ボロアパート、思想の強いおっさん、俺。
中野駅徒歩十分のボロアパート(家賃4万)に住む愉快な住人を紹介したい。
その1 年金受給者
その2 独居老人
その3 大学7年生(俺)
その4 思想の強いおっさん(アル中)
以上。ダメ人間ピックアップガチャかと目を疑うが現実だった。
引っ越して即出て行きたいと思ったのが四月の末。緊急事態宣言が出た直後だった。
「安倍総理の会見を聞いていなかったのか!!!」
国枝さんとの出会いはこんな感じだった。
映画を見ていたところに突然に乗り込んできたのだ。
酔いが回った国枝さんは俺の国防意識の低さに激昂し首根っこを掴み、
「お前に渡す定額給付金はない!!」
から始まりここではとても書けない類の言葉を吐いて部屋を去った。通報した。引っ越して二日で警察沙汰になった。不動産会社からは「有名な人なの」と笑いながら言われた。笑い事ではない。
「悪かったよ」
国枝さんは飄々と口にする。酒の席にも誘ってくる。無論断る。
彼はよく地元では名の知れた高校球児だとか対戦校のエースがプロに行ったことを自慢げに話した。その頃で時間が止まっているように思えた。
妻も子供も持たない国枝さんは、俺の父と同い年らしい。
「もう使っちゃったんですか給付金」
「あんなんキャバクラ一晩よ」
国枝さんの財布から留まることなく金は流れ、仕事にありつけないまま時も流れ10月の末。
「200円だけでいいからさ。次の日返すよ」
お金を無心してくるようになった。何度か貸した。
その度、貸した額より僅かに多く返ってきた。意味のない男気だった。
「悪いね、こんな朝に」
「電話番号ですか」
調べると「無低」の文字が出てきた。生活困難者のため簡易住宅を貸し付け利用させる施設だという。貧困ビジネスの対象になっているなんて情報も目に入った。
出ていくのかは聞けない。聞いてどうする。行き止まりにたどり着いたおっさんに何ができるのか。時間や金を割くのか。そんな余裕がどこにある。一体何目線だ。何もできないことに申し訳なく思う必要があるのか。なんだ。
わからないまま年の瀬を迎える。たぶん来年には出ていく。俺も国枝さんも。
「8年前に買ったやつだけど綺麗なもんだろ。ソファ」
「はあ」「やるよ、革だぞ」
初めて一緒に酒を飲んだ日、ソファを押し付けられた。捨てるのに金が掛かるから押し付けられただけなのはわかっている。使い道なんてない。自己満足なのもわかっているが、部屋に置かれている。
国枝さんも、俺も、まだここに居る。