妹を破滅させないために
【side: ルカ・セシル(10)】
『僕の将来の夢は、大切な妹を守れる騎士になることです』
と、前世の僕の声が耳の多くで響いた。
僕は、泣いているヴィオラの手を取った。
「もう泣く必要なんかないよ、ヴィオラ」
と、語りかける。
「………なんで?」
「きっと、長い間、一人ぼっちで怖い旅をしたよね。でも、おしまいにしよう」
僕は自分に言い聞かせた。おしまいにするんだ。せっかく生まれ変わったのに、同じ後悔をしたくない。
「僕、ヴィオラが泣かなくていい世界を作りたいんだ」
「ヴィオラが、泣かなくていい、世界?」
ヴィオラが、涙を拭って首を傾げた。
「そう、ずっと笑って暮らせる世界だ」
僕は確信して、大きく縦に頷いた。ぎゅっと、ヴィオラの柔らかい手を強く握る。
新しい妹を、破滅するだけの極悪非道な悪役令嬢にはしない。今、そうしないために、するべきことは明快だ。
僕がヴィオラを導いて、彼女が恋する相手、ナイル帝国皇太子の“フィオネル・ピトー”のお眼鏡に叶う至高の令嬢にするんだ。
ここは乙女ゲームの世界だ。聖女のようなヒロインに対し、彼女が悪役であり、咬ませ犬のような立場になりやすい状況は変えられないかもしれない。しかし、
「ヴィオラはヴィオラのままで、きっと夢を叶えよう」
そう、狼の棲む山に捨てられ、悲惨な幼少期を歩んだヴィオラは、もう心優しい聖女のようには育たないだろうが、構わない。悪役令嬢として戦い、フィオネル・ピトーの心を掴めさえすればいいのだ。自ずと、闇落ちして犯罪を犯し、島流しにされる破滅への道さえ回避出来る。
「夢、って何? ヴィオラ、それ、持ってない…」
と、僕の真剣な眼差しに対し、不思議そうにする。
「えへへ、これからゆっくり見つけていけばいいんだよ」
と、髪を撫でた。
もちろん彼女は、まだ運命の皇太子“フィオネル・ピトー”に出会っていないので、自分が抱く夢が何かは分からないだろうが、
ゲームで彼女は、皇太子妃としてフィオネルの隣にいるのが夢だと、確かに言っていた。
(ヒロインの両目を抉った後に、悠然と言っていて、それはもう恐ろしかった…)
さて、やることは山積みだ。僕は実際にゲームをプレイしたわけではないので、ヴィオラとフィオネルがどこで出会うのか、婚約するのかなど細かな情報を知らない。
しかし、少なくとも僕らは5年後に士官学校へ入学する運命にあり、その時点でヴィオラはシャングリラ王国の公爵令嬢としてフィオネルと婚約済みだ。
つまり、5年以内に二人は出会う。兄としての最初の役割は、来るべき出会いの日に向けて、この山育ちの粗暴な少女を、素敵なレディに育てることだろう。
「なんで、ルカは、優しくするの?」
と、ヴィオラが遠慮がちに言う。
「それは、ヴィオラの兄だからだよ」
「……兄は、嫌い」
ヴィオラの顔が曇った。マリーナも、悲しい顔をしている。
そうか、王女でありながら双子が原因で山に捨てられたということは、血の繋がった兄がいるのだろう。
その後、ヴィオラに絵本を読んで寝かしつけた後、マリーナに双子の兄のことを尋ねた。
「もしかして、ヴィオラの双子の兄弟も、一緒に捨てられたの?」
ヴィオラが、凄い寝相で布団を蹴飛ばした。マリーナは布団をそっと整えながら、
「いえ、ヴィオラ様のお兄さまはご健在で、生まれた時から、王子様として王宮にいらっしゃいます」
「え?! この国では双子が不吉だから、捨てられたんじゃなかったの?」
と、僕は、ヴィオラの寝顔を見ながら尋ねた。本当の兄も、そっくりな美少年なのだろうか。
「ええ、双子だという事実を隠すため、ヴィオラ様の方がその…隠されたのではないでしょうか」
と、マリーナは慎重に言葉を選ぶ。“隠された”というより、“処分された”というのが正しい。狼の棲む山に赤ん坊を捨てれば、普通に考えれば喰われて死んでいるだろう。
王宮側からすれば、不幸にも、殺したはずの王女が生きていたため、仕方なく内密に“公爵家の養女”という身分を与え、事を収めようとしたのだろうか。
「悲しい話だ。そうか、だからヴィオラは…」
“兄”という言葉に、嫌悪感と劣等感を抱いているのだろう。一方は国の未来を担う大切な王子に、一方の自分はゴミ同様に山に捨てられたのだから。
「本当に、仰る通りです」
と、マリーナも苦しそうに頷いた。
僕は、安心した表情で眠りこける義妹の手をとった。
「僕たちで、この子を世界一幸せな令嬢にしてあげよう」
と、決意を新たにした。マリーナは優しく目を細めた。
(必ず妹を、ナイル帝国皇太子の“フィオネル・ピトー”のお眼鏡に叶う至高の令嬢にするんだ!!!)