15:ふたりの理由/六哉の理由(1)
在原学院・異能科の生徒にとって、学生証とはふたつのモノのことを指す。ひとつは紙の学生証。世間一般に広く通じる、学割なんかを使うときに出すもの。
それに加えてもうひとつ。入学時に支給される指輪のことを、俺たちは学生証と呼んでいる。位階によって色が変わるという、さっき俺たちに渡されたアレだ。
学生証とは言うものの、異形と関わっていく限りはこれを外すことはない。卒業しても学院関係者である証明になるんだとか。
「4級の時はシンプルな黒い指輪だったけど、3級になると少し装飾が入るんだねえ」
俺たちしかいない教室の中、右手中指にはめたそれ――白い指輪をまじまじと見て、秋穂が感心した声を出す。そのまま隣に座っている冬華の手を取って、比べるように視線をうろうろ。
「見比べても一緒だってば。暑苦しいから近寄らないで」
「ふゆちゃんの手はすべすべで柔らかいからねー。指だって長くてきれいで、ついつい触りたくなっちゃうんだー♪」
「双子なんだし変わらないでしょうが。身長も靴のサイズも同じなんだし、手の大きさだって一緒でしょ」
「違うところもあるでしょ! わたしがもっと痩せてたら、服の貸し借りもできるのにねえ……」
「あんたのそれは太ってるじゃなくて……はあ……」
じゃれつく秋穂を振り払って、はああ、とため息をつく冬華。額に当てられた左手には、同じ白い指輪がつけられていた。
黒から白へ。4級から3級へ。
ふたりはそうして、順当に位階が上がったみたいなんだけど。
「ろっくんのも見せてー! うんうん、宝石みたいに透き通ったきれいな色だねえ!」
飛びついてきた秋穂に取られた、左手につけた指輪は透明な紫。
その色が表す意味――俺に与えられた位階は。
『特異』
「ろっくんを入れて7人しかいない、特別な位階なんだってね! すごいよ!」
なんだかどうやら、そんなたいそうなものらしい。
なにかの間違いじゃって何度も先生に聞いたけど、あの人は笑って流すだけ。面談のときに説明するの一点張りで、詳しいことはなにも教えてはもらえなかった。
「1級よりも上なのかな? だったらろっくん、一気に学院のみんなより上になっちゃうね! 学年のリーダーとかになっちゃうのかな!?」
「それはないでしょ。それよりも、いつまでそうしてくっついてるのよ。いつ先生が来るかわからないんだし、離れる離れる!」
「わ、わわっ!」
急に割って入った冬華が、ぐいぐい秋穂を押し離す。眼鏡の奥に見える瞳はいつもよりつり上がっていて、少し機嫌が悪いみたいだ。
「六哉も六哉よ。教室の中でイチャつかないでくれる?」
「いやいや、秋穂だぞ? いつものことだろ」
「まあ……そうなんだけど……それでもなんか……ぐぬぅ……!」
「よくわからないスイッチでキレないでもらえます?」
ぐぬぐぬ言い始めた冬華が怖いので、ふたりから少し距離を取る。
どうしてこんなに不機嫌なのか、俺にはさっぱりわからないんだけど。
「……ああー。そうだねふゆちゃん、ごめんね」
「……べつに。秋穂のせいじゃないんだから」
さすがは双子、秋穂には察しがついたらしい。すぐに小さく手を伸ばすと、そのまま冬華の頭をなでなで。嫌がるように身をよじるけど、それがフリだけなのは俺たちの目には明らかだ。
「こういうところは『お姉ちゃん』っぽいよな」
「ぽい、じゃありません! わたしはふたりのお姉ちゃんなのです!」
「違うからね? なんなら戸籍を取り寄せてもいいからね?」
「うんうん、仲良し姉妹だね。僕にはきょうだいがいないからうらやましいなあ」
急な言葉に振り返ると、先生が教室へと入ってくるところだった。いち早く気づいた冬華がテキパキと机を動かし始めたので、俺たちもそれを手伝っていく。
机を寄せて作ったスペースの片側に、並んで座る俺たち3人。先生は向かいに座ると、にっこり大きな笑顔を見せてくれた。
「ごめんね、急に面談なんて言い出して。長い付き合いになるんだし、担任としてはきちんと話をしておきたいなと思ってさ」
「わたしも先生とお話したかったし、だいじょうぶです! よろしくお願いします!」
緊張ぎみな俺たちをよそに、同じく満面な笑みの秋穂。頼んだぞコミュ力モンスター。
本当なら授業があるこの時間だけど、今日と明日はクラス全員との面談に当てるということになっていて。俺たちはその1発目。ホームルームが終わってすぐに、3人まとめて呼び出されたんだけど。
「でも、面談は個人でやるって言ってませんでした? ふたりはまだわかるとして、どうして俺も?」
「親しい関係だって聞いたから、そのほうが都合がいいかなって」
「なかよしなのはこのふたりだけで、わたしはそうでもないです!」
「なんでお前は突然俺を見捨てたの?」
「別々のほうがよかったかな? それならそう、遠慮なく言ってもらえたら」
そんな言葉に、3人顔を見合わせるけれど。
(いいよな?)
(まあね。聞かれて困るようなこともないし)
(みんないっしょのほうがいいよ!)
喋らなくても伝わってしまうのこわい。幼なじみおそるべし。
「そのぶんだと大丈夫そうだね。それじゃあええと、まずは……あ、僕もこういうのにはぜんぜん慣れてないから、手際が悪いのは先に謝っておくね」
苦笑いをしながら、顔の前で両手を合わせる先生。その指に着けられている指輪の色は俺と同じ、透き通った紫色だ。
視線がいったのがわかったんだろう。ふむ、と先生は腕を組んで。
「やっぱりそれが気になるよね。それじゃあ、まずはこの話からかな」
「ええと……『特異』ってなんなんですか?」
「簡単に言うと『よくわからないことができる異能者』のことだよ」
「よく」
「わから」
「ない」
「あはは、息ぴったりだね。とにかくまあ、そういうこと。順当に実力を評価される4から1級への変動とは違って、意味不明で評価に困る異能者に押しつけられる位階、それが特異なのさ。例えば僕は『なにをやってもマジ死なない』からだね」
「じゃあ……ろっく……実神くんの場合は……?」
「『妙な力で十三忌を追い払った』からだよ」
「ええ……」
思わず声が漏れ出てしまう。いやまあ、確かに意味不明な力を出しましたけども。自分でもその正体をつかみきれていませんけども。
「4級ひとりで十三忌と戦うなんて、100回やったら120回死ぬからね。戦闘経験ほぼナシの素人がそれをやってのけた……その1点だけで、六哉はじゅうぶん『特異』たる資格を持っているのさ」
「でも、私たちだって少しは戦えていましたし、そういうこともあるんじゃないですか? それだけで六……彼の位階が変わるなんて、ちょっと納得できません」
「逃げ回ったのならともかく、正面から立ち向かったうえでの結果だからね。それと、ふたりとも呼びかたをいつもと変える必要はないよ。僕はそんなの気にしないから」
先生にそう指摘されて、同じように顔を赤くするふたり。なぜだか俺も恥ずかしくなってきて、それを見た先生がまた笑う。
「あのとき六哉は、間違いなく『なにか』を起こしていた、それはふたりも感じてるんでしょ? だからこそ、彼は『特異』と認定されたんだよ」
「でも……だったら……」
「ああ、六哉が危ない課題に駆り出されることを心配しているのかな。言ったとおり、特異は特殊な位階だからね。内部的な扱いとしては、ふたりと同じ3級程度だよ」
言い含めるようにかけられた言葉に、ほっと冬華が息を吐く。だけど秋穂はなぜかにんまり、意地悪な顔で冬華を見ていて。
「へええ……ふゆちゃん、ろっくんが心配だったんだね!」
「ばっちがっ! 私はただ、六哉が学院に迷惑をかけないかって!」
「まーたまたー! そうだよね、不安になっちゃうよね!」
「だーからー! そうじゃなくって!」
「……いちおう確認しておくけど、六哉と冬華はそういう関係?」
「そうです!」
「ち、違います! そんなんじゃないです! ぜんぜん! 誓って!」
「違います……」
「……なるほど。うんうん、そういうことね」
「違います! 違いますからね! ね!」
ひとりオーバーヒートしている冬華を、にまにまと眺める秋穂と先生。この手のからかいには慣れてるとはいえ、けっこうキツいからやめてくれほんとに。
「……と、冗談はこの辺りにしておいて。次はみんなの話だね」
ずっと浮かべていた笑顔を消して、机の上で手を組む先生。それだけなのに、ぴり、と空気が変わったのがわかった。
「異能に目覚めたのは、同じ事件が原因みたいだね。家族が亡くなってしまった、つらい出来事だったと聞いてるよ。だからこそ、確認しておきたいんだけど」
異能に目覚めた原因。たったのその一言が、胸を縛りつけてくるような気がする。
それはふたりも同じなんだろう。ぴたりと騒ぐのをやめて、先生の言葉を待っている。
一瞬の空白のあと、真剣な表情で投げかけられた質問は。
「君たちが学院に入ったのは、家族の仇に復讐するためなのかな」
俺にとっては、即答しづらいものだった。
年内ここまでです! よいお年を! またあした!