美少女が三人揃えば
【side: ルカ セシル(10)】
「なんてことざんしょ。ヴィオラお嬢さんは…」
と、疲れ切ったコハクはよろけた。
侍女たちに支えられ、汗を拭かれたりうちわで扇がれたりしている。
コハクが音を上げたくもなる。神聖な趣の稽古部屋の障子は穴だらけ、床は傷だらけになってしまった。
全てヴィオラの仕業だ。
まず、僕たちが習っている踊りは、"神呼び舞踊"と名付けられ、天の神様へ舞を捧げることで、神の力を借りて持ってくることが出来る。
神様を喜ばせるほどに、優美な踊りで大地の自然を表現する必要がある。
同じ素人の僕を基準に考えると、ヴィオラの恐ろしさが良く分かる。
例えば、"太陽に向かって風を送る"意味を持つ振りで、扇子を足元から頭上にゆったりと移動させ、天を煽ぐ場合。
僕のやる失敗は、せいぜいコハクのように優雅な手つきで扇子を扱えない、扇子を落とす、という程度だ。
対してヴィオラは、力の加減が上手くいかない。乱暴で、強すぎるのだ。
扇子をつい手裏剣のように天井へ飛ばしてしまうし、豪速で飛ばすため、当たった侍女の一人など脚の骨を折った。
"白狼の棲まう北山"の過酷な自然で9歳まで生き延びた少女だから、これくらい強いのも納得だが。
"神呼び舞"どころか、激しい手裏剣の稽古に変わってしまっている。
(確かに、ゲームのヴィオラも踊りの授業をサボっていたな…踊れなかったせいなのか)
僕は、疲れ切ったコハクと、力の有り余ったヴィオラを誘い、気分転換のため、街へ散歩に行くことにした。
屋敷の侍女たちは、皆一様に疲れ果て、負傷者の介護で手一杯だったため、子供だけで、三人で出かけた。
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メルヘンな街中でもひと際、可愛いらしい、ピンクとミント色が基調のお菓子の家風のお店に入った。
『ロマンの華麗なお茶会』と看板が立つ。
僕は、フルーツたっぷりの色とりどりのアフタヌーンセットを頼んだ。
「コハク先生、本当、ごめんなさい。これくらいで、許してもらえないのは分かってるけど、まずは、お疲れでしょうし、召し上がってください」
そして、後日父さんに頼んで正式にお詫びさせて下さい、と付け加えて謝った。
「ほら、ヴィオラも、先生に謝るんだ」
促すと、ヴィオラもぺこりと頭を下げ、
「コハク、ごめん、なさい」
と眉を下げた。コハクは、首を大きく横に振って、
「わたくしこそ、ミチカゲ家当主でありながら、情けない」
と、反対に謝られた。
そして、僕は肝心な、一番気になっていることを尋ねようとした。
「ヴィオラも、お稽古を5年くらい続ければ、その…それなりにカタチになったり…」
ところが、コハクは顔を曇らせ、
「わたくしも、尽すつもりだけれども…そうざんすなぁ、頑張って、5年で普通の素人くらいには育てられるかしら」
申し訳なさそうに言った。僕は相槌を打ちながらも、内心は盛大にため息を吐き、
(それじゃ、士官学校までに間に合わないじゃないか…どうしよう…このままじゃ、フィオネルの視線がヒロインに行ってしまうよ)
と、考えあぐねた。
さて、つい子供三人で出てきてしまったが、気づくと、僕たちには周囲の視線が集まっていた。
「まあ、美少女が三人揃って…」
「はあ、絵画から飛び出たような美少女達だな」
「珍しい服を着ているけど、歌劇場の子供歌手か何かかね」
「そりゃ大変だ。妻は歌劇の大ファンなんだ。呼んでこなくちゃ」
と、人が集まって噂するので、
(いや、男二人と、美少女は一人だけだよ)
と、内心反論しながらも、コハクは仕方ないかな、とも思っていた。
本当に、男の僕も見惚れてしまうくらい、綺麗に整った、気品あるうりざね顔なのだ。
(まあ、ちょっと喋り方が変だけど、いい奴だしね)
と思いつつ、僕らは人々の視線を避けて外へ出た。
すると、外へ出るなり、貧相な身なりの痩せた男が近寄ってきた。
「お嬢ちゃん達、ちょっと道を聞きたいんだが」
と話しかけてきて、祖母が病気で、薬屋を探していると言った。
「薬屋なら、確か突き当たりの路地を右に行って…」
と僕は案内するが、
「どの路地か分かりにくいな。近くまで来てくれ」
頼まれるまま、僕たちは薬屋へ通じる路地へ来た。薄暗く、人気もない。王都の入り組んだ地形は慣れていないと、すぐ道が分からなくなる。
「ありがとう、ここまで来れば十分だ。助かったぜ」
特に、彼は王都外の村の人間のように見えるし、困っていたのだろう。
「どういたしまして」
と、僕たちは元来た道を戻ろうとした。
ところが、屈強な山賊風の男達がぞろぞろ出てきて、気づくと、十人近くに周囲を取り囲まれていた。
ヴィオラが、異変に気付いてヴヴヴ、と唸って威嚇した。
「俺の言った通りだろう? 上玉の少女が三人もいる。少女趣味のじじいに、高値で売れるぜ」
と、村人風の男は嫌な感じで笑った。
「ガハハハハ、大手柄だぜ、ガボン」
ひと際、体躯の大きな男は、村人風の男を労い、自らの無精髭を撫で舌舐めずりすると、
「なぁにボケッとしてんだテメェら。さっさと、この小娘たちを捕まえちまいな」
と乱暴に指示する。
すると、一斉に男たちが僕たちに飛びかかった。
「待って、僕たちは男だよ、売り物にならない」
と叫ぶが…