが展開される。
苦しみながら、ソレをただ黙って耐えていた。
ああ、意識が遠くなってゆく………。
ドスンッ!
俺の身体が、地面に投げ出される。
痛い、苦しい………でも。
未だ、生きている。
「ゼロさん!!」
誰かの声が聞こえる。………ああ、ナナさんか。
「メソッドを展開!インスタンス、ゼロさん!引数、ゼロさん!
『パーフェクト・ヒーリング』!!」
そうだ、濁るのは『苦』だけで良い。そして、『は』は半分濁って、『完璧』になる。つまり、『へ』も半分濁る。
「どうしてですか!?ゼロさんの魔法は、こうやって使っていたのに!どうして治らないのですか?!
メソッドを展開!インスタンス、ゼロさん!引数、ゼロさん!
『パーフェクト・ヒーリング』!!」
グスッ。
何だよ、泣きながら行使しても、俺の御呪いは効かないぞ?
「メソ──グスッ──メソ──」
「メソッドを展開。インスタンス、俺。引数、俺。
『パーフェクト・ヒール』!!」
苦しみは耐えよう。だが、その代償として、濁りは半分しか残さない。
………ああ、俺、完璧に『悪役』になっちまったなぁ。
俺のアバター、本当に明日、大丈夫なのだろうか?
ああ、そうか。『く』が濁ってしまっては、『福』が毒を持つ『河豚』になるから駄目なのか。
だから、毒を取り除いた『ふぐ料理』を、『ふく料理』と言うのか。
………ん?
『悪役』を濁すと、『麦酒』になるぞ?
ビールでも飲んでりゃ、良かったのかも知れないな。
代わりに『治癒』では無くなってしまうが。
何のことは無い。物事は、半分濁る位が丁度良いという事だ。
濁る余地の無いナナさんも、俺が穢してしまったし。
まぁ、それだけが原因ではないと思うが。
5月生まれは、非常に縁起が悪い。
花札でも『菖蒲』『菖蒲』と言い、相手どころか味方までもを、『殺めて』しまうレベルの真剣勝負の月で、『皐月』→『さつき』→『さっき』→『殺気』に繋がり、英語でも、『May』→『メイ』→『命』及び『冥』に繋がる。
故に、『藤』(不死)の血の流れる者で無ければ、耐えられぬツキの強さを持っている。そしてそれは、家族や仲間たちにも及ぶ。
ともあれ、俺は公開処刑に生き残った。物語の中とはいえ、コチラでは現実だ。
観客がどよめく音が聞こえる。
俺は、千尋の谷へ突き落とされても生き残った豪運を持っている。
生き残る可能性は十分にあったが、そもそも、獅子の教育方針は、藤の血が流れていても、中々敵わないものだった。
獅子の『子』は、『ね』とも読み、『獅子』とも読めてしまうからだ。
しかも、『獅子身中の虫』も存在してしまうし、俺のアバターの死の際には、蛆虫が湧く可能性が高い。
故に『蝿の王の魔女』から、生意気だと殺意を送られたのが、コロナ禍の切っ掛けたるバタフライエフェクトである可能性が高い。
というか、コロナ禍の原因は他にも少なくとも4つ以上は原因があるし、アカシック・レコードに畫かれた、避け得ない災厄だった。
だが、コロナウイルスを焼き払う為に火を放つなど、自殺行為に他ならない。
間違い無く、2026年には起こるだろうし、最早、不可避の運命なのだ。
アカシックレコードに畫かれた事を書き換えるのは、生半可な事では無い。
過去、多くの先人が、その災厄を避けようとしていたが、最悪の場合、地球の至る所で核の炎が燃え上がる可能性まで考えられる。
そして、恐らくはΩ株にまでコロナウイルスを進化させているのは、あのテロ宗教だ。恐らくは、バタフライエフェクトのコントロールのノウハウを手に入れたのだろう。
だから、教祖はやりたいだけやりまくって、自らを死刑に導いたのだ。
コレが、少しの変化と共に永劫回帰するのだから、やってられない。
しかも、災厄の規模は繰り返す度にエスカレートして行く。
何故ならば、時の無限多重螺旋構造は、繰り返す度に規模が大きくなるからだ。
だから、温度の上限値は、宇宙の規模が大きくなるに従って、上がってゆく。
恐らくは、次回はグラハム数℃に近い温度になるだろう。
それに従って、宇宙の寿命はまた伸びる。
恐らくは、宇宙からの侵略に備えて、作成しておくべきカードゲームがあるが、冗談ではない。そんな金は無い。
真実の世界に於いては、不可能は無い。想像し得た事の全てが実行可能なのだ。
俺はターゲットをナナさんに絞ったが、俺のアバターはターゲットを未だ絞れずにいる。というか、人生のパートナーは諦めて、2026年の災厄で死ぬ気でいる。
成功し得ない。それだけが原因だ。
そもそも、子供を遺せる可能性が見当たらない。
恐らく、2026年の災厄で共に亡くなる。
その前に、暗殺される可能性も高い。
こんな俺でも、左端&ルシファーとして、七大魔王の二柱を成している。
ついでにアスモデウスをも兼ねてるかと思ったが、そこまで色欲は強くないし、恐らくは大抵の覚醒の切っ掛けは色欲の制御が重要であるだけだ。
討ちたくば討てよ。
俺、キーパーソン病だけどな。パーキンソン病の間違いじゃないぜ?『鍵となる人物』だからな!
俺が負け犬なのは仕方無ねぇよ。犬に自分のハンドルネーム与えて、変更不可だったんだから。
「ゼロさん」
バシンッ!
目の前にナナさんの顔が見えたかと思ったら、急にビンタを張られた。
「もっと、命を大事にして下さい」
「でも、俺が他の人の命を犠牲に生きているから………」
「犠牲になった方には、犠牲になった理由がある筈です。それを理由に自分の命を軽んじてはなりません!
私がソレを禁止します!」
「そっかー。禁止されたなら、命を大事にしないとな」
気が付けば、貴族の人達が俺を拝んで「奇跡だ!」等の声を上げていた。
あー………。
物語の世界とはいえ、死の淵から蘇った的な感じに見えたからなのかな?
とりあえず、俺は命を繋ぐために、食事に行った。
何か、何の変哲も無い飯が、妙に腹に沁みた。