20.嫌がらせ
ライル様はあれからもずっと忙しく殆ど学園には来ていなかった。三日前に登校をしたが、その時にまた暫く学園には来れないと話していた。
今は昼休みが終わり、これから午後の授業だ。
いつもの五人で教室に向かう。
教室の周りがザワザワとしている。どうしたのだろう。
私が教室に近付くと、皆が私に注目しているのが分かる。私たちは視線を避けるように早足で教室に入った。
すると、教室の中央でポロポロとリィナが泣き、それを何人かの令息が慰めている。
そして、教室の黒板に大きくある言葉が書かれていた。
『ピンク頭の平民は出てけ!
殿下に色目を使うアバズレ!』
私たちは言葉を失った。
「誰がこんなこと……」
私がそう言うと、リィナを慰めていた令息が私を睨みつけた。……あれは、ウーラ伯爵家の次男のサイモン、だったかしら。
「そんな演技をしてももう無駄だ! アンナ嬢がこれを書いたことはもうみんな知ってる!」
……どういうこと?これを……私が?
訳が分からず呆然とする私に代わって、ソフィアが一歩前に出て毅然と言い放つ。
「何を根拠に? アンナはこんなことしません」
ソフィアの威圧にも負けず、サイモンは傍に置いていたペンを掲げた。
「黒板のすぐ側にこのペンが落ちてた!」
「それはーー」
そのサイモンの手にあるのは私が数日前に無くしたペンだった。誕生日にお父様が下さった私の名前が入ったものだ。
「それが落ちてたからって証拠になりませんわ。たまたま落としたのかもしれませんし、誰かが盗んで、わざとその場所に落とし、アンナを貶めようとしたのかもしれません。……リィナさんの自作自演の可能性だってあるのでは?」
サイモンは立ち上がって、今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。相当怒っているのか額に青筋が立っている。
「そんなのありえないっ! こんな可憐で心の綺麗な子がこんなことするはずないだろ!
それにこれが落ちてただけなら偶然で済まされるが、中にはアンナ嬢が書くのを見たって奴がいるんだよ」
「そんな人どこにーー」
「……わ、私です!!」
「え?!」
教室の端に眼鏡にそばかすの素朴な感じの御令嬢がいた。何回か顔を見たことがある気がするが、どこの御令嬢だか思い出せない。子爵家か男爵家の出身だったようなーー
その子は身体を震わせながら、必死に訴える。
「きょ、今日だけじゃありません!
アンナ様とソフィア様が結託して、リィナを日常的に虐めているんです……。持ち物が無くなるのはしょっちゅうだし、リィナの実家の男爵家には嫌がらせの手紙が毎日届いて……。
わ、私もリィナさんと仲良くしてたからって実家に圧力をかけられて……」
……心当たりは全くない。私もソフィアも持ち物を盗んだり、毎日嫌がらせの手紙を書くほど暇ではない。
この茶番は一体どういうことだろうと、二人で顔を見合わせた。
それでも、サイモンはこの寸劇を続けるつもりらしい。
「ほらな。
お前らがリィナちゃんにしたことはもう皆知ってーー」
「やめてっ!!」
ここに来て、ようやく寸劇の主人公が口を開いた。
「何の証拠もないのに、アンナ様とソフィア様を責めないでください! お二人は貴族としても振る舞いを私に教えて下さってるだけなんです……。私がちゃんとしてないのがいけないの……」
震える声でそういうリィナは、きっとみんなには健気に見えることだろう。
リィナは立ち上がり、黒板の文字を消していく。
そして、全て消し終えるとクルッとこちらに顔を向けて、涙を拭い、笑った。
「私は全然大丈夫です!
お騒がせしてすみませんでした!」
大丈夫なら、私たちが入る前にそれを消してよ……
十中八九、犯人はリィナだろうけど。
周囲にいた人間は、不憫そうにリィナを見つめるか、憎らしく私たちを見つめるかどちらかだった。
そして、リィナを庇ったサイモンと私がやったと証言した令嬢は翌日から学園に来なくなり、翌週には二人の生家が没落したいう噂が流れた。
そして、それにより公爵家が圧力を掛けたのだと影で非難されることになる。
◆ ◇ ◆
あの騒ぎ以降、学園内の風向きが変わった。
リィナが教科書を無くした、筆記具を忘れたと言って、教師に怒られる度に私たちは他の生徒たちから疑惑と軽蔑の目を向けられることになった。中には私たちを見て、今度は自分の番なのではと酷く怯える令嬢もいた。
先日、リィナが服に泥を沢山付けて帰ってきた時も私たちは真っ先に疑われた。ある令息の一人が「もう我慢できない」と、それに激昂し、私に手を上げようとした。ユーリが咄嗟に出てきて、その令息に手刀をお見舞いし、失神させていたが。
そんなことが続く為、私たちは気持ちが落ち着かず、すっかり疲弊していた。それは私たちと一緒にいることが多いジュリー、アリエス、シンシアも同様だった。
私とソフィアは彼女たちを守るために、三人と距離を置くことにした。話を切り出すと、涙ながらに三人とも一緒にいると主張してくれたが、この騒ぎが落ち着くまでと二人で説得した。そして、学園内では話すことがなくなっても、こっそり手紙のやり取りをするという約束もした。
こうして私とソフィアは、二人だけで行動することが多くなったーー
かと思いきや、今度はユーリがほとんど行動を共にするようになった。別の科目を取っていても、講義が終わるとすぐに私とソフィアのところに飛んでくる。友人の多いユーリは「なんであんな奴らと一緒に居るんだ」とどんなに責められても、私たちと一緒にいてくれた。
それでも嫌がらせは日に日に酷くなって行った。
陰口を叩かれるのはしょっちゅうだし、持ち物が無くなったり、歩いている時に足を掛けられたりすることもあった。
嫌がらせの殆どは男子生徒からで恐怖を感じる場面もあったが、その度にユーリが守ってくれた。それがどんなに私とソフィアにとって心強かったか……
今日も三人で昼食だ。
食堂に行くと標的にされそうなので、最近はもっぱら庭園の隅で食べることにしている。他学年の前でも見世物にされるなんて御免だ。
そよそよと風が吹き、良い陽気だ。
ソフィアとユーリも楽しそう。
「ソフィアのサンドイッチ、一個もーらい!」
「あっ! ちょっとユーリ、勝手に取らないで!」
「いいだろ。いつも残すんだから」
「食べることもあるわ!」
「足りなかったら、俺の肉やるからさ」
「そんな脂たっぷりのお肉食べられないわよ」
二人のそんなやり取りを見て、嬉しくなる。大好きな二人が仲良しなのは私にとっても嬉しいのだ。
「ふふっ。二人ともすっかり仲良しね!」
「もう……そんなんじゃないわよ。」
唇を突き出すソフィアの隣で、ユーリはソフィアから奪ったサンドイッチを口いっぱいに頬張る。それをしっかり咀嚼してから、飲み込んだ。
「照れるなって。仲良しだろ、俺ら」
「はいはい。そういうことにしておいてあげるわ」
ソフィアが呆れたようにそう言った時、ガサっと近くの茂みから音がした。
次の瞬間、水の塊が私たちに向かってくる。
……水をかけられて私たちはびしょ濡れになった。バケツを持っていたのは、一年の男子生徒が二人。
二人は私たちが濡れたのを確認して、クスクス笑いながら去っていった。
……最悪。
「あちゃあー……これはまずいな」
「そうね……今日はもう帰るしかないかしら」
毎回嫌がらせに遭っても、二人はこんな反応だ。
なんというか……器が大きいな、と思う。
びしょ濡れになったソフィアも美しい。長い水色の髪を後ろにかきあげ、持っていたリボンで髪を一まとめにする。
「おいで、アンナ」
ソフィアは私の背中に回り、もう一本のリボンで私の髪をまとめてくれる。同じ白のレースのリボンだ。お揃いのポニーテール……なんだか嬉しい。
というか、いつもは髪を結ってもらう側なのにこんなことができるなんて、ソフィアって本当に器用なのね。
「うん、可愛い」
ソフィアはそう言って微笑んでくれた。
「ふふっ、ありがと!」
「本当に二人ともよく似合ってんな」
そう言うユーリに目を向けると、鍛え抜かれた上半身を晒していた。腹筋なんて彫刻のように見事に六つに割れている。
「……っな!」
ソフィアは顔を真っ赤にして、固まっている。
「なんで裸なのよ……」
「だって、シャツまでびっしょりだったからさ、脱いで絞ろうかと。すぐ着るから、いいだろ?」
「良くない。目の毒だ」
そう言って、こっちに歩いて来たのは、ジョシュア様だった。
「ジョシュア様!」
「アンナ、ソフィア。大丈夫だったか?」
ジョシュア様はそう言うと、指をクルクルと回し、何かを呟いた。
すると、生暖かい風が身体を撫でたかと思ったら、私たちの身体はすっかり乾いていた。風魔法だ。
「すごい……!
ありがとうございます、ジョシュア様!」
「これくらいなんてことないよ」
ジョシュア様は微笑む。風魔法がさらーっと私の髪を滑った。まるでジョシュア様に髪を撫でてもらったようだ。
「ありがとう、お兄様」
「ありがとな、ジョシュア先輩!」
ソフィアとユーリも御礼を言う。
「あぁ。でも、なんでこんなことになっているのかは、ちゃんと説明してもらうよ。いいね?」
私たちはジョシュア様の後について歩き出した。
……でも、一体なんて説明すればいいんだろう。
私はジョシュア様の後ろを歩きながら、頭を悩ませていた。




