短編:カップルだけを狙う異形(1)
「カップルだけを」
「狙う」
「異形」
あまりにあまりな存在に、3人そろって言葉を失う。説明の主は時島先生、信用できない笑みからして、真実なのかの判断に困ってしまうけれど。
「残念ながら冗談ではなく、多数の被害が出ています。異形が狙うは人間の魂、恋愛行為の最中……希望に満ちた男女のそれは、とても上質な餌と映るでしょうから」
春待さんがそう言うからには、本当のことなんだろう。いぶかしげだった冬華と秋穂も、まじめな顔でうなずいている。
「というわけで、六哉と冬華には囮になってもらうよ。派手に目立って狙われて、あとはそのまま返り討ち、これが今回の課題だね」
「異形の特徴と傾向はつかめています。こちらの指示する場所で、こちらの指示する行為をして頂ければ、まず確実に『釣れる』かと」
「あの、指示する行為って、つまり」
「プランは用意してあげるから、ふたりで楽しくデートしておいでってこと」
「……ッ!? ~~~~ッ!!!?」
先生の言葉を聞いたとたん、弾けるみたいに立ち上がる冬華。ぱくぱくと口を動かすけれど、言葉としては聞こえてこない。
「……あの、3人じゃないんだったら、ふたりだけでいいんだったら、わたしは」
それとはまったく対照的に、冷静なまま秋穂がつぶやく。あまりに真剣なその顔に、ぴりりと空気が張りつめて。
「あー、デリケートなところを突いちゃったかな。そうだね、秋穂には悪いことを」
「わたしに振られる課題は……ばれないようにろっくんとふゆちゃんを尾行する……ふたりの思い出をたくさんたくさん撮影する……そういうことですよね……!」
「どういうことだよ!」
「詳細なレポートを頼みたいのはやまやまなんだけど、秋穂には僕のサポートをお願いしたいんだよね。ちょっと厄介な異形がいてさ、純粋なパワーが欲しいんだよ」
「なので、尾行の役は私が担当します。後日になりますが、閲覧制限をかけない形でレポートを公開しようかと」
「真顔で冗談言うのやめてくれません?」
絞り出した俺の声に、はて、ととぼける春待さん。あの……冗談……ですよね?
「というわけで、ふたりには本日午後からの出動をお願いするよ。せっかくのデートなんだし、たっぷりと準備期間をあげたいところではあるんだけどね」
「いつそうなってもいいように、ふゆちゃんのコーデは何種類も考えてあるからだいじょうぶです! ほらほらふゆちゃん、こうなったら時は金なりだよ! はやく戻って準備するよー!」
「ちょ、ちょっと待って! 私はまだ承諾してな――」
「失礼しますねー!」
傍目にもわかる強い力で、秋穂が冬華を押して出て行く。ふたりが消えた教室で、改めて先生が、にっこり。
「それじゃあ、六哉には異形の詳さ……デートプランの詳細を伝えておこうかな」
「なんで言い直したんですか?」
「これ以上被害を増やさな……冬華さんを失望させないよう、完璧に覚えてくださいね」
「こんな時だけ先生に合わせないでもらえます?」
春待さんにまでいじられながら、俺は課題の消化に――突然降ってわいてきた、冬華とのデートの準備に追われて――
※ ※ ※
3分に一回は時計を見ている気がする。
時間は12時ちょっと前、約束の時間まであとすこし。こんなふうに誰かを待つのは、本当に何年ぶりだろう。
目的地として聞かされたのは、数駅先の水族館。そこで異形は獲物に目をつけ、狩りの対象を絞るらしい。不完全ながら異界も創る、わりとヤバめのやつなんだそうな。
だったら早く行かなきゃと、冬華と一緒に学院を出るつもりだったんだけど。
『もー、ろっくんはわかってないんだからー。デートっていうのはねえ、待ち合わせからのドキドキを楽しむものなんだよ? 古事記にもそう書いてあるんだよ?』
急に歴史に詳しくなった秋穂に、それはもう強すぎる圧で止められてしまって。俺は今、休日で人通りの多い駅前に、ぼうっと立っているのである。
「デートとはいえ課題だし……ドキドキするか……? デート……デートかあ……」
いやいや違うそうじゃない、これはあくまで作戦だ。あいつとどこかに出かけるなんて、言ったらいつものことなんだし。
「でも、ふたりきりっていつぶりなんだろ。いつぶりというか……あれ……?」
そうして記憶をたどってみれば、どの思い出も秋穂がセット。冗談みたいな話だけど、ふたりでどこかに出かけるのは、本当にこれが初めてだ。
そこに思い至ってしまえば、なんだか急に緊張してきて。
前を通る人たちが、みんな俺を見てる気がする。こいつは今から初デートだと、面白がっているような……
「落ち着け、そんなはずないだろ。これは正式な課題なんだし、特別なことなんてないんだし。ああもう、ひとりだから変なことを考えるんだよな。そろそろ時間なんだし、早く来いよ……」
「なにをブツブツ言ってんのよ。気持ち悪いからやめてくれない?」
背中にひやりと突き刺さる、軽蔑しきって醒めた声。いつも通りのその態度に、心がスッと軽くなる。
そうだよ、なにを考えてたんだ。みんなにからかわれたからって、変に意識する必要ないだろ。冬華だってそうしてるんだし、確かに気持ち悪いな、これは。
はあ、と大きなため息ひとつ。それで気持ちを切り替えて、声がしたほうに振り返る。無事に合流できたんだし、あとはさっさと水族館に――
「ちょっと?」
そこにいたのは、冬華じゃなかった。
「人の顔を見て固まらないでくれる? めっちゃくちゃ失礼よ、アンタ」
いや、間違いなく冬華なんだけど。
「……だから、なんなのよ! 待たせた仕返し!? そもそも私、遅れてないわよね!?」
トレードマークのポニーテールは、ふんわりとゆるく下ろされていて。
チェックのロングスカートに、秋めいた色のカーディガン。見たことのない大人っぽさに、ひとつも言葉が出てこない。
「……もしかして、似合って、ない?」
真っ白な頬にさした赤みは、化粧によるものなんだろう。目元だって口元だって、なにもかもがいつもと違う。メイクで引き立てられた『女の子』に、心臓を掴まれてしまったみたいだ。
「あのね、私はいいって言ったの。でもね、あの子がどうしても聞かなくて。この服だってメイクだって、どこから持ってきたんだか――」
冬華の顔が曇っていく。沈んだ顔を見ていると、どんどん心が焦っていく。そうじゃないんだと、似合っていると、心からのその気持ちを、なんとか言葉に乗せようとして。
「可愛い」
出てきたのは、ちょっと違う一言だった。
「あ、いやあの、そうじゃなくて、じゃない、なにも違わないんだけど」
言ってしまったと気づいた瞬間、かあっと頭がのぼせていく。言いたいことはそうじゃないんだと、あわてて口を動かせば。
「髪型も服も似合ってる。いつもはほら、動きやすい服装が好きだろ? だからちょっとびっくりしたけど、落ち着いてるのもすごくいいなって。化粧の感じもいつもとぜんぜん違うよな? ナチュラルメイクしかしないんだって秋穂が怒ってたことがあるけど、今日はそうだな、ドラマに出てくる芸能人みたいだなって。ああいやごめん、厚化粧とかそういうことを言いたいんじゃなくて、雰囲気は違うんだけど、いつもの冬華なのが嬉しくて、俺と一緒なのが申し訳ないというか、俺もちゃんと服を選ぶべきだったなというか、なんだろ俺、いまちょっと感動して」
「っっっるさいわバカぁ!!!!!」
「いふゥっ!!?」
拳が腹に突き刺さる。冗談抜きで体が浮く。
「いっ……ちょっ……なんで殴った……」
「アンタが変なことばっか言うからでしょうが!」
「素直な気持ちだったんだけど……」
「だからよ! ああもうほんとに、バカ!」
「あっ……ちょっ、待て! 置いていくなよバカ!」
「バカはアンタでしょうがバカ!」
そうしてひとりで進む冬華に、なんとか追いつき隣に立てば。
「……ほんっと、ばかぁ……」
耳の先まで真っ赤っかの、照れた女の子がそこにいた。





