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一番星を待ちながら  作者: 蒼月りと
ボーナストラック掌編
19/20

掌編#9 重要ミッション

 力なく息を吐き、そのひとは言った。ラグに悪いことをした、と。

 ベルジーネは千草色の瞳をしばたたく。

「ほら、ラグはニールくんと待ち合わせをしていたのだろう? おばあさまが今回はイザベル嬢をお誘いできたと張り切っていらしたから兄君の彼も来てくれているはずだ。引き留めてしまって悪いことをしたなあ」

 このほど夫となったばかりのかたは、次弟のラグランド第二王子殿下を先刻送り出した方向を未だに見つめたまま物憂げに息を吐いた。金色の眉が大きく下がっている。

 先ほど彼女が告げた「待ち人来る喜びあり」の待ち人をそのまま素直に受け取ったらしい。

「親しき仲にも礼儀あり。相手を待ちぼうけさせるのは良くない。実に良くない」

 反省しきりと言った様子で肩をがっくりと落とす。落ち着いたトーンの金髪が陽光を淡く弾いた。背の高い彼が大きくうなだれている様は、なんだか大きな犬がボールをキャッチし損ねてしょんぼりした姿に似ている。

 その金糸のような髪に彼女の手のひらが伸びかけた。と――


「何を仰る王子様」


 呆れたような声が、二人の間に飛び込んできた。美しい碧眼と淡雪に似た銀色の髪を煌めかせ、凛と背筋を伸ばしたイザベル・サージェント王妃殿下そのひとだ。その隣には件のニールくんことオーキッド侯爵子息が気まずそうに控えている。

 夫とそろって二人で礼をとるのを見届けた後も王妃殿下は綺麗なスカイブルーの瞳を二人にじっと注いでいる。


「散々お姫様を待たせた王子様がそれを言うのはないわよねえ。そうでしょう、ニールさん?」


 突然話を振られた侯爵子息は頬を一瞬強ばらせたが、すぐに落ち着いた声音で返した。

「……通りすがりの者ではなく、ぜひともお姫様にお尋ねくださいませ」

 声音の割に、その淡い菫色の瞳はこちらに救援の合図をちらちら送ってくる。

「ニールくん、ラグはあっち。あれはあちらに向かったぞ」

 きょとんと瞬きをしながら夫がのんびりとした声を出す。件のニールくんの登場に驚きつつも律儀に指で弟の行方を示す王子様のなんともずれた返答であった。ニール少年の瞳から光がみるみる消えかけていく。

「ふふっ。お姫様も苦労するわねえ」

 王妃様は一番上の孫である王子様とそっくりのスカイブルーの瞳を楽しそうに和らげて、こちらに水を向けた。ほっそりとした指が、眦に浮いた涙をそっと抑えている。そんな仕草も絵になってしまうくらい美しい。


「はい。でも、お待ちする時間もこちらからお迎えに行く道のりもかけがえのない日々でしたし、時々ふっと迷子になられるのが可愛らしいのです。とても」


 表情筋に力を入れたつもりだが、頬が熱くなるのも綻んでしまうのもどうしようもなかった。

 そっと隣を見上げる。夫となったばかりのかたの頬にも赤みがさしている。

 夫はというと、ようやく合点がいったのか、左手の拳で右の手のひらをポンと打った。

「ニールくん、君はラグの待ち人ではないのか!」

 ニール少年は頭を下げ、告げた。残念ながら、と。返事の割には表情も声音も晴れやかだ。

 王立魔術学院で日夜研鑽に励んでいるというその学生は、すっと澄んだ声で紡いだ。


「白馬には乗らずとも三国一美しく、ふわふわした問題があると叔父君のご自慢の猫ちゃんを抱っこしたり友人の家のピアノをかき鳴らしたりすることでなんとか解いてしまう王子様は、ようやく形になり始めた淡いナントカの序曲を奏でながら彼だけのいっとう輝くレディを迎えに行きましたとさ」


 青い瞳をしばたたかせ、王妃殿下とニール少年、ベルジーネとの間を行ったり来たりさせていた兄王子殿下は馳せるように息をついた。そして、よく響くテノールで宣言した。


「では、とびきり素敵に美味しいレモンパイとレモンクッキーを厳選して確保しよう。王子様と煌めくレディのために」


 穏やかで晴れ渡った春の青空そっくりの瞳を思い切り和ませながら。

 眉をきりりと引き締め、夫となったばかりのそのひとは大きく頷いた。お手伝いします、とベルジーネも後に続く。


 イザベル王妃殿下ご自慢の小さなお友達であり、ベルジーネにとっても「お勉強会」で長年苦楽を共にした可愛いあの子(と言ったらあの子は嫌がるだろうか)(いや、ここ数年はお姉様と呼び慕ってくれるようになったのでそれはないと思いたい)(おずおずと蜂蜜色の瞳を向けて、鈴を転がすような声音で初めて『おねえさま』と呼んでくれたあのときの可愛らしさは、筆舌に尽くしがたい)と姉妹になれる日も近い。

 夕明りを受けた王宮の四阿。あの子を守るように佇む王子様。そんな王子様をそっと見上げてほにゃりと笑うあの子。いつ見ても何度思い出してもその光景は微笑ましく、可愛かった。

 頬が緩んでしまうのは、やっぱりどうしようもなかった。

お義姉様とお兄様、おばあさまと侯爵子息。

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