01:実神六哉は護りたい(1)
この世界には目には見えない化け物がいて、夜な夜な人を襲っている。
それをみんなが知らないのは、それと戦う組織があるから。
超能力を持った人たちが戦って、みんなを守ってくれているから。
だからずっと、何十年も何百年も、この世は無事に回ってきたんだと。
そんな風に説明されて、ストンと納得できる人。
それはいったい、世界にどのくらいいるんだろう。
だって。
化け物が見えて。
超能力を持っていて。
その組織に属していて。
「いったぞ! そっち!」
「オーケーわかってる! 慌てないで! 作戦通りに!」
夜の住宅街のはずれ、みんなが化け物と戦っているのを目の前で見ている俺でさえ、「ちょっとこれは信じられないぞ?」って思ってるくらいだし。
「でかいでかいキモい! でかいのはいいけどよくないキモい! わたし虫だめなんだって!」
「虫みたいな『異形』だろ! 虫じゃない! 落ち着け!」
「見た目が虫なら一緒でしょうが! うわこっちこないで! あっち! 男子のほう行って!」
「ああもう! じゃあ俺たちで囲め囲め囲め! 逃がすなよ!」
その化け物――小さな子供くらいあるカマキリみたいなのが3匹――を囲んで騒いでいるのは、学院の制服に身をつつんだクラスメイトたち。それぞれが持っている剣や槍、弓なんかはコスプレや撮影用の小道具じゃない。そいつらを倒すための、立派な本物の武器防具らしい。
「キ……ギギギギッ!!!?」
攻撃されたカマキリ的ななにかは苦しがり、痛そうに身をよじっている。あれが人を襲うのは身をもって知っているし、かわいそうだとかは思わないけど。
「………六哉」
とにかく現実感がない。化け物て。武器て。現代日本でそれはちょっと。
「……聞いてるの!? 六哉!?」
夜しか出てこないとか、理由なく人を襲うとか、あまりにテンプレすぎるというか。
それなりの覚悟をしたうえでここにいるはずなのに、現実を目の当たりにすると戸惑いのほうが強すぎて。
「ああもう! 実神六哉ァ!」
実神六哉。俺の名前だな? 誰かに呼ばれてる?
そう思って、振り向くと。
「こんのバカっ!」
「痛いっ!!!」
怒鳴り声と一緒に、ほっぺがバチンとはじける音。続いてヒリヒリする痛み。
「『課題』中はボーっとするなって! いつも言ってるでしょうが!! 集中!!!」
これでもか、というくらいに目をつり上げてにらんでくるのは、同じ制服姿の女子。セミロングの髪を簡単にまとめ、シャープな感じの眼鏡をかけたそれは、小さなころから見知った顔。いわゆる幼なじみとかそういうアレ。『美人』の前には『黙っていれば』とか、そういう言葉がついちゃうタイプ。
「もっと緊張感を持ちなさいって、これ言うの何回め? なにかあったとき、痛い思いをするのはアンタなのよ?」
「今まさに痛い思いをしてる最中なんだけど」
「へぇ……?」
「すみませんでしたその手を下ろしてくださいなんでもしますから」
すらりと長い手を俺の顔の辺りまで上げて、平手打ちの素振りをしているコレは久慈冬華。小中学校時代のあだ名は『双子姉妹の暴力的なほう』であり、良く言うのなら行動的、悪く言うなら……うんやめよう。こいつは鋭い、悟られたらまた殴られてしまう。
「反省した?」
「いや……なんか……」
「へぇ……?」
「そっと上段蹴りのモーションに入るのやめろ。した。反省はした。ちゃんと集中するから許したまえ」
「よーろーしーいー!」
「痛い痛い結局痛いなおまえ」
冬華は満足そうに笑うと、俺の背中を強く大きくバンバンと。考えるより先に手が出るタイプなのは知ってるし、諦めてるからいいけどさ。
こいつの機嫌を損ねないよう、目の前で起こっている戦いに集中する……とは言っても、俺たちは後ろから見てるだけ。それはサボってるわけじゃなく、きちんと理由があるんだけど。
「なんか申し訳なく思ってさ。みんなは体を張ってるのに」
「そう? 役割分担というか、適材適所ってことじゃないの? 特に六哉、アンタは学院に来てからまだ日も浅いんだから。まずは現場の空気に慣れないとね」
「先輩面するなあ。4月入学のみんなより2ヶ月遅れただけじゃないか」
「濃密な時間だったわ……アンタも2ヶ月後には価値観の変化に驚くわよ……」
遠い目をする冬華さん。大丈夫かな8月の俺。
とはいえ、それは冗談ではないらしく。
「『異形』って化け物がいるってこと、自分に『異能』って超能力があるってこと。最初はなにをバカなこと、って思ったけど、こうも毎日目の当たりにしてるとね」
「冬華も最初はそうだったんだな。ちなみに、俺は困惑してるまっ最中だ」
「だいじょうぶ、嫌でも慣れ……六哉ッ!!!」
「あっこいつ!!! そっち行ったぞ!!! 注意!!!」
包囲を抜けた異形に気づいて、冬華が途中で会話を打ちきる。
「ギギギギギギ!!!」
耳障りな音を出しながら向かってくるのは、片鎌を失ったカマキリの異形。翅は破れ、脚も揃っていないのに、それはダメージを感じさせない動きで突進。鎌を振り上げ、俺と冬華に襲いかかってくる。
「…………ッ! 六哉! 危ないっ!」
役割分担、適材適所。さっき冬華はそう言った。
俺がこうして控えているのは、冬華とダベるためにじゃなくて。
「――俺の仕事だな?」
冬華を護る、それにふさわしい異能があるからだ。
次は夕方です。