30:猛る異形の王(3)
はら、と白槌の髪が落ちる。蹴り上げられた俺の刀は、鋭く頭上の角を狙って。
「……おォ、今のは少し背筋が冷えたぞ?」
――刃が当たるギリギリのところで、ぴた、と動きを止めていた。
刀をつかむ白槌の拳からは、血がポタポタとしたたっている。とっさに拳を握り込んで、蹴りの勢いに耐えたんだろう。
悔しさに強く奥歯を噛む。不意打ちは通用しなかった、なら次はどうする? この体をどう動かせば、この化け物を止められる?
「そんな顔をすることはない。というかだなァ、そこには当てずが正解よ」
「角はお前らの弱点なんだろ? 狙われなくて良かったってことか?」
「そこを傷つけられたなら、暴れ出さずにはいられないだろうからなァ!」
返事とばかりに打ち込まれるのは、なんの細工もない前蹴り。強い風をまとわせたそれは、まるでバズーカやミサイルだ。
でも、それが当たることはない。今の俺にはこれがある。
「……『加速』めっちゃ便利だな。解釈次第でなんでもできそう」
ちょうどすれ違うような形で、白槌を後ろへ置き去りに。回避と移動をいちどにこなし、俺の体はふたりの前へ。驚き・心配、そんな感情の交ざった視線が、左右から俺を挟み込む。
「ろっくん……すごいケガだよ……」
「だい……じょうぶ、なの……?」
ちょっと答えてる余裕はない。生きてる証拠と手を振って、冬華と秋穂を背中にかばう。
ゆっくりと白槌が振り向く。距離は……5メートルくらいだろうか。
「その身のこなし、偶然ではなさそうだなァ。今際の際で成長したか?」
刃に食い込んだ指を外しながら、呵々と笑って体を揺らす。余裕も余裕、当然だけどなんのダメージもないみたいだ。
対して俺はちょっとヤバい。痛みはすっかり元通りだし、呼吸をするたび胸が焼ける。ごほ、と息が詰まってみれば、口に広がる血の味だ。
「誰かの助言のおかげでな。まだまだ色々試せそうだよ」
でも、体はまだ動く。ヤケや強がりなんかじゃなくて、運動にはギリ支障ない。
……戦いのあと、気が抜けたときにどうなるのかは、ちょっと考えたくないけれど!
「まァ、楽しめそうでなによりだ。そら、返すぞ」
突き刺そうとするわけでもなく、無造作に刀が放られる。拾い上げて見てみれば、刃は欠けていてボロボロになってしまっていた。
「いいのか? いや、ありがたいけど」
「命の獲り合いをしようにも、徒手ではそれは望めまいよ。刀があれば万が一、俺の命に届くやもしれんぞ?」
「誰のせいだと思ってるんだよ。体めちゃくちゃ痛いんだぞ」
「ただの一撃でああなるとはなァ? 同じ硬化の術同士、耐えるものとの思い込みよ」
「……ん?」
「おおっとこれは言いすぎたねェ。とにかく……だっ!」
地面を蹴ったと思った瞬間、すぐ目の前に白槌の姿。余裕の顔は変わらないまま、巨大な拳が俺へと迫る。
それを目の端に、風の音を耳にとらえながら、異能を選択しなおして。
(異能付与:加速) × (異能付与:反射神経強化)
「……っとと! ったく、反則だろそれ!」
当たった、と感じたときに。『加速』しながら身をかわす。
この能力の組み合わせなら、2本の腕と2本の足、ついでに視えない攻撃と、すべて混ざっても避けられる……!
「順応したのは褒めてやろう! だがなァ、避けるばかりじゃ埒があかんぞ!」
「だったらちょっとは手加減しろ! ギリギリなんだよこっちは!」
飛んでくる拳と圧の混成を、避け続けること数十秒。切れ目なく続いた攻撃のあとも、俺はなんとか立っている。避ける体力は使ったけれど、服以外はほぼ無傷で、だ。
「……異界に引いたときよりも、疾く鋭く殴ったんだがねェ」
「だよなめっちゃ怖かったわ。いちおう聞くけど、これ以上があるとか言わないよな?」
「披露するのも吝かではないぞ?」
「遠慮しとく。空気を固めて飛ばす攻撃、あれだけでもう手一杯だよ」
「……ほォ?」
一瞬目を見開いたあと、感心したように言う白槌。この表情から読み取るに、たぶん正解だったんだろう。
「あれが飛んでくるときに、風の音が聞こえるんだよな。そこまで勢いよくもない、ひゅうぅ、みたいな軽い音がさ」
固めて飛んでいったぶん、一瞬そこは真空になるはず。その空白に周りの空気が流れ込む音、それがたぶん、あの風音の正体だ。
「それで答えにたどり着いたか。成る程、見た目ほどの馬鹿ではないな?」
「いやまあ、決め手はお前が口を滑らせたからだけど……じゃねえ、見た目でバカに見えるのか俺は」
「『空気を硬化し、高速移動させる』のが俺の術、白跳の正体よ。撃てば攻、置けば防、ついでとばかりに乗れば移と、勝手の良い力でなァ」
「だよなあ。考える限り万能だし、わかったからって対策もないしな」
「そうでもないぞ? 俺から少し離れれば、硬度も精度も目立って落ちる。雑にぶつけて終わるはまだしも、盾とするにはこの手の範囲がせいぜいよ。あとはそうだな……固めるまでには一寸かかる、虚を突かれれば対応できんな」
「……お前が俺なら信じるか? それ」
「当てた褒美だ、とっておけ」
問題なんてないとばかりに、大声を上げて異形が笑う。
「そして次はこちらが問おう。お前の持つその異能、身体強化の類いと見たが……その強さ、後ろの娘らに依存しているな? 正確には、娘らの危機に、だ」
「……だったら、どうする」
「俺が求めているのはなァ。強者との戦い、それのみよ!」
小さな風の音が聞こえる。さっき俺が言い当てた、攻撃の飛ぶ予兆の音が。
白槌の意図を理解する。胸のあたりが、燃えるみたいに熱くなる。
「……っざけんじゃねえ!」
「さァてどうする実神六哉! 想定を超える成長を見せ、俺を楽しませてくれよォ!」
後ろのふたりに向けられた、俺を挑発する攻撃。助けに行こうと振り向く前に、白槌は拳を突き出している。
これを受ければ無事じゃすまない/護れない
避けてからじゃあ間に合わない/護れない
そもそも答えのない2択に、俺の体は動きを止めて――
「――こちらは私が引き受けます。実神さんは白槌の相手を」
そんな小さく静かな声に、やるべきことを理解する。
白槌の拳を避けながら、大きな揺れを足に感じる。大きな音が耳に刺さるけど、悲鳴なんかは聞こえてこない。
それには構わず刀を突き出す。顔面を狙った俺の攻撃は避けられ、白槌の頬を浅く切る。
「……なんだァ、お前は」
俺には構わず、苛立った声とともに拳を引く白槌。それは俺に向けてでも、もちろん冬華と秋穂にでもない。突然ここに割って入った、ひとつの影に気づいたからだ。
無事なふたりの間にいるのは、とても小さな女の子。こんな修羅場にいるというのに、その表情は冷静そのもの。
「春待と申します。貴方が『殺』した六歌仙――時島彼方の使いの者、と言えば理解して頂けますでしょうか?」
淡々とただ言葉を続ける、彼女の姿がそこにはあった。





