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38:『護る』ということ(2)

 ――気が付けば、あっというまに3時間ほど。



「はあ……もうお腹いっぱい……」


「いっぱい食べたねえ……」


「ソースの匂いってヤバいよな……いくらでも入る気がするんだよな……」



 ふたを開けてみれば、お祭りを満喫しきってしまった俺たちです。



「うう……今月は節約しようって考えてたのに……」


「輪投げ……射的……あんなに熱中しちゃうって思わなかったよなあ……」


「なーんにも取れなかったけどねえ……」


「思い出が取れただろ……だからいいんだよ……」


「うわ……キモ……」


「いちばん熱中してた奴に言われたくないなあ……」


「わたしだって我慢したのにねえ……」


「言わないで……あれは私じゃなかったのよ……」



 少し休もうと歩いた先で、小さな公園にたどり着く。そこのベンチは少し狭くて、3人座ればぎゅうぎゅうだ。


 右端は秋穂、真ん中は冬華、その隣が俺。こんな風に座るときは、いつもこの並びだったっけ。



「でも、楽しかったよな。なにも考えずに騒いだの、本当に久しぶりな気がする」


「そうね。学院に来てからはそんな余裕なかったし」


「来年もまた、3人で来れたらいいねえ……」


「……そう、だな」



 秋穂が言った小さな願いに、きちんと言葉を返せない。


 それを実現させるためには、4日後の戦いを生き残らないといけなくて。


 そのための準備や実力が、今になってもまだまだ足りない。


 先生だって助けてくれる、だから絶対大丈夫。でも、万が一があったら。


 焦りと不安を消そうとするけど、嫌な気持ちは消しきれない。祭りの熱に浮かされていた心が、暗く冷たく落ちてくみたいだ。



「……くそ」



 声に出してしまう。どうしても切り替えができない。ふたりの前では、心配ないぞって笑っていたいのに。



「どうしたの? もしかして、気分が悪い?」


「そういうのじゃないよ。ちょっと疲れただけだから」


「……ごめん、連れ回しちゃって。あんなにはしゃいじゃうなんて、自分でも思ってなかったの」


「楽しかったって言っただろ? 気にすることなんてないから」


「だったらだったら! ここはふゆちゃんが癒やしてあげるべきだよ! ぎゅーって強く抱きしめちゃってね! ほらほら!」


「ちょっと! 押さないでったら!」



 端の秋穂が体を寄せると、当然冬華の体も動く。抵抗しようと踏ん張るけれど、秋穂と冬華じゃ地力が違う。すぐに冬華の小さな体は、ぴったりと俺に寄せられた。秋穂ががっちり押しているから、詰められた俺たちは動けない。



「……はあ。ま、仕方ないか」



 冬華が俺へと顔を向ける。はい、といつかの時みたいに、俺に両腕を差し出している。



「か、勘違いしないでね!? 疲れてる仲間を『癒やす』のは私の仕事で、だから」


「いつものノルマだって言っちゃえばよかったのに、なにを勘違いしてほしいんだろうねー?」


「ばっ、ばっ……! ああもう! 行くわよ!」



 冬華の体が近づいてくる。受け止めも避けもできないまま、彼女は俺に触れようとして。



「『いの――』……っぅ!?」


「きゃあっ!?」



 びくりとふたりの体が揺れた。


 秋穂は左手、冬華は右手。まるで痛みが走ったみたいに、それぞれの手を胸元に寄せて。つらそうに顔をしかめたまま、荒く息を吐いている。



「だ、大丈夫かっ!?」


「う、うん……もう平気だよ……」


「なんだろ……一瞬だけ、火がついたみたいにみたいに熱くなって……」


「そこって、白槌の呪いが掛かってるとこだよな? もしかして、今までにも痛んだりしたのか?」


「ううん、今日が初めてだよ」


「私も。こんなことなんてなかったし、今はぜんぜん普通なの」



 どうして、と考える暇もなく、今度は端末(スマホ)が震えはじめた。慌てて画面を確認すると、それは課題の通知じゃなくて。



「近くに異形さんが出たって、これ……!」


「もしかして、白槌がここに……!? 約束の日はまだだろ……!?」


「……ううん、違う。確かに異形発生の通知だけど、この近くじゃないわ。私たちには警戒の合図が出てるだけ」



 冷静な冬華の言葉に、焦った気持ちが収まっていく。端末からマップを見てみれば、開いた画面に異形の気配は記されていない。




 ……そう、()()()()()()()()()()




 画面を少しスライドさせれば、地図は真っ黒に染まっている。それは前にも見たことがある、強力な異形が現れたしるし――初めて白槌が現れたときと同じ状態だ。


 少し画面を見ていても、それが近づいてくる様子はない。むしろゆっくり、遠くに離れて行きさえしている。



「俺たちが狙われてるわけじゃ……ない……?」


「近くに異能者もいない……だったら……」



 そこで同時にハッと気づく。


 異形は人を殺すもの。それを生きる理由とするもの。


 俺との再戦は1ヶ月後。その約束は守られていても、それまでに人を襲わない理由はない……!


 冬華と秋穂が立ち上がる。少しも迷わず、まっすぐな瞳で俺を見ている。このあとなにを言うのかは、聞かなくてもわかってる。




 だから、俺は。




「……帰ろう」



 ふたりが大きく目を見開く。なにをバカなことをって、声が聞こえてくるみたいだ。



「振られた課題は終わってるんだ。だから、学院に戻ろう」


「本気で言ってるの!?」


「こうしてる間にも、誰かが襲われてるかもしれないんだよ!?」


「学院だって把握してる。すぐに誰かが助けに来るさ」


「誰かって……一分一秒を争うのよ!? いちばん近い私たちが行くしかないじゃない!」


「行ってどうするんだよ。相手は白槌……あの化け物だぞ。俺にできることなんて」


「……ッ! アンタねえ、怖がってる場合!?」


「そうだよ! 怖いんだよ!」



 自分で思っていたよりも、はるかに大きく強い声。やめろ、と。冷静な自分は言うけれど。



「修行もうまく行ってないし、うまくできる自信もない! 俺のせいでお前たちが、大切なふたりがいなくなったらって! ずっとずっと怖くて! 俺が護れなくて、俺のせいで死なせてしまったらって!」



 気持ちがあふれ出て、止まらない。



「また家族を失ったらって、そんなのは……だから……行かないでくれよ……」



 顔を上げられない。情けなくて、ふたりの顔を見られない。


 怖い。


 怖い怖い怖い。


 そうだよ。


 俺もずっと、怖かったんだよ。



「……六哉」


「………………」


「答えなくてもいいから。せめて、こっちを見てくれる?」



 ゆっくりと顔を上げる。視界がにじんでしまっていることに気づく。


 ぼやけた冬華は目の前にいて、細く長い腕を振りかぶっていて――




 ばちん! と大きな音がはじけた。




 ぐわん、と強く頭が揺れる。ほっぺたが熱くて、ひりひりと痛い。



「ごめん。悪いとは思ったけど、はたいた」



 きょとんとしてしまっていたんだろう。冬華は髪をかきあげながら、恥ずかしそうに小さな声で。



「……『双子姉妹の暴力的なほう』だから」


「自分で言うなよ、それ」


「まあでも、ちょっとはスッキリしたでしょ。私も気が晴れたし」


「どんな理屈だよ……」


「これで話ができるわね? 時間もないし、要点から言うけど」



 冬華がしゃがむ。視線をしっかり俺に合わせて、はっきりと口を開いて。



「私たちは別に、守ってほしいだなんて思ってない」



 出てきた言葉は、殴られるよりも強烈だった。

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