39:『護る』ということ(3)
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「六哉が私たちのことを大切に考えてくれるのは嬉しい。その気持ちを異能にまでして、何度も命を救ってくれたのも、言葉にできないくらい感謝してる。でもね」
暗がりの中でもわかる。冬華の目がうるんでる。
「それで六哉の負担にはなりたくないの。異形と戦うことを、お父さんとお母さんの仇を討とうって決めたのは、私たち自身なんだから」
「負担だなんて、そんな」
「このままじゃダメだとは思ってたのよね。六哉に頼りっぱなしだって。もっと強くならなきゃって」
「そんなこと……ッ! 頼ってるのはむしろ、俺のほうで……!」
ふたりを護る。
その気持ちがなかったら、ふたりがそばにいてくれなかったら、きっと俺はダメになっていた。異形におびえるばかりで、戦うことなんてできなくて、死んだ家族のことばかり考えてしまっていたはずだ。
ふたりがいてくれたから。明るく過ごしていてくれたから。だから、俺は……!
「ここで白槌を無視したら、きっと一生後悔する。襲われてる人を見捨ててるのに、強くなるなんて、仇討ちなんてって、私は絶対そう思う。これは必要なことなの。危険なのはわかっても、逃げることなんてできないの」
「でも、あいつがなにをしてくるかわからない。ケガじゃすまないかもしれない」
「考えがないわけじゃないから。私だって死にたくないし、無茶しないって約束する。それにね」
視線が合う。大きな瞳が、まっすぐに俺を見ている。
「六哉はいつも、私の心を護ってくれてるから。どんな異形が相手でも、安心して前に立てるの」
「……え?」
「大切に想ってくれてる。一緒に問題を解決しようとしてくれてる。間違いがあれば正してくれて、間違っていたら正して。六哉と一緒にいるだけで、いつも心が温かいの。これからもずっと……六哉にはそうしてほしい」
小さな温かい手が、冷たい俺の手を包み込んでくれる。
「一緒にいたいと思ってるから。だから、私は死なない……というか、死ねない。死んだら六哉に会えなくなるから、絶対に死ねないの。あとは……そうね」
笑う。自信があるような、挑発するような。
「危なくなったら『護って』くれるんでしょ?」
――つまりは見慣れた、いつもの顔。ちょっとつり目で不機嫌にも見える、なんでもない、って表情だ。
「……お前なあ。護って欲しいなんて思わないって、そう言ったばっかだろ?」
「それはそれ、これはこれ。きれいごとと現実は別、頼りにしてるわよ、特異の異能者さん」
「調子が良すぎない?」
「私の性格は知ってるでしょ? ほらほら、いつまでもボーッとしてない! 行くわよ!」
「ったく、いつの間に行くことが前提になったんだよ」
でも、どうしてだろう。さっきよりは気が楽で、心が軽いような気がする。
ふたりが、冬華がそばにいてくれたら、どこまでも先に行けそうな。
単純な強さの話じゃない。可能性が、魂そのものが広がるような――
「冬華」
気づけば立ち上がっていた。目の前にいる冬華が、不思議そうに俺を見ている。
繋がれたままの手を引いて、もっと近くに彼女を寄せて。
「なに……え? ちょ、ちょっと!?」
抱きしめる。強く力をこめるたびに、春の日差しみたいな温かさが広がっていく。
冬華の心が伝わってくる。異形を憎む気持ち以上の、人を護りたいという想いが。
それに力をもらうように、魂の中を探って進む。
「え……これ、って……まさか……!」
腕の中、見上げる冬華に視線を送る。それだけでわかってくれたのか、集中するように目を閉じてくれる。
心を護ってくれている、さっき冬華はそう言った。
……それは俺も一緒だったんだ。隣にいてくれるから、俺の心を預けられるから、だから俺は戦える。もっともっと強くなれる。
――異形の王、十三忌に対抗する手段さえ、俺たちになら扱える!
「……っぷあ! ごめ、ちょっと苦しくて」
「っと、ごめん! 強すぎたよな」
「ううん、それはいいんだけど……今のって、六哉の、心の中の」
「うんうん、熱い抱擁だったねえ! というより、熱い告白だったねえ!」
「んなっ!?」
「はあっ!?」
慌てて冬華を離してみれば、隣の秋穂がにっこにこ。俺でも見たことないくらい、機嫌の良さがにじみ出ている。
「告白を通り越して、もうプロポーズだったよね!? ろっくんもそれに応えてぎゅー、だよ! お姉ちゃんちょっと妬けちゃったよー?」
「違う、そういうのじゃない」
「そそそそうそう! 大切とか一緒にとかは比喩で、本当に一緒にいたいわけじゃなくて、いやいたいんだけど、だからね!?」
「というか、わたしちょっと蚊帳の外だったよね? 言いたいことは言ってくれたし、別にかまわないんだけどー」
「だから、ごめんってば! 私だってこんなことを言っちゃうなんて」
「……でも、つかめたんだよね。ふゆちゃんとろっくんの、ふたりで」
笑顔が少しだけ薄れて、真剣な目が俺を見る。その瞳をまっすぐとらえて、うん、と小さくうなずき返す。
秋穂が優しく笑ってくれる。この笑顔にも、俺の心は護られている。
怖さは完全には消えない。でも、今なら1歩を踏み出せる。
「全部終わらせて、みんなで学院に帰ろうな。それで、来年も祭りに行こうぜ」
今度は俺のほうから言えた。それを聞いて、ふたりも大きくうなずいてくれる。
「ごめんな、遅くなって。それじゃあ……行くか!」
反応までは1キロちょっと。今の俺たちの足ならば、走ってすぐに向かえる距離だ。
商店街を戻り、駆け抜け、人通りの少ない道を走っていく。
たどり着いたのは細い小道。明かりの少ない暗がりには、倒れ込んでいる人がいた。
そして、その隣には。
まさに人を殺さんと、巨大な腕を振り上げている。
「――あァ? なんだなんだ、まさか貴様らが来るとはねェ」
見上げるほどの体躯を持った、角持つ異形が立っていた。





