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22:異界構築(3)

 冬華と春待のふたりを背に、秋穂は敵と対峙していた。


 目の前に立っているのは、何匹もの赤い鳥を従えた異形。人間と同じ体を持ちながらも、頭部は丸みを帯びた鳥のよう。地に足を着けてはいるものの、背には大きな翼を持っていた。



「なんだっけ……エジプトの……ホルス神さん、みたいだねえ」



 異界が与える不快感と、戦闘能力の低いふたりを守らなければというプレッシャー。そのふたつに挟まれながらも、秋穂は震えることなく立ち、構えている。



「かみのようだと言われるのは、きぶんが悪いものではないな」



 たどたどしさはあるものの、意味の通る言葉を返す異形。それをもって、彼女は目の前の敵を異界の主――標的の1級なのだと確信した。



「でも、あなたはたくさんの人を殺しているんでしょう? そんなの、神様のはずないよ」


「ヒトはむかしから、かみのいけにえとなってきたものだろう? こうえいに、思うといい」


「知ってる? 神殺しの話ってね、世界中にゴロゴロ転がってるのよ」


「そうなのか? かみに勝てるはずはないのに、ヒトのかんがえることはおもしろいな」


「それゆえ、人は古来から知恵を絞ってきたのです。あまり下に見ていると、思わぬところで足をすくわれますよ」



 背中にかばっているふたりも、続けるように声を出す。ふむ、と考えるそぶりを見せた異形から、秋穂は目を離さない。


 時島と六哉が消えてすぐ、赤いカラスのような異形が姿を見せはじめ。


 3人で逃げてはいたものの、その数は次々と増え続けて。


 最後に現れたのは、ひときわ強いプレッシャーを放つ、人の形に近い異形。


 その時点で3人は逃げることを諦め、異形と対峙することを選択した。


 しかしそれは、戦って勝つことを目標としたものではなく。



(本当に話に乗ってくるのね。そういえば、あの十三忌もそうだったっけ)


(知性を取り込もうとする本能があるのか、等級の高い異形ほど会話を好みますから。とにかくこのまま、時島が戻るまでの時間を稼ぎましょう)



「なにをこそこそ話している……?」


「……貴方の名前を思い出しまして。赤鳥とともに現れ、自在に操る異形の1級――(すみ)(からす)


「わたしの名を、なぜ知っている」


「神のような力を持っているのでしょう? 名が通っているのですよ、貴方は」


「そ……そうそう! すごくすごく強いから、出会ったらもう諦めなさいって! 私たちの間で有名なの! だからほら、逃げるのはもうやめたでしょう!?」


「みょうな動きだとは思っていたが、りかいした。なら、おまえもわたしを知っているのか?」


「ううん、ぜんぜん! ……あっ」



 バカ! と飛んできた声に、気づいた時はもう遅い。満足げにうなずいていた墨烏がぎょろりと瞳を動かしたとたん、場の空気が一変したのを秋穂は肌で理解した。



「ウソ、だったのか」


「ええと……それは……」


「ウソつきからえるものは、なにもない」



 黒い羽毛に包まれた、長いその手がかざされて。



「まずはおまえから、死ね」


「ギャアッ! ギャアッ!」



 その言葉と同時に急降下を始めるのは、墨烏の頭上を飛んでいた異形の1匹。常人の目にはとまらない速さで、銃弾のような鋭さとともに降り注ぐそれを。



「はああああっ!!!!」


「ギァっ!!!?」



 秋穂は正面から、さながらバッティングセンターのようなフルスイングで打ち返した。


 その手に握られているのは、頭部が大きく柄の長い打撃武器――大型(スレッジ)ハンマー。


 自分の体重の倍ほどもあるそれを、秋穂は軽々と片手で持ち上げ、墨烏に突きつけるように構えている。



「そうか。おまえたちはそのゆびわから、ぶきを出すんだったな」


「お話のできる異形さんは、やっぱり物知りなんだねえ。それじゃあ、当たっちゃうとすっごく痛いことも知ってるよね?」


「あてられるなら、な」



 そうして放たれるのは、複数の異形たちの群れ。視界を埋めつくすほどの赤い鳥を前にしても、秋穂はひるむことなく後ろのふたりの前に立ち。



「視え! てる!! よ!!!」



 あるものは真正面から、あるものはギリギリに避けながら。素早い振りと的確な打撃で、逃すことなく赤い鳥たちをとらえていく。打ち落とされた十数匹の異形たちは、すぐに宝石のような光る球――仙骨へと姿を変えていった。


 それを可能にしているのは、秋穂の持つ特異性――並の異能者の比ではないほどの身体強化。自らの意思で異能を操ることのできない代わりに、彼女は卓越した身体能力を手にしていた。



「……素晴らしいですね。運動能力に秀でているとは聞いていましたが、これほどのものだとは思っていませんでした」



 様子を見ていた春待が、驚いたようにそう漏らす。しかし冬華は首を振り、いつでも駆け出せるようにと、その目を秋穂から離さない。


 漫然と部下を使っているだけの墨烏と、全神経を集中させながら動いている秋穂。戦いが長引けばどうなるのかは、誰の目にも明らかだ。


 だからこそ秋穂は、一瞬の隙を待ち。



「……ここっ!」



 その瞬間を、墨烏の眼前へと迫るために使った。


 相手は1級。一撃で倒せるはずはないが、それでも無傷ではすまないはず。


 赤い鳥の群れを強引に割り抜け、勢いのままに振られたハンマーは無防備な墨烏の頭部をとらえ。



「あたった所で、べつにいたくはなかったな」



 しかしそれは、ほんの数歩、体をよろめかせるだけだった。



「う、うそ……う、うううっ! このっ! このっ!」



 側頭部、肩部、胸部、腹部へと、殴打のラッシュを浴びせる秋穂。しかし何度殴っても、返ってくるのは岩を殴るような手応えのみ。


 数十の打撃を受けきっても、墨烏はすこしも堪えた様子を見せず。



「うごきもおそい。やはりヒトはよわいものか」


「きゃあっ!」



 はけだるげに手を振り、秋穂を払いのけてしまう。たったそれだけの軽い動きで、彼女の体は数メートルも飛ばされて。



「もういい。おわり」



 体勢を立て直そうと顔を上げたその瞬間には、赤い鳥の刃物のようなクチバシがすぐそこまでに迫っていた。



「あっ……」


「秋穂っ!!!!」



 割り込んできた冬華に突き飛ばされ、秋穂の体がさらに転がる。



「……っぐぅっ……!」



 次にその目に映ったのは、足から血を流して倒れ込む冬華の姿。



「ふゆちゃん!!!」


「だいじょうぶだから……アンタは異形に集中して……!」


「で、でも! そんなに血が出て! 痛いよね!? い、いま行くからね!」


「いいから! うしろ――」



 その言葉をかき消すように、殺到する赤い鳥の群れ。互いが互いをかばうよう、ふたりは身を寄せ合って――



「うっおああああああああああっ!!!!!??」



 その瞬間、群れを真上から割るように、天井を抜いて降ってきたのは。



「痛てて……ああでも……戻ってこれてよかった……」


「ろ、六哉……?」


「ろっくん……?」



 落とし穴に落ちて、下の階層に消えたはずの幼なじみ――実神六哉の姿だった。



「ええと……ピンチだったっぽい? ふたりとも、大丈夫か?」


「なんで、どうして、どこから、ええと、じゃなくて、鳥の異形さんが、たくさん!」


「ああ、それなら大丈夫。ここに群がろうとしてたやつは、落ちながら全部斬ったから」


「……え?」



 見れば、頭上を飛ぶ鳥の姿は1匹としてなく。


 地面に光る仙骨が、異形の末路を物語っている。



「え? ええっ?」


「あとで全部説明するから。とりあえずいまはあれだな? 目の前のあいつが1級だな?」


「う、うん……!」


「わかった。秋穂は冬華と一緒に下がってて」


「で、でも、ろっくんは……?」


「決まってるだろ、ふたりを傷つけられたんだ」



 そうして六哉は、手に持つ刀を鋭く構え。



「あいつを、倒してくるよ」



 強く、静かに言葉を紡いだ。

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