34:双子姉妹と同棲中(2)
「実神さん、秋穂さん、冬華さん。再戦までの1ヶ月間、あなたたちにはひとつの部屋で生活をしてもらいます」
「……は?」
「戯れ言に聞こえもするでしょうが、れっきとした作戦です。時島と私で検討を重ねた結果、これしかないという結論に至りました」
「……へ?」
「3人ともに生き残る、その可能性を上げるためです」
「……はぁ?」
ちょっとなに言ってるのかわかりません。そんな返事の俺たちだけど、冗談のようにも思えない。
昨日、コンビニでの課題のあと、俺たちは白槌に殺されそうになって。
この場を退いてやる代わりにと、1ヶ月後の再戦が決められた。
加えて出された条件は、冬華と秋穂、ふたりの命。あいつを倒すことができないと、ふたりは死んでしまうらしい。
俺はケガの治療と回復、ふたりは『呪い』の分析と、今朝は学院に行けていない。ようやく動けるようになったとき、3人そろって呼び出されたのは、夕日の差しこむ教室だった。
そこにいたのは春待さん。先生が来るまでは私がと、話が始まったのはいいんだけど。
『実神さん、秋穂さん、冬華さん。再戦までの1ヶ月間、あなたたちにはひとつの部屋で生活をしてもらいます』
一言目に言われたこれは、さすがにパンチが強すぎましたよね。
「すみません、冗談にしか聞こえません」
「理由がないとは思いません。でも、きちんと説明してもらえませんか?」
「うわさになっちゃったりすると恥ずかしいですし……」
「そこか?」
困惑する俺たちだけど、春待さんは真剣そのもの。順を追って説明しますと、俺たちの顔をじっと見ている。
「まず、白槌が呪いと言っていた、おふたりに掛けられているものですが。端的に言ってしまうのならば、白槌の異界の弱体効果となります」
「墨烏の異界の中では動きにくかったみたいな? でも、あいつの異界の中はそうじゃなくて……変な言いかたになりますけど、むしろ快適でしたよ? それに、白槌がふたりを殺そうとしたのは異界を解いたあとですし、そもそもここは異界の中じゃ」
「異界を作る目的は、相手を弱らせ逃がさないこと。実神さんの弱みを握り、逃げることをできなくさせる――その手段と条件は?」
春待さんの言葉を聞いて、ふたりがハッと顔を上げる。そういうことだったのかと、胸がぎゅうっと苦しくなる。
「実神さんが囚われたその時点で、おふたりまでもが縛られていたということでしょう。私の介入がなかったとしても、昨日の時点で全員が殺されることはなかったのだと思います」
「ふたりを人質にして、俺を焚きつける……昨日はそれが目的だったと?」
「『捕らえた相手の弱みを握り、全力での闘争を実現させる』それこそが白槌の異界――岩掌風塵禍の性質のようです。回りくどいとは思いますが、そこは性癖なのでしょうね。強いものと戦うこと、あれはそれだけを求めているようですから」
全力の相手と戦うために、全力を出さざるを得ない状況を作り出す。なるほど確かに、これ以上なく効く効果だ。
「……それが異界の効果なら、先生の力で打ち消したりはできないんですか?」
「約束を違える――解除の異能や異界の干渉を察知した瞬間、罰として命を奪う効果が発動してしまいます。『不死』での上書きが間に合うか、相手の効果を押し切れるかどうかは、賭けになると言わざるを得ません」
浮かない顔から察するに、簡単なことではないんだろう。軽くどうにかできるものなら、とっくに試してくれてるはずだ。
つまりはやっぱり、ふたりの命が賭けられていて。取り戻すにはあいつを倒すほかなくて。
俺が弱いのが悪いのに、賭けられたのはふたりの命。
気分が悪い。胸がムカムカして吐きそうだ。俺と戦いたいんだろ? だったら俺の命を使え。ふたりを巻き込むんじゃねえ……!
「気休めにしかなりませんが、悪い話だけではありません。条件付きの効果ゆえ、それを違えて発動することはありませんから。白槌が近づけば反応を起こすでしょうが、影響はその程度です」
「ふつうに生活しているぶんには、わたしやふゆちゃんは大丈夫だってことですか?」
「それどころか、約束を違えない限りは命を護る作用さえあるようです。異界に課せられた至上命令ゆえですね」
「……なんだって。だからね、わたしたちは平気だよ?」
意外な言葉に顔を上げると、はげますように秋穂が笑ってくれていた。
「アンタね、どうせ『自分が弱いのが悪い』とか『それなら俺の命を賭けろよ』とか思ってるんでしょ? アンタは弱くなんかないし、悪いのはあの異形なの。気に病む必要がどこにあるの?」
隣の冬華はあきれ顔。はああ、とため息をつきながら、いつものジト目で俺を見ている。
「そもそもね。アンタが本当に弱かったのなら、初めて白槌と戦ったときに私たちはもう死んじゃってるんだから。だからね……ええと……」
「したいのは感謝だけだって、助けてくれてありがとうって、ふゆちゃんはそう言いたいんだよね! もちろん、わたしもだよ!」
「ちっ、ちが……わ……ないけど……! ぐぬぅ……!」
「謝りたいのはわたしたちのほう。ろっくんはなにも悪くないのに、つらい思いをさせちゃって、ごめんなさい!」
「悪かったわね、変なことに巻き込んじゃって」
「……お前ら、本気でそう思ってるのか? 俺に迷惑かけてるなんて、そんなことを考えてるのか?」
「言ったわね? その言葉、そっくりそのまま返してあげる」
「わたしたちにそう言われて、ろっくんはどう思ったの?」
トゲのある俺の言葉にも、ニヤニヤにっこり、ふたりが俺を挟んで笑う。それ以上を言われなくても、飾らない気持ちが伝わってくる。
……つまりは、俺がバカだったってこと。ふたりにはぜんぶお見通しみたいだ。
「性格は正反対なのに、こういうときは息ぴったりだよなあ」
「なんたってわたしは、ふたりのお姉ちゃんですから!」
「それ今関係ないわよね? いやいや、そもそも姉は私のほうなんだけど」
「それでも、1回だけ謝らせてくれ。俺が弱いせいで、ふがいないせいで。本当にごめんな」
「次それ言ったら殴るからね?」
「わたしの全力でね!」
「やめてそれ死んじゃう。あと冬華、お前は言わなくても殴るだろ」
「へぇ……?」
「……本当に皆様、仲がよろしいのですね」
「へあっ!? は、はい! すみません!」
差し込まれてきた静かな声に、思わず姿勢を正す俺たち。真剣な話の最中なのに、いつもの調子ですみません!
慌てて頭を下げかけるけど、春待さんは怒っちゃいない。小さく笑うその姿は、なんだか嬉しそうなくらいだ。
「だからこそ、ここに勝ち筋が見えてきます。私が最初に申し上げたこと、その詳細をお伝えしてもよろしいですか?」
「最初に言われたこと……わたしたちとろっくんが、一緒に暮らすお話ですか……?」
「確かに私たちは家族同然です。けれど、だからこそ一線は引いておくべきだというか、その」
「いまから一緒に暮らしたりしたら、将来のドキドキが薄れちゃうもんねー」
「そういう話はしてなぁい!!!!」
「そろそろマジで怒られるぞお前ら。でも、本当にどういうことなんですか? 最後の思い出を作っておけとか、そんな話じゃないですよね?」
「白槌に対抗する術として、実神さんには異界構築を習得してもらいます。才ある異能者にしか扱えない奥義となりますが、方法はそれしかありません」
急に言われたそんな言葉に、思考が一瞬停止する。
異界構築。
異形や上位の異能者が使える、自分に都合のいい世界を創り出すというそれ。完全に理解はしてないけれど、簡単にできないことだけはわかる。それを? 俺が?
「時島が異界を発動した際、条件について話していたのを覚えていますか?」
「ええと……めんどくさいのがあるって、たしか」
「大前提として、自らの異能を自由自在に使いこなすこと。加えて、触媒となる上質な武具を持つこと。実神さんの模造雷霆なら、なんとかそれに耐えうるでしょう。そして、これが最も重要な条件なのですが――」
溜めを作って切られた言葉に、息をするのも忘れてしまう。
ごく、とつばを飲み込んだ瞬間、春待さんはゆっくりと、重々しく言葉を発して。
「――心と心が通じ合っている、大切な伴侶の存在です。ゆえにあなたがた3人には、1ヶ月の間生活をともにし……時間の許すその限りまで、愛し合っていただきます」
……なるほどね? 説明してもらったけど、やっぱり意味がわかんないね?





