17.そばにいて
その日、私は神殿に来ていた。
ソフィアが祈るところを見るためだった。
実はここ二週間の間、ソフィアの治癒の力が弱まってきていると噂を聞いたのだ。今までのように奇跡は起こらなくなってきているそうだ。
以前は人が群がり、入るどころか近づくことすら叶わなかった神殿も、今日は普通に入ることが出来た。まだまだ混んではいるが、以前のような騒がしさはない。
厳かな空気の中、静かに足音を立てながら、ソフィアが入場する。
神殿に入るソフィアは、真っ白なエンパイアラインのドレスを身につけていた。頭にはヴェールを付けている。その姿はまるでウェディングドレスのようだった。
この世界ではウェディングドレスというものはなく、各々が好きな色のドレスを婚姻時に着る。しかし、やはり杏奈の記憶がある私には真っ白なドレスというのは結婚する時に着る服だという印象が強いのだ。
今日のソフィアの格好はまさにそれだった。
「……なんて綺麗なんだろ」
ポーッとソフィアに見惚れる私の前をソフィアが横切っていく。
あれ……?
その顔はあからさまに元気がなかった。
顔には色がなく、どこか疲れているようだった。
ここ最近、力が無くなったと神殿側に責められているのだろうか?それとも、偽聖女だという巷の悪質な噂を耳にしたのだろうか?
……まだ魔力が安定してないんだから、上手くいかないことがあるのも当たり前なのに。
ソフィアは真面目なだけに心配だ。
女神像の前に立ち、ソフィアが祈りを捧げる。
神殿を静寂が包み込む。
参加した人の話によると、祈りを捧げ始めるとすぐに神殿内に魔力が満ちたように空気が澄み、治癒の光の粒が降ってくると聞いた。
しかし、一向にその気配はない。十分ほど経つと、あちこちから溜息が聞こえ、一人……二人……と出入り口から出ていくのが見えた。
結局、三十分経っても何も起きることはなく、その日の祈りは終わった。私はソフィアと少しでも言葉が交わせればと思い、そのまま待った。ソフィアは一旦神殿の奥に行ったが、しばらくして戻ってきてくれた。
「アンナ、今日は来てくれてありがとう」
ソフィアは眉を下げて笑った。
「ううん、とっても癒されたわ。それに、ソフィア、とーっても綺麗だった。まるで花嫁さんみたい!」
「ありがとう……。でも、情けないところ見せちゃったわ。
……来てくれた人をまたがっかりさせちゃった。
神官にも怒られてしまったし……」
悲しそうに俯くソフィアを見て、私はある提案をした。
「そうだ!
違うところでお祈りしてみるのはどう?」
「え?」
「神殿で祈る必要はないんだよね? レミリー様の時も神殿で祈ったわけじゃないんだし」
「そうだけど……」
ソフィアは、ポカンとしている。
「そうよ一週間後に学園の公開日があるでしょ?
その時にグラウンドを借りてみるのはどうかな? 外なら気持ちも晴れるかもしれないし!!」
「で、でも……」
「ライル様に頼んでみようよ!」
ソフィアはあからさまに戸惑っていたが、私の熱気に最後には折れてくれた。
「……分かった。お手紙を出してみるわ」
こうして、一週間後にソフィアが学園で祈りを捧げることが決まった。
◆ ◇ ◆
その日は、数多くの人が学園に詰めかけた。
普段神殿に反発をしている人や、学園見学がてら祈りを受けに来た人など、今まで神殿に来なかった人々も詰めかけ、当日は大変な賑わいになった。
それだけ賑わえば、危険な人物も紛れ込んでいると考えるのが普通で。学園と王家は協力して当日の警護に大変な力を入れていた。会場の警護とは別にソフィア専属の騎士も付けた。
グラウンドに多くの人が集まる。
学園生もいるが、それ以外の来場者の方が圧倒的に多かった。
ソフィアが入場する。
ソフィアは先日と同じドレスだ。おそらく神殿から指定でもされているんだろう。その姿を初めて見る人々はソフィアの神々しい美しさに見惚れている。
少し緊張している様子も、ソフィアならば厳かさに変換されるから不思議なものだ。しかし、不思議と前回よりは少し元気に見えた。私と目が合うと、フッと微笑んでくれた。……あぁ、可愛い。
ソフィアが特設で作られた壇上に登る。本日は、女神像などは置いてない。来場者に向けて、聖の魔力を直接降らせることになる。
ソフィアが祈りの為に両膝を着こうとしたその時、割れんばかりの咆哮が聞こえた。
会場の皆が騒めく。
そして、私たちを黒い影が覆った。
慌てて上空を確認すると、そこには真っ黒なドラゴンがいた。
そこかしこから叫び声や泣き声が聞こえ、会場は混乱に呑み込まれる。皆、我先にと逃げようとするが、人が多く、なかなか前に進むことが出来ない。
私はソフィアに駆け寄ろうとするが、人に飲み込まれて、上手く進むことが出来ない。
その時、人混みの中から手が伸びて、ぐっと私を引いた。
「大丈夫か!? アンナ」
気付くと、私はジョシュア様の腕の中にいた。
「ジョシュア様……!」
「一旦、端に行こう。
ここからじゃソフィアの姿も確認できない。
私の手を離さないで、いいね?」
私はジョシュア様と手を固く繋ぎながら進み、なんとか人混みから抜け出した。
「ソフィアは……!?」
急いで壇上に目を向けるが、そこにソフィアはいない。
周りを見ると、壇上を降りた階段下にソフィアが倒れていた。
護衛騎士がソフィアを庇うように立っているが、その足元は緊張で震えていた。
そもそもドラゴンとは一部地域に住んでいるだけで、基本的に王都に来たりしない。だから、王都に住む人間はドラゴンなんて見たことがないし、戦ったこともないのだ。初めて見るその存在に騎士達が怯えているのは、仕方ないことなのかもしれない。
実際に私も今日初めてドラゴンを見て、身体が震え、足がすくんでいる。今すぐソフィアの下に駆け寄りたいのに、動くことが出来ない。
ドラゴンは、また大きく後ろに振りかぶり、ソフィアに向かって、咆哮を浴びせる。
「ソフィアっ!!」
そう私が叫んだ瞬間、背後から何かが飛んできて、ドラゴンの背に乗った。
……ユーリだっ!!!
ユーリはそのままドラゴンの背中から首元まで駆け上る。
ドラゴンはユーリの存在に気付き、振り落とそうとするが、ユーリは軽々とその攻撃を交わしていく。
そしてーー
何かを呟いた後、思いきりドラゴンの首元に剣を突き刺した。
ドラゴンは、その一突きで動かなくなり、ドォォオンという地響きと共にその場に倒れた。
雲が割れ、そこから陽が差す。
ドラゴンに剣を突き立て、陽を背負うその姿は、まるでお伽話に出てくる勇者のようだ。
会場にいる誰もが唖然としていた。
しかし、ユーリだけはいつも通りで、何でもないようにドラゴンから降りてくると、ソフィアに駆け寄った。
が、正気を取り戻した護衛騎士達がユーリの前に立ちはだかる。
「お、お前は誰だ?!
せ、聖女様に易々と近づくことは許されん」
「はぁ……仔竜一匹にびびってた奴がよく言うぜ。 」
「な、なんだと……!!」
「ユーリ……」
潤んだ瞳でソフィアがか細い声でユーリの名を呼び、腕を伸ばす。ユーリは護衛騎士を無視して、ソフィアを抱き上げた。
「きゃっ……」
「足、捻ったのか。ごめんな、また遅くなった」
ユーリは悲しげにそう言って、抱き上げたソフィアの目元にキスを落とした。ソフィアは真っ赤になりながら、顔を隠すようにユーリの首に腕を回す。
それと同時に会場の空気がパッと変わった。
「……遅いわ。ずっと……待ってたんだから」
「あぁ、ごめんな。でも、これからは一緒だ」
ソフィアはそっと腕を緩めて、ユーリを見つめる。
互いに見つめ合う二人。
その姿は、想い合う恋人たちそのもので……
キラキラと光の粒がゆっくり降ってくる。
「これからは俺がずっと側で守るよ。
……好きだ、ソフィア」
「ユーリ……。
私も貴方が大好き。ずっと、そばにいて」
見つめ合う二人の距離は、徐々に縮まり……
唇が重なった。
「「「うぉー!!!」」」
「「「きゃー!!!」」」
会場が歓声に包まれる。
そして、頭上で月が弾けたかのように光の粒が絶え間なく、人々に降り注いだ。
その光の粒は、この騒ぎで怪我をした者の傷をたちまち癒した。
人々は再びの奇跡を目の当たりにすることになったのだ。
◆ ◇ ◆
あの後、ジョシュア様から説明を受けた。
ユーリはずっと騎士の叙任を受けるため、稽古を重ねていたらしい。騎士となって、ソフィアをあらゆる危険から守りたい、と。
しかし、在学中には騎士になることが出来ない決まりがあり、その制度を何とか変えることは出来ないか、とジョシュア様を通じて宰相であるルデンス公爵に相談をしていた。
それがようやく一ヶ月前に可決され、ユーリは無事に騎士叙任を受けた。第二の剣聖だと言われているだけに、国内で右に出る者はおらず、実力的には何の問題もなかったらしい。
しかし、在学中ということもあり、騎士として正式に活動を始めるならば、親の許可を取る必要があり、ラスカシエ領まで行っていて、まさにあの場面で戻ってきたとのことだった。
すぐに行って帰ってくる予定だったのが、ラスカシエ辺境伯からも見極めの試験とやらがあったらしく、なかなかこちらに帰って来れなかったのだそうだ。
それがソフィアの不安を煽る要因になってしまい、まだ不安定なソフィアの魔力運用に影響を及ぼした、というのが、今回の顛末だった。
私はいつの間に二人が仲を深め合ったのか不思議だったのだが、ユーリは気持ちを自覚したあの日から、こっそり深夜に公爵邸に忍び込んでは、ソフィアとの逢瀬を重ねていたらしい。ジョシュア様は、それに気付いていたらしいが、放っておいたんだそうだ。二人が想い合っているのは、一目瞭然だったから、と。
ルデンス公爵も、ソフィアの命の恩人であるユーリとの仲を認めているらしい。
ユーリがドラゴンを撃退したあの日の出来事は、大変な盛り上がりをもって、伝えられた。
様々な憶測が飛び交ったが、最終的には「勇者が聖女を救い、二人は想い合う恋人同士だった」という形で世間に広まり、ユーリとソフィアの仲は、公認のものとなった。
一時期、ソフィアの力が使えなくなったことは、意に沿わない結婚をさせられそうになったからだと世間は解釈し、ソフィアを国母にという声は徐々に聞こえなくなっていった。




