02:実神六哉は護りたい(2)
異能。
異形に襲われ生き延びた人間が目覚めるという、超能力のようなもの。
まずは大前提。異能に目覚めた人間は、異形を視ることができるようになる。
それに加えて、身体能力の向上が現れて。
最後に、個々人によって異なる能力を使えるようになる。らしい。
まだまだ信じられないし、実感もわいていないけど。
それは確かに、俺の中にあって。
「――『異能発現』」
言葉とともに、その能力は発動する。
目の前には、俺たちに向かって飛びかかってきている異形。振り上げられた鋭く大きい鎌は、俺ごと後ろの冬華をバッサリ切り裂いてしまうだろう。
「六哉!」
心配そうな冬華の声に、軽く手を上げ返事をしつつ。
――俺はその場から動かず、異形の鎌を正面から平手で受け止めた。
「ギギギギ!!!」
殺ったと思ったんだろう、目の前の異形が楽しそうな声を上げる。
「……ギギ?」
でも、すぐに異常に気づいたご様子。
お前の鎌、切れるどころか食い込んですらいませんからね?
「ギ? ギ?」
「ほい、捕まえた」
首をかしげている異形の体に、もう片方の手を伸ばす。痛そうなトゲがびっしり生えているけれど、それが俺の体を傷つけることはない。
「怪我とかない? だいじょう……うわ……キモ……」
「やめろ傷つく。お前とはいえ、女子にキモいとか言われるのはさすがに」
「アンタがじゃないわよ違うわねアンタもよね。とにかくそんなキモい虫、よく素手でつかめるわね」
「昔っから誰かさんに生き物の捕獲を命じられて育ってきましたので。お前さあ、捕まえたらそこで飽きてどうでもよくなってたよな」
「うるっさいなぁ……って、かったぁ……!?」
ばんばん背中を叩いてくる冬華の平手も、今は全然痛くない。殴られてるのもわからないくらいだ。
『護り』
どうやらそれが、俺の使える超能力。効果は読んで字のごとくで、ゲームで言うなら防御ガン振りダメージ無効のバフが付くらしい。他のみんなの異能――『炎上』『氷結』『帯電』『切断』『浮遊』なんかに比べると……わかってる、地味なのはわかってるから。
「いやこれ、自分でも違和感あるんだぞ? このトゲなんてこんなに大きいのに、こうつかんでも刺さらないとかどういう理屈なんだよ」
「知らないし興味もない。なに、刺さった方が嬉しかったの? もしかして、そういう趣味?」
「冗談でもやめろ……で、経験豊富な冬華さんにお聞きしたいんですけどね」
ついには暴れ出した異形を両手で押さえつけながら、後ろの幼なじみに確認する。
「このあと、どうすればいい?」
「そのまま絞め殺せば?」
「こわい」
「冗談でもなんでもないわよ。こう、ぐきっといけない?」
「無理だな。石みたいに固いんだよこいつ」
「前にほかの男子がそうやってるのを見たから、いけるかなと思ったんだけど」
「びくともしないんだけど、見まちがいとかじゃなくて? それか、そういう『異能』持ち?」
「ううん、そうじゃなかったと思う。まあでも、だったら他に誰かを呼ぶわね」
そう、冬華が声を張ろうとしたとき。
「どけ」
「うぐっ!?」
「ちょ、ちょっと!?」
乱暴に突き飛ばされた俺を見たんだろう、冬華が慌てた声を出す。
大丈夫。
そう言ってやろうと思ったところで、異形を捕まえたまま地面に転がされたことに気づく。
「動くなよ」
俺を見下ろすように立っているのは同じクラスの――ごめん、まだ名前覚えてない。わりと目立ほうの男子だ。
そいつは手にした長い剣を、俺に突きつけるように構えて。
「『異能発現』『加速』」
やめろ、と声を上げる間もなく、月明かりに剣がきらめく。
避けられない。当たる。当たった。
そう思った次の瞬間、石みたいに固いはずの異形はバラバラになり、ボトリと地面に細かく落ちた。
「え……あ……」
慌てて両手を確認する。大丈夫、どこも切れてない。当たったのは気のせいだった……じゃない、俺の異能のおかげなのか。
「ったく、この程度の異形も処理できないのかよ」
そいつは吐き捨てるようにそう言うと、露骨な舌打ちとともに剣を鞘へと収めていく。
「仕方ないでしょ! 六哉の異能は攻撃系じゃないんだから!」
「身体強化は全員に備わってるだろ。こんな固さの異形くらい、男なら誰でもな」
そうしてそいつは、異形の頭を片手で拾って、俺の目の前に突きつけると。
「簡単に、潰せるはずなんだよ」
柔らかい果物を触るような気軽さで、ぐしゃりとそれを握り潰した。
粉々になった異形の頭。それから目が離せないのは、力の差を見せつけられてしまったから。
これくらいなら誰でもできる、それは本当なんだろう。
……言い換えるなら、俺にはそんなこともできないんだと。
「なんだ、ビビって立てもしないのか?」
「そういうわけじゃない。まあでも、助かったよ。ありがとな」
礼を言うのはしゃくだけど、そう言うより他はない。事実として、俺にはあの異形を捕まえる以上のことはできなかったんだから。
「話題の転校生って聞いてたからどんなもんかと思ってたけど、たいしたことないんだな」
「入院が長引いて入学が遅れただけだからな。変な期待をされても困る」
「まあ、固さだけは評価してやるけどな。俺の加速剣で無傷とは思わなかった」
「なに、六哉ごと斬るつもりだったってこと?」
そんな言葉に、冬華が口を挟んでくる。それも若干キレ気味で。
「最低限戦えるのかを試してやろうと思ってな。ロクに反応もできない、本当にただ固いだけのハズレ異能者だったけどよ」
「試すって、ケガでもさせたらどうするつもりだったのよ!」
「お前の異能なら治せるだろ?」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
「うるせえな。俺たちに守られてる分際で、口答えすんのか!?」
「…………ぐぬっ!」
あ、まずい。いまのは冬華が本気でキレたときの声。久々に聞いたけど、こいつは昔から変わらないなあ。
じゃなくて。
冬華がキレるということは、あいつが飛んでくるということ。
『双子姉妹の暴力的なほう』
それが冬華の昔のあだ名。そう、双子姉妹。
こいつには双子のきょうだいがいて、当然ながらそいつのこともよく知ってる。
双子というのは不思議なもので、どこかで通じ合っているものらしい。片方が泣いていたり怒っていたりすると、いつでもすぐにもう片方が飛んできて。
……そして毎回、ものすごいトラブルを振りまいていく。
「悔しかったらお前らも戦ってみろよ! 俺たちみたいに! 体を張ってな!」
「私たちがそれをやっても意味がないでしょう! 後方支援の重要性、足りない頭じゃわからないの!?」
どなりあうふたりをよそに、辺りを見回してあいつを探す。確か今日は別の班、近所とはいえこの近くにはいないはずなんだけど。てことはあれか? さすがに探知圏外か? すっ飛んできたりはしないのか? 今回は平和に終わるのか? もう尻拭いは嫌だぞ?
そう思っていたら。
「……へ?」
すっ飛んできた。
「へぶううっ!!!!??」
別のカマキリ型の異形が、ピッチングマシンに込められたボールみたいな勢いで。
それは冬華と怒鳴り合っていたそいつの頭にクリーンヒット。コントみたいにそいつが吹っ飛んでいくのを、ぽかぁん、と冬華が眺めている。
ぼってん、と地面に落ちた異形は、ピクピクと意識を失って……いやもう死んでるなこれ。向こうもピクピクしてるけど、あれはまあ……生きてるだろう。
「今のって……」
「秋穂、だろうなあ……」
飛んできた元、闇夜の奥に目をこらせば、確かにそこには小柄な人影。フルスイング後のゴルファーみたいな姿勢を取っていた彼女は、振った長い棒を手放し、慌ててこっちに走ってくる最中で。
「あいつも変わらないなあ……一応仲間のはずなのに、一切のためらいがない……」
「我が妹ながら……なんかごめん……」
そう言っているうちに、息を切らした彼女が到着。空気を求めて天を仰ぐその顔立ちは、いつ見ても冬華にそっくりだ。
「ふぅ……ひぃ……ふゆちゃん、ろっくん、だいじょうぶ……?」
ただし、印象はかなり違う。
キツめでさっぱりな冬華に対して、おっとりしていてゆるふわ系。好きな髪型も性格も正反対だし、つり目とたれ目も正反対。親しくなければ双子だとは気づかないかもしれない。
「あのねえ。仲裁するにしても、もう少しやり方ってものがあるでしょう?」
「で、でも……! ふゆちゃん怒ってたし、ろっくん倒れてたし。だから、これがいちばん早くて便利かなって!」
「あのねえ……」
はぁあ、とため息をつく冬華に、えへへ、と笑顔を返す彼女は人呼んで『双子姉妹のあとさきを考えないほう』。もうひとりの幼なじみで、冬華のきょうだい。
「わたしはふたりのお姉ちゃんなんだから、困ってるときはいつでも助けにやってくるよ!」
ことあるごとに姉を主張する、双子の妹、久慈秋穂である。
まだまだ続きます。