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20:異界構築(1)

 夜には間違いないけれど、そんなに遅くもない時間。課題(クエスト)が開始されるのは、だいたいそんな夕方すぎだ。


 そんな時間に俺たちがいるのは、いかにも化け物がいそうなところなんかではなく。学院からは少し離れたところにある、いかにも普通のコンビニだった。


 そこに入って10分ほど。俺たちは中をウロウロしてるんだけど。



「………………」



 冬華はともかく、珍しく秋穂の表情も硬い。ふたり揃ってうつむきながら、ひとことも喋らないでいる。



「まあまあ、そんなに固くならないで。コンビニなんて珍しくもないでしょ?」


「皆様、課題にふさわしい緊張感を保っておられるだけです。その程度、説明せずとも理解してください」



 さっきから話が()()()()()のは、時島先生と春待さんのふたりだけ。俺も含めて言葉を出せないのは、緊張しているからじゃあなくて。



「……あの、いいですか?」



 カラカラに乾いた口を動かして、なんとか、といった声を出す。たったそれだけのことなのに、どっと汗が噴き出してきた。



「ここってただの、潰れたコンビニでしたよね?」


「そうだね。何年も前に潰れたきり、ずっと放置されてたところだよ」


「商品、たくさん置いてありますね」


「見たことも聞いたこともないやつばかりだし、パッケージの日本語も怪しいけどね」


「天井、高すぎません? 照明もずっとチカチカしてますし」


「巨人がターゲットのお店なんじゃない? 電灯は……替えるお金がないんでしょ」


「俺たちって何分くらい歩いてます?」


「ちょうど15分かな。1回も曲がらずにコンビニの中をこれだけ歩くの、なかなかない経験だよね」



 ほんの少しの会話だけで、疲労感が半端ない。ずっと喉が乾いているのに、湿気が口の中までまとわりついてくるような、気持ちの悪い感覚がずっと消えない。



「……もう素直に聞きます。俺たちは今、どこにいるんですか?」



 俺たちはただ、コンビニの中に入っただけなのに。


 まず、入った瞬間に出入り口が消えた。


 その次に感じたのは、たとえようもなく気味の悪い空気。目に飛び込んできたのは、見た目からはあり得ないくらいの広さ。


 異形の姿は見えないし、なにかをされているわけでもない。それなのに、頭の中は不安と焦りでいっぱいだ。



「……これが、異界、なんですか?」



 俺の言葉に重ねるみたいに、冬華が声を絞り出す。目をやれば、その手は不安そうに隣の秋穂と繋がれていた。



「異界……?」


「その名の通り、異形の作り出す異世界だよ。自分は動きやすくなって、相手は動きにくくなる。そんな効果が込められた、ね」


「上位の異形ほど、人を殺すことに対して狡猾になります。決して目立たぬよう、失敗せぬようにと、隠蔽や拘束、弱体化を備えた狩り場を創り出すというわけですね。ここも外からは普通のコンビニとしか認識できませんし、内部も一見それらしいでしょう?」


「いかにも化け物がいるぞ! って場所なんて異能者に狙われるだけだからね。強い異形ほどうまくやるんだよこれが」


「警戒されにくければ、一般人を引き込むことも容易となりますしね」



 なにも知らない俺に、ふたりが説明してくれる。


 隠蔽、拘束、弱体化。気持ち悪さの理由はそれかと、なるほど理解はしたけど。



「そんなところにずっといて、俺たちは大丈夫なんですか?」


「入ってすぐに『おかしい』気がする場所なんて、異界の中では下の下だよ。1級だって話だけど、たいした異形じゃなさそうだね」


「などと慢心している人間から死んでいくのです。ここでは常識が通用しません、くれぐれも注意を怠りませんよう」


「だーいじょうぶ、なんたって僕がついてるんだからね! さ、行くよ!」



 そう、先生が力強い一歩を踏み出した瞬間。



「……えっ?」



 消えた。


 床の、踏もうとしていた部分が。


 そのまま穴は広がって、ちょうど人ひとりがすっぽりとハマるサイズの落とし穴になり。



「……あはは」



 そんな声を残して、コントみたいに先生が落ちていく。



「ちょっ……!?」



 一瞬で消えかけた体に慌てて手を伸ばすと、ギリギリのところでそれをつかんではくれたけど。



「六哉っ!!!!」


「ろっくんっ!!!!」



 落下の勢いが思ったよりもすごかったのか、単に先生が重かったのか。


 とにかく俺は先生を支えきれず、それどころか一緒に穴に引きずり込まれて――

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