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41:その名を――(1)

たまには1時間早くしてみます。

 (しろ)(づち)のところへ向かう途中、冬華と秋穂のふたりから、『できること』の話を聞いた。


 いわく、ふたりはふたりで足手まといにならないようにと、春待さんに色々と相談していたらしい。本当なら、明日からの最終ミーティングで教えてくれるはずだったんだとか。



『私の武器――呪符の種類を説明しておくわね。希少なモノもいくつか手に入ったから、効果と枚数を頭に入れておいて』



 限られた時間の中、冬華が選んだのは得意武器による戦力強化――つまり、呪符の増強。


 呪符。適正のある人間だけが使える、特別な呪い(こうか)が込められたお札。そのほとんどは使い捨てで、1枚あたりの仙骨消費量(コスト)もかなり高いらしい。



『普段はガチャはしないんだけど、ろっくんのために強いのをって、大事に溜めてた石がなくなるまで回したんだよねー。当たりが出たときは子どもみたいにはしゃいでねえ』


『うるっさい! それより、アンタの話でしょうが!』


『はーい! というわけで、わたしはほんの少しだけ、異能がパワーアップしました!』



 秋穂の持つ異能は『強化』。身体能力の強化とはまた別で、一撃の威力を何倍にもする、攻撃専用のものらしい。


 ……らしい、とあいまいな言いかたなのは、使っているのを見たことがないから。


 攻撃ごとに『強化』が乗るかの判定があって、成功するのは10回に1回くらい。そんなに低い確率なのに、当たり外れにかかわらず、体力は一律でもっていかれてしまう。


 あまりにも非効率すぎるから、使わないほうが戦いやすい。そう聞いてたし、実際にそうしてたんだけど。



「はあああっ!!!」


「ぐっ……おおおおおォォォ!!?」



 秋穂の振った武器――大型(スレッジ)ハンマーを両腕でガードした白槌が、勢いを殺しきれずに後ずさっていく。体格は数倍、体重は十数倍、筋力は数百倍も違いそうなふたりなのに、だ。



「うん、だいぶ慣れてきました! 今なら打率4割、いけると思います!」



 バッターみたいなことを言い出した秋穂の体は、淡い薄紅色に光っている。どうやらこれが、異能を使っている証らしい。


 その想像以上の効果に、思わず秋穂を見つめていると。



「異能の操作は気の持ちようだって、そう教えてもらったから! ええとね、野球とかゴルフのゲームでね、インパクトの時にゲージを合わせるでしょう? あれを頭に思い浮かべてね、どーん! ってしたらね! タイミングがわかってきてね!」


「わからんけどわかった。頼っていいんだな?」


「うん! 任せて!」



 冗談みたいな返事だけど、使えるのなら問題ない。事実として、秋穂の攻撃は白槌に届いているんだから。


 白槌の異界――(がん)(しょう)(ふう)(じん)()の中、岩と土しか存在しない世界に、俺たち3人は閉じ込められてしまい。


 小手調べだと飛びかかってきた白槌を、秋穂が奥へとはじいて飛ばし。



「『解呪』『落雷』!」



 そこに重なる冬華の言葉。空に浮かんだ光の束が、白槌の体めがけて走る。



「ぬゥっ――」



 その声は、着弾の轟音にかき消されて聞こえない。地面をえぐり、巻き上がる土煙の中、膝をつく巨大な輪郭がぼんやりと浮かんでいるだけだ。



「おお……凶悪な威力だなあ」


「これで倒せてるはずないでしょ。油断しない――」


「来るよ!」



 秋穂の声に意識を戻すと、煙の中に白槌はいない。どこへ、と辺りを見回す前に。



「はっはァ! 少しは鍛えてきたようだなァ!」



 頭の上から声。見上げれば、そこには両手をハンマーみたいに組んだ白槌がいた。



「ろっ――」


「六――」



 落下の勢いそのままに、白槌がその手を振り下ろす。名前通りな槌の一撃、ふたりの声を断ち割るそれは、正確に俺の頭を狙っているけれど。



「……っと」



 一歩だけ足を引き、半身に構えてそれをかわす。簡単なその動きだけで、白槌の腕は俺の目の前を通り過ぎていく。



(異能付与:聴覚強化) × (異能付与:反射神経強化)



「よく避けた! だが、まだまだァ!」



 続いて走る拳のラッシュ。でも、それは俺には届かない。音を聴き分け、反応を強化し、隙間を縫うように一撃一撃を避けていく。


 30発を過ぎたところで、白槌の表情が変化した。驚きと笑みが混ざったような、興味津々という顔に。



「……本当に当たらんなァ! 貴様、どんな鍛錬を積んだ!」


「答え! させたいなら! 手を! 休めろよっ!」


「そうはいかんぞ? どこまでこれが続くものか、俄然興味が沸いてき――」


「わたしたちを!」


「忘れてるでしょうが!」


「ぬぅううううゥ!!!?」



 白槌の横腹にハンマーの一撃。ぐら、と巨体が揺らいで止まり。



「『解呪』『突風』! からの!『暴風』!」


「って、うおおおおおっ!!!?」



 白槌の体をめがけて――俺のすぐ目の前をめがけて走る横向きの突風、からの竜巻のような暴風。慌てて地面を踏みしめたからか、ギリギリ俺は飛ばずにすんで。



「ろっくんから! 離れなさーい!!!」



 さすがに吹き飛んではいないものの、体勢を崩した白槌への追撃。秋穂のハンマーが、かち上げるように白槌の腹に吸い込まれていく。


 数度の打撃を受けたことで、無視できる威力じゃないと悟ったんだろう。白槌が全身に力を込め、耐えようとしているのがわかったけど。



「ぬゥッ……ん?」



 あ、ハズレの打撃だこれ。ぼよん、って感じで止まっちゃったもんな。



「……ろっくんから! 離れなさーい!!!」


「はっ……ぬっ……グううううァァ!!!!」



 でも、それが良かったらしい。警戒を解いた白槌の腹に、今度こそ成功した打撃が突き刺さる。


 後ずさる、では済まない。何百キロとあるだろう白槌の体が、宙を舞うように吹き飛んでいった。



「はぁ……はぁ……ろっくん……だい、じょうぶ……?」


「悪い、助かった。でも、お前こそキツそうで」


「大丈夫、すぐ治すわ。『異能発現』――『解呪』『励起』」



 冬華がそうつぶやくと、触れられている秋穂の顔色がみるみるうちに良くなっていく。異能の効果を高める呪符、そういうものもあるみたいだ。



「ありがとう、ふゆちゃん! すっごく体が楽になったよ!」


「まだまだ先は長いんだから、無茶な動きはしちゃだめよ。呪符だって無限にあるわけじゃあないんだから」


「でも、まだまだ行けるよね! ろっくん!」


「……ありがとな。護る護るって言ってたけど、正直めちゃめちゃ心強い」



 俺の言葉に、ふふん、といつもの笑顔の冬華と、にまー! といつもの笑顔の秋穂。


 前にこの異界に来たときは、正直死んでもいいと思った。でも、今はそうじゃない。ふたりを死なせられないし、俺だって死ぬわけにはいかない。


 ――ふたりがそばにいてくれるだけで、力が無限にわいてくるみたいだ。



「……先は長い、だと?」



 立ち上がった白槌が、数メートルの距離を保ったまま聞いてくる。腹を押さえてはいるものの、たいしたダメージはなさそうだ。



「まさか、人間の身で持久戦を挑むわけではあるまいな。この俺が、異形の王が先に疲れを見せるとでも?」


「思ってねえよ。どう見てもスタミナの化け物だろ、お前」


「だが、無策というわけでもあるまい? 切り札くらい隠してるよなァ」



 俺たちの切り札――異界構築。俺と冬華が扱える、必殺技とも言っていいそれ。


 でも、それは無敵の能力じゃない。ギリギリまで隠し通して、最高のタイミングでカードを切る。そうでもしなきゃ、こいつには通用しないだろう。



「私たちが狙ってたのはね、外からの援軍よ」



 まるで話をそらすように、冬華が大きな声を出す。俺と秋穂は黙っていろと、声色がそう言っている。



「アンタをここで抑えてる間に、アンタに対抗できる異能者を集めてね。どうにか異界を壊したあとで、交代して倒してもらう。そんな作戦を立ててたの」


「……ほォ?」



 白槌の目がつり上がる。そんなもの、許さないと言わんばかりに。



「でもね、アンタが今日ここに来たことで、その作戦は見事にパァ。異能者を集めるどころか、誰ひとりだって外にはいないわ。頼みの綱の六歌仙――時島先生も、県外ですぐには来れないんですって。だから作戦変更、ここに来るまでに決めてきたの」



 はぁあ、と、大げさにため息をつく冬華。わざとらしくも見えるそれは、化け物の前でも変わらない。



「どれだけ時間がかかっても、どれだけそれが難しくても。私たちでアンタを倒して、みんなでここを脱出する……まあ、作戦なんて上等なものじゃないけどね」



 いつも通りのこいつというか、退かない強気の挑発だ。



「実神六哉。お前も同じ考えか? それが成ると、成せると本気で思っているのか?」


「そうじゃなかったら、ここでお前に挑んでねえよ。みんなで学院に帰るって、来年もここのお祭りに来るって。そう約束したし、決めたんだ」


「成る程ねェ……ならば、だ」



 白槌が腰を落として構える。それに反応するように、空気がピタリと動きを止める。



「『お前』が力を示してみせろ! この俺を倒さんとする、この俺に届く牙をなァ!」



 叫びが届くのと同時。構えを取ったまま、白槌の姿が目の前に迫る。


 空気を固めて飛ばす攻撃、(しら)(とび)。乗れば高速移動もできると、白槌自身がそう言っていた。だから驚くことじゃない。


 真正面。速度とひねりが完璧に乗った、白槌の拳が突き出される。当たれば俺の命を奪う、暴力的な一撃が。


 でも、焦ることはない。




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()




「なっ……!?」



 白槌の顔が驚きに変わる。そんなこいつのその顔を、俺は下から見上げている。


 股関節、膝、足首と。順に『抜いて』いくことで、斜め後ろに倒れ込むように。重心の変わった俺の体は一瞬で沈み込んでいて、白槌からは消えたようにも見えているはず。


 左手の指輪に手を添える。沈む力に逆らわず、その流れのまま上半身を回転させて。



「ぐっ……ガアっ!!?」



 刀を――模造雷霆を振り抜く。倒れながらの斬撃は、白槌の胸へと確かに届いて。



(異能付与:加速) × (異能付与:腕力強化)



「まだだ……っ!!!」



 なんのひねりもない、真っ正面からの突き。体勢の無理は異能で、リーチの無茶は武器のスキル(範囲拡張)で補う……!


 高速で突き出された刺突。腕に残るのは確かな手応え。



「ぬぅ……はぁ……ぐッ……」



 よろよろと白槌が後ずさる。胸を押さえる手のひらは、大量の血で赤黒く染められていた。


 息は荒く、視線も少し揺らいでいる。それは白槌が初めて見せた、大きなダメージに対する反応だった。



「手足はすぐに治せるけど、胴と頭は時間がかかるんだよな?」


「ずいぶんと……詳しいなァ……? 今の一撃も、完全に見切られていたようだが……」


「先生が妙に詳しくてさ。この1ヶ月、お前のに似た攻撃を、さんざん受けさせられたんだよ。異能による経験じゃない、俺自身の経験としてな」



 使えたのはたったの1ヶ月。だから俺は『白槌の攻撃の避けかた』と『それに合わせるカウンター』を毎日毎日、夢に出そうなくらいに仕込まれ続けた。持久戦になりそうなことは、早い段階からわかっていたからだ。



『いい資料を見つけてね。白槌の使ってきそうな攻撃はだいたいわかるし、呪符を使って猿真似だってできる。だから僕をアイツだと思って、徹底的に研究するといいよ』



 研究と言えば聞こえはいいけど、やったことは組み手だけ。仮想・白槌と化した先生は、笑いながら何度も何度も俺をボコボコにしてくれた。


 ……まあ、そのおかげでここまで動けるようになったんだけど。



「異界に引く前、俺の腕を斬ったのも、その体捌きの応用だな? 静と動の切り替え・重心移動を一瞬にすることで、一歩の距離を誤魔化したわけか」



 要するに、俺がこの1ヶ月で身につけたのは『なめらかに重心を移動させる』こと。上半身を意識することで高速の抜刀を、下半身を意識することで相手の想定を越える回避や移動を。


 そこに異能を組み合わせて、白槌に『届く』攻撃を創り出す。それが俺の対抗策――戦いの大前提となる、生き残るために学んだ技術だ。



「油断しないの。少し傷を負わせただけ、勝ったわけじゃないんだから」


「相手は異形の王様なんだよ。気を抜いちゃダメなんだから」



 そんな、ふたりの声に合わせて。



「……そうだなァ。傷を負わされるような相手に、油断してはいけないよなァ」



 白槌の、静かな声が異界に響く。


 威圧するように張られたわけでも、挑発するような声でもない。事実を確認するような、自分に言い聞かせているような。


 胸を押さえていた手を離す。出血はもう止まっているみたいだ。



(ひと)(つき)でよくぞここまで達した。お前らは雑魚ではなく、俺の命に届く可能性のある戦士なんだと。命を賭け、全力を出すに値する強者なのだと認めよう」



 異界が細かく震え始める。岩でできた天井が、パラパラと崩れ剥がれていく。それがなにを意味するのかも、先生には聞いている。



『白槌の異界はふたつの効果を同時に扱えないみたいでね。普段は六哉が食らったみたいな、相手を逃がさないことに特化したものなんだけど』



 異界が姿を変えることは、白槌が本気になった証、それに他ならないんだと。



『白槌の攻撃をサポートする、そんな状態もあるみたいでね。ええと、確か名前は――』



「――異界変容。岩掌風塵禍・(せん)(じゅ)(せん)(がん)



 その声が響いたときには、異界は姿を変えていた。

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