14:死なないだけがとりえの男(2)
あまりにも寒く外に出られないので朝も更新します。
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「夫」「夫って言ったよね今」「夫……」「うわあ……」
また教室がざわめく。それもなんか、さっきとは違う雰囲気で。
「ええと……春待?」
ずっと笑顔だった時島先生も、さすがにすごく焦るけれども。
「なんでしょう?」
それでも当の春待さん? は、しれっと涼しい顔のままだ。
「君は、僕の、なんだって?」
「……妻、ですが?」
「待っていつからそうなったの」
「…………?」
はて、と小首をかわいらしくかしげる春待さん。しばらくそうしていたあと、ああ、と小さく手を叩いて。
「届は出していませんので、正確には内縁の妻です」
「違うよねえ!?」
「そんな……あの夜のことは耳ざわりの良い言葉を並べただけだったと……?」
「手まで出してるのかよ……」「真性のロリコンじゃん……」「犯罪じゃないの……?」「私聞いたことある……位階の高い異能者は法律を守らなくても許される場合があるって……」「マジかよ……警察にも頼れないなんて……」「かなしいね……ろっくん……」
クラス20人の疑いの視線が、時島先生に突き刺さる。それに圧された先生はよろよろ下がると、そのまま後ろのホワイトボードに激突した。
それを見た春待さんは、そこで初めて小さく笑うと。
「このように、力関係は私のほうが上位ですので。時島が調子に乗ったとき、理不尽を押しつけられたときには、ぜひ私を頼って頂ければと思います」
子供のものとは思えない、含みのある表情を先生へと向けた。
「……ま、まあ。こんな子だけど優秀だよ。僕ともどもよろしくね」
「皆様のサポートを仰せつかっております。なんなりとお申し付けくださいませ」
その言葉を最後に、春待さんは教室の隅へと下がっていった。
「……ええと、なんの話をしてたんだったかな。ああそうだ、昨日のことだね」
そうして先生は、わざとらしい咳払いを何度か続けたあとで。
「どうしてか、僕はあの異形――白槌に目をつけられてたみたいでね。それを察知できていなかったこと、君たちにまで危険が及んだことはいいわけのできない僕のミスだよ。改めて、許して欲しい」
たっぷりと10秒ほど、俺たちに頭を下げてくれた。
「……とはいえ、負け続けるつもりもないからね。腐っても僕も六歌仙、もう君たちに手は出させないから、そこは安心してほしいな」
「どうだかな。『死なないだけ』の能力なんだろ?」
そんな先生に投げられた言葉に、クラスが静まりかえってしまう。
声の主は確認するまでもない。『加速』の異能を持つあいつだ。
「戦うのにはなんの役にも立たない異能だから、昨日はあんなことになったんだよな。そんなやつに守られてても、安心なんてできると思うか?」
噛みつくような物言いに、ぴりりとした空気がただよう。
「あんたねえ……」
それに反応したのは、先生じゃなくて冬華だった。
「礼儀ってものを知らないの? よくもそんなことが言えるわね」
「事実だろ? 礼儀で命が助かるなら、いくらでもこいつにヘコヘコしてやるけどよ」
「……ああ。なんだ、ビビってるのね? そうよね、実際にあれを目の前にして、すごい勢いで逃げちゃったんだもんね」
「あぁ!? そのおかげでみんな助かったんだろ!? 俺がいなかったら、お前だって今頃なあ……!」
「まあまあふたりとも落ち着いて。僕が頼りないのも、死なないだけがとりえなクズなのも自覚してることだから」
席が隣同士のふたり、その間に先生は歩いていって。
「気を使ってくれてるだけで、同じことを思ってる人もいるんじゃないかな。でもね、だったらそれは勘違いだよ。相手は確かに、1級の異能者でも生き残れるかわからない化け物だけど」
大きく手を広げながら。
「――このクラスの20人みんなには、それと戦っても平気で生き残れるくらいに強くなってもらうからね。君たちを守るのは僕じゃない、君たち自身なら安心だろう?」
ふたりの顔を交互に見たあと、挑発するみたいにニヤリと笑った。
「というのも、知り合いに『予言』の異能者がいてさ。その子が言うには、もう何年かで異能者と異形の大戦争が起こるみたいなんだよね。そうなると、そもそも君たちを守る余裕なんてないよ」
「え……?」
「十三忌って言うからには13匹いるんだけど、そいつらが全部出てくるみたいな、ね。だから君たちには、それに対抗できるくらいの力を身につけてもらわなきゃ。そのために、僕ら六歌仙がこうして指導にやってきたというわけなのさ」
また教室がざわめいて、先生は楽しそうに笑う。なるほどわかってきた、この人の笑顔は信頼しちゃいけないタイプのやつだな。
そんな笑顔を浮かべながら、先生は冬華の前に立って。
「うちの――『在原学院高等部・異能科』の進級率って、どのくらいか知ってる?」
「ええと……試験が厳しくて、すごく低いというのは聞いていますけど……」
「参考までに。今年の最上級生、3年生は4人だよ」
「よに……っ!?」
「2年生は11人だから、だいたい半分くらいなのかな。試験が厳しいのもそうだけど、リタイアして普通科に行ったり、死んじゃったりする子もいるからね」
「死……」
続けられたそんな言葉に、冬華が絶句してしまう。
それを見た先生は、だからね、と前置きをして。
「そんなことにならないよう、僕は君たちに手を貸すよ。クラス20人全員が、無事にここを卒業する。他の学院を受け持つ六歌仙はどうだか知らないけど、僕の目標はそれだからね」
今度は俺たち全員を見て、静かに強く言い切った。
「そのためには……私たちは、一流の異能者にならなきゃいけない?」
「さすがは委員長、話が早いね。どう? できそう?」
「……もちろんです。私は、私たちはそのために、この学院に入ったんですから」
「おい、なにを自分が代表みたいな顔して言ってるんだよ」
「あんたは違うの? 逃げ足を磨くためにここに来ただけ?」
「そんなわけねえだろ! 見てろよ、主席で卒業するのは俺だからな!」
「そのためには、チームワークも大事なんだけどね……」
また始まった小競り合いに、先生がやれやれと肩をすくめる。それでもなんだか、その顔はすごく嬉しそうだ。
「それじゃあ、最後にひとつお知らせかな。その白槌と直接戦って追い払った3人だけど、特例で昇級が決まりました。あれに立ち向かう胆力と、生き残った実力。それは評価されてしかるべきものだよ」
直接戦った3人。それってつまり、俺と冬華と秋穂?
急にそんな話が出て、秋穂と顔を見合わせる。驚いて目がまんまるだけど、俺も似たようなものだろう。
「とはいえ、他のみんなと大きな差がつくわけじゃないからね。もともと昇級試験は8月に予定されているんだし、3人はそれが少し早くなっただけさ」
「そうなの?」
「わたしたちは今は見習いの4級でしょう? それがね、夏休みの終わりごろの試験をクリアできたら、したっぱの3級になれるんだよー」
「見習いと下っ端の違いとは」
「というわけで、辞令だけさっさと出しちゃおうかな。久慈秋穂、久慈冬華、実神六哉の3人は前に出てきてくれる?」
「いいのかな、俺なんて来て1週間なんだけど」
「いいんだよー。ろっくんはそれだけのことをしたんだから!」
なんだか背中がムズムズするけど、それなら、と前に出る。うう、みんなの視線が痛いなあ。
緊張しながら先生の前に立つ。冬華も秋穂も同じみたいで、なんだか表情が硬い気がする。
「ええと、一応説明しておこうかな。異能者にはいくつかの位階があって、それぞれ学生証の色が変わるんだけど」
「4級の黒、3級の白、2級の赤、1級の青ですよね?」
「知ってるのなら話は早いね。というわけで秋穂と冬華、ふたりは4級から3級にランクアップだよ」
そうしてふたりに渡された、学生証の色は白。位階が上がればできることも増えるって、前に冬華が言ってたっけ。
……って、今先生は『ふたり』って言った? 俺も確かに呼ばれてたよな?
「ふたり、ですか? ろっく……実神くんは?」
「彼はまだ経験が浅いからなんですか? それでも……」
ふたりも不思議に思ったんだろう、学生証を受け取りながら、先生にそう聞くけれど。
「慌てない慌てない。ちゃんと用意してるよ、ほら」
答えの代わりに、俺に渡された学生証の色は。
「……紫?」
おまけ:座席表
○☆●○
○○○○
○□★○
○○○○
○○○○
☆=冬華
●=加速
□=六哉
★=秋穂
冬華さんは授業中、六哉の姿を見れないのが不満なようです。言わないけど。
秋穂さんはいつもニコニコしています。