44:それは契約にも似て
ふふ、とキリがにやけて笑う。小柄な体に和服を着ている、金髪碧眼のいつもの姿で。
「ここはキミの心の中で、時間の流れは外とは別物。だけどそれも無限じゃないし、サクサク話を進めていこうか」
そんな声に目をやれば、景色はがらりと変わっている。俺の周りにはたくさんの、中身が詰まった本棚があるだけだ。
「まずだよ、どうしてボクの名前を思い出せたの? というか、真理の森のことも全部覚えてたの?」
「ついさっき、読んだんだよ。冬華を助ける方法がないかって、能力を探してるときに。こうして理解できるまで、少し時間はかかったけどさ」
「……なるほど。それじゃあ、キミの異能はなんなのか……ううん、キミはいったいなんなのか、その説明も不要なのかな」
うなずく。それ以上の言葉は不要と、腕組みを解いたキリが手を振る。
「この力を使えるのなら、冬華も秋穂も助けられる。白槌だってきっと倒せる。だから」
「いいの? ボクの干渉は一方通行、断言するけど、2度と戻ってこられないよ?」
俺の言葉をさえぎるキリは、それでもニヤリと笑ったままだ。やれやれと肩をすくめながら、満足そうにうなずいて。
「単に死ぬ、って意味じゃない。目的を果たし、制御を失った魂は変質するしかないからね。キミはヒトではいられなくなる、つまりはそういうことなんだ」
それでもいいの? と。笑顔のまま、俺を試すみたいに言うけれど。
「いいよ。それでふたりが助かるなら」
そんなの、聞かれるまでもないだろ。
「あとで悲しむと思うけど? キミが犠牲になるなんて、死ぬより残酷なことかもよ?」
「そこはまあ……納得してもらうしか」
「あははははっ! キミ、けっこうひどいところあるよね! うんうん、これ以上の問答は不要だね!」
キリが爆笑する。俺も笑う。これで話はまとまったと、キリが小さく手を叩く。
「それじゃあ、行っておいで。後悔のないようにね」
「ごめんな、肝心なときは頼りっぱなしで」
「いいよ。少し予定は狂ったけど、ボクにとっても悪い話じゃ……っと、ホントに時間がなさそうだ。ムダ話はここまで」
キリの姿が消える。それと同時に、胸元がまた熱くなる。
気付けば景色が戻っていた。冬華を胸に抱いた秋穂が、心配そうに俺を見ている。
【ボクにできるのは『足して』『広げる』だけだからね。それに押し潰されないよう、気合いを入れて動きなよ?】
白槌の前に立つ。逆手に持った刀を、胸の前で水平に構える。
この言葉を言ってしまえば、もうあとには戻れない。
怖くはない。ただ、ふたりに申し訳ないだけ。
ごめんな。
言葉には出さず、口の中でそうつぶやいたあとで。
「異界構築――」
地面が震える。世界が形を変えていく。
【そうと決まればなんの遠慮もいらないよ。ボクはただ、キミに全てを注ぎ込む。今このときから、真理の森をキミに託すよ】
熱いうねりが胸を満たす。それに振り回されないよう、地面を強く踏みしめる。
それは胸から腕、左手へと流れるように集まっていく。次の瞬間、空いた左手には1冊の本が収まっていた。
【あとは魂が求めるまま、引き出し、取り込み、食らうがいいさ……!】
表紙の色は緑。刻まれている題字こそが、口に出すべき俺の本質。
読めなくてもわかる。読まなくてもわかる。刻まれたその名前を――
「その名を『麒麟司紫祈書宮』!!!」
――俺の魂を、叫ぶ。





