08:真理の森へようこそ(2)
ジャンル別ランキング、日間29位ありがとうございました!
楽しくなってきたので朝も更新します。
俺に渡された異能は『護る』こと。それはつまり、なにをされても傷つかないとか、絶対に倒れることがないとか、そういう力のはずなんだけど。
「そんなに意外かな? ボクからすれば、なんでキミはあんな使い方をしてたのってくらいなんだけど」
「意外というか、話が大きすぎて。神でも殺すとか、そんな物騒な能力を俺は求めたのか?」
「いやいや、さすがに神は殺せないよ。ちょっと話を盛りすぎたよね」
「そういうとこだぞお前。というかだな、俺の異能もお前が選んでくれたんだよな?」
「ふたりでだよ。異能は魂と惹き合うもの、『使いたい』と『使える』をすりあわせるのが、キミは特に大変でさ」
「そのあたりがぜんぜん思い出せないんだよな。俺は確かにここに来て、お前と暮らしたことがあった。それは間違いないってわかるんだけど」
「んん? あー、でもそっか、キミはちょっとアレだったからね。そういうこともあるかもね」
「アレとは」
「覚えてないならそれでいいよ。よっし! それじゃあまずは、ここを元の姿に戻しまーす!」
いえーい! とキリが叫んだとたん、停電みたいに真っ暗になる図書館。驚く声を上げる間もなく、明かりはすぐに戻ったけれど。
「……あー、そういえば、こんな場所だったなあ。似たような小さな部屋が碁盤の目みたいに並んでるから、迷うと戻って来れないんだよな」
景色はまるで変わっていて、現実感のないものに。
高い天井の見える吹き抜けを中心に、どこを見ても本棚だらけ。相変わらずの人気のなさだけど、それを補って余りある、本、本、本。それはギチギチに詰められているわけではなく、ところどころが貸し出し中みたいに抜けている。
「……みたいじゃなくて、本当に貸し出し中なんだよな。この本――異本の1冊1冊が異能で、これを取り込んだ人が異能者になるんだっけ」
「人はみな、心の中に1冊の本を持っているんだよ……」
「そういうのいいから」
「例えば……よっと」
キリが手を伸ばしただけで、テーブルの上に1冊の本が落ちてきた。真っ赤な表紙のその本には、読めない文字でタイトルが描かれている。
「これは『聴覚強化』の異能だね。耳が良くなると言うよりは、聴き分ける力が強くなる感じの。試してみる?」
ほい、と渡された雑誌くらいの薄さの本を受け取り、パラパラと開いてみる。内容はまったく理解できないけど、なぜか気になって目が離せない。
そのまま数分、意味のわからない行を追い続けていると。
「ちょっと本を落としてみまーす。なにが落ちてきたかわかる?」
ドサドサドサと鈍い音。普段の俺なら、そうとしか感じられないはずなのに。
「……右の本棚から3冊、左からは2冊。辞書みたいなのが4冊だけど、1冊はペラペラの薄い本……うっわほんとだ、音聞いただけでわかったぞ」
「地味ながら色々なことに便利な異能だね。地味だからあまり選ばれないんだけど……で、つぎはこっちね」
伸ばされた手が、ひょいっと手元から本を奪う。同時にまた音がする……けど、もう本が落ちてるんだろうなということしかわからない。
「これも聴覚強化なんだけど、今度は純粋に遠くや小さい音が聞こやすくなるヤツ」
「ふーん……見た目は同じ本に見えるけど」
「ふふふ、どうかな?」
次に渡された本を開いてみると、やっぱり俺の知らない文字。同じように読んでいるうちに、チクタクチクタク、細かい音が耳に入ってくるようになって。
「時計の音……みたいな? 懐中時計でも持ってるのか?」
「6つ隣の部屋に腕時計が置いてあるね。距離にすると……100メートルは離れてるのかな。壁もドアもたくさん挟んでるし、普通はまあ聞こえない音だね」
「なにそれこわい」
それに返事をするように、またドサドサと本が落ちる。今さらだけどこんな乱暴な扱いでいいのかな、ここの本って。
「ちなみに、今のはどう聞こえた?」
「どうもなにも、普通に物が落ちたとしか。耳が良くなる異能でも、大きく聞こえすぎたりすることはないんだな」
「さっきは聴き分けられたのに?」
「それは異能が違うからだろ」
「ううん、違わないよ? 今渡した2冊の本は、まったく同じものなんだ」
「やっぱりじゃねえか!」
「物語だって、読み手によって解釈が異なるモノだろう? 異能も同じで、どう受け取るかによって発現する能力が異なってくる。それを実感してほしかったんだよ」
ケラケラと笑いながら、俺の手から本を取るキリ。パラパラと本をめくるけど、それに目を落とすことはしない。
「ここまでくれば理解してもらえたかな? キミがあの異形と勝負できた理由をさ」
「……俺の異能は誰かを『護る』もの。単なる防御だけじゃない、そのために必要な様々な能力を、俺は扱うことができる……?」
「だいせいかーい! キミが得たそれは解釈の幅の広さ、能力の種類という意味ではトップクラスの異能なんだよ。た・だ・し」
そこでキリは、意味深な顔で俺を見て。
「異能に対する理解を深めれば、って注釈付きなんだけどね。よく知らない物語を解釈し、自らの血肉にすることなんてできないだろう? だから今回はボクが、ああしろこうしろって指示を出したんだよ。そのぶん体に無理が来ちゃったみたいだけどね」
「その、理解を深めるってのはどうすればいいんだ? まさか、実際に本を読み込めるわけじゃないんだろ?」
「漫然と本を読んでも内容が入ってこないのと同じさ。目的意識を明確にしつつ異能を行使していれば、おのずと理解は深まっていくよ。そうなれば、戦ってたときのキミみたいに『ひとつの異能』で『ふたつ以上の能力を』扱うことも不可能じゃなくなるわけだね」
「目的、か」
俺の目的は、冬華と秋穂を護ること。危ないことをしようとしているふたりを、誰にも傷つけさせないこと。
そのための手段は、ふたりの盾になることだけじゃない。
『それなら、あなたが強くなるしかないですね。彼女たちをどんな危険からも守れるくらいに、強く』
入院していたときの、先生の言葉を思い出す。
「言われる前からそう思ってたんだな。だから俺はこの異能を選んだんだ」
「なになに、なんの話?」
「たいしたことじゃないよ。ちなみにだけど、冬華や秋穂もここに来たことがあるんだよな? あいつらの時ってどうだったんだ?」
「冬華ちゃんはすっごく悩んでたけど、秋穂ちゃんは秒で決めて出て行った」
「わかりすぎてつらい」
キリとふたり、声を出して笑い合う。
「とにかく、そういうこと! 苦労して選んだ異能なんだ、すぐに返しに来ることのないようにね」
「一応確認だけど、もらった異能を返すときっていうのは」
「死んだときには必ず。だから、次にボクに会うのはその時かな。今回のこれはイレギュラーもイレギュラー、それは胸に刻んでおいてね」
「ここから出たら忘れちゃうんだろ?」
「んー、どうだろ。ボクのことや真理の森のことは忘れちゃうだろうけど、キミの異能に関することはなんとなく覚えてられるんじゃないかな。根拠はないけど、なんだかそんな気がするんだ」
「昨日みたいに、また俺に話しかけてくれることは?」
「ないかなー。キミが死にかけてる原因の大半というか、脳への負荷の原因の8割はボクが干渉したからだろうしね」
「お前だったのか」
「いつも栗をくれたのは?」
「きつねの話はしてない。でも、助けてくれてありがとうな」
「アフターサービスってヤツだよ。これで保証は切れたから、あとは期待しないでね」
そうしてキリは図書館の奥、他のものとは明らかに違う、大きな扉を指さして。
「それじゃあ、お帰りはあちらから。隣の扉はあの世行きだから気をつけてね」
「もうちょっとわかりやすい構造にできなかったの?」
「あはは、それはみんなに言われるよ。それじゃあね! もうこんな場所に来ちゃダメだよ!」
にっこりと、人なつっこい笑みを浮かべたあと。
――最初からそこになんていなかったみたいに、俺の前から姿を消してしまった。
別れの言葉が言えなかったこと、それは少し寂しいけれど。
「……まあ、いつかは必ず会えるんだもんな」
扉の前まで来て、ドアノブに手をかけたところで、もう1度だけ振り返る。
忘れちゃうとは言ってたけど、それでも忘れないように。
この景色を、キリという存在のことを、胸の奥へと刻み込みながら――
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――ん……朝……かな……?
頭が重い。体が痛い。それでもなんとか目を開けると、寮の部屋の天井が見える。カーテンの隙間からは日が差してるし、やっぱり朝なんだろう。
「んー……なんか、夢見てた気がするなあ……まあいいや、とりあえず起きて……顔洗って……あーでも……あと5分……というかなんだ、ちょっと寒いな……?」
ぼーっとする頭のまま、とりあえず寝返りを打つと。
「ふわ……あれ……ろっくんだぁ……おはよぉ……」
……なんで隣にいんの秋穂。
「あきほ……うるしゃい……」
背中から聞こえるの、これ冬華の声だよな?
想定外のダブルパンチに、一瞬で頭が覚醒する。
ええええええと、俺の部屋なのは間違いないな。寝てる場所も俺のベッドだな。
で。
「えへへぇ……あさからろっくんといっしょだぁ……うれしいなぁ……」
右を見れば秋穂で。
「だからぁ……うるひゃいってばぁ……かってにわたしのふとんにもぐりこむなって、にゃんども……」
左を見れば冬華だ。
つまり、ふたりに挟まれた状態で俺は寝ていたみたいなんだけど。
……なんで?