36:双子姉妹と同棲中(4)
……と、いうわけで。
ワンルームよりは少し広い、職員用の1LDK。寮の奥にあるその部屋で、俺たち3人は暮らすことになって。
1日2回、朝と晩。親愛の情を深めるためにと、ハグとキスを強いられていて。
「……気持ちはわからなくもないけど、こう毎回だと傷つくというかさ」
1日2回、朝と晩。俺は冬華にわりと強めに殴られている。共同生活を始めて1週間、例外なく毎日だ。
「ふゆちゃんの照れ隠しは凶悪だからねえ。春待さんとおそろいなんだよ」
「照れ……とかそんなんじゃないから! つい出ちゃうだけだから!」
「それはそれでヤバいな?」
奥の部屋から出てきたふたりと、リビングの机を囲んで座る。協議の結果、そっちの部屋はふたりが使う(もちろん俺は立ち入り禁止)ことになったんだけど、当然ながらリビングへの出入りは制限していない。ふたを開ければ、ふたりが部屋を使っているのは、着替えと眠るときくらいだ。
「それでね、今日はどんな課題だったの? 確か2級の異形さんだったよね?」
「なんかすごい速い魚だった。異界は作らなかったんだけど、とにかくすばしっこいやつでさ。こう、くねくね空を泳ぐんだよ。もし人混みに逃げられたらって必死でさ」
「でも、ろっくんはかっこよく、ズバーン! ってやっつけたんだよね!」
「残念ながら……先生が……俺に捕まえさせるだけ捕まえさせて……いいところだけ持ってって……」
白槌との再戦までは、ずっと先生と一緒に動くことになっている。手っ取り早く強くなる――異能を使いこなすには、実戦をこなすのがいちばんだからだ。
異形が出れば課題に出かけ、それ以外の時間は先生相手の殴り合い。実戦に近い組み手だよとは言われても、その実態はひたすら俺が床に転がされ続ける奇祭である。
「ふたりはどうだったんだ? 4級の討滅とはいえ、数がたくさんだったんだろ?」
「ふゆちゃんの作戦がばっちりハマってね! 楽に異形さんを追い込めて、すぐに課題が終わったんだよ!」
「へえ、すごいじゃん。昔から仕切るのは得意だったもんな」
「たまたまよ、たまたま。失敗したらどうしよう、誰かがケガをしたらどうしようって、ずっと胃が痛かったんだから」
そう謙遜するものの、冬華の頬がゆるんでいる。本人としても、まんざらじゃない動きができたんだろう。
ふたりは俺とは別行動。普段通りの課題を、クラスのみんなとこなしている。
『白槌の対策も必要だけど、君たちには次があるんだからさ。ちょうど位階も上がったことだし、ふたりにはクラスの指揮官役を任せてみようか』
次を見すえるということは、俺たちの将来を諦めていないということ。先生の言葉に励まされて、ふたりも頑張っているみたいだ。
ちなみに、『強くならないと護れない』という思考になっているからか、俺の異能はひとりでも問題なく行使できている。不幸中の幸い……はおかしいのかもしれないけど、強くなれる条件だけは整ってるみたいだ。
「だから……やるしかないんだよな」
「ん? なになに、なんの気合い入れたの今」
「ふゆちゃんをまもる……キリッ! だよね!」
「馬鹿にしてんのか。お前のことも護るからな?」
「ひゃえっ!? え、ええっ!?」
「……アンタ、けっこうさらっと言うのよね」
「それで、言っちゃったあとでまっかっかになるんだよねえ」
「うるさいです。ほらほら、もうこんな時間だろ。俺はシャワー浴びてから寝るからさ」
すっかり話し込んでしまって、時刻は深夜の1時前。ふたりは朝から学院だし、俺は夜中に呼び出されることもある。きちんと休んでおかないと、強くなるもなんにもないしね。
「それじゃあ、おやすみなさーい!」
「ん、また明日ね」
ふたりが奥の部屋に戻って、ドアがパタンと閉められる。その音が引き金になるみたいに、眠気が襲ってくるけれど。
「……汗かいてるし、このまま寝ちゃうのはまずいよな」
ソファベッドに倒れたくなる気持ちを抑えて、着替えをつかんでバスルームに向かう。ほとんど惰性でシャワーを浴びて、今度こそ寝床に転がり込んで。
冗談みたいな話だけど、目を閉じて浮かぶのは冬華と秋穂、ふたりの顔。大変な状況なはずなのに、今日もああして笑ってくれて。元気に1日を過ごしてくれていて。
それに安心していたら、眠気が体の自由を奪って――
* * *
――端末の振動で目が覚める。反射的にそれをつかむと、画面にあるのは課題の通知と。
『15分後に校舎前』
先生からの、そんな短いメッセージだ。
外に目をやればまだ暗く、時計を見れば4時半すぎ。3時間くらいは寝れたのかなあ……
当然ふたりは寝ているだろうし、起こす必要もないだろう。軽くメモ書きしていこうかと、なんとなく部屋に目をやって――
「……ぐす……ひっく……」
そんな、か細い声に気づいた。
いや、声というより、これは。
一瞬だけ考えた。気づかないふりをしたほうがいいのかなって。
でも、そんなことはできなくて。
「――『異能顕現』」
(異能付与:聴覚強化)
小さくつぶやくのと同時に、ひとつの異能を行使する。
今の俺がしていることは、趣味の悪い盗み聞き。
わかってる、それはわかってるんだけど。
「だいじょうぶ、だよね? ふゆちゃんも、ろっくんも、死んじゃったりなんかしないよね? お父さんやお母さんみたいに、いなくなったりしないよね?」
「……もちろんよ。そのために、六哉があんなに頑張ってくれてる。だからほら、泣かないの」
「泣いてるのはふゆちゃんもじゃない、暗くてもわかるんだよ?」
「……まあ、隠してもしかたない、か。すごく、すっごく怖いの。私が死ぬことも、秋穂が死ぬことも……六哉が、死ぬことも。私たちなら勝てるって、平気だって言い聞かせても、怖いのがぜんぜん消えないの」
「うん……うん……」
「でも、六哉にはそんなことは言えないから。自分のせいって頑張るアイツに、こんな顔は見せられないから」
「そうだね……ろっくんの前では、いっぱいいっぱい笑おうね……」
そうだよな。
平気なはずなんてないよな。
それでも、俺の前ではって。せいいっぱいがんばってくれてたんだって。そんなふたりの気づかいに、こんなにも遅れて気がつくなんて。
ふたりに俺がしてあげられること。それはなぐさめることなんかじゃない。
音を立てないように部屋を出て、待ち合わせの場所へと向かう。それが当然というように、先生はもう待機している。
「お、なんだか気合いが入ってるね? いいことでもあったのかい?」
「負けられない事情ができまして……いや、それは最初からなんですけど、ええと」
「だーいじょうぶ、言葉になんかしなくていいよ。それじゃあ、行こうか」
「……はい!」
もっともっと強くなって、絶対に、ふたりを……!





