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26.涙の味

 固まる私にライル様は少し寂しそうに微笑むと、何かを唱え始めた。


 みるみるうちにライル様の周りには冷気が漂う。


 まさか……


 ライル様が最後に「使役」と一言呟くと、水のドラゴンが目の前に現れ、炎を飲み込むようにあっという間に消化する。

 そして、水のドラゴンは役目を終えると消えた。


 一瞬のうちに全てが片付き、私は唖然としていた。


 ライル様は、ゆっくりと私に近付くと、腰から抜いた短剣で縄を切ってくれた。


 ようやく足と手が自由になり、私はその場に座り込む。


 安心したせいか、ポロポロと涙が勝手に零れ落ちていく。まだ身体の震えは止まらない。


 「ラ……イル様……」


 次の瞬間、グッと手を引かれーー


 気付くと、私はライル様に抱きしめられていた。

 ライル様は私の肩に顔を埋める。


 ……何故かライル様の身体も震えていた。


 「……また、間に合わないかと……っ」


 ……また、とはどういうことだろう?

 私と誰かを重ねているのだろうか?


 でも、それでも良かった。

 ライル様の腕の中は暖かくて落ち着く。

 もう大丈夫なんだ、と思えた。


 私はゆっくりとライル様の背中に手を回し……

 静かに二人、抱き合った。


 暫くしてから、ライル様はその腕からようやく私を解放した。いつもの優しい笑顔で私に笑いかける。


 「良かった、無事で…。本当に」


 今度は手を強く握られる。

 もう身体の震えは止まっていた。


 「……ライル様。助けてくれて、本当にありがとうございました。それに、魔法までーー」


 この世界において魔力はごく限られた人にしか発現しない。それを魔法として使いこなすのも相当難しいとされている。


 その上、魔法が使えるのは、学園に入学する十五歳からとされているので、ライル様がもうあんなに魔法を使いこなせることに私は驚いていた。


 「早めに習得していて良かったよ。

 ……アンナを守れた」


 ……こんな手のかかる婚約者にそんな言葉をくれるなんて、ライル様は本当に優しい。


 「ありがとうございます。


 でも、なんでここが?」


 「君といつも一緒にいる侍女が教えてくれたんだ。君がまた危険なことをしようとしている、と」


 「オルヒが?」


 「あぁ。本当に君想いの聡い侍女だ。

 すぐに僕へ知らせを飛ばしてくれた」


 「どうやってーー」


 「ふふっ。彼女にお願いしておいたんだ。僕の婚約者がまた無茶しようとしたら、手紙を飛ばしてって」


 「手紙?」


 「あぁ、魔法をかけた便箋さ。紙飛行機にして飛ばせば、僕のところに届く。それを一枚彼女に渡しておいたんだ」


 「すごい……」


 「さて、そろそろかな。

 もうすぐ馬車が到着するはずだよ」


 「えっと……ライル様の護衛の方は……?」


 「後から来るとは思うけど、ここには一人で来たよ。

 こう見えて、護衛がほとんどいらない程度には強いんだ。魔法も含めての総合力なら……


 ユーリにも負けない」


 そう言って意味ありげな目線を私に投げる。


 ……これは、私がさっきユーリを呼んだと勘違いしてる? 私が呼んだのは、侑李であってユーリじゃないのに。


 「あ……あの、さっき呼んだのは、侑李であって、ユーリじゃないんです!!」


 説明してみたものの、自分でも何を言っているのかと思う。大体、ライル様は侑李を知ってるはずないんだし。


 「ユウリであって、ユーリじゃない……?」


 ライル様は眉を顰めて、復唱する。


 「うーん、なんて言ったら、いいか……。


 でも、とにかくユーリ様ではないんです。

 ……って言っても信じられないですよね」


 「ううん……アンナの言うことなら信じる。

 ユーリじゃなくて、ユウリ、なんでしょ?」


 私が深く頷くと、ライル様は頬を緩めた。


 「じゃあ、やっぱりアンナが呼んだのは、僕なのかもしれないね」


 ライル様の宝石のようにキラキラと光る碧眼が私を見つめる。……吸い込まれそうなほど綺麗だ。


 どういうことか聞こうとしたところで、スッと目を逸らされる。逃げるような視線の外し方にこれ以上は何も話してくれない気がした。


 ライル様が床に転がる燭台を足蹴にする。

 そして、その厳しい視線をこんどは私に向けた。


 「でも、どうしてこんな無茶を?」


 「あ……私の友人の誰かが捕まっているかも知らないって思って。手紙には誰にも知らせるなって書いてあって、私、どうしたらいいか分かんなくて……」


 動揺して上手く話せない。ライル様にとうとう呆れられたのかもと思うと、何故か酷く寂しい気持ちになると同時になんだか……怖かった。


 一度止まったはずの涙は易々と再び私の瞳を覆う。


 そんな私を優しく見つめて、困ったようにライル様は笑った。


 「ごめんね。責めてるわけじゃないんだ。


 ……でも、頼って欲しかった。

 いつもアンナは一人で無茶をするから」


 「ごめんなさい……」


 「ねぇ、アンナ?


 僕は、一日でも早く強くなりたくて、幼い頃からずっと勉強や訓練に励んできた。自分に力が無くて大切な人を失うのはもう嫌だったから」


 そう話すライル様の顔はとても切なく、辛そうだった。


 ……先程の涙と言い、今の言葉と言い、やはりライル様は誰か大切な人を失ったことがあるようだった。


 「アンナと出会ってからはより一層熱心に力を付けてきたつもりだ。今の僕がそこまで力を求める理由はーー


 アンナ、君を守るためだよ」


 信じられなかった。時折愛おしい者を見るような視線を感じても、今まで私の気のせいだと思うようにしていた。


 「……私?……な、なんで?どうしてそこまでーー」


 「ずっと…ずっと、アンナは僕の光だ。


 アンナを守りたいんだ、一生」


 「……っ」


 その真剣な眼差しに何も言えなくなる。


 「アンナ、ちゃんと分かってる?


 ……僕が、アンナを、愛してるってこと」


 あ、あ、あ……愛してる?

 なんで、どうしてーー?!


 ライル様は攻略対象で、ヒロインと恋に落ちる運命で、私はそれを邪魔する悪役令嬢なのに……な、なんでこうなったのだろうか。そもそも大丈夫なのだろうか?


 そんな私の心中を勿論知らないライル様は、私に熱っぽい視線を送る。


 「……誰にも渡さないし、逃がさない。君は僕のだ」


 そう言って、ライル様は私の頬に手を伸ばす。

 どこか恐ろしいような獣のような視線を私を向け、親指で頬を撫でた。


 そこでようやく私は気付く。


 ライル様は……本気、なんだ。


 その瞳から逃げられなくて固まる私にライル様の顔が近付いてくるーー


 私とライル様はキスをしていた。

 ……なんだか胸に甘く苦いものが広がる。


 私はいつの間にか目を閉じて、ライル様の唇の感触を確かめていた。それは優しくて、ふわふわと気持ちよくてーー


 そして、少し涙の味がするキスだった。





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