29:猛る異形の王(2)
話数のキリがよくなりそうなので朝も更新します。
ぎぃん、と耳に届くのは、鉄を打ち合わせたような音。しびれるような感覚が、柄から腕へと伝わっていく。
唐竹、袈裟斬り、そのまま胴へ。刀を何度打ち下ろしても、それは敵には届かない。まるで透明な金属板が、俺との間に挟まっているみたいだ。
「どうだ? なにか掴んだか?」
「見ればわかるだろうが……!」
「ふむ、なら次の手だな」
白槌の顔がニタリと歪む。びゅう、と風が強く吹く。
「……ッ!!!?」
胸になにかが突き当たって、そのまま大きく吹き飛ばされる。さっきと同じ、見えないなにかに殴られたような――
「で、こうだ」
「……え?」
声が聞こえたのは後ろから。見れば、白槌の姿は消えていて。
「いい加減に強く殴るぞ! これしきで死んでくれるなよォ!」
背中からの攻撃になんて、備えられるもクソもない。なにか、と能力を探す前に、拳が背中に当てられて。
「がっ……ぐぁ……ッ!!!!!」
背中に感じる、火が付いたような強烈な痛み。地面を転がってるのがわかるけど、体なんか動かせない。
「はぁ……ぐぅ……ふぅ……っ、うぅう……っ!」
あまりに強い衝撃に、感覚がおかしくなったんだろうか。痛い助けて、ともがく自分を、冷静に見ている自分がいるみたいだ。
「やはりあきれた頑丈さだなァ。並の異能者であったなら、腹背の肉が千切れて飛ぶぞ?」
「それ……だけが、とりえ、だからな……」
立ち上がろうとするけれど、体はほとんど動かない。唯一動く指先も、土を小さく掻くだけだ。
遠くに離れた白槌が、ゆっくりこっちへ向かって歩く。近づいてくる足音にも、顔を上げることしかできない。
痛みは少しもおさまらない。立ち上がるなんてできやしない。
「……なんだ、たったの一撃で終わりか? 機を窺っているわけでもなく、本当に動けもしないのか?」
目の前まで来た異形の鬼が、つまらなさそうに俺を見下ろす。にらみつけているつもりだけど、相手はそれを歯牙にもかけない。
「他の雑魚とは違うと踏んだが、俺の勘も鈍ったかねェ」
「ここから……だって、昨日もいった……ろ……」
「その意気だけは認めるがなァ」
「が……ッ!!!」
軽く蹴られて浮き上がり、後頭部から地面に落ちる。それでももう、痛みもなにも感じない。
「意識は散漫、異能の行使も半端に過ぎる。この俺を、十三忌を相手に、他人頼りの時間稼ぎが容易いとでも思ったか? それを為そうとするのであれば、端から全力で殺しに来るしかなかろうが」
結局、俺の考えは最初からバレていたんだろう。手を抜いていたつもりはないけど、それが白槌には伝わっていたみたいだ。
「つまらん。この俺を馬鹿にしたこと、死を以て償えよ」
……それでもまあ、時間稼ぎにはなっただろ。わりと長いこと戦ってたし、遠くに逃げてくれてるよな。
このまま俺は殺されるけど、すぐに殺されるつもりもない。頑丈さには自信があるし、粘れるだけは粘ってやって――
「……あれ?」
ふっ、と。停電みたいに光が落ちる。昼間みたいに明るい異界が、薄暗がりへと姿を変える。
……違う、そうじゃない。ここは俺たちが歩いてた場所、冬華と秋穂と歩いていた、駅へと続く帰り道。
「異界が……解除された?」
白槌は答えず、俺に背中を向けてしまう。まるで興味をなくしたみたいに、ゆっくり前へと歩いて進む。
「た、助かっ……」
思わずそれを口にして、言い切る前に後悔する。
俺の視線の先。白槌の向かっていくそこには。
「なん……で」
ふたりの女の子が――冬華と秋穂が立っていた。
なんでだ? どうして逃げなかった?
……そんなの、考えるまでもない。
俺が心配だったから。なにかできることはないかと、ずっと考えてくれていたから。
ふたりなら必ずそうするって、少し考えればわかるだろ……!
「あれと約束していてな。それが違えられた、故にお前らを殺す」
そんな静かな恫喝にも、ふたりは逃げるそぶりを見せない。それどころか、白槌の姿を見てすらいない。
ふたりが見てくれているのは、ボロボロになって倒れる俺。自分の命が危ないのに、俺のために怒っているのが、言葉はなくても伝わってくる。
それなのに、俺はなにをしてるんだ? 痛い痛いって諦めて、ここでずっと寝てるだけか?
どんな場合もふたりを『護る』。それが俺の異能だろうが……!
痛みはもう感じない。胸は熱いけど冷静だ。
『異能の行使も半端に過ぎる』
白槌はそう言っていた。それはつまり、どういう意味だ?
ふたりを助けるためになら、俺はいろんな異能を使える。それが半端ということは、もっとたくさん異能を重ねる? あいつに通用する異能を、どんどん増やして試し続ける?
……違う。確証なんてひとつもないけど、それは違うと断言できる。
いろんな異能を使えるからって、増やせばいいわけじゃない。
異能とは、物語のようなもの。
読み込んでもいないそれを、同時にいくつも並べたところで。
そんなもの、使いこなせるはずなんてない。
(解除:全異能/全経験)
いちどすべてを切り離す。そのうえで、必要な力を検索する。
手には刀。なにをされても手放さなかった、模造雷霆が握られている。
それを杖にして立ち上がる。白槌も気づいているだろうに、こっちを見るそぶりはない。
油断? 余裕? どっちでもいい。そのおかげで、俺はふたりを『護り』に行ける……!
(――検索開始)
同じ異能を重ねたところで、強化の幅は微々たるもの。そうじゃなければ昨日の夜、俺は白槌の腕ごと地面を割っていたはずだ。
これもまた、俺の『護り』の解釈違い。闇雲に増やせばいいんじゃない。状況に応じて能力を検索し、最適なものを選び取っていく。
――そうすれば、俺はもっと強くなれる。どんな危機でもふたりを『護れ』る!
それが正解というように、腕に力が戻っていく。いま必要な経験を、たったひとつだけそこに加えて。
(異能付与:腕力強化) × (経験付与:投擲)
逆手に持った緑の刀を、白槌に向かって投げつける――!
「……ハッ! どうした、破れかぶれかァ!?」
弾丸に似た速さのそれも、白槌の体には届かない。振り向きざまに刀身をつかまれ、突き立つ寸前で止められてしまう。
――でも、それは狙い通り。
(解除:腕力強化)(解放:投擲)
使わない力は手放す。必要なものだけを読み込んでいく。
(異能付与:跳躍) × (異能付与:加速)
軽く地面をいちど蹴る。単純なその動きだけで、白槌の姿は目の前に。
「なっ……!?」
「やっと驚いてくれたなお前……ッ!」
跳躍は解除。加速の異能は残したまま、思いっきり足を振り上げる!
(異能付与:加速) × (異能付与:脚力強化) × (経験付与:蹴術)
俺自身にも視えない速さの、超高速の上段蹴り。それは刀をつかんだままの、白槌の腕を跳ね上げる。
勢いのまま浮かび上がるのは、刃を上向けた刀身そのもの。それはまるで、斬撃のような鋭さをもって。
「ッ……! 貴様……!」
頭部に生える1本角――異形の弱点だというそこへと、寸分違わず吸い込まれていった。





