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僕の可愛い妹を至高の悪役令嬢に育てよう  作者: 猫屋敷みい子
一章 妹を普通の“令嬢”に育てたい
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天使の兄妹


【side: ルカ・セシル(10)】



翌々日、セシル家の食卓では歓声が起こった。


なんと、あの周囲を威嚇するだけだった狼少女・ヴィオラが父・公爵に挨拶したのだ。


「父上さま、おはよ、ございます」


と、ちょっと言葉はたどたどしいが。教えた通りに、スカートをちょこんと摘んで、足を引いてぺこりと頭を下げる。そして、


「ルカ…どう?」


と、僕に確認する。嬉しくなって、くしゃくしゃに頭を撫で、ヴィオラは覚えが早いね、なんて賢いんだ、と、ついつい大げさな程に褒めてしまう。


瞳の色とお揃いの、深紅の裾の広いドレスの裾を持って、ちゃんと令嬢らしく椅子に腰掛けた。


「まあ、ヴィオラ様がきちんと椅子に…」


と、マリーナもちょっと大げさな程喜んだ。まだフォークやナイフは上手に扱えず、よそ見をすると犬食いをしているが、これも時間の問題だろう。


狼少女が、人間になりつつある。早く令嬢にまで持っていかねば。


「ルカ、お前はさすが我が家の長男だ。妹をこんなにちゃんと…」


と、父さんも涙ぐんでいる。


(まだ椅子に座れるようになっただけだというのに…)


そして、僕はある提案をした。


「父上、淑女の嗜みとして、ヴィオラに“踊り”を習わせたいと思うのです」


「はて、“踊り”かね。どうしてまた?」


「公爵令嬢らしい優雅な仕草や動作が、効率的に身につくと思うのですよ」


それ以外にも、理由はあった。


この世界で、“踊り”は特別な意味を持つ。


なんでも、東洋から来た舞踊一族からのみ継承出来る特殊技能。


“踊り”を天に捧げることにより、神様の力を借りることが出来ると言われている。


例えば、素早さを特徴とする剣士の近くで踊れば、“攻撃の速度”を加速させることが出来たり、防御が特徴の重装備兵の近くで踊れば、“防御力”を上げることが出来る。つまり、味方の戦闘の補助的役割を持つ。


そのため、各国の軍には必ずこの踊りを専門とする“踊り子”が存在し、軍事力底上げの役割を担う。


もちろん僕らが5年後に入学する[ロイヤルロード学院]でも“踊り子”の学科があり、全員必修の授業さえ存在する。


そして、学院にて、


隣国の皇太子フィオネル・ピトーが、最初にヒロインに心惹かれるのが、授業中に彼女が艶やかに踊るシーンなのだ。


そこで、ヴィオラは今から踊りを習得し、ヒロインより美しく踊れるよう訓練しておく。


つまり、これはフィオネルの視線をヴィオラに移す計画の最初の一歩なのだ。



「それに、ヴィオラも公爵令嬢として士官学校に入ることになりますし、先に習っておいて損はないはずです」


「そうかそうか。いいだろう。では、話をつけておくよ」


と、父さんは宗家でも名の知れた名手を師匠に付ける約束をしてくれた。


さすが公爵家の当主だ。


「ルカも…いっしょ?」


と、ヴィオラが、拳くらいあるパンを一気に頬張りながら言った。僕は、小さくちぎって口に運ぶように注意してから、


「うん、まだ一人じゃ心配だし、僕も一緒に行くよ」


と約束した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




そして、春先の良く晴れた日ことだ。庭からは、花々の甘い香りが漂う。黄色いスイセンが、絨毯のように隙間なく咲いている。


さて、今日、ヴィオラは初めての外出をする。


大袈裟なようだが、これまで隠された存在だったヴィオラは、ほとんど罪人のように扱われ、堂々と外を歩いたことも、人に名前を名乗ることも許されたことが無い。


だから、公爵令嬢“ヴィオラ・セシル”という新たな身分を得た彼女が、他者と交流する、初めての日なのだ。まあ、向かう先はただの踊りの稽古なのだけれど。


四人がけの馬車に、僕たち兄妹と、侍女のマリーナ、護衛のレイスで乗り込んだ。


「そんな格好じゃ寒いだろう。ちゃんとマントを羽織らないと…」


と、僕はマリーナが後から持ってきた、ビロード生地に、薔薇の刺繍が施されたマントをヴィオラに着させた。首元でリボン結びにして固定すると、うーーー、とむず痒そうに顔を歪めた。


その様子を、見送りに来た屋敷の侍女達が、微笑ましそうに眺めている。


「絵になる兄妹ですわね」


「ええ、まるで絵画のようですわね」


「お二人とも、絵画で見た天使の兄妹そっくりです」


と、侍女達は口々に“天使”という表現に賛同し、うっとりと眺めるが、


僕の妹は、本物の“悪魔”に成長する可能性の高い危険因子だ。とにかく、気を付けて育てて、悪役令嬢とはいえ、至高の令嬢に導かねば。


馬車が走り出してからも、落ち着かない様子で脚をばたばたさせるので、その度に口うるさく注意しなければならなかった。


「いいかい、ヴィオラ。セシル家の令嬢たる者、こうやって座りましょう」


と、脚を揃え、背筋を伸ばしお膝に手を置いてお手本を見せる。ヴィオラも一度は頑張るが、


「があー、やだ、疲れる」


と、諦めて崩してしまうので、また同じことを繰り返す。


(お兄ちゃんとしてお手本になるの、大変だなぁ)


と、10歳の僕は思う。いつもなら、馬車の中にクッキーやマカロンを持ってこさせて食べていたけど、ヴィオラが真似してはまずいので、我慢している。本当はすごく甘いものを欲しているけれど。


それに、こんなことを5年も続ければ、僕こそ模範的な令嬢に育ってしまいそうだ。


前世でも“少女男”と馬鹿にされていたけど、今世の容姿こそ女の子だ。


僕は、お可愛い、と侍女達に揶揄される天然パーマの、耳まで隠れる長さのブロンドヘアをいじって、


「ねえ、マリーナ、僕、もっと髪を思い切り短くしようかな」


とこぼすと、


「何をおっしゃいます。坊っちゃまは今のままで十分お可愛いのですから」


と、強めに反対された。その“お可愛い”がイヤなのだけれど。






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