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僕の可愛い妹を至高の悪役令嬢に育てよう  作者: 猫屋敷みい子
一章 妹を普通の“令嬢”に育てたい
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異常な王女は狼に似ている


【side: ルカ・セシル(10)】




セシル公爵家では、当主モーリスのいる朝は、使用人も含め皆で揃って食事を採るという、変わった決まりごとがある。


料理人や給士当番の侍女以外は、当主や長男の僕を囲むようにして皆、席に着く。そして、新たに長女となったヴィオラの席は僕の隣に用意されているが、いない。


(やっぱり、昨日まで王女様だった訳だし使用人と食卓を囲んだりはしないのかな。いかにも、お高くとまってそうだもんねー)


と、僕は胸をなで下ろし席につく。昨日の調子で絡まれたのでは面倒だ。


侍女達は、若様、おはようございます、と揃って挨拶し、僕もいつも通りにこやかに返し、老執事のルークが淹れてくれた紅茶を飲んで一息吐く。


嗅ぐと、バニラの優しい甘さが鼻をくすぐり、口に含めば、茶葉のぴりりとした辛みが舌を伝い、身を引き締める。


「やっぱり、ルークは紅茶を淹れる天才だね」


などと機嫌よく言って、ミルクと砂糖もたっぷり追加し、もう一口飲む。


が、僕は次の瞬間盛大に吹き出した。ブハッ、と貴族家の食卓に相応しくない下品な音が漏れる。


「え、えええ?! ……な、なんかテーブルの下にいる?!」


慌ててテーブルクロスをめくって中を凝視すると、緋色の瞳にぎらりと睨まれる。


「ヴ、ヴィオラ?!!!」


ヴィオラが、椅子の脚に持たれて、行儀の悪い姿勢でペタンと床に座り込み、あろうことか手づかみでパイを貪っている。


むしゃむしゃと、大口を開け必死の形相で食べながら、


「次は、肉だ」


と、近くで待機する侍女に命じる。マリーナという、王宮から付いて来たヴィオラ付きの侍女は、言われるままに肉を切って与える。


すると、ヴィオラは食べ物を恵んでもらった路上孤児のように、嬉しそうに掴み取り、がぶりと口に運ぶ。


「な、何やってるんだ?!!」


僕は訳が分からずに、マリーナに尋ねる。マリーナは、少し考えて、


「ヴィオラ様は、王宮の頃より我流の作法で食事を摂られております」


と、慎重に言葉を選び言った。“我流の作法”ではなく、明らかに誰も教育をしていない。


でも、彼女はすでに9歳だ。これまで王宮で暮らしていて、教育係の一人も付けられないなんてことあるだろうか。


(…これが本当にあのヴィオラ・セシル?! まだゲーム開始登場時まで5年以上あるとはいえ、今のヴィオラは、悪役令嬢どころか、ただの野蛮な子供じゃないか)


慌てて周囲を見渡す。使用人達は、努めて素知らぬ顔をしている。


「父上、ヴィオラの教育係は、いついらっしゃるのですか?」


「今探しているところだ。ルカも、お兄ちゃんとして助言してあげなさい」


と、眉を吊り下げ苦笑いされる。丸投げだ。いや、父さんだけではない。


セシル家へ来る以前に、王宮の国王、産みの母、乳母などの全員がヴィオラを放棄しない限り、こんなことにはならないだろう。


「ねえ、マリーナ。王宮にいた頃はどうしていたの? 宮殿での晩餐会で、さすがに“我流の作法”は通じないだろう」


口籠ってから、


「私がお仕えしているのは、ヴィオラ様が公爵家の養女になると決まってからで、それ以前のことは存じ上げません」


「じゃあ、ずっとヴィオラに仕えていた侍女は一人もいないっていうの?」


マリーナは、申し訳なさそうに俯き、何も答えなかった。


「………お前、うるさいぞ、さっきから」


テーブルの下の暗闇の中、緋色の瞳が冷たく光る。よく見ると、口の周りや顎に食べかすがたくさん付いていて不衛生だ。


「昨日、兄妹はいらないと言った。出ていけ、お前、あっち、行けよ」


一体どこで覚えたのか、ぷっと唾を吐き付ける粗暴な動作をした。眉間を寄せ、凄まじい形相で睨む。


「はあ?! 僕はこの家の跡取りだよ。気に入らなきゃ、出て行くのはお前の方だ」


ヴィオラは、僕の言葉に苛立っているのか、まるで狼のように、ウウ、と低く唸る。本当に、王女様がこんな動作を一体どこで覚えたのだろう。


「なんだよその態度。女の子が、はしたないな」


「お前、うるさい、お前の顔、見たくない」


威嚇するように、唸り続けている。僕は、唸り声をかき消すように、


「「まず椅子に座れ、ヴィオラセシル!!!」」


と、怒鳴った。ヴィオラがビクついて、持っていた肉のカケラを床に落とした。


一堂、食事を止めて静まり返る。屋敷の反対側にある調理室から、料理番たちのフライパンの音が聞こえた。


僕は少し深呼吸し、


「そして公爵令嬢らしい振る舞いと言葉遣いを覚えるんだ。無事覚えられたら、僕もお前の言い分を聞くよ」


と、静かな調子で言った。


「…なんで覚えなきゃ行けない?」


と、やや項垂れてヴィオラは尋ねる。


「なんでって、ヴィオラがセシル家の家族になるからだろう?」


「かぞく…って何だ?」


テーブルの下の薄暗闇の中、ヴィオラのルビー色の瞳が、宝石のようにきらりと光った気がした。


「マリーナ、ヴィオラを椅子に座らせて」


「かしこまりました」


ヴィオラは、マリーナに誘導されるまま、恐る恐るベルベッドの椅子に座った。


中に羽毛が入っていて、ふかふかなのが気に入ったのか、急に目を輝かせ、


「何だ、これは」


と、椅子の上をぽんぽんお尻で飛び跳ねた。


その様子があまりに可笑しく、僕はお腹を抱えて笑い出した。




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