35:双子姉妹と同棲中(3)
これまでのあらすじ!
白槌に対抗するため、俺は異界構築を覚えなければならなくて!
俺! 冬華と秋穂、ふたりと愛し合えと言われて困惑!
冬華! 口半開きのまま行動停止!
秋穂! 顔を真っ赤にして目をぐるぐる!
春待さん! 真面目な顔でうなずいている!
時島先生! 爆笑しながら教室へと入場!
「……いやいやいやいや」
わからないテンションになりかけた思考をおさめるべく、ふうぅー、と大きく長いため息。わかってる、わかってますから指さして笑うのやめてください先生。
「え、ええと……? 私だけじゃなくて、私たちで、六哉と?」
「あのえとその、そうなることを想像したことないわけじゃないですけど! いきなり3人は特殊すぎるというか! まずはふたりからで慣れたいというか! はじめては色々大変だって聞きますし!」
「なに言ってんだお前らァ!!!」
「あっはっはっはっは!!!!!! 本気で笑うと本当にお腹が痛くなるんだね!」
そういう表現なんかじゃなく、先生がリアルにお腹を抱えて床をゴロゴロ転がっている。ヤバいな、いい大人がこれやってるとマジでヤバいな。
「……馬鹿なことは知っていましたが、ここまでだとは思っていませんでした」
それを見下ろし、冷たい視線を突き刺している春待さん。それは先生だけじゃなく、なぜか俺たちのほうに向き。
「皆様も、どうしてそこまで狼狽しておられるのですか? 実の家族と変わらぬ生活を続けてこられたのでしょうし、普段となにも変わらないと思うのですが」
「変わるわよ!!! 家族なら余計に、そんなことはしないから!」
「かわりますよ!!! わたしたち、そんなことはまだしてません!」
「…………?」
俺たちのそんな反応に、彼女はなぜか小首をかしげている。そんな様子に混乱していると、ひーひー言いながらやっと先生が立ち上がった。
「いやいや、これは春待が悪いよ。この文脈で使う『愛し合う』は『夜の営み』の意味に取られちゃうからね」
「…………は?」
「にらんでも事実は変わらないからね? みんなの反応を見てればわかるでしょ」
目をつり上げていた春待さんだけど、薄々感じ始めたらしい。戸惑ったような表情が、俺たちのほうに向けられて。
「そう、なの、ですか?」
「……ええ、まあ」
「はい……」
「そうなると、思います……」
先生の言葉が真実だと、反応を見てわかったんだろう。ぽかんと小さく口を開け、しばらく固まっていた春待さんだけど。
「……ふッ!!!」
「なんで僕ゥッ!!!!!?」
次の瞬間放たれたのは、コンパクトながら体重の乗った、お手本みたいなボディーブロー。先生を床に転がしたあと、無言で教室の隅へと歩いていく。そのほっぺたが少し赤いのは、見間違いじゃあないんだろう。
「は、春待の照れ隠しは凶悪だから……ごめん六哉……手を貸して……」
「わかります……身近に似たような人間がいますから……」
「へぇ……?」
「自覚してるのがタチ悪いよなお前……と、立てますか?」
「ごめんごめん、大丈夫。それじゃあ、ここからは僕が話そうか。遅くなってごめんね」
青い顔をした先生が、春待さんの代わりに座る。なんだっけ、とお腹をさすりながら、俺たちの顔を順番に見て。
「人間が異界を構築するにはね、触媒によって引き出された強い魂が必要なのさ。だけどね、その時点では魂はただのエネルギー。それを御し、広げ、異界という形にまとめ上げるには、心から信頼の置ける第三者の存在が必要不可欠なんだよ」
そう説明してくれるけど、やっぱり意味がわからない。隣のふたりを見てみるけど、俺と似たようなものみたいだ。
「実のところ、ひとりで異界を作る=魂を広げるだけなら簡単なんだよね。ただ、それを意味持つ異界とするのは至難の業だし、できたところで元に戻すのが難しいんだよ。暴走した異界が人を取り込み始めたら、それは本末転倒だからね」
「……そのために、手綱を握る人間が必要、そういうことですか? エネルギーとなる異能者と、それを形にして制御する異能者。そのふたりが揃ってこそ、異界構築は成功する?」
「さすが委員長、理解が早い。その認識で間違いないよ」
「へええ……すごいねえ、ふゆちゃんにはわかるんだねえ」
「まあ、俺もなんとなくは。でもそれが……ええと、どうして『愛し合う』に繋がるんですか?」
「それはね、恋人同士じゃないと成功しないからだよ」
「「「えっ」」」
俺たちの声が見事に揃い、先生がすごく楽しそうに笑う。
「ごめんごめん、それは嘘。それでも春待が言ってた、心と心が通じ合う相手じゃないとダメなのは本当さ。この人になら自分の魂を任せられる、この人のところに戻ってきたい。そう思える存在こそが、異界構築を発動して――生きて戻ることの鍵だからね。実際の例を挙げるなら……恋人、夫婦、兄妹、親友……珍しいところではライバル、なんていうのもあったかな」
「それじゃあ、先生と春待さんも……?」
秋穂の言葉に、先生は笑顔を返すだけ。舌打ちが部屋の隅から聞こえてきたのは、たぶん聞き間違いだろう。
「だからね。みんなには一緒に生活をして、改めてお互いと触れあって、理解を深めて欲しいのさ。その過程で『愛し合う』ことになるのなら、もちろんそれでも構わないよ」
「……チッ」
聞き間違いだよね?
「外からの干渉で異界を打ち消すのはダメだけど、六哉自身が白槌に抗う術として身につけたそれなら、ペナルティも発生しないはずさ。ふたりに対する拘束を外せるだけじゃなく、こちらの有利で戦える。みんなが生き残るためには、それに賭けるしかないからね」
愛し合うは言いすぎだけど、ふたりと仲を深め合う。一緒に暮らして、今よりももっと触れあっていく。気心の知れたふたりだし、別に嫌だとは思わない。それしか方法がないのなら、断る理由があるはずもない。
ただ。
ただですよ。
「その顔を見るに、やっぱり恥ずかしい?」
そうです。わかってるなら聞かないでください。
ふたりも同じなんだろう。拒否の声は出さないけれど、モジモジと体を動かしている。男である俺以上に、思うところもあるんだろう。
そんな俺たちを見ていた先生は、視線をさまよわせることしばし。よし! と小さく手を叩いたあと、ニッコリ笑顔をこっちに向けて。
「それじゃあ、こうしようか! 触れあうことにも慣れられるし、お互いを近くにも感じられる。みんなには、朝晩のルーティンを追加するよ!」
この人がこうして笑うときは、ロクなことが起こらない。
出会ってたった2日とはいえ、それは薄々感じていたはずなのに……!





