03:実神六哉は護りたい(3)
ついでに言えば、ふたりより俺の方が早く生まれている。だから秋穂は、どう考えても俺たちの姉なはずがないんだけど。
「お姉ちゃんの勘かな!? ふたりが危ないって! びびっときたので! 飛んできちゃいました! えへへ!」
「飛んでって、飛ばしてきたの間違いじゃないの? はぁ……」
もう慣れっこの慣れっこなので、特にツッコミを入れたりはしない。俺も適当にうんうん頷くだけだ。
「というか、飛んできて大丈夫だったのか? 持ち場とかあるんだろ?」
「いま飛ばしたのが最後の1匹だったから! 今日の課題、これにて終了です!」
「おっと。それじゃあ、私はそろそろ準備かな。出番がないに越したことはないんだけど……」
言いながら、冬華は斜めがけにしていたカバンを下ろし、しゃがんでなにやらゴソゴソと。取り出しているのは、ガーゼや包帯、テープにハサミといった治療道具だ。
「おってつっだいー♪ おってつっだいー♪」
「邪魔。いらない」
興味津々、と覗く秋穂をめんどくさそうに引きはがしながら、冬華は中身を確かめ終わって。
「うーんとえーっと……忘れ物……なーし。とりあえず秋穂、アンタは?」
「どこにもケガなし! あきれるくらいの健康体で、今日もご飯がおいしいよ!」
「はいはい秋なだけにね食欲の秋との2重の意味でね今は初夏だけどね。六哉、アンタも平気?」
「さっきも言っただろ、大丈夫だよ」
「でもでも、指先から血が出てるよ? 痛くないの?」
「あれ、ほんとだ。異能を使うタイミングがちょっと遅れてたのかな」
見上げてくる秋穂の言葉に、初めて傷を知覚する……とは言っても、少し指が切れているだけ。押さえたらちょっと痛いけど、それも明日には気にならなくなってそうだ。
「はいはい早く見せる見せる。手ぇ出して、ほら」
「ほっといても平気だよ。こんなことで体力使うのも損だろ」
「ここで体力使うのが私の仕事なの! あとがつかえても面倒なんだから、ほら!」
はよしろ、と半目でにらむ冬華に、どうしたもんかと秋穂を見ると。
「異形さんは毒を持っていることがあるのでー、小さな傷でも適切な処置を施さないとー、死んだほうがましだったと思うような痛みがあとから出ることもー」
「こわい」
「ふゆちゃんは大好きなろっくんが心配なんだよ。だから、ね?」
「誰が大好きか!!!! こいつは弟みたいなもんだから! 手がかかってしかたない!! それだけなの!!!」
「そんな怒鳴らなくても……じゃあまあ、お願いします」
うがー! と顔を赤くして怒る彼女に、ケガした右手をしゃがんで差し出す。ぶつぶつ言っていた冬華だけど、すぐに落ち着きを取り戻して。
「『異能発現』」
目を閉じ、言葉を紡ぐ。
やわらかな光が広がったあと、冬華の手が離れたころには。
「……はいおしまい。いちおうキズバン巻いとくけど、寮に戻ったら取っちゃってもいいからね」
指先の痛みはすっかりどこかに消えてしまっていた。
「……どしたの? まだ痛む?」
「いや、すごいなって素直に。なんだっけ、『癒やし』?」
「誰が癒やしとはほど遠い性格してるって?」
「言ってないし自覚してるなら直す努力をしろ」
「言ったようなもんでしょうが!」
「はいはいケンカしませーん。仲良しさんなところを悪いけど、お仕事だよ、ふゆちゃん」
秋穂の言葉に顔を上げると、何人かのクラスメイトが俺たちを囲むように集まっていた。みんなどこかにケガをしているみたいで、少しびっくりするけれど。
「ごめん、足首を捻ったみたい……さっきまで歩けてたんだけど、すこし腫れてきてるみたいで……」
「よしよし診せて診せて。ほかに大きなケガをした人はいない? 悪いけど、優先順位を決めさせてもらうから。ああ、そこに転がってる加速バカは最後でいいからね」
慌てず騒がずテキパキと、冬華は指示を出していく。
そう、これが冬華の役割分担。『癒やし』の異能を持つこいつの仕事は、戦闘が終わった今からだ。
話によれば、傷を治せる異能はなかなかレアなものらしい。だから冬華は珍重されていて、万が一があってはいけない。だからその護衛も兼ねて、新入りの俺は後ろに控えさせられていた、そういうことなのである。
「なにか手伝おうか?」
「ヒマならさっさと回収行って。そしたら早く帰れるから」
気を遣われてるわけでもなく、本当にやることはなさそうだ。だったら、と立ち上がると、ちょうど秋穂も同じポーズ。
「いこっか。ろっくんもお疲れさま!」
「疲れるようなことはしてないんだけどな。それで、このあとはどうしたらいい?」
「うん! お姉ちゃんについてきてね!」
そのまま歩いていく途中で、ピカピカと光り出す地面。正確には、倒した異形が光を放ち、大ぶりのビー玉のようなものに姿を変えている最中らしい。
不思議に思って眺めていると、すすっと秋穂が前に出て。
「これは『仙骨』って言ってね、異形さんを倒すと現れる、エネルギーの塊なのです。これを集めて持って帰って、初めて課題は終了になりまーす!」
現物をつまみ上げながら、俺に解説をしてくれた。
「雑魚を倒してそれを集めるのが新入生の仕事なんだよな」
「課題をこなして力をつけて、位階が上がれば他のお仕事も割り振られるみたいだけどね。今の私たちじゃあ、強い異形さんと戦っても返り討ちになっちゃうだけだよ」
「異形のほうにもランクがあって、ベースになる生き物が高等になるほど強くなるんだっけ。今の俺たちでどうにかできるのは虫や魚程度、みたいな」
入学時の記憶をたぐる。今日戦ったような異形は確か4級、動物に毛の生えた程度の強さ。そこから数字が上がっていって、2級以上だと言葉を理解するモノも現れ始めるらしい。
「1級以上は人みたいな形をしてるみたいだねえ。特に、角の生えてる異形さんとは絶対に戦っちゃいけないんだって」
角の生えた異形。そんな言葉に、思わず体を硬くする。
――それはまさしく、俺たちの家族を殺した異形の特徴だったから。
でも、襲われてすぐに気を失った秋穂と冬華はそのことを知らない。それを見たうえで生き残ったのは俺だけだ。
今でもリアルに思い出せる、絶対的な死の恐怖。
今の俺たちじゃ、あれに逆らうことなんてできやしない。そう思ったからこそ、俺はふたりにそのことを伝えられないでいる。万が一にでも、ふたりがアレに立ち向かうようなことがあっちゃいけないから。
「もー、そんな深刻な顔をしないで。今の私たちがそんな相手に出会うことなんてないはずだから。心配しなくてもだいじょうぶだよ!」
「ん? ああ、そうだよな。慣れないからかな、なんか緊張しちゃってさ」
「だいじょうぶだいじょうぶ、お姉ちゃんにお任せなんだから! そういえば知ってる? 近いうちに新しい先生がうちの学院に来るって――」
話題の切り替えに成功しつつ、玉を集めることしばし。クラスのみんなも同じことをしているので、ものの10分もすれば光るものは見えなくなった。
「これで終わりでいいんだっけ。集めた石はどうするんだ?」
「いいんちょーのふゆちゃんに預ければいいんだよー。あ、でも、その前にきちんと確認しておいてね。こうしてアプリを立ち上げて……」
秋穂がスマスマと操っているのは、学院支給の携帯端末。全費用を持ってもらえるだけじゃなく、色々な機能が搭載されているすぐれもの、らしい。
「マップを見れば拾い忘れた仙骨の位置がわかるし、逃げたり隠れたりな異形さんがいても黒い点で映るから……あれ?」
「なになに、どしたの? アンタまた壊したの?」
「いちども壊してないよー! そうじゃなくて、ふゆちゃんもマップ開いてみて!」
いつの間にか合流していた冬華が、どれどれと端末を立ち上げる。そしてすぐに、あれぇ、と首をひねってしまい。
「六哉も見てみてくれる? なんかね、画面が真っ黒なの」
「ええと……ほんとだ、なんかおかしいな。地図自体は見えてるんだけど」
「ねー。不具合が出ちゃってるのかな」
言われて見てみた俺の画面も、前に試してみたときとは違うふうになっていた。表示された地図の上から濃い黒が広がっている、どうやらそんな感じみたいだ。
「拡大縮小とか、そういうのは大丈夫みたいだな。表示がおかしくなってるだけじゃないか?」
「課題終了のボタンも出てないねえ。このまま帰っちゃってもいいのかな?」
「待って、他の人にも聞いてくるから。みんなもだったら学院に連絡しなきゃ」
さすが委員長、決断に迷いがない。離れていく冬華を横目に操作を続けるけれど、状況は変わらない……どころか、時間が経つにつれて、黒がどんどん濃くなってる気がする。
そこでふと、こんなことを思いつく。
「これってさ、異形の位置がわかるんだよな?」
「そうだよ? 今はもう倒しちゃったからわからないけど、黒い点がぽつんぽつんって」
「どんな異形でも一緒なのか? 大きかったり、強かったりしたら変わったりとか」
その言葉を聞いたとたん、はっとした顔になる秋穂。
でもそれは、すぐにいつもの笑顔に戻って。
「強い異形さんは大きく表示されたりするみたいだけど、1年生に割り振られる課題に出てくることなんてないよ。それに、マップ全体を覆い尽くすような大きさの異形さんなんてねえ」
ないない、と手を振る秋穂に、考えすぎかと息を吐く。だったらどうせ不具合だろうし、冬華の戻りを待つかと、そう思っていたところで。
「……六哉、秋穂」
早々に戻ってきた冬華の表情は硬い。ぴり、とした空気に、秋穂の笑顔も引っ込んでしまう。
「どうした? 連絡はついたのか?」
「つかないの、圏外。私だけじゃなくて、誰の、プライベートで持ってる他のキャリアのスマホでもだめ。間違いなく異常事態だから、いったんみんなで学院に戻ろうって」
気が付けば、後ろにはクラスのみんなが集まっていた。
「ビビりすぎじゃねーの? これで課題失敗になったりしたらどうするんだよ」
悪態をついているのは、例の加速異能のアイツ。間髪入れずに冬華ににらみつけられるけど、どこ吹く風の涼しい顔だ。
「お前らと違って、俺にはどうしてもここを卒業しなきゃいけない理由が――」
そいつがそこまで言った瞬間。
地面が、大きく。
「きゃああああああああっ!!!?」
跳ねるみたいに、何度も揺れた。
「わ、わわわっ」
「大丈夫かっ!?」
「あ、ありがとろっくん! ふゆちゃんも平気!?」
「うん、平気。ありがと六哉」
「いや……俺こそ、ごめん」
反射的に手を伸ばしていたらしい。器用にふたりを抱き寄せるような形になってしまっていて、慌ててその手を離していく。殴られるかとドキドキしたけど、変に意識してたのは俺だけだったみたいだ。
「おっきな地震だったねえ……お姉ちゃんびっくりしちゃったよ」
「すぐに収まってくれてよかったけど……みんなもだいじょ――」
冬華が振り返ろうとした、そのとき。
俺たちの後ろでひとかたまりになっていた、クラスメイトの大半が。
「………………ッ!!!?」
声もなく。
紙切れみたいに吹き飛び、倒れて。
「……ハッ! この程度も避けられないか? 学院の新人よォ!」
大きな声が、真っ暗な空に響いた。
1時間ごとに刻んでいきます。