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04:実神六哉は護りたい(4)

「ついでと思って覗きに来たが、特に収穫はなさそうだなァ?」



 俺たちの前で叫んでいるのは、教科書でしか見ないような服――平安時代の狩衣みたいな和装を着ている、見上げるほどの大男。なにを運んでいるのだろうか、丸太みたいな太さの腕は大きな荷物を担ぎ上げている。


 それ以上に特徴的なのは、頭に生えたいびつな大角。それは言外に明確に、相手が人間ではないと、俺たちにそう伝えている。



「……なんで、なんで『角持ち』がこんなところに」



 それは本当の『化け物』の証。俺の前に現れた、形を持った死の象徴。


 どくん、と心臓が跳ねた気がする。強く胸を叩いて、むりやりに心を落ち着かせて。



「なんでって、仕事の帰りだからだよ。お前らは『課題』って言ってるんだっけか?」


「…………!?!?!?」



 そう思ったその時には、異形の姿は目の前から消えていた。


 変わって背中にかけられるのは、突き刺さるような圧迫感。


 振り向くべきだと思うのに、体はピクリとも動かない。


 秋穂は? 冬華は? 大丈夫、まだ無事だ。


 ……まだ? 俺はいま、なにを考えた?



「まァまァ、そう怖がるな。俺ァ今な、『課題』が終わって気分がいいんだ。少し話をさせてくれよ」


「ひっ……!」



 話しかけられているのは、俺よりすこし後ろにいた、つっかかってきたあいつらしい。他に声は聞こえない、無事なのは俺たちだけみたいだ。



「いくら新人でも知ってるだろ? 異能者の頂点、人類最強の6人――『(ろっ)()(せん)』の話だよ」


「は、はい……」


「そのうちの1人がこのあたり――俺の領域に来てるって耳にしてなァ。お前らみたいな雑魚とは違って、捨て置くわけにはいかんだろう? 俺も馬鹿じゃないんでな、相応の覚悟をして向かったんだが――」



 どさ、と。


 重たいものが落ちたような、そんな音がする。



「拍子抜けするくらい簡単に殺せちまったんだわ。だからさァ、お前らも確認してくれねェか? こんなのが本当に、人類最強の一角なのかをよォ」



「ひ、ひぃいぃぃいいっ!!!」



 絹を裂くとはこのことだろう。叫び声が闇夜に響く。



「まァまァ、そんなに怖がるなよ。()()死ねたァ言ってない、確認しろって言ってるだけだろ?」


「あ、ああ、だから、あの」


「こいつァ駄目か。ならお前さんたちに聞こうかねェ」


「ぐぁ……っ!?」



 四方八方からの締め付け。なにかに捕まれているような感覚とともに、俺たちの体がぐるりと半回転する。


 振り向かされた先には、倒れ伏す男の人がいた。


 暗い闇夜の中だというのに、なぜかはっきりと見える赤。腹から広がっているそれは、今も止まることなくドクドクと流れ続けている。



「どうだ? 本当にこれで合ってるか?」



 荒くまとめた髪をなびかせ、皺の刻まれたその顔を、楽しそうにほころばせながら。


 目を血走らせた角持つ異形は、俺たちの言葉を待っていた。




 ああ、やっぱり。


 こんなものを相手にしようだなんて、勝とうだなんて。


 足が震える。動けない。


 強くなるんだろ、秋穂と冬華を守るんだろ。


 心はそう思うのに、体はそれを全力で拒否している。



「――知らないわよ。あんたが言ってた通り、私たちはペーペーの新人なの。六歌仙? 雲の上の人の顔なんて拝んだこともないわ」



 言葉も出せない俺の代わりに、沈黙を破ったのは冬華。握った拳が震えているけど、その目はまっすぐ、異形の瞳を離そうとはしなかった。



「そうそう! 特にそこのろっくんは、学院に来て1週間のぺーぺーさんなのです!」



 ふんす! と胸を張るのは秋穂。その情報いる? と、こんな状況なのに声が出かけたけれど。



「だから、ろっくんだけは見逃してあげてください!」



 繋がれた言葉に、言葉を失ってしまう。



「……まあ、そうね。私たちは立派な学院の関係者だけど、そいつは仮入部の部員みたいなものだから。どちらかと言えば一般人よ」


「おォ、ブカツドウ、というやつか?」


「わかるんだ……それならまあ、そういうこと。戦えるような異能も持ってない、新人の中でも底辺なのね。そんなのと戦ったとなると、大仕事を終えたあなたの評価も下がっちゃうんじゃない?」


「言うねェ言うねェ……そして小僧、お前はなにも言い返せんのか?」



 異形の瞳が俺を見据える。ああ、これがあれだ。目が笑っていない、よく言うそんな表情だ。


 紅い視線に射すくめられ、カラカラに口が渇いていく。そうしているうちに、異形は俺から目線を外して。



「あいわかった! その小僧が使えんことも、娘2人がなんとか小僧を逃がさんと画策していることもなァ! 俺も見た目ほど鬼じゃない、乗ってやろう!」



 冬華と秋穂のふたりに向かって、大きく腕を広げて話す。態度でわかる、俺は完全に蚊帳の外だ。



「小僧に助けを呼びに行かせ、その間の足止めを娘ふたりがこなしてみせろ。それが成ったら、俺はこの場から退散すると約束しよう。なんせ今、俺は気分がいいからなァ!」



 叫び声とともに、びりり、と地面が小さく震える。まるで異形の感情を表すみたいに。



「……だって。ほら、わかったならさっさと行って」


「責任重大だねー。でもろっくんはやればできる子! お姉ちゃんは知っています!」


「ま、待てって! 足止めって、その間はふたりでこいつと戦うってことだろ!? そんなの!」


「アンタが戦うよりはまだ目があるわよ。それに……」



 そこで冬華は、声のトーンを落として。



「倒れたみんなもまだ生きてる、私の異能でそれがわかるの。異形がそれに気づいたら、とどめを刺しにくるかもしれない。学院までは走って10分、なんとか往復10分で戻ってきて。それくらいなら、どうにか保たせてみせるから」


「んん? 秘密の相談か? 良いぞ、強者を前に無策で挑むのはただの馬鹿。弱者なりに最善を尽くせよ?」


「だから、みんなのためにも行って! 早く!」



 挟まれた声に会話を打ちきり、俺の背中を強く押し出す。待て、と叫んだ俺の言葉は。



「『解呪』『黒煙』!」



 言葉の通りの真っ黒な煙にかき消され、届かなかった。


 冬華がなにかをしたんだろう、あっというまに異形の体は煙に包まれ。



「痛かったら! ごめんなさーい!!!!」



 そうするのをわかっていたように、そこを秋穂が殴りつける。


 細く小さな体での、軽いパンチに見えるのに。



「お、おおゥ!?」



 鈍く大きな音のあと、ゆらりと揺れる異形の体。それを秋穂は何度も何度も、だだっ子のように殴って叩き、巨体を壁へと押しつけていく。



「宣言なしでのこの膂力! 常在怪力の異能かァ!?」



 叫びながら、煙から抜け出る異形に向かって。



「『解呪』『閃光』!」



 手を伸ばしたのは冬華のほう。指に挟んだ薄い紙切れ、それが見えた時には強い閃光がほとばしって。



「うわぁっ!?」



 思わず叫んでしまうけど、ふたりがひるむことはない。


 攻撃を続けていたんだろう、ひときわ大きな鈍い音がして。


 気づけば秋穂は異形を壁に押しつけ、右腕1本でその動きを押さえ込んでいた。



 ……右腕? あいつはたしか左利きだろ?



 目をやれば、秋穂の左腕は肘から下が変な方向に折れ曲がっている。



「ッ!? 『異能発現』ッ!」


「おっと、こっちは療治のできる呪符使いかィ。ふたり揃って貴重な異能、ここで殺すには惜しいねェ」


「だったら……さっさとどっか行きなさいよ……!」


「それは取り決めの通りだねェ。とはいえ、小僧にまったく動きはないが」


「!? バカ! 早く行けって言ってるでしょうが!」



 秋穂の肘に手を当てながら、振り向きもしないで冬華が叫ぶ。



「私たちは……だいじょうぶ、だから……!」



 額に汗を浮かべながら、つらそうな声を絞り出す秋穂。



「ふゥん……小僧をかばう心意気、それに免じてもう少しこうしていてもいいんだが……」



 対して、異形の顔は余裕綽々。なにかを考えているみたいに、視線を宙に舞わせたあとで。



「あまりに時間をかけすぎるのも、俺の沽券に関わるのでな」



 ひゅう、と口笛のような音が聞こえた。



「ぐぅっ!!?」


「ぐっ……ふぅ……っ」



 秋穂と冬華の体が、冗談みたいに吹き飛んでいく。まるで、見えないなにかに殴りつけられたみたいに。


 地面に転がされ、それでも異形をにらみつける2人。


 それを見て。


 やっと俺は、震える足を動かして。



「……待てよ!!!」



 ふたりと異形の間に、割って入ることができた。

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