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19:わるいぶんめい(2)

ニチアサがお休みなので更新します。

 ちょっとうまく聞き取れなかった気がする。今なんて? 龍神さまのお名前なんて?



【して……今日は彼に購買部の説明をということで……良いのだろうか……】


「そのために来たんです! よろしくお願いします!」


「彼は入学が遅れたので、ここのシステムを知らないままなんです」



 俺の困惑をよそに、普通に話を進めるふたりと1体。その輪に入れないでいると、ぎょろ、と像の瞳がこっちを見て。



【混乱するのも無理はない……だが……雌雄で言うと我は雌……おばちゃんで相違ない……ハスキーボイスですまない……】


「そんなレベルで混乱してるわけじゃないんですけど」


【長さか……? 単に『おばちゃん』と呼ぶ人間も多い……親しみを込めてくれると……我うれしい……】



 重たく威厳のある声でそんなことを。これあれだな、考えるだけ負けなやつだな。学院ではよくある、入って1週間の俺でも知ってる。



【それでは六哉……遠慮せずにこちらへ……あ……六哉と名を呼んでも大丈夫だろうか……距離感が近すぎるとは思われないだろうか……】


「……こっちの調子が狂うので、堂々としててもらったほうが助かります」


【うむ……では改めて六哉……学院の端末を持ってこちらに……】



 スマホを? と不思議に思っていると、隣のふたりの手にもそれ。まるで見せびらかすみたいに、揃ってそれをゆらしている。



「おばちゃんの顔をしたアイコンがあるでしょ? それが購買部のアプリだからね!」


「おば……ああ、この龍のってそうだったのか。てっきりゲームかなにかだとばかり」


「学院から渡されたものにゲームが入ってるわけないでしょうが。とにかく、いちど立ち上げてみて」



 言われるままに画面をタップ、アプリを立ち上げてみる。


 画面に大きく映る校章、暗転のあとにローディングの文字。少し待ったあとに出てきたのは大きな龍の絵と『タップして始める』の文章だ。



「……ゲームだな?」


「違うってば。これはね、購買部の中でだけ操作できる買い物アプリなの」


「いやでも、右上になんか石の数が表示されてるんだけど。間違いなくログボとかイベントで溜まるやつじゃん」


「だから違うってば! ……とも言い切れないんだけど……」


【それは学院が保管している……六哉の所持する仙骨の総数だ……それを使って我が……武具や道具を生成する……俗な言い方をするのであれば武器防具屋……そういうことだな……】



 妙なことを言い始めた冬華を、龍神像――おばちゃんの声がさえぎる。その説明を聞くと、なるほどと納得しかけたけれど。



【ちなみに……ログインボーナスはない……上層部にかけあってはいるが……許可が下りない……】


「ゲームだな?」



 どうしてもツッコミが入ってしまう。いやこれ俺が悪いわけじゃないよね?


 そのあといくつか、この人は説明を続けてくれて。



【アプリの細かい操作説明は……ふたりに任せてもよいだろうか……我……端末を操作できないゆえ……】



 その言葉を最後に、1歩引いたのが雰囲気でわかった。ふたりもそれを察したのか、両サイドから俺のスマホをのぞき込むように距離を詰めてくる。



「それじゃね! まずはそこの創造ボタンを押すとね!」


「そうじゃないでしょ。購入と創造の違いを教えるのが先よ」


「ええー、購入なんて使わないでしょー。初心者向けっておばちゃんも言ってたし、創造だけでじゅうぶんだよー」


「六哉はまさに初心者でしょうが。いつまでも武器なしってわけにもいかないし、まずは購入からよ」


「だからこそだよ! どうせ触るのなら最初こそいいものをって、おじいちゃんがいつも言ってたじゃない!」


「あんたねえ!」


「ふゆちゃんこそ!」


「……色々試しながら確認してもいいか? わからなくなったらすぐに聞くからさ」



 争いが始まりそうだったので、率先してステイを宣言。妙なことで長引くケンカするからなあこいつらは。


 いちおう効果はあったのか、むぅ、と言葉を止めるふたり。それでも離れることはせず、じいい、と2対の視線が画面をとらえている。



「……俺がどっちのボタンから押すか、それで決着つけようとしてるな?」


「べっつにー?」


「そんなことないよー?」



 そっぽを向き、ぴゅうう~~と下手な口笛でセッションする双子姉妹。うんうん、わかりやすくてよろしい。



「まあこっち押すって決めてたけど」



 とはいえ、今さら気をつかうような関係でもない。というわけでなんの遠慮もせずにポチっと。



「……ふふ、やっぱりそうよね」


「ええー! 信じてたのにー!」



 初心者向けと説明を受けていた『購入』のほうのボタンを押すと。



「おお、なるほど。こういう感じになるんだな」



 ネット通販の画面みたいに、色々な武器が表示されていく。なるほど、これは確かになじみのある操作感だ。



「そこの数字が消費する仙骨の数なのはわかるわよね? その範囲内で使ってみたい武器を選んだら、実際にそれを具現化してもらえるの。その名の通りの買い物感覚ね」


「仙骨は限られてるんだし、適当に試してみるわけにもいかないよな。そもそもの話、俺にどの武器が合ってるかなんてわからないし」


「そんなあなたに『創造』なのです! これはね、おばちゃんがそれぞれに合ったオリジナルの武器を作ってくれる機能なんだよー!」


「なら最初からぜんぶそっちで良くない?」


「うまい話には裏があるの。まあいいや、そっちのタブを押してみてくれる?」


「はーい!」



 俺の代わりに秋穂が返事、伸びてきた指が画面をタップ。一瞬のロードのあと、画面が大きく切り替わって。



『初回限定! 仙骨1000→500で引ける、割引創造!』


『新入生におすすめ! 防具の排出率アップ! 龍神フェス!』


『食堂で使えるチケットのおまけつき! 11連作成!』



 これまた俺にはなじみのある、射幸心をあおるレイアウトが目に飛び込んできた。


 やたらとエフェクトのかかった武器や、なんだかすごそうな効果のついた防具が大きく表示されているそれは。



「ガチャじゃねーか!!!!!」


【排出率はきちんと表示している……コンプ要素もない……ゆえに合法……】


「いやこれ渋くない? 95%が食堂の割引券って見えるんだけど?」


【本来なら『無』なのだが……あまりにもかわいそうだと……学院と協議した結果ゆえ……】


「……いちおう説明するわね。『創造』では自分に合うものが作られる、これは本当。ただしね、購入と違ってこっちには失敗があって、その場合はなんにも出てこないの」


「決まった形のものと違って、オリジナルの武器を作るのは難しいんだって。でもね、うまくいったときには特殊な効果(スキル)がつくこともあるんだよー!」


「完全に理解した。お祭り行ったらお金なくなるまでクジ引くもんなお前」


「えへへー♪ そんなにほめないでよー!」


「あきれてるんだけどな?」



 よく見れば、試行回数に応じて武具が出る確率は高まっていくらしい。ソシャゲだ、完全にソシャゲの文法だこれ。悪い大人が考えるやつだ。



【弁解というか補足をしておく……武具にならなかった仙骨をエネルギーとして溜めておき……次回に使うことで成功確率は増す……ゆえに合法……我……悪い龍神ではない……】


「法を恐れすぎてません?」


「というわけでー、あとはそこのボタンをぽちっとするだけでー、ろっくんは初めての武器をゲットだぜ! だよ!」


「5%以下の確率でな。ちなみにだけど、ふたりが持ってる武器ってどうしたんだ?」


「もちろんガチャだよ!」


「『購入』のほう。私の呪符(ぶき)は使い捨てだし、数が必要だから」



 思った通りの回答に安心する。なんの参考にもならないなあ。


 困って視線を上にやると、大きな瞳と目が合った。そこ以外は動かないはずなのに、にこ、と笑ってくれた気がする。独特の声も聞き慣れてみれば、なんだか安心できる響きだ。おばちゃん、と親しみを込められているのもわかるかな。



【仮に創造に失敗したとして……アドバイスは与えられる……それをもとに……購入から選ぶ生徒が多数派だな……】


「なるほど……」


【それまでの経験や……異能に合わせて選ぶ生徒もいる……ちなみに六哉……武道などの心得は……】


「小さなころに、ほんのすこーしだけ。異能も防御系なので、そこからはピンと来ないですね」


「だったらやっぱりガチャだよ! アドバイスがもらえるってことは、ほとんどSSR確定だよ! 実質無料だよ!」


「お前ゲームのことになるとちょっと人変わるよな。というわけで、ここはいつも冷静な冬華さんの意見も聞いておきたいんだけど」


「ガチャガチャ言うのは嫌なんだけど、最初はそっちでいいんじゃない? アンタは秋穂と違って出るまで回すとか言わないだろうし」


【ガチャではない……創造……そこは間違えないで欲しい……】



 こうなるともう、選択肢はひとつしかないだろう。



「じゃあ『創造』のほうでお願いします。スマホのボタンを押せばいいんですか?」


【うむ……そのあとで……学生証をつけているほうの手を……我の体に……】


「こんな感じでねー♪ 成功すれば光っ……あっ……」



 息をするようにガチャを引いた秋穂の笑顔が一瞬で曇る。なるほどね、出なかったのね。



「こうはならないでね」


「反面教師がいるっていいなあ。じゃあええと、こうすればいいのかな」



 ボタンを押し、石像の肌に触れると、スマホの画面が切り替わっていく。1000あった仙骨が500になり、中心に大きく映った龍の像がまぶしく輝くような演出があって。



「指輪が……光ってる……?」


「あ! それはね! きたよ! 確定演出だよ!」


「へえ……なになに、なにが出るの?」



 画面を見つめる秋穂と、光る学生証のほうを見る冬華。どうやら俺は、5%の関門を突破できたらしい。



【ほう……これは……『持っている』な……六哉は……】



 降ってくるのは、期待をあおるような言葉。


 どんなものが出てくるんだろう。少しだけドキドキしながら、光が収まるのを待っていると。



「ん?」


「え?」


「あれ?」



 ちょうど同じタイミングで、ピロン♪ と端末が震えて鳴った。そういう演出なのかとも思ったけど、3人みんなが同タイミングだということは。



「もー、いいところだったのに。今日の課題(クエスト)のお知らせだねえ」


位階(ランク)が上がった場合って、振られる課題も難しくなるんだよな?」


「私たちは特例なんだし、昨日の今日でそれはないでしょ。今日のところはいつもと同じ、クラス全員で合同だと……おも……」


「どうしたの、ふゆちゃ……え……?」



 スマホを見たふたりが、驚きの表情で固まってしまう。同じ顔をしたふたりが、同じ表情をしたまま、同じように画面を示す。


 目を落とすと、表示されていたのは確かに課題の内容だったんだけど。



『1級異形の探索・および(とう)(めつ)



 目に飛び込んできたのはそんな、見たこともないような文字列で。



「……1級の異形っていうと」


「1級の異能者でも複数人で対処することが前提の強さ。気を抜くと死ぬし、場合によっては抜かなくても死ぬって言われてる」


「……メンバーのとこ」


「わたしとふゆちゃん、ろっくんしか、書いてない、ねえ……」


「……なんかの間違いじゃ?」


「ううん、それで合ってるよ。せっかくの幼なじみなんだし、君たち3人にはチームを組んでもらおうと思ってさ!」


「……っ!!?」



 急に後ろからかけられた声に、びっくりして振り返る。そこにいたのは、てっぺんからつま先までが黒ずくめの男の人。いつから? というか面談は?



「最初こそいいものを、か。いい言葉だね! というわけで……高い目標を持つみんなには、異形の最高峰である十三忌にも勝るとも劣らないという、1級異形を相手にしてもらうよ! 最初にヤバいのを経験しておけば、あとはもうなにも怖くないからね!」



 隣に女の子を控えさせ、気安い感じで手を挙げるその人――時島先生は、誰が見ても信用できない笑顔を浮かべながら。



「だーいじょうぶ、引率で僕もついていくから! 大船に乗ったつもりで挑もう! 1級討滅!」



 ぶい! と。誰も喜ばないダブルピースを、俺たちへと向けた。

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