05:実神六哉は護りたい(5)
怖い。なんだこれ、怖い。
目の前に立っているだけなのに、それだけのことが本当に怖い。
少し体を動かしただけで、殺されそうな威圧感。
これを相手に、あいつらは逃げずに戦ってたのか?
「わかっているのか? 小僧がそうして出てきたところで、事態はなにも好転せんぞ?」
話しかけられただけで、心臓が握り潰されそうになる。
さっきまで戦ってた、カマキリなんかとは訳が違う。
……これが本物の異形。人を殺すためだけに生まれた、本物の怪物。
「娘を助けたいのなら、起こす行動が違うんじゃァないか?」
「俺が割って入らなかったら、すぐにふたりを殺してただろ?」
「ほォ……? 腰抜けとはいえ、それくらいはわかっていたか」
「だから……選手交代だ。耐えるのは俺、逃げるのはこのふたり。それでどうだ?」
「そんな横紙破りが通るとでも?」
「通らなくても通してみせるさ。こいつらに手は出させない」
涼しいくらいの夜だったのに、濡れるくらいに吹き出す汗。それを背中に感じながら、精一杯に相手をにらむ。
「誰も逃がさん、堪えてみせろ。それができたら助けてやろうかァ!」
そんな俺に、異形はいちど大きく笑って。
「……フンッ!!!」
筋肉で膨れた腕を大きく振りかぶり、力任せに殴りつけてきた。
「『異能発現』……ッ!!!!」
発動は間に合ったけど、受け止めるのは間に合わない。
結果、岩みたいな拳は俺の腹へと強く深く突き刺さってしまった。
「がっ……ハァ……ッ!!」
「手応えが妙だなァ? 防御、硬化の異能かィ?」
「だったら……どうする……?」
「楽に死ねない小僧が不憫、そう思ってなァ!」
嵐みたいに飛んでくる拳を、避けることなんてできるはずもない。
痛い。今までの異形の攻撃とは、速さと重さがまるで違う。異能なんてなかったみたいだ。
それでも倒れるわけにはいかない。
冬華と秋穂、ふたりを守らなきゃいけないから……!
「どうしたどうしたァ! 殴られるだけでしまいかァ!?」
「六哉! もういいから! 逃げて!」
「それ以上はだめだよ! ケガじゃすまないよ!」
ふたりの声が背中に響く。逃げろ? なに言ってるんだ、そしたらお前らが殺されるだろ。それだけは、それだけは絶対にダメだ。
『六哉。私たちの代わりに、あなたがふたりを守ってあげてね』
あのとき俺はそう言われた。託された。
だから、『護り』なんて異能が生まれたって、そう思っていたのに。
「くっそ……くそっ!!!」
現実はどうだ? ただ固いだけで、他の異能者に最低備わってる力もない。
こんなんじゃ、ふたりを守ることなんてできない。
本当にふたりを『護る』ためには、もっと別の力が欲しい……!
異形の攻撃は止まらない。散々殴られ、揺り動かされて。
もうろうと、飛んでいきそうになる意識に。
【いーや、違うね。そもそも異能というものは、個人の欲望に忠実なもの。キミがそう願ったのなら、その力を手にしているはずなんだ】
突然、声が割り込んできた。
【キミが無惨にも殴られ続けているのは、解釈違いを起こしているからさ。『護る』ために『固くする』のも、まあ間違ってはいないんだけどね】
男のような女のような、よくわからない、聞き覚えのない声。
【異能とはもっと自由なもの。キミが本当に成し遂げたい、『護る』という想いの意味を】
――いや、俺はこの声を、どこかで。
【よく考えた上で、解釈を広げてみるといいよ】
そうだ。
この場でふたりを護るために、俺がやらなきゃいけないこと。
異形の攻撃を必死で耐える、そんなことなんかじゃなくて。
「……んン?」
目の前のこいつを、この場所から追い払うこと。
――違う、それじゃあ足りない。
「お前を、俺が倒すことだ……!」
言葉とともに突き出した掌が、異形の拳を受け止める。意外だったんだろう、異形は軽く眉を上げると、面白くなってきたとばかりに唇の端をつり上げて。
「力比べがご所望かィ!? だったら受けてやろうじゃないか!」
叫び、拳を引く。気合いとともに振り上げられた次の拳は、ケタ違いの速さと威力なんだろう。
これは受けられない。
今の俺じゃあ、受けられない。
だったら?
「『異能顕現』」
あらためて、俺の能力を呼び。
「ふたりを『護る』ための力を! 俺にくれ!」
そこに込められた、本当の力を叩き起こす!
【よろしい。それじゃあ、とっかかりだけは与えてあげよう。ボクの口出しはこれでおしまい。あとはキミが考えるんだね】
(異能付与:視力強化)
視界が開ける。暴風みたいな異形の叫びと、砲弾みたいな異形の拳。
(異能付与:腕力強化)
(異能付与:反射神経強化)
空気を裂いて飛んでくるそれは、今までよりも遅く軽い。
どう見ても、そうだとしか思えない。
(経験付与:格闘術)
あっさりと避けられたその腕を、側面から絡め取って。
「おっらああああああああああっ!!!!」
一本背負いの要領で、地面に向かって投げ飛ばす!!!!
「ぬゥっ!!!!???」
叩きつけられた異形の重さと勢いは、コンクリートの地面を大きくへこませる。ぽかん、と一瞬、驚いた顔を見せていたけど。
「はっはァ……! 今のは効いたぞ、小僧!」
跳ねるように起き上がると、笑って首をゴキリと鳴らす。効いた? どの口が言うよ元気なくせに。
「動きが変わったなァ! 隠していたか? それともただの偶然かァ!?」
一瞬で距離を詰められ、飛んでくる重く鋭い拳。
いける。
そう確信し、合わせるように拳を繰り出す!
「おォ!? 拳で拳を相殺するとは、いったいなんの冗談だァ!?」
びりりと腕がしびれたあとに、パァン! と鋭い音がはじける。俺も異形も、反動に数歩後ろに押し戻されて。
視えてる。
押し負けもしない。
――戦える!
「だったら手数で攻めろってなァ!」
視界を埋め尽くすほどの拳のラッシュ。それは間違いなく、今までのどんな攻撃よりも速いけど。
でも、怖いとは感じない。全部視える、避けられる。
「触れることすらかなわんだと……? 小僧、本当にお前はなにを」
「知らねえよ! いいからッ!!!! 大人しくしとけッ!!!!!」
反撃する余裕だって! ある!
「がっはァッ!!!!」
異形の芯をとらえた拳は、巨体をふわりと浮かせてしまう。これはダメージになったんだろう。異形は腹を押さえながら、ふらふら数歩後ろに下がると。
「違う……なァ。小僧、貴様は今、【何】と通じている……?」
「知らないって言っただろ。俺だって、自分で自分にびっくりしてるところだよ」
「とぼけるか! どちらにせよ、ここで捨て置くわけにはいかなくなったなァ!」
両腕を大きく広げ、空に向かって吠えるように叫ぶ。
なにかが来る。
冬華と秋穂を吹き飛ばした、目には見えない攻撃が。きっと手加減なしの威力で。
俺は避けれる。確信がある。でも、そこに倒れてるふたりはどうだ? 後ろにいる、気を失って動けないクラスメイトたちは? ふたりを、みんなを『護る』には、攻撃を止めさせるしかない。
そこで気づく。数歩先に転がっているのは、一振りの重たく長い剣。『加速』のあいつが持っていたそれを、駆け出しながら拾い上げて。
「はああああああああっ!!!」
俺は剣術なんて知らない。だからこそ、力任せの一刀両断。それは大技を使おうと、隙だらけな異形の肩口を確かに捉えると。
「舐めてもらっては困るなァ!!!!」
わずかに肉に食い込んだところで、刀身が半ばから砕けて折れた。
半分になり、軽くなってしまった剣。これじゃあダメか? もっと強い武器があれば?
――そんなものを探していたら、目の前のふたりは護れない。
増やせ。
考えろ。
こいつを倒すための要素を。今の俺に必要なものを。
(経験付与:剣術)
瞬間。ただの刃物だった剣が、まるで手足の一部みたいに。
自分でも驚くくらいの、鋭く早い斬り上げ。達人のような斬撃は、異形の腕を確かに切り裂き。
「小僧のような細腕で、俺の腕を落とせるものかよ……!!!」
今度は半ばで止まってしまう。
そうか。足りないのは力か。
だったら。
(異能付与:腕力強化)
もっとだ。
(異能付与:腕力強化)
(異能付与:腕力強化)
必要なだけ、いくらでも、もっと……!
(異能付与:腕力強化)
(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)
(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)
(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与:腕力強化)(異能付与――――――
「な……にィ……!?」
「ぶった……斬れろぉおおおおおお!!!!」