13:死なないだけがとりえの男(1)
通い始めて1週間。やっと見慣れた教室に、見慣れない男の人がひとり。
真っ黒な髪、真っ黒な服、真っ黒な靴。その隙間から見える肌は、まるで陶器のような白。細められた目から覗くのは、キラキラとした琥珀の瞳。
背は高いけど痩せてはいない、だけども筋肉質ではない。人当たりのいいイケメン、といったふうなその人は。
「ええと……昨日は死んでてごめんね!」
教卓に手をつきながら、軽い調子でそう言った。
「……あれ? あまり面白くなかった? 鉄板の持ちネタなんだけど」
ざわつく教室を見回しながら、あれー? と首をひねる死んでた人。いや、正確には『死なない人』なんだっけ。
廊下でこの人とぶつかってしまった俺は、道すがらに簡単な説明を聞いてはいる。どうやら今から、それをみんなに話してくれるみたいだ。
「それじゃあ、普通に自己紹介をしようかな。僕の名前は時島彼方。今日からこのクラスの担任として、君たちをビシバシ指導します。当然僕も異能者なんだけど……」
言いながら時島先生は、ホワイトボードになにかを書いていく。
妙に凝った字体で書かれたそれは『不死』という漢字2文字。
「これが僕の持つ異能。効果は読んで字のごとく、なにをされても死なない……んだけど、自動でケガが治るわけじゃなし。動けなくなるようなケガをすればおしまいでね。昨日はただの役立たずで、いやいやほんとに申し訳ない」
ということらしく、昨日はお腹に大穴が空いていた状態で元気に生存していたらしい。いや元気ではないんだろうけど。
「お詫びと言ってはなんだけど、聞きたいことがあったらなんでも答えるよ。プライベートな質問でもどんとこいだから、積極的に手を上げてほしいな」
そうして笑顔で待ちの姿勢。とはいえこんな状況で、質問のできる人間がいるものか。
「……はい!」
いたわ。そうでしたね秋穂さんはそういう人でしたね。
「先生の年齢は! おいくつですか!」
「ざっくり20代後半かな!」
「辛いものは食べられますか!」
「激辛どんとこいだよ!」
「犬派ですか!」
「猫派でごめんね!」
「鳥さんもかわいいですよね!」
「ハムスターも好きだよ!」
「わかります! カラっと揚げて食べちゃいたくなりますよね!」
「ごめんそれはわからない! でも君は君の感性を大事に育ててほしいな!」
……なんだこれ、という空気が教室に流れていく。なんなんだこれ。
「……私も、いいですか?」
耐えきれなくなった、という顔で手を上げたのは冬華。いつも苦労するなあお前も。
秋穂と戯れていた先生は、軽く手を振りいいよと合図。それを見て、冬華はゆっくりと立ち上がり。
「昨日起こったことは、いったいなんだったんですか? あの角を持った異形は?」
みんなが聞きたかったことを、正面から尋ねてくれた。
それを聞いた先生は、あくまで軽い口調のまま。
「あれは『十三忌』って言ってね、簡単に言うと異形の親玉なんだよ。普通の異能者じゃ文字通りの秒殺だから、死人がひとりも出なかったのはとんでもない幸運だったね」
聞き流せないようなことを、しれっとさらっと言ってのけた。
「それに対して、異能者の側にも僕みたいな『六歌仙』っていうチートの使い手がいてね。やり合うと無事じゃすまないことはわかりきってるし、互いに不可侵みたいな状況……だったはずなんだけど」
「――そう油断していた時島が『秒殺』されまして。そのせいで皆様に危害が及んだこと、深くお詫び申し上げます」
突然挟まれてきたのは、とても落ち着いた女の子の声だった。
いつの間にか教室の入り口に立っていたその子の歳は、小学校の高学年くらいだろうか。急に現れたというのに、先生が驚く様子はない。
着ているものは制服ではなく、シンプルなブラウスとロングスカート。長い黒髪と金の瞳を持つその顔立ちは、どことなく先生と似ているようにも見える。
「春待はいつも僕に厳しいよね」
「純然たる事実ですので」
でも表情は正反対。ずっとにこやかな先生とは対照的に、女の子は静かな表情のままだ。
……先生の妹かなにか? でも、それならなんでこんなところに? あの子も異能者?
そんな疑問が口から出そうになった、そのとき。
「ろっくんろっくん。あの子がね、みんなのケガを治してくれた異能者さんだよ」
隣の席の秋穂がこそっと、そんなことを教えてくれた。
「え? あんな小さな女の子が?」
「すごいよねえ。とっても慣れてる感じでね、本当のお医者さまみたいだったんだよ」
「へえ……でもそうか、子供の異能者がいてもおかしくはないもんな」
「私たちよりもベテランさんなんじゃないかな?」
「はーいそこ、私語は慎むようにねー。あ、いいよいいよ謝らなくて。1回言ってみたかっただけだからねこれ」
慌てて口を閉じた俺たちにも、やっぱり先生は笑ってくれる。そのまま女の子を手招きして、自分の隣に呼び出すと。
「そうそう、この子は僕の……助手、かな? 長い付き合いになるだろうし、みんなにも紹介しておくよ」
どうぞ、と手を差し出して、女の子を促していく。
それを見ても、やっぱり女の子は表情ひとつ変えないけれど。
「あらためまして、春待と申します。夫が皆様にご迷惑をおかけするとは思いますが、私も全力で補助に当たらせて頂きますので、どうかご容赦頂けますよう……」
無表情のまま、わりとヤバいことを言ってのけた。