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37:『護る』ということ(1)

(もう1日2回更新で最後まで突っ走ったほうがいいのかな……?)

 右手で端末(スマホ)を操作しながら、左手を像の石肌に当てる。次こそは、と期待を込めて、じっと画面を見てみるけれど。



【……すまないな……今回も失敗だ……】



 かけられるのはそんな声だけ。学生証(ゆびわ)は光らず、画面に表示されたのは食堂の100円引きクーポンだ。



【異界構築を成功させるには……武具の質は高ければ高いほど良いのだがな……一向に成功せずに……すまない……】


「なんとか強い武器をって、無理を言ってるのはこっちなんですから。折れかけてた模造雷霆(かたな)を直してもらえただけで十分ですよ」


【だが……決戦まではあと4日だろう……? 少しでも助けになれればとは……思っているのだがな……】



 異界構築の習得。


 いちばんの目標として掲げられているそれを、俺はまだ成功させられていない。というか、感覚すらもつかめていない。



『できない人には一生かかってもできないし、できるときは簡単にできるようになるからね。とにかく異能をガンガン使って、自分なりの方法を見つけだすことだよ』



 先生からはそう聞いてるけど、それで納得していいものでもない。少しでも成功確率を上げようと、仙骨が溜まるたびに購買部へと通い詰めてはいるんだけど。



「現状でも不可能ではないって言われてますしね。焦らず頑張ってみますから」


【だが……仮に習得できたとして……()(ぞう)(らい)(てい)では長時間の異界構築には耐えられないだろう……質が悪いわけではないが……良いというわけでもないからな……】


「そうなんですか?」


【理想を求めるのなら……1級の中でも強力な異形……それこそ十三忌から得た仙骨を使用した武具が良いだろうな……それらは別格……武具の作成自体も失敗することはまずない……】


「十三忌を倒すために十三忌を倒すことになりますよねそれ」


【過去に作成されたそれらの武具を……手に入れられれば良いのだがな……上質な武器ほど……主人を選ぶ意思があるかのように……持ち主の死とともに……所在がつかめなくなるのだ……】


「まあ、ないものねだりをしても仕方がないですし。今日もこれから課題(クエスト)があるので、石が溜まったらまた来ますね」


【うむ……ふたりにもよろしく……】



 購買部の龍神さま――おばちゃんと言うのはなんかまだ抵抗がある――に別れを告げて背を向ける。そのとたんに、手に持っていた端末が震えながらピコンと鳴った。


 なにやら用事があるらしく、先生とは久々の別行動。それでも休めるわけじゃなく、課題を振るよと言い残されてはいるんだけれど。



「んー……異形発生に備えての防衛任務……? メンバーは……冬華と秋穂だけ……?」



 詳細を見る。2級の異形をひとりで倒せとも、3級の群れを明け方まで引き受けろとも書かれてはいない。



『異形が出るかもしれないから現地で警戒しておいてね。出なかったら帰っていいからね』



 要約すればそんな感じの――言ってしまえばヌルい課題だ。


 あの先生のことだから、裏があるんじゃとだいぶ(すこし)不安にはなるんだけど。



「……まあ、正式な課題なんだし。行ってみるしかないよなあ」



 ふたりに連絡を取りながら、俺は購買をあとにして――






 * * *






「……いやいやいや、ここに異形は出ないだろ」


「油断も慢心もしちゃだめよ。課題として出ている以上、学院がなにかしらの兆候を感知したってことなんだから」


「いやあ……でもなあ……」



 むっ! とつり目の冬華を隣に、あたりをぐるーっと眺めてみる。


 学院からは(ふた)(えき)ほどの、少し離れた商店街。そこが今回の課題の場所だ。


 時間は18時を過ぎたころ。7月もなかばのこの時期だし、夜になる――異形が活発になるのにも、もう少し時間がかかるだろう。



「それにしても、すごい人だねえ! 楽しそうだねえ!」



 秋穂がはしゃいでいるとおり、あたりはたくさんの人でごった返している。人気のある商店街なんだろうけど、今日はそれだけじゃあなくて。



「お祭りだよ! ちょうちんだよ! 屋台がいっぱいだよー!」



 どうやらここでは、商店街をあげてのお祭りが開かれているみたいだ。



「人の多いところって、基本的に異形は出ないんだよな? あいつらって目立たないように行動するしさ」


「だからぜったいだいじょうぶだよ! ほらほらふゆちゃん、フランクフルトがわたしたちを呼んでるよ! 金魚がすくわれるのを待ってるよ!」


「遊びに来たんじゃないの! いつも言ってるでしょう! 緊張感を持ちなさい!」


「そんなに鼻をヒクヒクさせながら言われてもなあ」


「へぇ……?」


「暴力反対……っと、先生だ」


「ほら、やっぱりなにか理由があるのよ。きちんと警戒するべき理由がね!」



 ない胸を張る冬華を横目に、電話を取って耳に当てる。さすがに課題が出てるんだし、異形の絡んだなにかがあるとは思うんだけど……



『もしもーし! ちゃんとお祭り楽しんでるかーい!』



 うん、ないなこれ。



『返事がないけどどうしたのかなー? 電波が悪い場所にいるのー?』


「単刀直入に聞きますね。この場所、異形って出ます?」


『あはは、出るわけないでしょ。こんな目立つところに出る異形なんてただのバカだよ?』


「なんでここにいるんですか俺たち」


『息抜きだよ、息抜き。決戦まではあとわずか、明日からは気を抜く暇もなくなるからね。今日はめいいっぱい遊んでもらって、英気を養えってことなのさ』


「だったら最初からそう言ってくださいよ!」


『抱えてる事情が事情なだけに、みんなを動かすには適当な理由が必要でさ。そこはまあ、六歌仙の権限でちょちょいとね? 課題という形を取ってね?』



 漏れ聞こえているんだろう。まっかになった冬華の顔が、ぷるぷる小さく震えている。どの感情でこうなってるのかは……考えるのやめよう。怖いし。



『忙しくなるのは本当、そのために今日は走り回っててさ。僕が弱みを握っ……僕に協力してくれる異能者を集めて、明日の昼には学院に戻るからね。そこからはしっかりとしたミーティングと、最後の最後の訓練が待ってるよ』


「なに言いかけたんですか今」


『だから、今日はハメを外さない程度に遊んでおいで。むりやり理由を付けるなら、これもふたりと心を通わせるために必要なことなんだしさ。異界構築の成功には、なにがとっかかりになるかわからないからね』


「……まあ、それを言われると弱いですけど」


『とはいえ、考えすぎも毒だからね。それじゃあ、また明日!』


「……だ、そうです」



 最後の言葉は横のふたりに。秋穂はニコニコ満面の笑みで、冬華はクソデカため息だ。



「これはねえ、しかたないよねえ! ろっくんのためにも、わたしたちは遊ばなきゃいけないよねえ!」


「学院って、六歌仙ってこんなに適当だったの……? 私が今まで憧れてたのはなに……?」


「えっなに初耳。冬華は六歌仙に憧れてたのか?」


「そうだよー? みんなを護れる強い異能者さんになりたいってねえ、入学式の前に熱く語ってくれてねえ」


「あれに憧れるのはやめたほうがいいんじゃないかなあ。先生が特殊なだけだって信じたいけどさ」


「……ッ! うるさいうるさいうるさい! 秋穂も黙る! その話は記憶から消す! いますぐ!」


「はーい、お姉ちゃんなにも聞いてませーん。と、いうわけで!」



 秋穂がさっと腕を伸ばして、俺と冬華の手を取って。



「これが今日のお仕事なんだし、たーくさん遊んじゃおうよ! お祭りなんてひさしぶりだし、遊ばないと怒られちゃうよ!」


「誰によ……」


「知らないの? お祭りの神様はねえ、怒るととっても怖いんだよ!」


「誰も知らんわそんなん……って、わかったから離してくれって」



 抵抗なんてさせないみたいに、強い力で引っ張っていく。


 早々に諦めた俺と違って、冬華は渋い顔のままだけど。



「……まあ、先生もああ言ってたんだしさ。せっかくなんだし、軽く見てから帰らないか?」


「……そう、ね。私たちの住んでたところ、こういうのってなかったもんね」



 最後のため息をついたあと、ようやく眉間のシワがほぐれた。



「とはいえ、ハメを外すなとも言われてるんだから。特に秋穂、ムダ遣いは絶対ダメよ」


「ふゆちゃんふゆちゃん! くじ引きだよ! スワッチが当たるんだよ!」


「言ってるそばからこの子はもう……! ゲーム機なんて当たるはずないでしょう! 六哉もなんとか言ってやって!」


「やらなきゃ絶対当たらないけど、やればワンチャン当たるだろ」


「ちょっと!!!?」


「あ! あっちはベビーカステラだねえ! おいしそうだねえ!」


「ああもう、少しは落ち着きなさいってば……!」



 こうしてそのまま俺たちは、商店街へと吸い込まれていって――

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