食われる側
【side: ルカ セシル(10)】
「待って、僕たちは男だよ、売り物にならない」
という叫びは信じて貰えず、あっという間に荷馬車に詰め込まれた僕たち。
縄で身体をぐるぐる巻きに縛られ、口にもキツく布を巻かれている。
「んーーーーんーーーー」
と、僕は街の人に気付かれるように、声を出そうとするが、布のせいで難しい。僕はヴィオラと、(ついでにコハクも)庇うように、奥に押し込め、前に出た。
見張り番の太った小男が、
「無駄だぜ、お嬢ちゃん。ハハ、なぁお頭、売り物にする前に味見していいか?」
と、恍惚とした表情で言う。
(味見…?! 手足でもちぎって食べる気か?!)
僕がびくりとするのも構わず、近づいてくる。酒と、腐った魚の混じったようなキツい体臭だ。うっと、胃の奥が込み上げ、吐きそうになった。
「いいなぁ、お頭達はガキは食わねえが、俺は好みだぜ」
と、なんと小男は黄色く汚れた舌をベロリと出すと、僕の首すじをじゅるりと音を立てて舐め、耳にドブ色の息を吹きかけた。鼻がもげそうな程に臭い。
ひえええ、と悲鳴を上げたいが、声が出ない。脚をジタバタさせて抵抗しようとするが、
気味の悪い手つきで、薄汚れた手が僕の脚に手をかける。ハア、ハア、と男は息を荒くしながら、着物の中を這うような手つきでまさぐって、
ふくらはぎから太ももにかけてを、チロチロと黄色い舌で舐め始めた。
(うげえええ、何やってるんだ、こいつ)
「はぁ、肌もすべすべでいいなぁ。こいつ、金さえありゃ俺が買って毎晩可愛がってやるのに」
(毎晩?! 僕を食べようとしてるんじゃないのか?!)
ぞくぞくと激しい寒気が僕の身体を襲う。
どうしよう、ヴィオラもいるんだ。なんとかして守らねば。と、恐怖で凍ってしまいそうな頭をドンドンと床に打ち付け、なんとか回転させようとした。
(どうする?! どうする?! 解決策をみつけないと)
と、その時だった。
背後のヴィオラが、飛び出してきた。
自らを拘束する縄をビキビキビキビキ、と力ずくで瞬く間に引きちぎると、僕を襲う小男に飛びかかった。
「な、なんだ?! お前が先に相手してほしいのか?」
と、男は挑発する。
(やめろ、下がるんだ、ヴィオラ!!!)
と叫びたいが、声が出ないし、縄はキツく結ばれていてまるで動けない。みるみる血の気が引く。
(ど、どうしよう…僕のせいで妹が怖い目にあったら…)
ところが、
ヴィオラは、口に巻かれた布を噛みちぎると、狼さながらに男の首にガブリと噛みつき、食らいつく。盛大にブシューっと血が吹き出す。
(ヴィオラ?!!!!)
「や、やめてくれえ…お、お前ら、助けてくれ」
小男が悲痛な叫びを上げ、仲間は林の中で馬車を止めた。
が、ヴィオラは構わず四つん這いで男にしがみつき、牙を剥いて首を噛みちぎり続けた。赤黒い血がびたびたと流れ出る。
ヴィオラの顔も、返り血でバーガンディ色に染め上がる。生臭い臭いが当たりを支配する。
小男は白目を剥いて、絶命した。
駆けつけた男達が入ってきたときには荷馬車の中は血塗れだった。
血の池に佇むヴィオラ。緋色の目をギロリと、巨漢の男達へ向ける。
世界を焼き尽くさんばかりの、燃えたぎる赤目で、
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴと、狂気的に威嚇する。
山賊風の男達は十人近いというのに、一様に気圧され、一歩下がった。
「て、テメェら小娘一人に怯むんじゃねえぞ」
と、お頭風の髭の男が言うと、他の男達はノコギリのような刃物や、錆びた真剣を持ち出してきて一斉にヴィオラに飛びかかった。
僕は顎の力を振り絞って、ヴィオラのように口の布を噛みちぎり、精一杯叫んだ。
「ヴィオラ!!! 危ないよ、下がって!!!」
両目から、氷のように冷たくて重たい涙が溢れた。