16:ふたりの理由/六哉の理由(2)
底なしに深い金の瞳が、しっかりと俺たちをとらえて離さない。重圧すら感じるその視線に、負けてしまいそうになるけれど。
「そうです。そのために、私たちは学院に来ました」
「そのためにならなんだってする、わたしたちはそう決めたんです」
冬華と秋穂は動じない。まっすぐに先生を見つめ返して、しっかりと言葉を返している。
「六哉もかい?」
だけど、俺は。
「……そう、です」
思わずそこから、目をそらしてしまった。
「でも、君たちを襲った異形の正体はわかっていないんだよね。姿だって見てないんでしょ?」
「ここにいる3人とも、すぐに気を失ってしましたから。それに、痕跡も不思議なくらいに残っていなかったと聞いています」
「位階が上がれば権限も増えて、独自の調査をすることもできるって聞きました! だから、わたしたちは、いっぱい異形さんを倒して、いっぱい強くなって、認められて、必ず見つけ出そうって!」
「落ち着いて、それじゃ誤解される。いちばんの目的は、私たちみたいな家族を増やさないよう、普通の人を異形から守ることです。妹も口下手なだけで、その気持ちに嘘はありません」
熱くなりかけた秋穂の言葉を、冷静な冬華のフォローがさえぎる。俺もなにかをと思ったけど、うまく言葉が出てこなくて。
「だけど……やっぱり、家族を殺した異形のことは許せません。なにを置いても復讐を成し遂げたいとは思っています。忘れようとしても、忘れられないんです」
「だから、そのためにわたしたちは強くなります! これ以上もう誰も殺させないよう! その異形を倒せるよう! ぜったいに!」
ふたりの言葉を、ただ聞き続けることしかできない。
「まあ、そうだよね。家族を亡くして日も浅いんだ、そう思って当然だよ」
「だめ、ですか?」
「ううん、ぜんぜん問題ない。動機と目標が明確なぶん、むしろ指導しやすいってものさ」
そこで先生は言葉を切り、一瞬だけ俺を見た。その目はなんだか、面白がっているようにも見えて。
「なるほどなるほど。それじゃあ多少……かなり……死なないギリギリの程度……即死じゃなければ春待なら治せる……くらいのキツい実習や課題をこなしてもらっても大丈夫だね。うんうん、これは育てがいがあるね!」
「限度ってものはありますからね。そこは考えてくださいね」
やっと出せたそんな声に、先生は笑いを返してくれる。緊張していた冬華と秋穂も、ほっと安心した顔だ。
それから軽く15分ほど。軽い脱線を挟みながら、滞りなく話は進んで。
「それじゃあ、これで面談は終わり……なんだけど、六哉だけちょっと居残りね。なんの問題もなさそうだけど、メディカルチェックをしておけって上からのお達しでさ」
「ほんの10分少々で済みますので、おふたりにはどこかで待っていて頂ければと思います」
「ってえっあれっ!? いつからっ!?」
「? この教室には時島と一緒に入ってきましたが」
急に現れた春待さんに、跳び上がりそうなくらい驚いてしまう。冬華の口は半開きだし、秋穂の目玉は飛び出しそうだ。
「基本的に気配がないんだよねこの子。と、いうわけでふたりはごめんね。それと、これからもどうぞよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします! ろっくんも、きちんと診てもらうんだよ!」
そうしてふたりが出て行って、俺だけが教室に残される。メディカルチェック……健康診断のことだよな? 上着くらいは脱いだほうがいいのかな?
「あ、いいよいいよ嘘だから。六哉とふたりで話がしたかっただけ」
軽い感じでそう言われて、ぽかん、と先生を見てしまう。
「正確には、ふたりに聞かれたくない話なんだけどね。単なる直感なんだけど、君たちの家族を襲った異形のこと、なにか知ってるんじゃないかと思ってさ」
「それは……」
話すべきか隠すべきか。一瞬だけ迷ったけれど。
「……ああは言ってましたけど、冬華も秋穂も絶対に無茶をしますから。少しでも手がかりがわかったら、夢中でそれを追いかけてしまうと思うんです」
「それがわかっているからこそ、知らないふりをしていたってことだね」
「あいつらのことを守れって、そう頼まれましたから。ああ……ええと、その時に亡くなった家族の遺言なんです」
俺のことを怒るわけでもなく、真剣に話を聞いてくれる先生。隣に座った春待さんも、うなずきながら言葉の続きを待ってくれている。
「あいつらには悪いけど、俺の目的は『ふたりよりも先に、その異形を倒すこと』です。あれも昨日の白槌と同じ……角を持った異形でした。そんな危ない相手と戦わせるわけにはいかないから」
「おっと、君たちを襲ったのも角持ちだったんだね。他になにか、覚えている特徴はあるかい?」
「大きな2本の角がありましたけど、片方は半分くらいで折れていました。あとは……なんというか、全体的に赤くて……燃えているみたいな……」
異形を見たとは言っても、そのあとすぐに俺も気を失っている。色々混乱していたこともあって、細かいところを確認されれば自信はない。
そんな曖昧な言葉だけど、ふたりにはきちんと伝わったらしい。
「やはりあなたは『特異』ですね……」
「生き残る才能でもあるのかな。僕と同類なの……?」
それどころか、同時に特大ため息だ。
「もしかしてとは思ってましたけど、その異形も十三忌なんですか?」
「それよりもっとヤバいやつだよ。十三忌だって畏れ崇める、異形の中の『特異』級。千年前の文献にも記述がある、異形の王の中の皇」
「『神前』と呼ばれる存在で、おそらく間違いはないでしょう。異形にとって角は弱点、折れた状態のまま活動できていることが、その確固たる証拠です」
「赤く燃えるような体というのも、神前の特徴で間違いないね。別に燃えてるわけじゃないけど、なぜかそういう印象を持っちゃうみたいだよ。まあ、見た人のほとんどはそのまま死んでるんだけど」
ご愁傷さまです、と、ふたりの表情が語っている。なるほど、思った以上にヤバい相手、それが俺たちの仇みたいだ。
それでもいちおう、これを聞かずにはいられない。
「強いんですよね、その神前って異形は」
「今の六哉がノミだとしたら、昨日の白槌がゾウ、神前は宇宙怪獣かな」
「今の実神さんをミジンコだとしましょう。白槌は鮫、神前は原子力潜水艦ですね」
「わかりやすい説明をありがとうございます。やっぱり無茶を言ってますよね」
「どうする? 諦める?」
「いえ。それで諦めるくらいなら、最初から学院に来てませんから」
諦めるのは、すべてをやりきったそのあとでいい。簡単にいく道のりじゃないなんて、そんなの最初から承知の上だ。
あとは、まあ。
「……俺が諦めたところで、あのふたりは絶対に諦めないですし。だったらもう、どっちだって一緒ですよ」
「はははっ、なるほどね! だったら六哉にはまず、十三忌を相手にできるくらいには強くなってもらおうかな。身を守れるだけじゃなく、倒してしまえるくらいにね」
「昨日のあれで通過点扱いなんて、正直胃が痛いですけどね……」
「そのための、学院で過ごす3年間だよ。卒業試験が十三忌との対決、うんうん、面白くなってきたね!」
「面白がらないでください!」
「六哉だって『特異』なんだ、それを成し遂げる可能性があるって、学院だって認めているのさ。『特』別な『異』能者になれるかどうかは、これからのがんばり次第だけどね」
笑ってそう言う先生だけど、茶化しているような雰囲気はない。期待されてるんだと思うと、なんだか気持ちも引き締まるみたいだ。
「あとはそうだね、どうして君が白槌に対抗できたのか、その理由はわかってるのかい?」
「……なんとなく、ですけど。『護る』という異能の意味――解釈を広げた結果だって。理屈もなにもわからないですけど、実感としては腑に落ちています」
「なるほど。やはり実神さんには才能があるみたいですね」
ほう、と感心した顔の春待さん。なんで? と口にする前に、先生が身を乗り出してくる。
「異能の解釈を広げる、そうすればできることが増える。口でそう言ったところで、理解できるかはまた別の話だからさ」
「それを実感できるかどうかが、強くなれるかの分かれ道になります。まあ、何事にも例外は存在するのですけれど」
「そのあたりのことは、これからの授業できちんと説明していくよ。と、いうわけで。今度こそ面談はおしまいにしようか。ごめんね、時間を取らせて」
「こちらこそ、ありがとうございました。これからもよろしくお願いしますね」
ふたりに深く頭を下げて、そのまま教室をあとにする。
俺たちの仇のこと、冬華と秋穂のこと、これからの3年間のこと。
色々なことを考えると、はちきれそうになるけれど。
「……おつかれ。体はどう? 大丈夫だった?」
「おつかれさまー! ちゃんと先生とお話しできた?」
「なんの問題もなかったよ。廊下で待っててくれたのか、ありがとな」
護るって決めたんだ。泣き言なんて言ってられないよな。
「別に待ってたわけじゃないわよ。秋穂がどうしてもって言うからここにいただけ」
「どうしても? なにかあったのか?」
驚いてふたりを見るけれど、深刻そうな様子はない。ということはあれだな、突然遊びに誘われたりするパターンのやつだなこれは。
面談はもう終わったので、課題を振られるまでは自由時間。とはいえ、外に遊びに出かけたりする度胸はない。妙なことなら止めないとなあ、と身構えていたら。
「ろっくんは購買部に行ったこと、なかったよね! 行くよ今から! ガチャを!! まわしに!!!」
……んん???