18.挑発
刹那の沈黙の後、最初に動いたのはソフィアだった。
「アンナッ!!」
ソフィアが私に駆け寄る。
「どうしたの?!
今、叩かれていたわよね!?」
「だ、大丈夫よ、ソフィア。」
頬はジンジンとするものの、私はソフィアに心配をかけたくなくて、笑顔を貼り付けた。
しかし、ソフィアは目を吊り上げて、リィナを睨む。
「リィナさん。これはどういうつもりですか?
……貴女の返答次第では、許さないわ」
「……アンナ様がこの学園を辞めろと脅してきたんですぅ。嫌だって拒んでいたら、たまたま手が当たってしまって……」
リィナは同情を誘うように俯き、鼻を啜り始める。
もちろんソフィアがそんな演技に騙されるはずもなく、厳しい視線をリィナに向けたまま、問い詰める。
「嘘をつかないで。
アンナはそんな人間ではありません」
そうすると、今度はリィナがクスクスと笑い始めた。嘘泣きをしたり、笑い始めたりと不気味な人だ。リィナは顔を上げると、ソフィアに言った。
「結局何を話しても、ソフィア様は私の言葉なんて何一つ信じてくださらないでしょう? 何があったのか知りたいのなら、アンナ様に聞いたらどうですかー?」
「……アンナ、何があったの?」
振り返って、私に問いかけるソフィアの瞳は真剣だ。本気で私のことを心配していることがよく伝わってくる。
でも……だからこそ、ソフィアには言えない。
「な、何でもないわ。
ソフィアが気にすることじゃないのよ。
本当に偶然リィナさんの手が私にぶつかっただけでーー」
「ふざけないで! そんなはずないでしょう!
こんなに赤くなっているのに!」
ソフィアは眉を上げて、私の頬に手を添えた。その瞳は潤んでいる……また、心配してさせてしまった。
リィナが蔑んだような目で私たちを見つめる。
「はっ……、馬鹿らしい。あなた……巻き込みたくないからって、何も話してないのね。友情ごっこなんてして楽しい?」
「黙って」
私は思わずリィナを睨み付ける。
リィナは私の視線を無視して、ソフィアに笑いかけた。
「ねぇ、ソフィア様?
私、アンナ様が大嫌いなんです。
思わず虐めたくなっちゃうくらい」
……リィナは何を言ってるの?
ソフィアも訝しげにリィナを見つめる。
「……なんですって?」
「だーかーらー、これからアンナ様のこと、たーくさん虐めちゃうかもって。私、可愛いからぁ……味方してくれる男性が沢山いるんです」
……頭がおかしい。
「何を言ってるの……? アンナはクウェス公爵家の令嬢なのよ?そんなことしてタダで済むとーー」
「タダで済まないですよねぇ。でも、私、やめるつもりないですから。……やめさせたかったら、私に嫌がらせでもしてみたらどうですか?」
「……貴女は何が言いたいの?!」
「嫌がらせでも何でも受けて立ちますよってことです。では、また」
呆然とする私たちを残して、それだけ言うとリィナは資料室から出て行った。
ソフィアはどこか悲しそうな顔で私を見て、ため息を吐いた。
「……ソ、ソフィア」
「先に頬を冷やしましょう。腫れたら大変だから」
私とソフィアは無言のまま保健室に向かった。
◆ ◇ ◆
「アンナ、何があったのか話してくれない?」
保健室で手当てを終えた私たちは庭園のベンチに並んで座っていた。少し日差しが強いものの、真上にある大きな木が陽を遮ってくれていた。
ソフィアは私が話すのを待っている。
けれど……話すつもりはなかった。
現実的なソフィアがこの話を信じてくれるとは思えないし、心配かけたくない。
「はぁ……。話すつもりはないのね」
「ごめん」
「……いいわ。話したくないことなら、仕方ない。
でも、リィナさんだったのね。アンナがずっと気にしてたのは」
それは真実なので、私はコクンと頷いた。
「今までもあぁいうことをされてたの?」
私は首を横に振る。
「そう……
でも、これからは容赦しないって言ってたわ。舐められる前に公爵令嬢としてリィナさんに躾をーー」
「それはダメ!!」
私はソフィアの腕を強く掴む。ソフィアは私の突然の行動に目を丸くする。
だって、ダメだ……。きっとリィナは自分を虐めさせて……私が無理ならソフィアを悪役令嬢に仕立て上げるつもりなんだろう。ソフィアが挑発に乗って、リィナに文句を付けるようになったら、リィナの思う壺だ。
「アンナ……」
「お願い、リィナさんには関わらないで!
私は……大丈夫だから」
ソフィアが悪役令嬢になったらどうしようと不安で堪らない。それが怖くて……私の視界は滲む。
涙目で懇願する私の手にそっとソフィアは手を添えた。
「駄目よ。アンナが良くても、リィナさんに好き勝手やらせるのは間違っている」
「お願い……ダメなの、ソフィア……」
「いいえ、アンナ。貴女がやらないなら、私がリィナさんに教えてあげなくては。
……それに私の方法で貴女を守ると言ったでしょう?」
「お願いだから……あの子に関わらないで!」
もう涙を堪えることは出来なかった。ポロッと零れ落ちる涙をソフィアは自分のハンカチで拭ってくれた。
「アンナ……何をそんなに怖がっているの?」
私はぐっと口を噤む。
その私を見て、ソフィアが傷付いたのが分かる。
「……私じゃ駄目、なのね」
ソフィアはハンカチを私の手に押し付けて、ベンチから立ち上がる。
「ソフィア!!」
「私、先に行くわね。資料室の片付けが終わってないでしょ。アンナはもう少しここで休んでなさい。残りは私がやっておくから」
「なら、私もーー」
私が立ち上がろうとすると、ソフィアは呟くように私に告げた。
「ごめんなさい。少し、一人になりたいの」
ソフィアは一人歩き出す。
鼻がツンとなって、ソフィアの後ろ姿が滲む。
「……どうしたらいいの?」
そう呟いた時、木の上から何かが落ちてきた。
「きゃぁっ!!」
驚き声を上げた私の隣に気まずそうに落ちてきたのは、ユーリだった。




