『落ちこぼれ』聖女は語りたい ~聖女だから婚約したのに動物と話せるだけの君には失望したと婚約破棄された私ですが、優しいテイマーさんと出会って幸せを手に入れました。私の本当の力に気付いたってもう遅い!~
「リリア、君との婚約は破棄させてもらうよ」
「え……」
それは突然のことだった。
婚約者のアイゼン様に呼び出されたと思ったら、開口一番に婚約破棄を言い渡されてしまった。
困惑する私に、アイゼン様は続けて言う。
「理由は言うまでもないだろうが、あえて言っておこう。これで最後になるだろうからね」
アイゼン様はギロっと私を睨むように見る。
その視線に私は身体をぶるっと震わせる。
「私が君との婚約を受け入れていたのは、君が聖女だったからだ」
そんなことは最初からわかっていた。
彼が私を好きではないことくらい。
「この国において……いや、この世界で聖女という存在は大きい。彼女たちが私たち人間にもたらす物こそ必要だ。君もその一人、価値ある人間だと思っていたんだ……なのに」
「アイゼン様……」
「君には失望したよ、リリア」
アイゼン様の冷たい声が脳裏に響く。
失望。
その言葉が、私に胸に突き刺さる。
「聖女だから婚約を結んだ……だが君はハズレだ。聖女の癖に、君がやれることは何だい?」
「それは……」
「自分で言えないのか? それはそうだろうね。そんな力、他に誇れるものじゃない。いや聖女でなければ違ったかもしれないが……聖女が生き物と会話できるだけなんて、何の役に立つ?」
「っ……」
聖女にはそれぞれ生まれ持った個性がある。
得意不得意と言い換えても良い。
例えば光を操れる聖女がいたり、炎を生み出せる聖女がいたり。
癒す力、奇跡を起こす力は当然持っていて、それ以外に何が出来るかが聖女としての優劣を現す。
私の場合、それが役に立たない力だった。
「で、ですがどうして今なのですか? あまりにも急すぎて」
「そうでもないよ。僕はずっと探していたんだ。君の代わりをね? そして現れてくれたよ、僕に相応しい女性が」
そう言って、アイゼン様が一歩横に退く。
彼の後ろに立っていたのは、思いもよらぬ人物だった。
「ご機嫌よう、お姉さま」
「アリス……? どうして貴女が」
「彼女が僕の新しい婚約者だよ」
「え……アリスが? でもアリスは――」
聖女ではない。
言いかけた所で、私はありえない物を見てしまう。
神に選ばれた証……聖女の刻印が、彼女の胸元に見えた。
「お気づきになられました? そうです、私も聖女になったんですよ? お姉さまと同じ」
「そ、そんな! ありえません! 聖女になる人は生まれた時に決まっていて」
「その前例を覆してくれたんだよ彼女は! なんと素晴らしいことだろう!」
「アイゼン様」
彼は歓喜し、大げさに両腕を広げる。
「彼女は不可能を可能にしてしまった! 間違いなく君なんかより逸材だ! それに君と同じ家柄の出身で、実質家同士の関係性は変わらない。これほど相応しい相手は他にいないよ。何より美しいしね」
「あら、アイゼン様は口がお上手ですね」
「何を言うか。事実を言っているまでだよ、アリス」
「ふふっ、嬉しいですわ。アイゼン様」
二人は目の前で恋人同士の様に目を合わせ、私を無視して愛を囁き合う。
婚約者を奪われたことはショックだった。
でも、それ以上に信じられなかった。
「やはりありえません! 聖女の力が後から手に入るなんて……その証、本物なのでしょうか?」
「何だと?」
「に、偽物の可能性も」
「ふざけているのか!」
突然の怒声に、恐怖で心臓の鼓動が早まる。
アイゼン様の表情は、かつてないほどに怒りに満ちていた。
「ア、アイゼン様?」
「君は彼女が嘘をついているというのかい? 自身の妹を嘘つき呼ばわりするとは、人間として最低なことだぞ!」
「なっ……」
「酷いです……お姉さま。私の頑張りを疑うなんて」
アリスがシクシクと涙を流し始める。
私は知っている。
それがただの演技であると。
だから私はもう一度、アイゼン様に考え直してもらおうと思った。
「アイゼン様のためにも、一度しっかりお調べになられたほうが」
「黙れ! お前の言葉など信じるに値しない。なんという不愉快だ……これほど不快な気分も久しぶりだぞ」
人間として最低とか。
不愉快だとか。
さっきからこの人は、一体何を言っているのだろう。
どの口が言っているのだろう。
自分勝手な理由で婚約して、それを破棄したと思ったら正当化して。
まるで自分は悪くないみたいに……どっちが最低なんだ。
そう思ってしまったら、彼に抗議する気持ちは勢いを失っていく。
「もういい、これ以上話すことはない!」
それはこちらのセリフだと、言いかけた口を閉じる。
代わりに私は、出来るだけ丁寧にこう言う。
「わかりました。二人とも、お幸せに」
彼は私のことをハズレだと言ったけど、私にとっては逆だと分かった。
ハズレを引いてしまったのは……私のほうだ。
他人を地位や力でしか見ていない。
敬うことも、労わることも出来ない人とは、最初から仲良くなれなかった。
◇◇◇
王城敷地内にある聖女の育成所。
別名、サンマレコ大聖堂には、見習いの聖女が日々勉学に励んでいる。
聖女としての力を得た者だけが集められ、一年間ここで学んだあと、世界各地へ派遣される。
婚約破棄の翌日から、大聖堂はある噂でもちきりだった。
「聞きましたか? 後天的に聖女の力を得た人が誕生したって」
「ええ聞きましたわ。しかも、あの『落ちこぼれ』さんの妹らしいですよ」
「そうみたいですね。これで納得がいきましたわ。彼女に才能がないのは、妹さんに全て奪われていたからでしょう」
「ふふっ、婚約者も取られてしまったそうですよ? 可哀想に」
元々、大聖堂での肩身は狭かった。
私の個性が他の人たちと違って、役に立たない力だから。
入った時から馬鹿にされ、友人も出来なかった。
それでも何とか勉学に励んでいたのは、一年我慢すれば解放されると思っていたから。
でも、さすがに辛くなって……
私は初めて、勉強から逃げ出してしまった。
「……何やってるのかな、私」
適当に走り逃げた先は、同じ敷地内にある森だった。
王城は自然を取り入れた設計になっていて、こういう場所がある。
私は木にもたれ掛かって座り込んだ。
自分以外誰もいない。
風の吹き抜ける音と、木々が揺れる音だけがする。
静かで、孤独だ。
一人は嫌いじゃない。
それでも今は、一人でいることが辛くて、寂しかった。
この先もずっと、私は誰とも交わらず、生きていかなければならない気がして。
「グルルルルル」
「え?」
その時、木々の間から私を見つめる赤い瞳に気付いた。
唸り声も聞こえる。
明らかに人間ではない。
「狼……魔物!?」
赤い瞳の正体は狼の姿をした魔物だった。
ブラックウルフだ。
どうして王城の中に魔物がいるのか。
理解より先に恐怖が襲う。
他の聖女たちならいざ知らず、私には戦う力がない。
私に出来ることは、生き物の声を聞くこと。
ただし魔物の声を聞いたところで何の意味もない。
「だ、誰か――」
(ご主人! 知らない人がいるよ!)
「え?」
ご主人?
声が頭に響いた。
この聞こえ方は間違いなく、生き物の声だ。
つまり魔物が誰かに話しかけている。
私じゃない誰かに。
「おーいクロ! いきなり走らないでくれ……あれ? 先客がいたの?」
「……え?」
「ごめんなさい。他に人がいたなんて知らなくて。驚かせちゃったよね?」
確かに驚いた。
魔物が現れたことに。
ただし今は、その魔物が尻尾を振り、一人の優しそうな青年に頭を撫でられていることが、信じられなくて仕方がない。
「あ、貴方は?」
「えっと、僕はリュウ。一応そこの騎士学校に通ってる騎士見習いなんだけど」
「騎士見習い? え、でも……」
騎士なら腰に剣を携えているものだと、私は勝手に思っていた。
彼は見るからに丸腰だ。
それに魔物は騎士にとって一番の敵と言える。
見習いとはいえ、騎士と魔物が一緒にいて、仲良しな風に見えるのはどうにもおかしい。
「あー見えないよね? 騎士なんだけど僕、剣とか武術の才能は全然なくて……」
「い、いえそうじゃなくて」
私は魔物に視線を向ける。
ようやく彼は気づいたようで、ハッとした顔で言う。
「あ、そうだね! 僕はテイマーなんだよ」
「テイマー?」
「そう。動物とか魔物を使役できるの。こいつは俺が小さい頃にテイムしたクロ」
ブラックウルフは犬のように尻尾を振る。
彼の話を聞いて納得した。
クロからは魔物特有の嫌な気配が感じられない。
だから接近に気付けなかったのだけど、彼にテイムされたから通常の魔物から逸脱したんだ。
「ああ……だからさっきご主人って」
「え? ご主人?」
「あ、いえ、その子が私を見つけた時にそう呼んでいたので」
「その子って……まさか君、クロの言葉がわかるの?」
私はこくりと頷く。
騎士学校に通っているなら、私の噂くらいは聞いたことがあるだろう。
私が誰なのか気づけば、彼も態度を変えるはずだ。
そうなる前に立ち去ろうと立ちあがる。
「それじゃ私は――」
「あ、そうか! 君もしかして、生き物の言葉がわかる聖女さん?」
遅かった、と心の中で思った。
気付かれてしまったなら答えるしかない。
「そう……です」
ああ、また哀れな目で見られる。
馬鹿にされるかな。
そう思った私に、彼は思わず声をかけてくる。
「そっか君がそうなんだ! 会えてうれしいよ! ずっと会って話してみたいって思ってたんだ!」
「え? 嬉しい……私に?」
「うん! 生き物と話せるなんてすごいことだからさ! クロがなんて言ってるのかとか、他の動物のことも聞いてみたかったんだ!」
「え、えぇ?」
彼は急にテンションが高くなる。
興奮気味になって、目をキラキラ輝かせる。
その視線が私に向いていて、意味がわからなかった。
「ねぇ良ければ何だけどさ! 今から話を聞かせてほしいんだ」
「は、はい……私でよければ」
「本当? ありがとう!」
満面の笑みで感謝を口にする彼に、私は困惑を隠せない。
こんな風に興味を持たれたのは生まれて初めてだった。
困りはしたけど、悪い気分ではない。
落ち込んでいたこともあって、少しだけ気力が戻っていく。
それからは質問責めだった。
声はどんなふうに聞こえるのかとか。
会話は成立するのかとか。
動物たちは何を考え、何を求めているのか。
クロの話も通訳して、二人で初めての会話をしてもらったりもした。
「凄い凄い! クロと話せるなんて思いもしなかったよ! 全部リリアさんのお陰だね」
「お陰なんて、私は大したことは……」
「何言ってるのさ! 生き物と話すなんて普通出来ない! とっても凄いことだと思うよ?」
「……そう言ってくれるのは、リュウ君だけだと思いますよ」
現に今まで、一度も褒められたことなんてない。
期待外れ、失望。
そんな言葉ばかりを向けられた。
だから今日はとても新鮮な気分だった。
リュウ君は何度も、本当に何度も凄いと褒めてくれたから。
「私の力は、聖女としては役に立たないので」
「そうかな? そんなことないと思うけど?」
彼は首を傾げる。
さらに続けて言う。
「だってさ! 魔物とも話せるんだったら、戦わずに仲良くする方法だって見つかるかもしれないよ? 人同士の争いだって、生き物たちの力を借りればなくせるかもしれない。動物は人間よりも数が多いんだし、味方になれば心強いと思うけど」
「そんなの……無理ですよ。私は話せるだけだから」
「そう? 一人じゃ無理かもしれないけど、僕も手伝ったら出来ないかな?」
「え?」
思わぬ提案に、私は驚かされる。
「僕は剣が苦手で騎士としては半人前だけど、テイマーの力がある。君と二人なら、世界中の魔物や動物たちとだって仲良くなれると思うんだ!」
「そ、そんなの……」
「無理かどうかはやってみないとわからない! 少なくとも僕は出来ると思う」
「……どうして?」
どうして、そんな風に言えるの?
自信満々に、疑わずに。
彼は答える。
「リリアのお陰でクロと話せた! 君が凄い聖女なんだって、僕は知ったからだよ」
「――!」
これが彼との出会い。
私のこと認めてくれた……初めての理解者。
同じ半人前同士、通じるものがあったのかもしれない。
そんな理由はどうだってよかった。
私はただ、この先もずっと……
彼との出会いに感謝するだろう。
◇◇◇
一方その頃。
大聖堂では人だかりが出来ていた。
中心にいるのは噂の彼女だ。
「あとになって聖女に選ばれたなんて凄いです!」
「きっとアリスさんは神様にとって特別な人なんですよ!」
「そんな。私なんて先輩の皆さまに比べたら全然」
後天的に聖女となった彼女は、大聖堂で注目の的になっていた。
そこへ婚約者のアイゼンが迎えに来る。
「アリス」
「アイゼン様! すみません皆さん、少し席を外しますね」
そう言って二人は大聖堂を出て行く。
二人は歩きながら話す。
「大人気だね。婚約者として僕も鼻が高いよ」
「ふふっ、ありがとうございます。アイゼン様」
「そういえば、君のお姉さんの姿が見えないけど?」
「ああ、お姉さまならどこかへ逃げてしまいましたわ」
嫌味を含む言い方でアリスが言うと、アイゼンがクスリと笑う。
「そうか。逃げてしまったか」
「ええ、可哀想なお姉さま。もうどこにも居場所がありませんね~」
「仕方ないさ。彼女は落ちこぼれだからね? 君と違って」
「まぁ酷い。元婚約者とは思えませんわ」
二人でリリアをあざ笑い、下に見る。
しかし、二人は決して通じ合っているわけではなかった。
なぜならアリスは、アイゼンに大きな嘘をついているから。
その嘘が発覚するれば、アイゼンは酷く後悔することになるだろう。
いや、最初から足りなかったのだ。
真の聖女は誰なのか。
リリアの持つ力の真髄を見定められなかった彼に、女の嘘を見抜く力なんてない。
誰も知らない。
気付いてすらいない。
嘘と、現実。
リリアこそ、人々を救う聖女であると。
これから新しい試みとして、同一世界観で主人公が異なる作品をいつくか投稿したいと思っております。
その第一弾がこちらです!
連載候補の短編になりますが、他作品への反応も見つつどうするかは考えます。
もしかしたら他作品の主人公と合わせて、なんてこともあるかも?
少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら嬉しいです。
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注意:連載するかは確定ではありません。
本作とは異なりますが、連載版を投稿しています。
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よければ読んでみてください。