53:エピローグ/秋穂はなにかに目覚め
『私の異能『反転』は、傷を負ってから時間が経つほどにその効力を弱めます。異界構築の反動なのか、眠り続けていた1週間、実神さんの体は異能を受けつけない状態となっていました。ゆえに、今から実神さんの怪我を治すことは不可能なのです』
と、春待さんが申し訳なさそうに言ってたとおり。目覚めた俺は即退院とはいかなくて。
『ですが、生命力を強める『癒やし』の異能なら効果が望めると思います。冬華さんの力があれば、治療に要する時間は大幅に短縮されることでしょう』
でも、これまた春待さんの言うとおり。冬華と秋穂がいてくれたおかげで、入院自体は予定の半分以下で済んだ。
検査結果はほぼ良好、体に痛むところもなし――ただ、両手に残る違和感を除いて。
「うーん、変な感じだなあ。動くんだけど感覚ないし、だからか力も入らないし」
いわく、体は健康でも、魂がそれについていってないんだそうな。理屈はよくわからないけど、俺の両手は今、肘から下の感覚をなくしてしまっている。
「でもでも、最初は動きもしなかったもんね! ちゃんと休めばよくなるって、それはきっと本当なんだよ!」
となりについてくれてる秋穂が、笑ってそう励ましてくれるように。この状態はずっとじゃなく、1ヶ月くらい――つまり夏休みの間くらい――しっかり休めば、後遺症もなく元通りになるものみたいだ。
「まあ、いろんな無茶をしたものね。それくらいで済んだのを喜ぶべきなのよ」
「ふゆちゃんだって『癒やし』てくれてるもんねー。毎日ぴったりくっついちゃって、お姉ちゃんちょっと妬けちゃうよー?」
「必要なことだから仕方ないでしょうが! 効果だって出てるんだし、やめるわけにはいかないの!」
ぐぬぅ、と牙をむく冬華には、ずっとお世話になりっぱなし。『癒やし』の異能を使ってもらうと、目に見えて状態が良くなるからだ。
「こうして退院できたのも、ぜんぶお前のおかげだよ。ありがとな、冬華」
「……まあ。私のほうこそ助けてもらったんだし」
「ええー? ろっくん、わたしはー?」
「もちろん感謝してる。快適な入院生活を送れたのは秋穂のおかげなんだから」
「えへへー、そう言われると照れちゃうねえ」
上機嫌に手提げカバンを振り回しながら、秋穂がテクテク歩いていく。中身はほとんど俺の荷物で、不自由がないようにと用意してくれていたものだ。
そうして歩いているうちに、学院の寮はもうすぐそこ。最後にここを出たときは、こうなるなんて思いもしなかったなあ……。
忘れかけてきた自室は通過。見慣れてしまったドアにたどり着き、もらった鍵を取り出すと。
「……うわっと。やっぱダメだな」
それはそのまま指を滑って、ちゃり、と床に落ちてしまった。
「無理しないの。私たちだって鍵は持ってるんだから」
「これくらいはできると思ったんだけど」
「お部屋でゆっくりリハビリだね! というわけで、どうぞ!」
鍵を拾ってくれた秋穂が、そのまま扉を開けてくれる。
ここは3人で暮らしていた部屋。異界構築の修行にと、先生が用意してくれた場所。ふたりが整えていてくれたんだろう。数週間ぶりに入るのに、中は手入れが行き届いていた。
「ただいまー、で、おかえりなさーい、だね! ふたりとも、退院おめでとう、だよ!」
「私はとっくに退院してたんだけど……まあ、それでも、ありがと」
「俺もありがと。でも、ここに戻ってくることになるとはなあ」
「ええー? わたしたちと一緒に暮らすの、ろっくんは嫌なの?」
「そうじゃないけど……俺にも人並みの恥じらいはあるというか……」
「あ……そうだね、ごめんね! ろっくんとふゆちゃんの愛の巣だもんね!」
「ツッコまないからな。というわけで、もう少しだけご迷惑をおかけします」
感覚のない手を合わせて、ははー、とふたりに頭を下げる。
「ううん、へいきだよ! ろっくんのお世話はまっかせなさーい!」
「迷惑だとかは思ってないけど、できることは自分でやってよ?」
つまり、どういうことなのかというと。
『両手が使えなきゃ不自由だろうし、完治するまではみんなで暮らしたら? そうすれば冬華の異能だって使いやすいだろうし、部屋だって用意して……そうそう、あの部屋なんだけど。白槌討伐の報償の一部として、君たち3人に譲ることにしたんだよ。これからも遠慮せず、自由に使ってくれていいからね!』
……みたいなことを、時島先生が言い出したからだ。
それを聞くなり、お世話魔な秋穂の瞳はみるみるうちに輝きはじめ。
責任を感じてるんだろう、冬華もしぶしぶ了承し。
ぶっちゃけ不便を感じてる俺は、ありがたくこの話に乗せてもらったわけです。
「じゃあじゃあ、まずはお着替えしましょうか! さあさあふゆちゃん、ろっくんの服を脱がせるんだよー! 今なら合法だよー!」
「そのくらいできるわ! ああもう! シャツ破れるから! 離れろ!」
「……相手するのも面倒くさいし、疲れたからちょっと寝てくる。任せたわよ、秋穂」
「! 許可が出たよろっくん! さあほら、恥ずかしくなんてないからね! 赤ちゃんになったつもりでね!」
「お前そういうヤバい感じあったのかよ!!!? 助けて冬華、行かないで……!」
はああ、と大きなため息ひとつ。奥の部屋へと冬華が消える。
残されたのは秋穂。素の状態でも俺より力のある彼女が、満面の笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。
「はぁはぁ……なんだろうねえ……楽しいねえ……ろっくんはなにもしなくていいから……脱ぎ脱ぎしましょうねえ……?」
「長いつきあいの幼なじみでも、知らない一面ってあるんだな……」
ガシッと肩をつかまれたところで、俺の意識はぷつりと途切れ――たりはしなかったけど、これはちょっと記憶から消したいですね……ええ……





